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 既に夜更けに差し掛かっていて尚、賑わいにその翳りを見せない繫華街と、須らくが塵へと還り最早真っ新の平地に成り果てた廃虚群だった一帯が、数メートル越しに隣り合う構図は、如何にもアンバランスで気味が悪い。
 超高温の極光が放たれた余波か、吹きすさぶ熱風はハリケーンさながらの勢いを絶やすことなく周囲へと雪崩の如く荒れ狂っていた。
 見上げるには巨大である壁の存在があればこそ、その内側に位置する繫華街には然程の影響が与えられずに済んだものの、廃虚群の一帯を文字通り焼却してのけた光に大衆の眉目は未だ引き付けられたままだ。

 果たして、何が斯様な轟音を鳴り響かせたのか?
 その興味にこそ大小はあれど、壁面へと殺到した衆目が抱くものは一様にそれだけであった。
 すわ、前に起きたヘリコプター墜落と同じ『なにか』が引き起こしたのだろうか?それとも、別の何かなのか。
 或るものは周囲にデマに等しい根拠のない噂を喚きたて、或るものはこれを事の次第を知らぬ友人知人に流布し始め………………といった具合に何も知らぬ衆愚は廃虚群の大破壊という非日常のスリルに酔いしれている。

 その様を、上から見下ろす影がひとつあった。
 壁上、五十メートルの超高度より熱風に晒されながら立つ男は、軍服を着ていた。
 その片手には、黄金に輝く刀剣が。
 その貌には、斜めに刻まれた傷が。

 絶えぬ興味に狂喜する大衆の群れを一瞥しながら、男──────、『クリストファー・ヴァルゼライド』は眉を顰めた。
 不躾にも何事かとごった返す人々に向けてのものではない。
 只今を以て脳裏に響き渡った、男の声への嫌悪であった。

『やあ、クリストファー・ヴァルゼライド。我が番人』
「何の用だ」

 端的に吐き捨てた返答は、これ以上無いくらいの嚇怒と不機嫌が内包されたものだった。その一声と溢れ出る気迫は常人が受ければ腰を抜かすか最悪失神すらあり得るほどに鋭く、実にヴァルゼライドの憤怒を一心に浴びる声の主は首筋に刃物を押し当てられるかの如き悪寒が走っている。

『いや、用は無いさ。ただ、よくやってくれたとだけ』

 ならばこそ、澱みなく一切の動揺が感じられない声色はそれだけで只人とは一線を画す
存在であるのだと、これ以上ない証左として機能した。
 軍属たる番人へと差し向ける声は嫋やかなるもの。水気を多く含んだ汚泥の如き粘性と、清らかな清流の如く滑らかで心地良さすら感じる声、或いは混沌そのもの。
 正負のどちらにも依らず、しかしそのどちらもを混ぜ合わせ黒く濁った穢れそのもの。
 川を流れる混沌という濁流が、人間の抱く枷の何もかもを流すような。

「ほざけよ」

 今も尚、遥か遠くへ離れた巨塔にて浮かべているであろう紳士の微笑がその脳裏に過っている。事実、ヴァルゼライドへ向けられるそれは僅かながらに高く、悦びの念がこれ以上なく発散されているものであった。
 自身の従僕たる男の雄々しさ、目覚しいその力に惚れ込んでしまったのか、それとも己の予想を大きく飛び越えたことに対する驚嘆なのか、それとも依然彼の計画通りなのか。
 どちらにせよ──────、

「盟約が終わり次第、俺は迷わずお前を切り捨てる。そのことをゆめゆめ忘れるな」

 ヴァルゼライドが会話を始めた当初から存在していた、溢れんばかりの殺気が更に濃度を増して叩きつけられる。
 何も自ら望んで斯様な者の手に加わったのではない。これはあくまで合理的に考えた上で選び抜いた苦渋の選択の結果だ。
 彼とて、出来る事ならば異界に住まう勇士達を手にかける事など、進んで行う真似など好き好んで行っているわけでなく、己を従えるこの悪魔に関しては、一刻も早くその首を断ち屠るべきであるとさえ思う。
 それでも、彼に従う理由など、こんな外道に従う理由など、決まり切っていて。

「今度はお前が成すべきを成す番だぞ、ルイ・サイファー。奴の介入を防げる者はこの世界には存在し得ないのだから」
『ああ、総てが終わった暁には、必ずや君の帝国に祝福を』
「………………」

 祝福なぞ、どの口が言うか悪魔が、と返すより前に脳に響く声は消えた。如何やら当初の取り決めの通り、この世界の防衛に当たっているのだろうと考えて、また自らのすべき行動を思い返す。

 さて、そろそろこの壁上から降りねばなるまいか、とヴァルゼライドがその身を翻そうとした次の瞬間のことだ。

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最終更新:2022年10月26日 14:19