人の死には三つの種類が存在する。
一つは生命活動が停止した時。
一つは誰からも忘れられた時。
一つは、在り方を損なった時。
▼ ▼ ▼
【つまり百合香さんは、みんなを助けようとしてくれてるんですね!】
友奈は喜色に染まった声を、感極まったように張り上げた。
とはいえ実際に大声で叫んだわけではなく、あくまで念話でのことである。友奈は今索敵行動中であるからして、その程度の分別はついている。
夜になりかけ、薄暗がりと街灯の明かりが目立つ街並みを見渡して。
友奈は遠く離れた百合香に、快然たるありったけの気持ちをぶつけた。
【………………。
まあ、そうとも言えるかもしれませんね】
返答は、たっぷりの間が空いた後だった。
【わたくしの目的はあくまで原因の究明と事態の解決になります。現状、その最終的な着地点は聖杯の解体に行き着く可能性が高いというだけに過ぎません。
無論、その過程において発生する人的な被害を最小限に食い止めるための努力は尽くしましょう】
【それならやっぱり百合香さんはみんなを助けようとしてくれてるんですよ!
良かったぁ、百合香さんみたいな良い人に会えて!】
百合香の静かで落ち着いた声音とは正反対に、友奈の声は破顔したように明るかった。
【あ、でも……だとすると、ちょっと困るかも】
【何かなさいましたか?】
【えっとですね……実は私のマスター、呪いみたいなのにかかったっていうか、ちょっとだけ"普通じゃない"ことになってて……
できれば聖杯の力で元に戻してあげたいなって思ってたんです】
【ランサーさんのマスターというと、確か極道者に組するライダーに囚われているというあの。
……なるほど、事情は概ね分かりました。それでしたら救う手だては存在します】
【え、本当ですか!?】
食い入るように問い返す。あのマスターをまだ助けることができるというのか。
【願望器たる聖杯が持つ力とは、脱落したサーヴァントの魔力そのもの。七騎のサーヴァントが相争う元来の聖杯戦争においては六騎の脱落を以て願望器として完成します。
それを踏まえるとこの地にある聖杯もまた、既に十全の魔力が貯蔵されていることになるでしょう。無論、未だ多くのサーヴァントが現界している以上は真の意味で完成はしていないでしょうが、ランサーさんのささやかな願いを叶える程度の力はあるはずです】
【な、なるほど……】
言われてみれば確かに、聖杯の構造としてはその通りだ。今までは知識こそあれど実感として感じられなかったから曖昧だったが、それならば話は別である。
【ところで一つお聞きしてもよろしいですか?】
【え? はい、なんですか?】
【ランサーさんの言う"呪い"とは、どのようなものなのでしょう】
……まずい質問が来た、と友奈は内心思った。
屍食鬼のことはあまり言いふらしたくはなかった。単純に協力や信頼が得られないというのもあるし、言ったが最後自分が責められているように思えてならなかったからだ。
しかしこうして問われた以上は"言うしかあるまい"。無意識に歪曲させられた思考のもと、友奈は口を開きかけて。
【これはあくまで推測ですが、もしやその呪いとは噂に挙がる"屍食鬼"のことではないですか?】
……意表を突かれ、一瞬だが唖然としてしまった。
【……はい、その通りです。でもなんで分かったんですか?】
【単純に当てずっぽうです。私の知る限り致命的な"呪い"の類はそれしかなかったので。キャスターや魔術師による別個の呪いという可能性も、というかそちらのほうがずっとあり得ましたが、どうやら当たってしまったようですね】
しかしあまり嬉しくはないですね、と一人ごちる百合香を後目に、友奈は観念したかのように黙りこくった。
【別段私はあなたを責めるつもりはありません。むしろ納得いたしました。そのような事情があれば隠したくもなるというもの、他人に言えず一人で抱え込むしかなかったあなたの気持ちは察するに余りあります。
どうかご安心を。私はあなたを咎めません】
【百合香さん……】
思わず足を止め、感じ入るように息をつく。
百合香の暖かな言葉が胸にしみるようだった。聖杯戦争が始まって以来ずっと燻り続けた不安や痛みが、ほんの少しではあるが和らいだように思えた。
【つもる話もありましょうが、それはあなたが帰ってきてから改めてといたしましょう。
付近の様子はどうですか?】
【特に異常は見当たらないです。魔力の反応もありませんし】
【では早急な帰還を。極道者のライダーへの対策も含め、今後の方針について協議したいと思います】
【はい、分かりました!】
そうして念話が遮断された。
………。
……。
…。
────────────。
▼ ▼ ▼
「まだいける……まだ、大丈夫」
念話を打ち切ると同時、友奈の表情は先程までの明るいものから、険しい無表情へと変化した。
明るい声も、明るい顔も、無理して作られたものだった。未だ事態が何一つ解決を見せていない以上、手放しで喜ぶことはできなかった。
マスターは囚われの身で。
ライダーへの対抗策はなく。
いざ取り返しても屍食鬼と化したマスターを前にどうするか。
問題は山積みで、ともすれば挫けそうにもなってしまうけど。
それでも。
「マスターを助ける」
自分を頼ってくれた人を、見放しなんてしない。
「あの女の子に報いる」
自分を信じてありがとうと言ってくれたあの子。あんな悲劇を二度と生まないことが、死んでしまったあの子に報いるただ一つの方法だ。
「大丈夫。だって、私はもう一人じゃない」
かつて天夜叉のライダーに敗北を喫した時とは違う。今の自分にはもう、頼れる仲間がたくさんいる。
百合香さんとアイちゃんは、こんなボロボロの私にも手を差し伸べてくれた。
あのセイバーさんだって、本当なら手と手を取り合えたはずだ。あの時は私がいくじなしで本当のことを言えなかったけど、でも今ならきっと大丈夫。
百合香さんに言えたんだから、きっともう一度できるはずだ。
一度諦めかけるほどの逆境でも、諦めなければ必ず道は拓けるから。
今なら心の底から言える。かつての時と同じように、為せば大抵なんとかなるのだと。
故に。
「讃州中学勇者部所属、
結城友奈。
私はもう、二度と諦めない!」
───不屈の心は、この胸に。
【B-1/孤児院周辺/一日目 夕方】
【ランサー(結城友奈)@結城友奈は勇者である】
[状態]覚悟、ダメージ(小)、精神疲労(小)、解法の透による気配遮断
[装備]
[道具]
[所持金]少量
[思考・状況]
基本行動方針:マスターの為に戦う
0:───私はもう、二度と諦めない。
1:聖杯によりマスターを普通の人間に戻し、その願いを叶えてあげたい。けど必ずしも他の全員を殺す必要はない?
2:ライダーからマスターを取り戻す。そのためにも百合香さんたちに協力したい。
3:あの女の子の犠牲を無駄にはしない。二度とあんな悲しいことは起こさせない。
4:セイバー(アーサー)とも、今度こそ本音で向き合いたい。
[備考]
アイ&セイバー(
藤井蓮)陣営とコンタクトを取りました。
傾城反魂香に嵌っています。百合香に対して一切の敵対的行動が取れず、またその類の思考を抱けません。
現在孤児院周辺を索敵しています。
咒法の射により百合香と疑似的な念話を行うことができます。
▼ ▼ ▼
(さて、ライダーへの対策も含め、厄介なことになりつつありますね)
念話を切ったと同時、それまで温かみのあった百合香の言葉から、それらが一切合財消え失せた。いや、そもそも思考に限れば、彼女は最初から慈悲や慈愛の類は一切見せていなかったのだろう。
では彼女は冷酷な悪人なのか───違う、そうではない。彼女はそんな次元で話をしていない。
事実、彼女は友奈に対して一切嘘を言っていない。
彼女の目的も、聖杯を利用できるかもしれない可能性も、友奈を咎める気はないということも、ライダー対策に協力するという言も。
嘘は一切含まれない。ただ意図的に"一言"少なくしただけだ。
百合香の目的は貴族院として事態の収拾にあたること。"みんなを助ける"というのは友奈の勝手な解釈に過ぎない。
無論、彼女の言ったように人的被害は極力少なくするが、必要とあればその限りではないのは明白だ。
聖杯を利用できる可能性があり、ささやかな願いは叶う。これも嘘ではない。しかし百合香はそれで友奈のマスターが救われるとは一言も言っていない。
聖杯に為し得ることは人の領分で為し得ること。故に既に死んでいる屍食鬼を蘇らせることなどできない。過去は変えられず、できるのは解釈を書き換える程度。
友奈を咎める気は全くない。そもそも咎めるだけの期待も興味も持ち合わせない。
極道のライダーに共に対抗する気もある。ただし友奈やそのマスターの生存は度外視だ。いざとなれば捨石や肉壁に使うことも辞さない。
それが
辰宮百合香という女だった。彼女は決して人並の感情がない冷血漢ではないが、少なくとも"香"に対して耐性のないものにそれは向けられない。
傾城反魂香、万人を等しく百合香へと隷属させる支配の香り。
"最初から自分に好意的な人間など信じるに値しない"。病的なまでに歪んだ思考は、百合香から切り離すことなどできない。
友奈とて、本来なら分かったはずだ。百合香の話す事柄が信用ならないということなど。
見誤ったのは香による思考能力の低下もあるが、それ以上に百合香がセイバーへと向けた感情と、友奈に向けた感情が同一のものだと錯覚したことが大きい。
セイバー陣営はその来歴も、鎌倉での行動も、
壇狩摩に全てを託されたという事実も、その全てが信頼に値する陣営だった。故に百合香が彼らに向けた感情は、純粋な好感の眼差し。
しかし友奈は?
決まっている。相当のお人よしや愚か者でもない限り、信頼などできるはずもない。
香で嘘偽りのない来歴を聞きだしたということが、この場合はむしろ疑惑を強める結果となっていた。マスターの状態、屍食鬼という存在、行動の矛盾に言動の不和。その全てが友奈という存在そのものを疑わしいものにしている。
これはただ、それだけの話。
単なる些細な擦れ違い。どこでも見られる、ありふれた光景の一つに過ぎなかった。
(全く面倒なことをしてくれたものです。これもどこまであなたの掌の上なんでしょうか、狩摩殿……?)
百合香は腐乱した内腑をおくびにも出さず、ただ静かに微笑み続ける。
その思考には既に、友奈の面影など欠片も残ってはいなかった。
【B-1/孤児院周辺/一日目 夕方】
【辰宮百合香@相州戦神館學園 八命陣】
[令呪]三画
[状態]健康
[装備]なし
[道具]なし
[所持金]高級料亭で食事をして、なお結構余るくらいの大金
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争という怪異を解決する。
1:セイバー陣営と共に鶴岡八幡宮へと赴く。諸々の説明もしなくては……
2:ランサーも手元に置くが信頼はしない。
[備考]
古手梨花の死と壇狩摩の消滅を知りました。
アーチャー(エレオノーレ)が起こした破壊について聞きました。
孤児院で発生した事件について耳にしました。
キーア、セイバー(アーサー)の陣営とコンタクトを取りました。
最終更新:2019年05月29日 14:24