窓にぶつかり続ける蠅。
 彼を見る度に、いつもそんなイメージを心に思い描く。
 ブブブとにぶい音を立てて、力いっぱい硝子にぶつかる小さな蠅。そこにある透明な物質を理解できずに、何度も何度も頭をぶつける馬鹿な蠅。

 蠅は飛ぶ。無言で飛ぶ。
 無言で飛んでまたぶつかって、ころりと転がって、不思議そうに窓の向こうを見つめたりする。


「そこにはガラスがあるんだよ」


 時折、蠅に呟いたりする。


「才能ないんだから」
「背、伸びないんだから」
「夢でしかないんだから」
「外には出られないんだから」


 そして、


「世界はもう、滅びちゃったんだから」


 だからもうやめなよ、と、彼に言ってみたりする。

 でも彼は蠅がそうであるように、少女の言葉なんてまるで分からないみたいな顔をして、
 また、ふっと窓の向こうに行こうとするのだ。

 その羽が折れても。
 その脚がもげても。
 その瞳が潰れようとも。




















 例題です。

 世界の救済とは?















   ▼  ▼  ▼





 そこに音はなかった。
 そこに声はなかった。

 静寂と、無言の祈りが空間に満ちていた。

 そこは暗闇。
 黄金螺旋ではあり得ぬ影の連なり。
 神々の玉座へ至る階段か。

 ひとりの少女が宣言する。
 傀儡たる三人へ。静かなる決意を込めて。

 周囲に満ちた暗がりの中に何かがある。
 それは、蠢く闇だったか。
 それは、赤い瞳だったか。

 無数のそれらに無言で取り囲まれたまま。
 その少女は、言葉を。

 ───穏やかに。
 ───穏やかに、けれど僅かに震えを残して。

 ───謳うように。
 ───謳うように、けれど強い想いを込めて。


「そしてボクは願いを叶える」

「それは想い。
 それは想いの果てへと至る、我が狂おしき情念」

「そのためならばボクは何をも犠牲にしよう。
 世界とそこに住まう数多の人々だろうと。彼らが紡ぐ無数の明日と希望だろうと」


 静かに告げて。
 少女であった道化は、深い笑みを浮かべる。

 人のような笑みではあるが、
 骸のような笑みではあった。

 石英で作られた仮面のような、およそ暖かみの感じられない笑みであった。

「けれど」

「けれど、ボクはこうも思う。
 この恐怖がもしも幻想であってくれたらと」

「けれど、ボクは知ってしまった。
 時計仕掛けの大階差機関《アーカーシャ》により、
 封印された都市に訪れた15年の意味を知ったボクは」

「この恐怖が紛うことなき事実であると。
 内で滾る情念さえ、抗うことはできない」


 嘲笑に歪む少女の顔。
 その顔が、恐怖に。正確に、恐怖の形に変わる。
 人に在らぬ道化が、まるで人であるかのように。予め用意していたかのように。
 故にそれは、少女の心を、足を絡め取る。漆黒の荊の蔓がそうであるのと同じくして。


「ならばボクは戦おう。
 誰に否定されようとも。何に道を阻まれようとも」

「たった一人を救うまで」

「例え世界そのものが敵であろうと。
 ボクは、この身尽きるまで抗おう」

「この身を苛む恐怖。
 この想い届かぬままに」

「もしも、死が二人を別つのだとしたら───」


 その恐怖の赴くままに。
 その願いの行き着くままに。
 遍く理想を胸に抱き、
 蠱毒の儀たる聖杯戦争を完遂せよと。

 《奪われた者》たちへと語りかけ───





   ▼  ▼  ▼





 ───第一の《奪われた者》
 ───それに伴う過去の再編とは。

 その者、愛しき人間の《復活》を望みし魂なれば、かの者なくして生きられぬ。

 故に彼は32の命を顕現し、故に彼女は《神》との融合を果たす。

 しかして命なき彼らが《願いの果て》に至ること叶わず、想いはただ夢想となりて消えゆくのみ。

 第一なりしは敗残者の物語。

 己が支配者であるなどと思い上がった、真実に気付けぬ愚者たちの寓話である。





   ▼  ▼  ▼





針目縫。我が傀儡」

 語りかけるは道化の声。
 受け取るは意志の光失くした女であるのか。

 暗がりの中にその者はいた。
 金糸の髪を暗闇に溶かした、狂ってしまった童女の姿。

「君には心底失望したよ、哀れで惨めな糸操り人形。
 愚かなことは別にいい。人形に知性など期待しないから。
 悪なることも別にいい。人形に善性などあるはずないのだから」

 侮蔑の言葉に、しかし童女は何も返すことがない。
 その目は望月であるように見開かれ、およそ何の正気も感じさせない。口すら茫洋と開かれて、そこから漏れるは意味のない呻きであるのか。

 構うことはないと道化は断じる。
 そう、構うことなどないのだ。知性も善性も、そんなものは何一つとして人形には必要ない。
 けれど。

「けれど無様なまでに弱いこと、そのことだけは許せない。
 殺すだけが能の道具が、それすらできないなら正真正銘ただの塵屑だろうに。
 滑稽だよ高次縫製師。君の声はもうどこにも届かない」

 道化の声には嘲りが含まれている。
 対する童女は、無言。

「第一なりしは敗残者の物語。けれど、かの大公爵には他にも逸話があってね。
 特に狂ってしまったというところがいい。狂気なんてもの、所詮は現実を前に意志を捨て去った惰弱でしかないけど、サーヴァントシステムに当てはめれば話は別だ。
 バーサーカーは力の足りない英霊を一端のものにするためのクラスなんだろう? だったら君にはお似合いじゃないか」

 道化はタクトを揮う指揮者の如く、その指を持ち上げる。
 つられるように、意志なき傀儡と化した狂戦士は立ちあがり、その総身を闇の中に浮き上がらせた。

 黄金に染めた絹糸を束ねたかのような髪をした、未だ幼き少女の姿をした女だった。彼女はロリィタファッションにその身を包み、均整のとれた顔と相まって作り物めいた雰囲気を醸し出している。
 何より特徴的なのが、左目を覆う眼帯。そして右肩の付け根からその威容を誇示する、武骨で巨大な鋼の義手であった。
 もしもその身体的欠損と、白痴を思わせる精神的欠損が無ければ、さぞや美しく庇護欲を掻きたてる少女であったことだろう。彼女は文字通り人形のような模造品の美を持っていたが、完成されたビスクドールのそれとは違い、つぎはぎのパッチワークを思わせる歪さが介在していた。

「さあ、階段を下りなよ。君の願いは未来永劫決して叶うことはないけど、焦れた想いに従ってどこまでも駆けるといい。
 大公爵のように、歪められてしまった32の子供たちのように。君もまた愛しき者の《復活》を願う者なのだから」

 憂いを帯びた緋の瞳がある。
 陶器のような白い肌も、造花の茎であるような細い手足も、これより巻き起こる殺戮と血の宴にはまるで似合わない。
 けれど彼女は殺すのだ。ただそうであるようにと望まれたがため、実際にそうならなければいけない哀れな魂。

 歪な少女は背を向け、影の連なりたる階段を下りていく。

 その一瞬だけは、魔女ではなく少女として。
 その背を見つめ、憐れむような声で呟く。

「さようなら、針目縫」







Answer:全てはママの手の中に





【クラス】
バーサークセイバー

【真名】
針目縫

【ステータス】
筋力A 耐久A+ 敏捷A 魔力C 幸運B 宝具B

【属性】
混沌・狂

【クラススキル】
狂化:A+
筋力を3ランク、その他全ステータスを1ランク上昇させる。
代わりに理性の全てを剥奪される。

対魔力:D
一工程(シングルアクション)による魔術行使を無効化する。
魔力避けのアミュレット程度の対魔力。

騎乗:D
騎乗の才能。大抵の乗り物なら人並み程度に乗りこなせる。

【保有スキル】
《奪われた者》:-
人のかたちを持ちながら、人ではない者たち。
人ではなく、人であったかもしれない者たち。
異形都市を保つ根源によって、彼らの"かたち"は保たれる。

高次縫製師(グランクチュリエ):-
狂化によりこのスキルは失われている。

神出鬼没:-
狂化によりこのスキルは失われている。

【宝具】
『生命戦維の怪物(カヴァー・モンスター)』
ランク:B 種別:対人宝具 レンジ:- 最大捕捉:-
針目縫という英霊の肉体そのもの。
彼女の身体は生命戦維で出来ており、そのため高い身体能力と再生能力を併せ持つ。
また、この宝具を応用することで自己の分身を生み出すことも可能。
生命戦維の彼女を傷つけたくば同ランク以上の宝具で攻撃するか、一撃で滅殺するだけの火力を用意する必要がある。

『《打ち砕く王の右手》』
ランク:A+ 種別:対人宝具 レンジ:1~10 最大捕捉:1
圧死を司る鋼の権能。
御伽噺の鉄の王の右手により、超質量を以て対象を打ち砕く。

これは圧し潰されることで命を失った彼女に与えられた、仮初の王の力。
とある悲劇から産み落とされた無数の明日の一つ。
されど紡ぐ運命を守り切った数式医と子供たちの、果て無き意思と想いはどこにもなく。
故に是は偽王の右手。赫炎ならざる愚者に宿った、想い無き暴威に堕した力そのもの。

【weapon】
片太刀バサミ@キルラキル。生命戦維を裁つことができる。

《打ち砕く王の右手》
針目縫の失われた右手に代わり取り付けられた鉄の王の腕。

【人物背景】
第一の《奪われた者》。代償は狂化、司るは圧死の権能。
思慕託す者の復活と誕生を願った、意思なき女の哀れなる末路。
狂ってしまった大公爵の想いに呼応して力を得た女は、原初の衝動に従って遍く総てを破壊するのみ。

【サーヴァントとしての願い】
傀儡に願いなど必要ない。
あるのは強さだけでいい。






   ▼  ▼  ▼





 ───第二の《奪われた者》
 ───それに伴う愛憎の真実とは。

 その者、《愛》を求めし魂なるも、不条理により全てを喪失した弱者なれば。

 輝ける未来を謳歌するはずであった子供たちは、しかし崩壊する世界に呑まれ反転する。

 遍く総てに救済を、斯く在れかしと祈られた救いは耐えられぬ現在を前に砕け散るのみ。

 故に彼らは彼/彼女に非ず。ここに在るのは鏡像の対存在である。

 第二なりしは忘却者の物語。

 ただ一人の愛を求め、しかして忘却の果てに置き去りにされた、過去再生者にして現在増殖者の物語である。





   ▼  ▼  ▼





「何故私を喚んだの」

 怜悧そのものである声で、その少女は尋ねた。

「君が世界の終焉を望んでいるからだよ、東郷美森」

 対する魔女もまた、少女の姿で応えた。

「そんな理由で? だとしたら貴女、性質の悪い自殺志願者か何か?
 笑えない冗談はやめてほしいわね」

「冗談なんかじゃないさ。君もまた冗談じゃなく本気で事を為そうとしているのと同じように」

 東郷美森と呼ばれた少女の顔が不愉快そうに歪んだ。
 対面の魔女の言葉、自身の心中、そしてこの状況の全てを理解した上で、彼女は一切を不愉快であると断じたのだ。

「言いたいことは分かるよ。つまりボクが何を目的として君を喚び出したかってことだろう?
 実のところ、君の抱く願いの内容自体は然して重要じゃないんだ。大切なのは絶対値。何を犠牲にしてでもその願いを叶えるという、欲望の大きさだよ。渇望と言い換えてもいい」

「私にはその要望に応えられるだけの欲があると?」

「そうでなきゃ君はここにいないさ。救うにしろ滅ぼすにしろ、世界なんて大仰なものを持ちだすくらいの大馬鹿なんだからね」

「……分かって呼び出す貴女は、どうなのかしら」

「勿論ボクだって同じさ。でもそれがどうしたって? 賢しらに吐き捨てられる綺麗事なんかで何かが変わるわけじゃないと、君も知っているはずだよ。
 正気にては大業ならず、狂気にまで堕ちない愛など愛ではない。それくらいしなきゃ、"願い"なんて叶うはずがない」

 その言葉を受けて、美森は何かを考え込むかのように、深く目を伏せた。
 沈黙が二人の間を満たす。
 そして美森は、決然とその顔を上げて、言い放つ。

「確かに、私は世界の在り方が許せない」

「……へえ」

「理屈として理解することはできる。けど納得はできない。
 勇者システム、神樹の加護。聞こえは良いけど要は単なる生贄よ。ボロボロに擦り切れるまで使い倒されて、あとは厄介払いに祭られて……そんなの、私は認めない」

 自分たちが戦わねばならない理由は、美森にも分かる。
 勇者の死によってかろうじて生き永らえる、神樹と人類。
 子供たちの犠牲なくしては成り立たない、あの世界。

 何も知らず暮らす人々が憎いと思ったわけではない。
 自分たちが助かるなら人類全てが死ねばいいと、思ったわけでもない。

 ただ。
 自分たちが戦う理由も、守りたいと思った友達も、彼らと過ごした思い出さえも消えていくというのなら。
 そんなもの、耐えられるわけがないではないか。

「私たちは満開を繰り返し、体も心も失い……いつか大切な思い出や、楽しかった日々の記憶さえも奪われて……
 それでも戦い続けなければいけないなら、私達にもあの世界にも、未来なんてないじゃない!」

 あの凶行に及んだ理由は、きっとそれだけ。
 傷つくのが自分なけなら良かったと、勇者部の仲間を巻き込むことがなければ良かったと。そう心の中で百も千も悔やみ続けて。
 それならもう、答えは一つしかなかった。

「私は二度と忘れない。
 私は二度と……大切な思い出を、奪わせない」

 破滅寿ぐ声は決意に満ちて、彼女を揺らがせることなどできはしないと如実に示す。
 それは彼女なりの献身であり、勇気であり、そして譲れない愛憎でもあった。

「……そうか。なら君の願いは叶うだろう。この地、この理を以て顕現する"聖杯"を掴んだならば」

「ええ、そのつもりよ。私は今度こそ、みんなを救ってみせる」

 それが自分の、みんなの"世界"を救う方法なのだと。立ち去る美森は言外に断言していた。
 影の連なりである階段を下りる彼女、消えゆくその背を見つめ、少女は呟く。


「思い出を奪わせない、か。その気持ちは痛いほど理解できるよ、東郷美森。
 でも、だからこそ哀れだ。君はもう二度も救われたというのに、それすら忘れてしまったんだから」

 一度目は、バーテックスが支配する世界の外側で。
 二度目は、今や異形の都市と化した鎌倉で。

 東郷美森は無二の親友とマスターの手によって、二度に渡って救われた。
 それは揺るがすことのできない事実であり、その記憶は尊き思い出として彼女の中に刻まれただろう。
 けれど。

「とうに奪われているんだよ。反転してしまった君は、それすら思い出すことはできないだろうけど」

 彼女はその言葉に、あらんかぎりの共感と憐憫を乗せて。


「さようなら。君の願いは、とっくの昔に叶ってたんだ」








Answer:我が罪のある限り、世界を壊すだけのこと





【クラス】
アーチャー

【真名】
東郷美森[オルタ]@結城友奈は勇者である

【パラメータ】
筋力B 耐久A 敏捷C 魔力A+ 幸運E 宝具B

【属性】
混沌・悪

【クラス別スキル】
対魔力:D
一工程(シングルアクション)による魔術行使を無効化する。
魔力避けのアミュレット程度の対魔力。

単独行動:C
マスターからの魔力供給を断ってもしばらくは自立できる能力。
ランクCならば、マスターを失ってから一日間現界可能。

【保有スキル】
《奪われた者》:-
人のかたちを持ちながら、人ではない者たち。
人ではなく、人であったかもしれない者たち。
異形都市を保つ根源によって、彼らの"かたち"は保たれる。

神性:A+
御姿。アーチャーの肉体はその全てが神性によって形作られた存在である。
満開の常時使用と合わさり、その適性は最大値となる。

勇者:E
世界を襲う脅威、バーテックスと戦う勇者へ変身することができる。
ただし東郷の願いは勇者のあり方と反するものであるため、ランクダウンしている。

精霊の加護:A-
勇者の欠損を補う存在であり、武装補助や攻性存在からの防御を担う。
散華が行われる度にその数を増やし、現状のアーチャーは実に三体もの精霊を使役する。

忘却の呪詛:A
反転の際に付与された精神汚染スキル。精神汚染と異なり、固定された概念を押しつけられる、一種の洗脳に近い。
与えられた思考は己が大切な者たちの解放と救済をこそ至上目的とし、それ以外を見捨てる在り方を善しとしたもの。
Aランクの付与がなければ、この少女は反転した状態での戦闘能力を十全に確保できない。

【宝具】
『咲き誇れ、思いの儘に(マンカイ)』
ランク:C 種別:対人宝具 レンジ:- 最大捕捉:-
勇者が戦闘により蓄えた力を開放することで行う二段変身。
巫女衣装になり、武装もより強力なものとなる。いわく、「勇者の切り札」。
反転と共にこの宝具もまた暴走しており、常時発動の状態となっている。
しかし大幅な能力向上と引き換えに多大な魔力消耗を自身に課しており、本来無制限での現界が可能なはずの彼女は外部からの魔力供給がなければ短時間で消滅してしまう。


『捧げ給え、神樹の糧へ(サンゲ)』
ランク:E 種別:対人宝具 レンジ:- 最大捕捉:-
前述の宝具暴走により事実上失われている。
そも、彼女は既に己が至上の対価を支払っている。故に、少なくともこの状態での現界において彼女がこれ以上の代償を背負うことはあり得ない。


『その願いが、世界を導く(ラグナロッカー・バーテックス)』
ランク:B 種別:対人宝具 レンジ:1~1000 最大捕捉:10000人
世界の敵であるバーテックスをあえて引き寄せ、勇者の「生き地獄」を終わらせんとした所業が宝具化したもの。
無差別攻撃を行うバーテックスを鎌倉へ侵攻させることで、文字通り地獄絵図を作りだす。
欠点は、この宝具は彼女自身にすら制御不能であるということ。
制御できるはずがない。何故なら本来、東郷美森という英霊がこの宝具を持つことは絶対的にあり得ないからだ。
この宝具とはすなわち、東郷美森という少女が苦難と絶望の果てに掴んだ光を全否定する代物である。
既に救われた彼女が、救いですらない偽りの導きを手にすることなどありえない。
それ故に、反転した彼女は真っ先にこの宝具を使用するだろう。愛する者を殺してでも世界を壊すという、友人たちに対するこれ以上ない裏切りの形を。


『《安らかなる死の吐息》』
ランク:A+ 種別:対人宝具 レンジ:1~3 最大捕捉:1
失血死を司る鋼の権能。
背より生えた刃による切断・粉砕の概念。厳密には奇械ではなく《御使い》としての権能。

これは失血によって命を失った彼女に与えられた、仮初の安らぎの力。
とある悲劇から産み落とされた無数の明日の一つ。
されど紡ぐ運命の喪失に都市の救済を願った男の、果て無き意思と想いはどこにもなく。
故に是は致死の刃。安楽の死を願う弱者の少女に宿った、欺瞞に満ちた殺戮の腕。


【weapon】
多数の砲塔を擁した巨大浮遊砲台。
その背からは第三の腕と刃が生えている。

【人物背景】
第二の《奪われた者》。代償は反転、司るは失血死の権能。
愛憎の果てに世界の破滅を願った、光なき女の哀れなる末路。
反転した少年王の想いに呼応して力を得た女は、歪められた願いに従って周囲を殺戮し尽くすのみ。

【サーヴァントとしての願い】
愛する者を殺してでも世界を滅ぼす。
手段と目的すら、彼女は反転してしまった。




   ▼  ▼  ▼




 ───第四の《奪われた者》
 ───それに伴う運命の具現とは。

 その者、永遠に幼き魂なれば、無垢なるままに世界を俯瞰する。

 両の眼窩には光輝の赫眼。響き渡るは亡き少女のためのセプテット。

 黒きものにその身を浸し、紡がれる因果の糸を見つめ約定の時を待ち続ける。

 第四なりしは観測者の手記。その一端。

 この物語は未だ終局には至っていない。少女は今も都市の中に在る。





   ▼  ▼  ▼






「不愉快ね」

 開口一番、放たれたのはそんな罵声であった。
 暗闇だけが満ちる影の階段、その最奥。黒きものに覆われたその中で、蝙蝠の羽根を持つ異形の少女は不快気に眉を顰める。

「お気に召さなかったかな?」

「召すと思うか、この有り様を。サーヴァントとして隷属させるだけならまだいい。だがお前は事もあろうに破損した霊基をそのまま肉付けした。
 今の私には敗残の屈辱も、麦野への怒りも、何もかもが残っている。尊厳も自由も奪った上で、更に生き恥まで晒させる気か。反吐が出る」

 蔑みの表情に顔を歪める異形の少女に対し、対面の少女が浮かべるのはあくまで笑み。
 侮蔑と慢心。
 憐憫と嘲笑。
 互いが互いに向ける感情は、それがそのまま両者の立ち位置となって現れ、対極の様相を呈しているのだった。

「けど、唯一愉快なことを挙げるとしたら、それはお前よ。魔女気取りの小娘」

「へえ?」

「全てを操った気でいながら、誰よりもこの臥篭に縛られている。しかもその根源は取るに足らない子供の癇癪。
 呆れた話ね。これほどの大事に関わっておきながら、胸に抱くものがそれだけとは。
 お前には過ぎた代物よ。ねえ、第三の───」

「《奪われた者》であると? いいや、いいや、そうじゃない。君は間違えている。その異能、運命見透かす双眸すら、黄金螺旋の果てを掴むことは叶わないのだから。
 君にできるのは見ることだけだ。運命も可能性も命も何もかも、君はいつだって傍観者にすぎない。手ずから変えることは、できない」

 それは例えば、今この時のように。
 自身にかかる傀儡の糸、目に見えず実体として存在せずとも確かにそこに在るものを、振りほどくことができないように。
 少女はあくまで舞台の演者。第四の壁を踏破して事態を破壊できる機械仕掛けの神などでは断じて、ない。

「どう思うかはお前の自由よ」

 敵意も侮蔑も消え失せたと言わんばかりに、少女は興味を失くしたかのように視線を逸らす。
 その先にあるのは影の階段。眼下に広がる都市を見下ろし、少女は降りるのだ。一歩、一歩と踏み出して。

「さようなら、悪魔を騙る吸血種。"願い"なき君が、《美しいもの》を見ることはないけれど」
「さようなら、魔女を騙る哀れな人間。願わくば、お前が原初の過ちに気付くことを祈っているわ」

 立ち止まり、一瞬だけ振り返って。

「最初に死んだのは、本当は一体誰だったのかしらね?」

 答えを聞くこともなく、少女は階段の向こうへと消えていく。
 徐々に遠ざかっていく足音だけが残響する闇の中、少女は憎々しげに口を開き。

「虚言を吐くなよ、所詮は運命を操ること叶わない吸血鬼如きが」

 無駄な時間を過ごしてしまった。
 今や彼女に遺された時間は永遠にも等しいが、地上の諸々は止まっていないのだ。
 時は巡る。一寸の光陰すら置き去りにして、目まぐるしいほどの速度で。

「ボクはお前なんかとは違う。ボクは必ず、ボクの願いを叶えてみせる」

 だから、彼女は誰よりも早く、刹那を駆け上がるのだ。
 永遠のような一瞬を掴むために。
 一瞬でしかない永遠を掴むために。

 故に、束縛の糸を振りほどくことすらできない傀儡になど、構っていられる暇はない。
 都市そのものを見下して、少女は呟く。

レミリア・スカーレット。役割を果たし、ただ潰えるがいい」

 例え何を持ち出そうとも。
 お前は始点から終点まで、この掌の上なのだから。










Answer:私の知ったことじゃない





【クラス】ランサー
【真名】レミリア・スカーレット
【属性】秩序・中庸

【パラメーター】
筋力C 耐久B 敏捷A 魔力A 幸運D 宝具B

【クラススキル】
対魔力:B
魔術発動における詠唱が三節以下のものを無効化する。
大魔術、儀礼呪法等を以ってしても、傷つけるのは難しい。

【保有スキル】
《奪われた者》:-
人のかたちを持ちながら、人ではない者たち。
人ではなく、人であったかもしれない者たち。
異形都市を保つ根源によって、彼らの"かたち"は保たれる。

運命操作:D
彼女の持つ能力。運命を操るとされるが、実際のところ操れてはいない。
なので「それとなく幸運が起きる」程度の代物であり、しかも本人に時期の操作は不可能。
そのはずである。運命を変えるなど、一個人にできるはずがない。そんなことは許されない。許せるわけがない。

吸血鬼:B
強靭な肉体と再生能力を両立する。
但し、直射日光を浴びれば気化してしまう弱点を持つ。

【宝具】
『運命射抜く神槍(スピア・ザ・グングニル)』
ランク:B 種別:対軍宝具 レンジ:1-99 最大補足:1人
正確には槍そのものを投げているのではなく、弾を超高速で投げつけることで槍のように変化させるとされるランサーの十八番。原典におけるランサーの代名詞とも取れる技であるが故に、此度の聖杯戦争において宝具の域にまで昇華され、とうとう持って振るうことも投げることも可能な槍へと変貌を遂げた。
真名開放と同時に投擲することで真価を発揮する。
その性質は不明だが、単純に強力であるが故に穴がない「対軍宝具」。

『《この胸を苛む痛み》』
ランク:A+ 種別:対人宝具 レンジ:1~20 最大捕捉:50
心臓死を司る鋼の権能。
万物の自壊を誘発させる黒霧を纏った触腕を繰り出す、自滅因子の理。

これは心停止によって命を失った彼女に与えられた、自死を促す嘲笑の力。
とある悲劇から産み落とされた無数の明日の一つ。
そして紡ぐ運命に翻弄された《美しきもの》見通す少女の、果て無き意思と想いを受け取って。
故に是は反逆の腕。《虚空の月》に非ざる《幼心の君》へと手を伸ばし、そして彼女は───

【weapon】
攻撃手段は専ら魔力による光弾。
羽根の付け根に近い部分から対となる二本の触腕が生えている。

【人物背景】
第四の《奪われた者》。代償は傀儡、司るは心臓死の権能。
光なき漆黒の夜にその身を置き、しかして胸に宿すは太陽が如き黄金の輝きか。
赫眼宿す無垢なる少女。その想いに呼応して願いを受け取った女は、果たしてその瞳に何を映す。

【サーヴァントとしての願い】
抗う。





   ▼  ▼  ▼





 そして終わりの時が来る。

 役者が揃い、その全員が階段を下りきった直後、反転した祝詞は満天下に叫ばれた。





「神の形骸たる檻は崩落し、世界は今禍時へと至る───『その願いが、世界を導く(ラグナロッカー・バーテックス)』」





 宣誓される破滅の序曲。嫋やかな少女の繊手が遍く世界の崩壊を寿ぐ。

 世界が割れる。
 空間が割れる。
 漆黒に覆われた星空が、ガラスに罅が入るかのように真っ二つに裂ける。

 この日、数多の破壊に晒されてきた都市が、しかしそれすら凌駕する未曾有の大災害に襲われる。
 暗中に大量の羽虫が集るかの如き都市を睥睨するは、三対の瞳。

 一つは月。夜天の大陰そのものの双眸で無機的に見下ろす。
 一つは渾沌。人々の死すらも愛い哉と献身の瞳で全てを慈しむ。
 一つは魔女。ただ己の願いだけを掲げて、彼女は万象を嘲弄する。

 そして、ただ一人の世界救済者は───











「ボクはこう思うんだ。一度叶えただけで終わるのは"願い"じゃない。それはただの欲なんだと。
 自分の居続けたい場所、在り続けたい姿。それを見るのが、本当の願いなんじゃないかってさ」


 地上へ降り立つ三人を見届けた少女は、ただただ謳い続ける。


「その意味で言うなら、ボクはきっと世紀の大悪党なのだろうね。一度終わらせるだけじゃなく、永遠に終わらせ続けることを願うボクは。
 許されるはずがない。ああ分かっているとも。最も罪深いのは誰でもなく、このボクなんだって」


 既に分かりきったことだった。
 少女は決して狂気にその身を窶した者でも、その果てに思考を放棄したものでもない。
 人並の感情を備え、人並の良識を持ち、人並の聡明さを持った標準的な人間だ。
 故に己の愚行も、それにより齎される悲劇の何たるかも、痛いほどに分かっている。
 それでも。


「それでもボクはこの道を選ぶ!
 世界を殺し己を救う、この運命を往く!
 それ以外の如何なる道も、ボクには赦されず、与えられず。
 ならば他者など知ったことか! 舞台に上がれぬ端役の芥共、何処とも知れぬ片隅で勝手に息絶えていればいい!」


 分かった上で、その答えを返すのだ。
 人倫と道徳に唾を吐き捨てる。自分以外の何者も、考慮するに値しないと斬り捨てる。

 所詮は取るに足らない雑多な有象無象、顔も知らない価値なき小石の群れに過ぎない。
 そんな塵屑を万や億積み重ねようとも至高の黄金になどなるわけもなし。

 誰に否定されようとどうでもいい。百億の憎悪など無いも同じだ。
 他ならぬこのボクだけが、この選択をこそ福音であると謳い上げていればいい。

 故に。


「喝采せよ! 喝采せよ!
 ああ、ああ。素晴らしきかな。
 地獄の歯車に奪われし愛を、今こそボクの手の中に!
 現在時刻を焼却せよ、《大機関時計》!
 ボクの望んだその時だ!
 誰をも愛さぬ救済者よ、待っているがいい!」


 故に、己に非ざる願いの全てを否定する。
 綺麗なものも汚いものも、尊いものも俗なものも。
 万感の想い込められた願いの全て、省みることなく踏み躙る。

 妹を救いたい? 大人しく世界の礎として生き埋めにしてしまえ。
 生徒たちの無事を? 腐乱死体が未練がましく墓から這い出るなよ、汚らしい。
 惨劇のループから抜け出す? 無限の機会を与えられた幸せ者が賢しらに願いを語るな。
 ルーラの教えのために? 自分の意志すら持てない愚鈍な糞餓鬼、お前如きが報われるとでも思ったか。
 憎き相手に復讐を? 愚かすぎて言葉もない。無様に屍を晒せばいい。

 ああ、ああ! どいつもこいつもなんて痴れ者! 破綻しているとも気付かないまま踊り続ける滑稽な人形共!
 その思い上がりこそお前たちの真実だ。その否定こそお前たちの幸福だ。
 あまりにも愚かしすぎる人の夢はなんたる醜悪さではあるが、それこそ我が盤面には都合がいい。

 お前たちは盲目だ。等しく何も見ていない。
 他者も、世界も、夢も、現も、いつも真実とはお前たちそれぞれの中にしかないのだろう?
 見たいものしか見ないのだろう?

 愛い、愛い。実に素晴らしい。その調子で聖杯を求め足掻き続けるがいい。
 聖杯の降り立つ時こそ、我が愛が終焉を迎える瞬間だ。
 万能の願望器を呼び水として、今こそ我が願いの果ては形を成す。

 ああ、けれど。
 この目に浮かぶものはなんだ。
 この胸に刺さるものはなんだ。
 誰かの顔が脳裏に浮かぶ。
 歓喜とも悲嘆とのつかない涙の粒を眼の端に乗せて。

 叫ぶ。


「これは復讐だ! これは復讐だ!
 運命への、世界への!
 救い齎さぬ幻想を赦すな!
 否定するだけが能の現実を赦すな!
 生まれ行く命たちが幸福を掴むことなく潰える世界を赦すな!
 ボクは───」


 歪む。
 声が、表情が、あるいは想いが。
 憤怒と哀絶張り付けた顔で、少女は彼方へと叫んで。


「ボクは、永遠さえあったなら、それで良かったのに……!」


 それは揺るがすことのできない、たった一つの真実。







「あははははははははははははははははははははははははは!!!」







 ───けれど。

 ───けれど、もしもこの身が夢ならば。












Answer:黙れ。ボクが告げるのは"願い"だけだ。





【道化、あるいは盲目の生贄@?????】
[状態] 差し伸べた手は振り払われ、
   求めた明日は永遠の今日に阻まれる。
   白痴と盲目に堕したその身は《西方の魔女》には在らず、
   しかして体現せしは無貌の《根源存在》
   悪なる右手は地に落ちて、
   破滅を告げるは白き死の仮面。
   故に彼女は救済者などではなく、
   砕けた過去を追憶する、世界の破壊者。
[装備]???
[道具]???
[所持金]???
[思考・状況]
基本行動方針:願いを叶える。
1:三人の《奪われた者》を放ち、聖杯戦争を加速させる。
[備考]
※第三の《奪われた者》、無限の現在(イマ)を増殖させる女こそが彼女の正体です。
※奪われたことを、彼女は決して認めません。














 時よ永遠に止まれ。君は誰よりも美しいから。


































   ▼  ▼  ▼





 その始まりは偶然か必然か。そもそも偶然と必然にどれだけの違いがあるのか。



 さわ、



 と木々を揺らせて吹き抜けた風に、微かに、ほんの微かに混じった物音。
 人気のない、街灯の薄ぼんやりとした白い光が照らす夜の公園。市街地や住宅街から少し外れた、山の麓に近い場所にあるその一角に、今は使われていない半開きの窓があった。

 そこに、腕が一本生えている。

 腕はまるで水面を割るかのように境界をさかいに飛び出し、暗闇を手探りするかのように所在なさげに彷徨っていた。
 腕がぱたぱたと動く。その所作は驚きと困惑に満ち満ちて、近くにあるものを掴んだり、一瞬出たり消えたりを繰り返していた。が、やがて己を囲む窓枠の存在に気付いてそこを掴んだ。虚空からにょきりともう一本が続く。両手は身を乗り出す一瞬前のように力を湛えて。

「……………………あ」

 そして、"彼"は鎌倉の街に降り立った。
 彼は静謐な空気に満ちる夜の公園に突っ伏し、驚きと困惑の入り混じった表情で瞬きをし。

「……やった」

 すぐにその意味するところを知って、みるみるうちに顔を緩ませる。

「よっ───っしゃああああああああああああッ!!!」

 力強く、ガッツポーズ。

「やった! やってやった! 俺はついにやったぞ! ってうお!?」

 興奮と眩暈で一瞬前後が不覚になり、バランスを崩して倒れ込む。もつれた足を基点に半回転して背を強かに打ち付け、仰向けに倒れ砂まみれになった顔はそれでも笑顔に溢れていた。

「はっはー! やったぜ! やってやった! 俺はついに抜け出したぞ!」

 両手を天に衝き、勝利の雄叫びが夜半を震わせる。

「ざまあみろ!」

 彼は泣いていた。それはただ、目に砂が入ったからという理由だったが、彼はその涙を拭おうとはせず、勝手に溢れるがままにした。

 その声が聞こえるまでは。





「……ねぇ、どこ行っちゃったのさぁ……ボ……ク、怖い、よぉ……」





 窓の空間にまた一つ波紋が広がり、もう一つ腕がまろび出た。

「ひぃ、ぐ、どこぉ……?」

 恐れと不安だけを湛える、か弱い少女の声。
 秒毎に近づいてくるそれに、彼は慌てて涙を拭い起き上がる。

「待て、気をつけろ! 落っこちるぞ!」
「え、アリ───きゃあ!」

 遅かった。少女は彼と同じように上半身を乗り出して落下した。

「ちっ!」

 彼は腰を落として抱き留める姿勢に入る。
 驚愕に表情を染める少女は、しかしそれを見ないうちから「彼なら自分を絶対に抱き留めてくれる」と確信して、むしろ自分から飛び込むように手を広げた。
 言葉を交わす必要もなかった。
 日常の当たり前の行いであるかのように、二人の行動はぴったりと重なっていた。
 それは二人が、二人であるからこそできる以心伝心であった。

 そして。


「……大丈夫か?」
「うん……ありがとう、ね」


 果たして彼は少女を抱き留めた。細い体の柔らかさは赤ん坊を抱いた時のように頼りなく、彼は少女の頭を割れやすい卵を扱うようにそっと抱えた。
 抱き寄せた二人の体はしなやかに地面へと落ちる。引き寄せられて、少女の頭が彼の胸に当たった。腕が背中に回り、知らず強く抱きしめる。制服を通して少女の頬に彼の体温と鼓動が伝わった。

「相変わらずドジだな、お前は」
「うぅ、ごめん……本当にありがとうね、■■■」

 しずしずと離れ、少女は彼から離した手でぎゅうと己を抱いた。未だ晴れぬ浮遊感と動悸から、そこに自分が在るということを確かめているようだった。

「それで……」

 そして、少女は顔を起こし。

「ここが、外の世界なの?」

 世界を見た。

 優しい月光を拒否するように、煌々と明かりが灯る街が、眼下にあった。
 彼方には海を臨み、三方を山に囲まれている。中央にできた空間に敷き詰められた人々の営みは、煌びやかな光に彩られて、しかし同時に作り物のような無機質さも感じさせた。
 二人にはそれが、檻のようにも見えた。
 一度入った者を決して逃がさない、自然で出来た巨大な檻。

 そこは確かに生者の暮らす街であるはずなのに。
 死、そのものの気配に溢れた街の姿が、目の前には広がっていた。

「なんなのこれ……ここ、オスティアじゃ、ない?」

 少女の声は、先ほどとは別種の困惑に満ちていた。
 ここは明らかに、自分たちのいた場所ではない。いや、それはいい。それはいいのだが、しかし"違う"のだ。
 ここは、自分たちが目指した場所では、ない。

 それに。

「う、ぐぁ……!」
「が、あぁ……!」

 二人は同時に腕を抑え、突如走った激痛に苦悶の声を漏らした。数秒か、あるいは数分か。それだけの時間をかけてようやく痛みが沈静化した頃に、発生源となった箇所を見遣れば、そこには不気味に輝く赤色の痣。

「なんだよ、これ……」
「……うぅ、うぐぅうううう……」
「お、おい、大丈夫かしっかりしろ!」

 彼は目に見えるほどに震えだした少女の肩を掴む。そして上げられた顔を正面から直視して、恐怖に彩られた少女を何とか奮い立たせようと強く思う。

「ね、ねえ……怖いよ、ボク、何がなんだか……」
「大丈夫だ、俺だって同じだ! だから」
「違うんだ……ボク、何がなんだか、"分かっちゃう"……」

 その言葉を聞いて、彼はびくりと身を硬直させた。
 そんな彼を余所に、少女は最早止められなくなった言葉を洪水のように吐き出す。

「知らないはずなのに頭の中に入ってくるんだ……ここがどこで、この赤痣が何で、ボクたちが何をしなきゃいけないのか……
 ねえ、殺し合わなきゃいけないんだって……サーヴァントっていうのを呼んで、他の人たちと戦って……ボクたち、そんなことを……」
「……ああ」

 震える少女の肩を抱きながら、若干のタイムラグを超えて少女と同様に事態を察した彼は、小さく呟いた。
 知識が、脳内に溢れる。令呪、サーヴァント、クラス、聖杯、マスター……この場において必要な諸々が、まるで何度も読み返した小説の内容のように鮮明に脳裏に浮かびあがった。

「やだよ、怖いよ、なんでボクたちがこんなことをしなきゃいけないの……!
 ボクたちは、ボクたちはただ……!」
「ああ、そうだな」

 言って、静かに立ちあがる。
 縋るような少女の手を優しく、けれど明確な拒絶の意志を持って振り払う。
 恐怖に震えていた少女は、そんな彼の姿に、泣くことも怖がることも一瞬忘れてしまって。

「……行くの?」

 少女は、二の腕をぎゅうと抱きながらその背に問うた。

「ああ」

 彼の答えは、予想通りだった。




 ガラスにぶつかり続ける蠅。
 彼を見る度に、いつもそんなイメージを心に思い描く。
 ブブブとにぶい音を立てて、力いっぱい硝子にぶつかる小さな蠅。そこにある透明な物質を理解できずに、何度も何度も頭をぶつける馬鹿な蠅。

 そこにはガラスがあるんだよ、と、少女は蠅に呟いたりする。



「行っても無駄だよ」



 だからもうやめなよ、と彼に言ってみたりする。



「ねえ、もう帰ろうよ……こんなところ、ボク、嫌だよ。怖いよ……本当に怖いよ……ねえ、君もそう思うでしょ……?
 外の世界がこんなひどいことになってるなんて、知らなかったもんね……ねえ、帰ろうよ。ボクたちの、三年四組の世界にさ。閉ざされてても、きっとここよりはずっといい場所だよ。それが分かっただけでも収穫だよ」

 少女は縋るように、あるいはどうかそうでありますようにと願うように。

「ねえ、そうでしょ……?」
「……」



 ───でも彼は、蠅がそうであるように、少女の言葉なんか分からないみたいな顔をして。



「ねえ!」
「お前は戻れよ」



 窓の向こうへ、行こうとするのだ。



「俺は行く。俺達を解放するために」



 それを聞いて、少女は決めた。怖いけど、決めた。

「……じゃあ、ボクも行く」
「おい」
「絶対、ついてく!」
「……帰れ馬鹿」

 とんと突き放すように手を出そうとして、けれど決然とした表情の少女に一瞬気圧されて、失敗を犯した子供のように手をすっこめた。
 少女は強張った顔に力を入れて、無理やりに笑った。

「ふ、ふんだ! 置いてきぼりにしようったってそうはいかないんだから! ぼ、ボクは絶対君についていくからね!」
「……ああ、そうだな」
「突き放したり、閉じ込めたりしたらひどいんだからね!」
「お前、分かってるなら素直に帰るとか考えろよ……」
「絶対、絶対……怖いけど、絶対……」

 ひっく、ひっくと嗚咽が漏れる。
 彼はがしがしと頭を乱暴に掻き、仕方なさそうに声を上げた。

「好きにしろ」

 少女の瞳から零れ落ちた涙は、小さな顎に引っ掛かって落下した。肌の上でころころと輝いていたそれは音もなく地面へと落ち、暗闇の中になお滲む染みとなって地面を濡らした。

「泣くな……もう行くぞ」
「な、泣いてないもん馬鹿ぁ! って、待って! 待ってよ!」

 そうして二人は歩き出した。



 これは過去。
 最初の聖杯戦争の話であり、
 地の獄が形成されていない頃の話であり、
 地上が痴れた音色に包まれていない頃の話であり、
 月の王が顕現していない頃の話であり、
 世界が未だその目を開いていた頃の話であり。

 そして。
 彼が既に、世界救済者であった頃の話であり。



「行こうぜ。俺達を、三年四組を解放するために」
「───うん!」



 少女が全てを諦めてしまう前の、話であった。






















 例題です。
 いいえ、是は御伽噺です。

 誰か、どうか教えてください。

 一体どうすれば、ボクは世界を救えていたというのですか。











Answer:お前に答えなどくれてやるものか。






















※現時刻を以て鎌倉市内全域にバーテックスが襲来します。全ては揺蕩う蕃神の夢見るままに。
※回答は不適格です。誰も世界を救うことはできません。
最終更新:2019年09月27日 20:59