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「世界の嘘を暴いてみる?」
▼ ▼ ▼
【普遍なる少女】
「……ライダー」
「……私は、さ」
「よくよく考えてみても、よく分からない」
「私にとって、アンタはなに?」
「友達? 仲間? それとも相棒?」
「そういうふうな関係、だったのかな」
「そんなふうに、なれたのかな」
「考えようとすると混乱する。
だから、考えない」
「今まではそうしてきた。
これからも、多分、そうしていくつもり」
「……実はね」
「アンタが男だってこと。割と前から知ってたんだ」
「だってアンタ、男が廃るとか男の意地がとか、よく言ってたし」
「時間だけは有り余ってたから、伝説とか逸話とか調べる暇もあったし」
「だから、さ」
「アンタとの関係は、あんまり深く考えないようにする。
今までも、これからも」
「……うん。そのつもり」
◆
目が覚めると、そこは陽射しの強い校庭だった。
「……あれ?」
寝ぼけ眼に映るのは、明るい日の光に照らされたグラウンド。
さっぱり人気の見当たらない、よく整備された土が広がる校庭。
それを見下ろす外階段に座り込んで、ぼんやりと船を漕いでいた自分に、ヤヤは唐突に気が付いた。
「私、何してたんだっけ……」
今まで何か夢を見ていたかのような。
なんだかふわふわした、夢見心地のような気分。
夢から醒めたという自覚はあるのに、どうにも現実味のない、そんな感じ。
つまるところ、ヤヤは半分寝ぼけていた。
と、
「はぁ……はぁ……も、もう限界……」
「ちょ、ちょっと待って……」
なんとも情けない声が二人分、ヤヤの耳に届く。
出所を見遣ればそこには三人の人影。バテて呼吸も荒く倒れ込む二人と、それを見て「まさかここまでダメダメだとは」みたいな微妙な目をしたちっこいのが一人。
関谷なる。
西御門多美。
あとハナ。
三人とも、ヤヤのよく見知った顔だった。
「まさかこんなにヘロヘロとは……。
よさこいでスタミナついたと思ったんデスが」
「踊るのと走るのは別だよぉ……」
「わ、私も昔より体が鈍ったみたいで……」
聞きなれた声を聞いたおかげか、霞んでいた視界が徐々に焦点を取り戻す。
それにつれて、半覚醒の意識も少しずつ冴えていった。
ここは由比浜学園中学、つまりヤヤたちの通う中学校の校庭。
今日は運動部の活動が休みだったから、よさこい部で場所を借りていたのだ。
東中百貨店20周年祭のイベントに向けた練習……と言いたいが少し違う。
それは乙女にとって永遠の苦悩。すなわち───ただのダイエットだ。
「まあ、なんか燃費悪そうよね、アンタたち」
「ふぇ!?」
ガーン、などと擬音がつきそうな勢いでショックを受ける二人に、なんとも呑気なもんよねとため息を一つ。
果たしてそんなヤヤの気持ちを知ってか知らずか、二人は己の体をじっと見下ろす。
「確かに、私なんて食べたら食べた分だけだから……」
「つ、突っ込まないデスよ!」
ぽけっとした多美とその胸を凝視するハナ、二人は悲しいくらいに対照的な体型だった。
視線を移すと、座り込んだなるが、羨ましそうな表情でこちらを見ていた。
「でも、ヤヤちゃんって本当にスタイル良いよね……羨ましいなぁ」
「わ、私がどんだけ苦労してると……!」
不意打ちだった。
意図せず顔を赤くして、ごにょごにょと呟く。
このままじゃいけない、と思って咳払いをひとつ。強引に話を切り替える。
「ま、まあ、本気で痩せる気なら筋力トレーニングとか食事制限とかもしたら?」
なんてしたり顔で言ってみたりする。が、当の二人は何やら不満顔だった。
はて、無理やりな話題転換だが、別に間違ったことを言ったわけではない。至極真っ当なアドバイスだったはずなのだけど。
「う、うー……」
「なに?」
「で、でもあんまり筋肉とかは……」
「やっぱり女の子だし、ムキムキよりふかふかのほうが絶対かわいいもん……」
指をもじもじさせて、二人揃って。
「それに甘いものは外せないよねー!」
無駄にハモりおる。
よし分かった、こいつらに慈悲はいらない。
「いいから校庭をもう五周! あと腕立て腹筋30回5セット! 終わるまで帰さないからね!」
「え、ええ~~~~~~~~~!?」
とまあそんな感じで。
気が付いたら辺りは夕焼けに包まれ、赤い西日がグラウンドの地面を赤茶けた色に照らしていた。
目の前には今度こそ疲労困憊といった風情で寝そべるなるとたみ。一方まだまだ余裕といった様子のハナがスポーツドリンクを差し入れしている。
まあ二人にしては頑張ったわよね、なんて思いながら、ヤヤは仕方ないなぁとでも言いたげに笑った。
「ねえみんな、これ聞いて」
そして、二人が頑張っている間にも、ヤヤは別にさぼって見ていただけではないのだ。
「わあー……」
PCに繋がれたスピーカーから奏でられる旋律に、三人は揃って驚きの声を上げていた。
「私の作った曲、こんなふうにアレンジしてくれるなんて……」
「EXCELLENTデス、ヤヤさん!」
「ヤヤちゃんすごい……!」
忌憚ない三人の賞賛に、ヤヤは気恥ずかしさと嬉しさと誇らしさが混じった顔で返す。
「実は何度か音楽室を借りて、シンセに繋いで打ち込みしてたの。
……ドラムは私が叩いた奴だけど、せっかくバンド頑張ってきたんだし、何か役に立てたらいいなって」
そこまで言って、とうとう気恥ずかしさが他の感情を上回ってか、照れ笑いを隠しながら徐々に声が控えめなものになっていく。
今再生してる曲は、自分たちよさこい部が踊るための曲だ。たみが作曲し、ヤヤが作詞して演奏してみた。まだまだ未完成ではあるけれど、ヤヤたちが作ったこの世にふたつとないオリジナルの曲だった。
と、そこまで言って、ヤヤは目の前に立つハナの体が震えていることに気付いた。
次瞬。
「ヤ……」
「え?」
「ヤヤさああああああああん!!」
「へ? ひゃあ! こ、こんなの大したことじゃないから! あーもう離れなさいってぇ!」
ハナがいきなり飛び付いてくる。
滅茶苦茶驚いて、咄嗟に押しのけてしまう。
それでもこりずに抱きついてきて、ああもう!と言いながらもまんざらでもない表情のヤヤ。そんな二人を見つめて、なるとたみは微笑ましそうに笑った。
「みなさん! せっかくヤヤさんが曲を作ってくれたんですから、振りももうちょっとブラッシュアップしませんか?」
ハナの提案に、反対するのは誰もいなかった。
その後、四人は下校時刻になるまで振りつけの練習を続けた。
笑顔で踊るヤヤの手には、あの日一度は拒絶してしまったはずの、なるとの友情の証である真っ白な鳴子が握られていた。
困って笑ってはしゃいで、そんな彼女らには眩しいばかりの笑顔があった。
そんな当たり前の、いつも通りの楽しい日常に、なんでかヤヤは少しだけ泣きたい気分になった。
理由は、自分でもよく分からなかった。
◆
街灯の照らす夜道を、ヤヤはひとりで歩いていた。
ここ何日か続けていた振りつけの練習の帰りだ。既に日は沈み、青い夕闇が支配する鎌倉の小道。古びた石段や紫陽花の咲く路地は、見慣れたものとはいえ幻想的な雰囲気があった。
ヤヤは、心地よい疲労と振りつけが様になってきた充足感とで満たされていた。その証拠に道を往く彼女は楽しげな表情で、機嫌よく鼻歌なんかも歌っている。
それは本当だった。今、ヤヤは満足した毎日を過ごしている。
けれど同時に、何か忘れているような気がする。
特にこれといった根拠があるわけではない。けれど、心の隅に引っ掛かるというか、普通に生活している時何かの拍子に違和感を覚えてしまうというか。
言い知れない物悲しさや、寂しさに襲われる。
そんな一瞬が、日に何度か存在するのだ。
「なんなんだろ」
考えると頭が痛む。それでも思考を過るこの感慨は、解き明かさねば晴れない寂寥感を覚えさせる。
まるで狐に化かされたみたいな気分だ、と思った。そういえば前にもこんなのあったな、なんてふと思う。
そう、あれは確か、まだなるたちと仲直りしていなかったくらいの時だ。
曰く、早朝の空を半鳥半馬の生物に騎乗して駆け抜ける、天使のような美少女がいた。
曰く、切り落としへと続くハイキングコースで、甲冑の鎧武者と天女のような装束を纏った女性が双方ともに血みどろで相対していた。
曰く、町のそこかしこに、怪しげな儀式を執り行ったような魔法陣が残されているのを、学園の子が何人も見た。
いやいや鎌倉ってどんな心霊スポットよ、とかちょっと笑ったりもしたっけ。
結局のところ、一過性のホラーブームはすぐに去って、今はそんな噂はまるっきり聞こえない。ミーハーなんだから、とも思ったりする。
でもまあ、私も他人のことそんなに笑えない。
この奇妙な違和感、邪推するとそういう心霊系っぽくもあるし。
幽霊とかそういうのは弱った心が見せる気のせいだって言うけど。
そういう意味で言えば、今の私も心が弱ってるのかなー、なんて。
そんなことを考えながら、路地の角を曲がった。
その瞬間だった。
「世界の嘘を暴いてみる?」
声が───
声が耳に届くのと同時に、姿が。
赤い頭巾をかぶった少女。
道の向こうの街灯の下、笑みを浮かべて立っている。
ヤヤには見覚えのない少女だった。
まだ幼い、あどけない表情の異邦人の子。
まだ幼い、可愛らしいとさえ呼べる容貌。
気配の一切がそこにはなかった。
少なくとも、彼女が、姿を現すまでは。
けれど───
少女の姿はそこに在った。
気配、息遣いの一切を知覚させずに。
「───え?」
驚き固まるヤヤに、少女は尚も笑いかける。
赤い頭巾をかぶった子。栗色の髪をした、恐らくは10にも満たない歳の子。
見た目と所作だけを見れば赤ずきんなのに、不気味な狼であるかのように錯覚させる何かがあった。
「うそ、って……え?」
言葉が出ない。
思考が働かない。
硬直するヤヤに、少女はただ笑いかける。
ただ───
笑いかけるだけで───
「そうね。生きていくには嘘が必要ですもの」
笑う。
笑う。
少女の笑みは崩れることもなく。
「こんばんは。そしてごきげんよう、お姉ちゃん。
わたしはトト。あなたのお名前は?」
「わ、私は……」
得体のしれぬ気配に気圧されて、けれどヤヤはまともに言葉が紡げるようになったのを自覚する。
ごくり、と乾いた喉が唾を嚥下して。掠れながらもヤヤは言葉を返す。
「私は、ヤヤ。
笹目ヤヤ」
「そう。ねえヤヤお姉ちゃん、あなたは邯鄲の夢を信じる?」
何を───
何を言っているのか。分からない。この少女は何を伝えたい?
いや、それとも、何かを聞きたい?
「《邯鄲の夢》だよ」
薄く開いた少女の口の、虚ろな虚ろな黒の向こうから、笑いの音と共に吐きだされる。
それは言葉の体を取ってはいても、あまりに無機的な音だった。動きのない、人形の声だった。
「お姉ちゃんが今見ているのが夢なのか。
それとも今までの生涯が夢なのか。
それは人の身においては知り得ないことなの」
「……」
空気が張りつめていた。
酷い違和感だった。今まで普通に呼吸していた空気が、今は何かおかしい。まるで地球の空気じゃなくなったかのよう。
大気そのものに冷たい恐怖が浸透し、異様な夜気を構成していた。総毛だった体毛が、過敏に夜気を感知して恐怖を倍加する。
もはや汗すら出ない。
背筋が痛いほど硬直し、体が動かない。
顎の奥がかたかたと振動する。
少女と話しているうちに、いつの間にか、この夜はヤヤの知らないものと成り果てていた。
「夢は覚めてしまえばその内容を忘れてしまう。
寂しいことだけど、それが人間ですもの。仕方のないことよね」
くすり。
その小さな笑みだけが、夜気の中に反響する。
「例えば、失われた記憶のように」
心を、冷たい手で鷲掴みにされたようだった。
か細い声。
綺麗だが、その美しさも恐怖を煽るばかりで酷く寒々しい。
「記憶……?」
ヤヤは、唐突に思い至る。
「それって……」
初めは自分のことだと思っていた。
「それって、もしかして……」
世界の嘘を暴くという言葉。
知らない記憶、忘れてしまった何か。
それは……
「私じゃない"誰か"が、そこにいたの……?」
忘れているというもの。
それはものではなく、"誰か"である可能性。
ヤヤ以外に、誰かがいたという可能性。
少女は、少女の姿をした何かは、静かに昏く、嗤った。
───忘れてなんかいないよ
ただ、あなたが知らないだけ
最初から知らなかっただけ
だったら、憶えてるわけないでしょう?
知らないもの、覚えてるわけ───
「やめて!」
呪文めいた微かな声に、ヤヤは堪らず叫びを上げた。
くすくすと、"何か"はそれを嘲笑う。
少女は微笑んでいた。
少女は歓喜していた。
一体何に。ああ、ヤヤの発した言葉にか。
気配そのものは人だった。
だが、人ではあり得なかった。
人のカタチをした何かが、ヤヤを見つめて笑っている。
半分になった異形の貌が、月の向こうで嗤っている───!
───我らは朔の夜の夢
遥か昔からこの世界に蔓延る
畏怖の念を喚起するもの
夜は闇に等しく
闇は暗に等しく
暗で見る夢は、あなたに等しい───
「やめて、やめてよ!」
ヤヤが叫ぶ。恐怖とも、怒りとも取れない叫び。
震えていた。抱きかかえる自分の体の震えが伝わる。いや、あるいは震えているのは心か?
恐怖が五感を過敏にしていた。
膨大な体感覚が体中に満ち、最早何もかも分からなくなっていた。
ただ、ここは寒かった。
───哀れでかわいい
盲目の生贄
でも、もう夢はおしまいよ
だって今は現実の中
夜のとばりは落ちきって
それでもあなたが望むのならば───
がちがち、がちがち。
歯の鳴る音が、頭蓋の中に響く。
「訳の分からないこと言わないで! 私は……」
震えながら叫ぶ。怯え、怒り、恐怖、困惑。
それらをないまぜにしながらも、ヤヤは振り絞るように。
「私は、そんなの望まない! アンタが言う全部、知らないし知りたくもない!
私は、今、ここにいるんだからぁ!」
それを聞いて。
少女は、やはり笑うだけで。
───そう、だったら……
───喜べ■■。お前の願いは……
少女が、ふっ、と顔を上げ。
ぷつり、
と、街灯の明かりが消えた。
暗黒。
ヤヤの意識が、暗闇の底に落ちた。
◆
目が覚めると、そこは暗い通学路だった。
「……あれ?」
一瞬、意識を失っていたのだろうか。なんだか視界がぼやけ、頭が重い。
「うーん、寝不足ってわけでもないんだけどなぁ」
不思議そうに呟き、とりあえず歩みを再開する。
でもまあ、よさこいで色々疲れているのかもしれない。
一応運動はしてるしバンドで結構体力もつけたけど、ダンスで使う体力はまた別のものかもしれないし。
とりあえずゆっくりお風呂に入って、今日は早めに寝ようかな、なんて。
「だって明日も……みんな一緒に、だもんね」
そんなことを考えながら、少女は家路につく。
先ほどの悪夢も、些細な違和感も、既に彼女の中から喪われていた。
◆
《喜べ英雄。お前の願いは確かに果たされた》
《笹目ヤヤは只人と同じくして、当たり前に生き、当たり前に死ぬだろう。
彼女は最早何も思い出しはしまい。痴れた音色に包まれた阿片窟での凄惨な記憶も、そしてお前のことすらも》
歩き行くヤヤの後ろ姿を見つめて。
少女がそこに立っていた。赤い頭巾をかぶった少女。街灯の光、その少しだけ外の闇。そんな位置に立つ少女は、上からの明かりに照らされて静かに笑っている。
少女は微笑んでいた。
少女は歓喜していた。
一体何に。ああ、ヤヤの発した答えにか。
ただの少女であるように佇んで。
気配も在り、息遣いも在る赤ずきんの少女。
見る者が見れば、容易に分かっただろう。
少女は、およそ人の身ならざるものだ。
肌の下には血潮を感じる。人だ。
息遣いには肉体を感じる。人だ。
よもや、夢幻や影の類ではないはずのもの。
だが正しく人ではない。
見た目通りのものでは。
《世界の嘘を暴くことはない。彼女は既に舞台から退場した。
故に、彼女の物語はもう終わり。誰にも語られることはなく、誰にも観測されることもなく》
少女は笑う。ヤヤの後ろ姿から目を外して。
《人の世はあまりに儚く移り行く。一切は空》
《わたしも、あなたたちも。存在しないのよ》
そして───
赤ずきんの少女は、もう、どこにもいなかった。
ひとを食らう狼である少女は消えていく。
異境で神と讃えられる少女は消えていく。
まるで、初めからいなかったように。
消えていく。
消えていく。
やがて、路地に残るは無機的な灯りと静寂のみ。
ああ。それと。
黒猫が一匹だけ、足元にいただろうか。
それだけのことだった。
それが例えどんなに不可思議なことであっても。どれだけ重大な意味を孕んでいたことであっても。
それはただひたすらに、それだけのことだった。
▼ ▼ ▼
【黒衣の男】
「聞こえているか。あるいは、見ているか」
「私は今、
アティ・クストスの右目を通じ、虚空黄金瞳を介してお前に語りかけている」
「第一がここに在る以上、これを見ているのは第二か第三か。ともあれ、顕象された事実を嬉しく思う」
「端的に言う。この歴史的間隙、すなわち聖杯戦争と呼ばれる魔術儀式において降誕する"聖杯"こそが、お前たちの追ってきたものだ」
「立ち入れずとも心配はいらない。何故なら」
「私たちが今より、この世界そのものを破壊する」
◆
サーヴァントとは、人々の信仰によって形作られた現身であり、厳密には当人ではない。
当然の話だ。死者蘇生の奇蹟がこの世に存在しない以上、既に死した英霊はどう足掻いてもコピーでしかなく、人理から生まれ落ちた影にすぎない。
だが、それを指して偽物と呼ぶのは果たして適当であるのか。
例えば今この場にいるアーチャー・ストラウスを指して、お前はローズレッド・ストラウスなどではないと言う者がいれば、それは度を越した愚か者だろう。
彼は確かに亡霊たるサーヴァントではあるが、同時に確かに
ローズレッド・ストラウスという個人なのだ。
例え始まりが何であろうとも。目覚め、己を認識した瞬間に、その者は唯一の独立性を獲得する。
それを指して偽物と嘲笑できる者など、この世のどこにも存在しない。
同じように。
あの"笹目ヤヤ"を「お前は笹目ヤヤではない」などと言える者もまた、この世のどこにも居はしない。
「そう、どこにも存在しないのだ」
腕の中で、アティが目を覚ます。焦点の合ってない瞳を、ゆっくりとこちらへ向ける。
「アーチャー……あたし、は……」
「すまないが」
彼女の額を、とん、と軽く押す。
それだけで、アティの意識は霧が如き夢幻の中に落ちた。
今の彼女にはもう、ストラウスの姿など映ってはいまい。
彼の背後に映る、煌々とした満月の光も。
視界の端で去りゆく、見覚えのない無関係な中学生くらいの少女の姿も。
「最早、体裁を気にしていられる段ではなくなってしまった。しかし……
それでも私は、君には君だけの願いの果てへと至って欲しいと、そう祈っている」
「あ……」
「行くがいい。アティ・クストスの本懐は、かの異形都市を発つ白猫こそが果たすだろうけど。
アティ・クストスの名を持つ君の本懐は、君自身こそが果たすべきなのだから」
そして、ストラウスの腕から降り、アティはふらふらと小道の向こうへと歩き去っていく。
空に蠢く星屑たちは、その姿に見向きもしない。極めて強力な暗示迷彩だ。例えサーヴァントであろうとも、高位の術式看破能力を持たねば認識できまい。
「
アストルフォ。お前の願いは確かに果たした。私にできたのはここまでだ。そして」
彼方を見遣る。
激発する膨大な魔力が、ここからでも見える。
都合三つ、最低でもそれだけの数の暴威が、今この瞬間にも解き放たれようとしている。
それを前に、ストラウスは。
「次はお前の番だ、英雄王。私はお前との盟約を果たし、そしてお前もまた───」
瞬間。
ストラウスの総身は消え失せ、そこには静寂だけが残された。
そこに誰かがいた痕跡は、そこで誰かが戦った痕跡は。
今や何一つ、ありはしないのだった。
【笹目ヤヤ@ハナヤマタ 帰還?】
『C-3/鎌倉市街地跡/一日目・禍時』
【アティ・クストス@赫炎のインガノック- what a beautiful people -】
[令呪] 三画
[状態] 正体不明の記憶(進度:小)、忘我、認識阻害、誘導暗示
[装備] なし
[道具] なし
[所持金] アーチャーにより纏まった金額を所持
[思考・状況]
基本行動方針:抱く願いはある。けれどそれを聖杯に望む気はない。
0:───行くべき場所へ行く。
1:自分にできることをしたい。
[備考]
鎌倉市街の報道をいくらか知りました。
ライダー(アストルフォ)陣営と同盟を結びました。
アーチャー(ストラウス)の持ち込んだ資料の一部に目を通しました。それに伴い思い出せない記憶が脳裏に浮かびつつあります。が、そのままでは完全に思い出すのは困難を極めるでしょう。
認識阻害の術式をかけられています。真実暴露に相当する能力がない限り彼女を如何なる手段でも認識することはできません。
ヤヤとアストルフォの脱落を知りません。
【アーチャー(ローズレッド・ストラウス)@ヴァンパイア十字界】
[状態] 魔力消費(小)
[装備] 魔力で造られた黒剣
[道具] なし
[所持金] 纏まった金額を所持
[思考・状況]
基本行動方針:マスターを守護し、導く。
0:───遂にこの時が来たか。
1:最善の道を歩む。
[備考]
鎌倉市中央図書館の書庫にあった資料(主に歴史関連)を大凡把握しました。
鎌倉市街の電子通信網を支配する何者かの存在に気付きました。
如月の情報を得ました。
笹目ヤヤ&ライダー(アストルフォ)と同盟を結びました。
廃校の校庭にある死体(
直樹美紀)を確認しました。
B-1,D-1,D-3で行われた破壊行為を認識しました。
『幸福』を確認しました。
廃校の資料室に安置されていた資料を紐解きました。
確認済みのサーヴァント:
ランサー(
No.101 S・H・Ark Knight)、アーチャー(
東郷美森)
真名を把握したサーヴァント:
アーチャー(エレオノーレ)、ライダー(マキナ)、ライダー(アストルフォ)、アサシン(
スカルマン)、バーサーカー(シュライバー)、ランサー(レミリア)
▼ ▼ ▼
【星を宿す少女】
……ああ。
この目に見えます。今も。
暗き夜空の彼方にあって、輝くもの。
見えます。わたしにも。
例え盲いた両目であったとしても。今は。
夜空に輝くもの。瞬くもの。
それは、星々。
人々が拓く物語と同じく、無数に。
世に充ちて在るもの。
ならば、ならば。
そこから、今はひとつを紡ぎましょう。
それは少女。
プレアデスの星々を渡るもの。
アルデバランの傍らにあって、
今もずっと見つめ続けている人。
すばる。
すばる。
その胸に可能性の結晶を宿す少女。
ようこそここへ。
物語の狭間。
時の狭間。
星々と太陽の園へ。
ここは空。
ここは海。
異邦の偉大な碩学さまは言いました。
すべてのひとの奥底に、
揺蕩う無意識の深淵を。
さあ、わたしは紡ぎましょう。
あなたの想うままに。
あなたの動くままに。
輝きを。
煌めきを。
あなたの生きる物語を。
聞かせてください。
あなたのことば。
聞かせてください。
あなたが、どこかへ刻む想いを───
「……わたしは」
「わたしの想いは……」
◆
夜の街を駆け抜けるその少女に、およそ余裕などというものは存在しなかった。
「しくじった……私は、こんなところで……!」
外布を必死に操作し街路を駆ける小さな影。少女───東郷美森があの戦場を生存できた理由は、単にその幸運の発露という他なかった。
ヒポグリフの次元跳躍、自分に向かってくるそれを、美森は己が最大の魔力を持つ巨大物を盾とすることで何とかその場を逃れることができた。
すなわち、満開の力の源である巨大浮遊砲台を犠牲にすることで。
自分への敵意を感じ取った瞬間、美森は砲台の上から飛び降りた。次瞬、激突する衝撃が砲台を微塵に破壊し、大量の魔力をまき散らして爆散したのだ。
結果、今の美森は身一つで街を駆ける羽目になっている。
命は拾えた。だが代償に満開が解除されてしまった。
kろえでは、我が願いを叶える道程が更に厳しいものになってしまう。
とんでもない不覚である。けれど。
「それでも、私は諦めない……!」
それでも執着する一念がある。既にどうしようもなく諦めているはずの彼女は、そんな自分を認めようともせず、できもしない諦観の打破を謳って標的を探すのだ。
殺すべき相手を、ビルの合間に落ちていった二人を。
探すのだ。
◆
路地裏に倒れる少女。
大きな杖を片手に握って、倒れてもなお手放すことなく。
地面に落ちて弾かれて、気を失った少女。
そんなすばるのすぐ横に、呆然と座り込むのは
結城友奈と呼ばれる少女だった。
結城友奈と呼ばれていた。
けれど、それは果たして本当だったのだろうか。
本来友奈では決してあり得ぬ所業を為してしまったこの少女は、果たして。
勇者と呼ばれるに相応しい英霊であるのか。
それは分からない。けれど。
確かなことがひとつだけ。
「私、は……」
今まで一度も動かなかったはずの口。
それが微かに動き、何事かを呟く。
それは、目の前で倒れる仮初の主に何かを想ったのか。
それとも、今もなお近づいてくる"何者か"を感じたせいか。
今はまだ分からない。
けれど邂逅の時は、確かに刻一刻と迫っているのだった。
▼ ▼ ▼
【喪失者】
「父を返せと慟哭する女の子の声が聞こえる」
「母を返せと石を握る男の子の声が聞こえる」
「我が子を返せと亡骸に縋りつく男女の声が聞こえる」
「友を返せと血だまりで叫ぶ誰かの声が聞こえる」
「恋人を返せと、屍食鬼に群がられながらも轟く怨嗟の声が聞こえる」
「……全部」
「……全部、私のせい」
「私がマスターを止めなかったから。
私が何もすることができなかったから」
「だから、私は」
「私は、全てを失っ
………。
………。
………。
「───」
「心よりの想い。そして、願い」
「それを語る資格が、お前にあるとでも思ったか」
「結城友奈。愚鈍で無価値な肉人形め」
「何をも為せない【喪失者】め。お前の祈りは誰にも届かない」
『C-3/鎌倉市街地跡/一日目・禍時』
【アーチャー(東郷美森[オルタ])@結城友奈は勇者である】
[状態] 《奪われた者》、単独行動、精神汚染、全身にダメージ、魔力消費(中)、満開解除、ステータス大幅低下
[装備] シロガネ、刑部狸の短銃、不知火の拳銃、《安らかなる死の吐息》
[道具] なし
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:皆殺し
0:追撃を避けるため退避、尚且つ撃墜した参加者の元へ行き確実に息の根を止める。
1:聖杯の力で世界を破壊し、二度と悲劇が繰り返さないようにする。
2:バーテックスの侵攻を以て鎌倉市を滅ぼす。
[備考]
浮遊砲台を損失。
すばる、ロストマン(結城友奈)の姿を判別できていません。あくまでそこに参加者がいたことしか分かりません。
【すばる@放課後のプレアデス】
[令呪] 三画
[状態] 深い悲しみ、疲労(大)、昏倒
[装備] ドライブシャフト
[道具] 折り紙の星
[所持金] 子どものお小遣い程度。
[思考・状況]
基本行動方針: 聖杯戦争から脱出し、みんなと“彼”のところへ帰る……そのつもりだった。
0:……
1:生きることを諦めない。
[備考]
C-2/廃校の校庭で起こった戦闘をほとんど確認できていません。
D-2/廃植物園の存在を確認しました。
ドライブシャフトによる変身衣装が黒に変化しました。
ロストマン(結城友奈)と再契約しました。
【ロストマン(結城友奈)@結城友奈は勇者である】
[状態]魔力消費(超々極大・枯渇寸前)、疲労(極大)、精神疲労(超々極大)、精神崩壊寸前、呆然自失、神性消失、霊基変動。
[装備]
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:……。
1:私は……。
[備考]
神性消失に伴いサーヴァントとしての戦闘力の一切を失い、また霊基が変動しました。
クラススキル、固有スキル、宝具を消失した代わりに「無力の殻:A」のスキルを取得しました。現在サーヴァントとしての気配を発していません。現在のステータスは以下の通りです。
筋力:E(常人並み) 耐久:E(常人並み) 敏捷:E(常人並み) 魔力:- 幸運:- 宝具:-
すばると再契約しました。
最終更新:2019年06月21日 22:11