【青空の詩編:Chapter.5】
「【止まない雨の中】
【翳りゆく世界はどうしようもなく】
【進路も退路も塞がれた道の中で】」
「【時間稼ぎと消費された時間】
【積もりゆく感情】
【神の死に絶えた背徳の地】
【あるいは我が愛の終焉たる、封印都市の境界にて】」
「……」
「そうやって創り出された諦めのような結末は、
退廃的でとても美しいものだった」
「そう。
それ以下でも、
それ以上でもなく、
ただ美しかった」
「……。
それが幸せかどうかは、人次第だけど」
「無限が有限になる喜びは、
無限を経たものにしかわからない。
ある種当然なのだろうけど」
「少なくとも、そう少なくとも。
彼女にとって、それは一つの救いだったんだろう」
「もう、すぐに……」
「【晴れわたる空の中】
【光溢れる世界はどうしようもなく】
【進路も退路も塞がれた道の中で】」
「【時間稼ぎと消費された時間】
【積もりゆく感情】
【始原の海と黄昏の渚】
【あるいは我が愛の終焉たる、遥かな時の残骸にて】」
「それらが、結末を創り出す」
「……僕が見たい空は、どんな……」
▼ ▼ ▼
「貴方たちにオススメの部活は他にあるわ」
それは中学校に上がったばかりの頃。入部する部活を決めようと色々見学している時のことだった。
チアリーディング部の勧誘はどうするの? 押し花部があったら入ったんだけどなー、そんなのあるわけないでしょ、そういう東郷さんは?
そんなことを話しながら廊下を歩いている時、突然話し掛けられて振り返れば、そこにはやたら得意げな表情をした女の子がひとり。胸を張り堂々とした姿勢で、チラシ片手にふんぞり返っていた。
はて。
会ったことない人だが、どこのどちら様だろう?
「貴方たちにオススメの部活は他にあるわ!」
「な、何故二回も……」
しかもドヤ顔である。
「どちらの勧誘なんですか?」
「私は2年の犬吠崎風。勇者部の部長よ」
「勇者部……?」
突然自己紹介をしてきたこの先輩は、どうやら勇者部という部活の勧誘に来たらしい。
うん、聞いたことも見たこともない名前だ。有体に言って胡散臭い。
「なんですかそれ……
とってもワクワクする響きです!」
「えぇ!?」
と思ってたのは自分だけだったらしい。
友奈ちゃんはそれはもうキラキラした目で食い付いて、あれ、こんな友奈ちゃん今まで見たことがないかも。
あれ……あれぇ?
「あっ分かる? フィーリング合うねぇ。
勇者部の活動は世の為人の為になることをやっていくこと。各種部活の助っ人とか、ボランティア活動とか」
「世の為人の為になることー」
「うん、神樹様の素敵な教えよね。と言ってもあたしらの年ごろはなんかそういうことしたいけど恥ずかしいって気持ちあるじゃない?
そこを恥ずかしがらず勇んでやってくから勇者部!」
「……なるほど。敢えて勇者という外連味のある言葉を使いみんなの興味を引くことで存在感を確立しているのね」
「あ、いや、そこまで深く考えてないって」
初見のインパクトは強いけど、つまりボランティア部に近い活動内容……と納得したところで、隣の友奈ちゃんが「ほわー」という表情になってるのに気付いた。
「私憧れてたんですよね、勇者って言葉の響きに。格好良いなぁって……!」
「その気持ちがあれば、君も勇者だ!」
「おぉー! 勇者ー!」
「凄いところに食いつくのね……けど」
手渡されたチラシを見る。そこに書かれた内容は、どれも人の為となる暖かなもので。
「なんだか友奈ちゃんらしい」
そんなことを、思ったのだ。
…………。
そう、始まりはそんな小さな出来事だった。
私たちは子供たちのためにお芝居をしてみたり、老人ホームにお手伝いに入ったり、川辺のゴミ拾いをしたり、迷子になった飼い猫を探したりと勇者部の日々を送った。
それはなんてことないありふれた日常の風景で、何ら特別なことなどなかったとしても。
私にとって大切な、一番の思い出だった。
そうだ。
私たちにとって勇者とは、剣を携え戦場を往く武士や英雄などではなく、
人のためになることを勇んでやっていく、そんなごく普通の人間としての在り方だった。
何の因果か本当に神樹の勇者としての力を得て、世界を犯すバーテックスと戦うことになっても、それだけは変わらなかった。
友奈ちゃんは何も変わらない。誰かのために、みんなのために、ほんの少しだけ勇敢になれる優しくて暖かい友奈ちゃんは。
彼女は最後まで、本当の勇者だった。
………。
……。
…。
────────────────────────────────────。
「東郷さん!」
美森の体を
すばるごと抱きかかえて、友奈は思い切り横合いへ転がり込んだ。
勢い余ってバランスを崩し、腕の中の二人を庇う形で、背中を地面に強かに打ち付けてしまう。痛みを堪えて起き上がり、固まる表情のまま周囲に目を凝らす。
隣には美森の荒い吐息。誰もいないはずの夜の闇、そして静寂。
だが違う。襲撃者は確かに存在する。今まさに友奈たちを狙い、そして美森を傷つけた誰か。
そして友奈には覚えがあった。遠距離を駆け抜ける攻撃、白い糸、卑劣な行いも良しとする精神性。
それは……
「良いところにいやがったなァ、ガキども」
忘れるはずもない、その声。
およそ英雄のものとは思えない我欲と悪徳の気配に満ちた声。
品定めするように睨め回し、こちらの怒りや焦燥を掻き立てるかのように響く。
それは───
それは、紛れもなく───
「天夜叉の、ライダー……!」
恐慌と焦燥と、そして負に属するあらゆる感情が入り混じった視線で見上げる先。
そこには見るも無残に焼け爛れて、それでも覇気を失わない瞳を湛えた大男が、不敵な笑みを浮かべていた。
◇ ◇ ◇
「フフフッ、フッフッフ……!
随分とまあ見物なザマァしてるじゃねェかランサー、いや今は"ロストマン"かァ?
悪運の強い女だなてめェは! ───しかし」
せせら笑う大男はライダー・ドフラミンゴのものだ。彼は悠然と、余裕の表情で三人を見下ろしている。
その指先から煌めく白糸が美森の胸に向かって真っすぐに伸びている。それこそがたった今友奈たちを狙い、そして二人を庇った美森を貫いた致死の攻撃であるのか。
今この場に戦える者は美森ひとりしかいない。故に彼女を無力化した現在、抗し得る者はなしと余裕の笑みを浮かべているのだ。
そしてその嘲笑は更に深みを増して。
「まさかてめェが生きてるとはなァ! 見たところそいつはてめェのご同輩か、揃いも揃って単純で助かるぜ。
てめェもそいつも"自分以外"を狙われると途端にでけェ隙晒しやがる! 俺としちゃァ楽でいいが拍子抜けもいいトコだよなァ!?」
嘲笑が夜空に響き渡る。それを前に、友奈は無言で立ち上がり、
静かに、美森たちを庇うように、前へと歩み出た。
「行かせない」
「ほう?」
「東郷さんたちは、絶対に死なせない!」
「フ───フフッ、フフフッ! おいおいてめェそれはマジで言ってんのか!?
何の力もねェてめェが!? 俺を阻むと!? フフフフフッ、泣かせる話じゃねェかよ!
弱者共が群れ合って、お涙頂戴の友情ゴッコと洒落込むわけか!
この危機感のなさ! くだらねェ、てめェら揃ってよくここまで生きてこられたなァ!」
心底から愉快と言うように、大仰に膝を叩き哄笑する。
対照的に、友奈は真剣そのものな瞳で、両手を大きく広げ立ちふさがる。
「なァロストマンよ、てめェのことはこれでも結構買ってるんだ。
今までどれだけの危機があった? 誰もがてめェを敵と認識し、誰もがてめェを潰そうとしてきた。その状況でよく多くの仲間を得たものだ、ああ素直に褒めてやるよ。
その"悪運"と"特殊な力"には一目置いていた。マスターを失ってなお生き延びた今は尚更な……!」
だが、と彼は続けて。
「とうの本人はこの間抜けさだ! あるいは卓越した演技詐術の類かとも考えた時期があったが、てめェは芯から能天気な阿呆だったらしい!
とんだ腑抜けだ、くだらねェ! だからこんなつまらねェ死に方をする!」
瞬間、脇腹に奔る凄まじい衝撃、次いで熱量。
カハッ、と苦悶の吐息を漏らせば、そこには少なくない喀血がまき散らされる。
見なくても分かる、今自分は脇腹を射抜かれたのだ。
まるで動きが見えなかった。これがサーヴァントと常人の反応差なのかと、そんな考えが痛みに煙る頭に過る。
けれど、そんなことはどうでもよくて。
友奈は激痛にもつれる舌を、それでも懸命に動かした。
「ま、マスターを……」
「あァ?」
「マスターを、殺したのは……やっぱり」
「あァそうさ! むしろ俺以外に誰がいるんだ、あんなチンケな死にぞこないをぶっ殺してやるのは!
感謝しろよロストマン! この街に巣食う病原を、てめェの代わりに俺が駆除してやったんだ!
節操なしにビョーキをばら撒く人型の汚物! この街の連中を殺しまわった薄汚ェ化け物を、何もしなかったてめェの代わりに俺がな!」
だから、と言葉は続く。
「礼代わりだ、てめェらの魂を俺に食わせろ……!
どうせ先のねェてめェらだ、未来あるこの俺の糧になれるなら本望だろ。なァロストマンよ!」
ああ、そうかと理解する。確かに言われてみれば、哄笑するライダーの身なりは酷いものだ。
全身が焼け爛れ、かつては豪奢だった服もボロボロ。至るところから煙が噴き出し、赤く染まった肌は血によるものか火傷なのか分からないくらい。それでも全く痛みや苦しみを出さないところに妄執めいた執念を感じさせた。
つまり彼は、そうした損傷を補うための魔力を欲しているのだ。恐らくマスター……あの綺麗な少年から供給される魔力も令呪の行使も期待できないのだろう。あるいは強敵を前に一時撤退したのか、その先に自分達はいたというわけだ。
なんて分かりやすい。治癒に必要な活力を得るために弱肉を食らう強者、自分たちはその餌。前口上がやたら長いのは、絶対に負けないという自負の現れか。
悔しいがそれは的を射ている。彼を撃退するための方策は何も残されていない。
けど、それでも。
「そんなの、絶対お断り!」
それでも、私はもう逃げないと決めた。
東郷さんも、
すばるちゃんも。友達もマスターも、もう二度とその手を離さないと誓ったから!
「絶対に退かない! だって私は、今度こそ勇者になるんだから!」
「だったらその幼稚な考えと一緒に死ね!」
振り上げられる右手。その指に煌めく糸の刃。
目前に迫る死の具現に、それでも目を閉じてやるもんかと必死に睨めつけて───
「───ぐ、うぅ」
弾ける銃声が、闇夜を切り裂いた。
ライダーの動きが止まる。彼は腹を抑えるようにして、そのまま前のめりに地面に倒れた。
しぃーん……と辺りが静かになる。友奈はまさかと、後ろを振り返り。
「……東郷、さん」
「友奈ちゃん……大丈夫、だった……?」
そこには、這う這うの体で拳銃を構える美森の姿があった。
御幣でようやく体勢を整え、必死に銃を構えたであろう彼女。今は腕からも力が抜け、荒い息だけがそこらに木霊している。
「東郷さん!」
「友奈ちゃん、
すばるちゃんを連れて逃げて……私は……」
「ううん、そうじゃなくて!}
友奈は美森の肩を抱きかかえ、その体を支えるようにして。
「油断しちゃダメ! まだあいつは倒れてない!」
「ご明察」
突如として背後から聞こえた声に、美森は何とか反応する。
銃弾で貫かれ掻き消える影、しかし次々と出現する気配が友奈たちを取り囲む。
遠巻きにぐるりと囲むサーヴァント、およそ32体。その全てがライダーであり、彼の操る精巧な分身。
「影騎糸(ブラックナイト)───フフフ、どうやら覚えていてくれたようだな。
こいつら全部が俺であり、てめェらサーヴァントを殺傷できる尖兵たる存在。魔力消費も少ねェから殺しきることはほぼ不可能!
そして」
「ッ!」
抜き打ちで放った拳銃弾が、影騎糸の一体に直撃した。
はずだったのだが。
「"武装色"。もうてめェの攻撃は通用しねェよ。霊核に罅入って劣化でもしたか?
まァ少なくともその3倍程度は持ってこねェとな、話にならねェよ」
黒色化した腕に阻まれ、蒼白の魔力弾が弾かれ霧散する。
友奈の表情に、僅かに浮かぶ絶望の色。
「東郷さん……」
「友奈ちゃん、もう……」
「"逃げて"」
え、と思った時には、既に友奈は立ち上がっていた。
脇腹に深い傷を負い、もう立っていられないであろう量の出血まであって。
「もう分かっただろう」「だから早く逃げて」と言おうとした美森に先んじて、彼女はその言葉を言ったのだ。
「ここは、私が何とかするから」
「何とかって……そんな」
「無茶だよね。分かってるよ。でも、そうしないといけないって、私思うんだ」
友奈の手は、震えていた。
出血と痛みと、そして恐怖に。彼女は決して死を恐れぬ勇敢で無謀な戦士などではなく、本当にちっぽけな見た目通りの女の子でしかなくて。
「───友奈ちゃん」
だからこそ、彼女は誰より強い"勇者"なのだと。
そう、思ったから。
「下がって。そこにいると危ないから」
「東郷……」
さん、と言いかけた友奈の目の前で、美森の背が文字通りに弾けた。
言葉を失う友奈を後目に、歪な肉の触手めいたものがずるりと伸び上がっていく。
それは剥き出しの筋線維そのままに、先端にはギロチンめいた大振りの刃を備えて。
「《安らかなる死の吐息》。今はありがたく使わせてもらうわ、いいでしょう《西方の魔女》!」
そのまま、移動補助の御幣が地を蹴り上げたのだった。
◇ ◇ ◇
闇を引き裂くかのように、暗緑色の刃が虚空を寸断して奔った。
決意と共に煌めく一閃───吹き荒ぶは死の颶風。
音と殺意すら完全に追い越し影騎糸へと迫る鎌鼬は美森が現出させた"第三の腕"によるもの。そこだけが独立して駆動する全く別種の存在であるかのように、サーヴァントとしての美森の敏捷など何倍も凌駕する速度で振るわれた刃が影騎糸たちを纏めて断割する。
「これは───!」
視認不可能。捕捉不可能。故に当然、対応は不可能。
刃が仮初の肉へと食い込み、切り裂き、白き糸の血華を中空に咲かせる。
周囲の影騎糸たちが驚愕の声を上げられたことさえ、両者の敏捷差を鑑みれば奇跡に等しい。現状、美森から生える第三の腕はサーヴァントステータスにしてA++に相当する速度を有している。ドフラミンゴが反応できたのは条件反射の賜物、遥か遠きグランドラインで培った経験則によるものか。
「しッ!」
更に振るわれる三連撃。鞭のようにしなる腕が周囲を薙ぎ、その度に切断された影騎糸が空中を舞う。
繰り出されるは我武者羅な連撃。そこに技の妙もなく、ただ必死な少女の叫びと祈りだけが込められる。
だが内包する力の総量が圧倒的だ。これはただの一本だけで、勇者システムにおける満開にも匹敵する魔力を有する。幾重にも展開される死の旋風が、触れるもの全てを切り裂き塵と散らす。
これこそは《奪われた者》として唯一与えられた欺瞞なりし殺戮の権能《安らかなる死の吐息》。
失血死を司る鋼の力であり、遍く生者を死に至らしめる安らぎの息吹なれば。
不条理の具現なれどもその中の条理に縛られたサーヴァントでは抵抗すら叶うまい。事実として見るがいい、この一方的な殺戮を。
ドフラミンゴが一度反応する間に、美森の腕は五つ以上の斬撃を見舞っている。あれほど存在した影騎糸の数々、今やその数を急速に減らして。
「死に晒せ!」
瞬間、影騎糸の影に紛れるように無拍子で放たれた弾糸が、音速に迫る勢いで飛来した。
その数およそ73、一人ではなく全方位から包み込むようにして飛来する。
「くっ!」
だがしかし、旋回する腕はそれすら悉くを弾き飛ばす。射程圏に侵入した弾丸の全て、円形上に火花を散らし撃ち落とされる。
それはまるで刃による結界であった。僅かでもその領域に立ち入れば、即座に切り裂かれる死の結界。
けれど。
「おおよそ見えたぜ」
「ッ!?」
全方位射撃を切り抜けたその瞬間、美森は身を屈めて背後からの一閃を辛うじて回避する。
最初の包囲網は囮であり二の太刀であるこれが本命。極限まで圧縮された斬閃の波濤が刃の腕をすり抜けて美森に迫る。
今は何とか切り抜けはした。だが、それでも。
「てめェの手品の種は割れた。その気色悪ィ腕、どうもてめェ自身が操ってるわけじゃねェらしい。つまり」
「うぁ!?」
斜めに描かれた袈裟の一閃と、十字に重ねる糸の軌跡。全くの別方向から繰り出されたその攻撃に、刃の腕は自動的に反応して迎撃する。
だがそれは影騎糸による目晦まし。どれだけやられようとドフラミンゴの手は傷まず、ただ悪戯に行動を浪費したのみ。
つまりは意図的に射線をこじ開けられた。如何な敏捷性を持てど、どのような軌跡を描くか最初から分かっているならいくらでも対処が可能。
全くの無防備となった懐にドフラミンゴの体がするりと滑り込み、蹴り上げた膝が的確に美森の顎を跳ね上げた。
瞬間、横合いからの斬撃を受けるがもう遅い。足を振り上げた姿勢のまま切り裂かれる影騎糸に続き、左右から挟撃する二人のドフラミンゴが糸に光る手のひらを鉤爪のように閃かせた。
五色糸。ドフラミンゴが専ら使用する近接戦闘用の術技。身を屈め滑り込んだ左右の二人は逆手の銀爪を奔らせて、一瞬にして美森の全身を切り刻む。
「が、ハァッ!?」
手首足首頭部に心臓、それだけの急所だけを避けて、けれどそれ以外の全身に多大な傷を刻みながら、美森は鮮血と共に吹き飛ぶ。
中空にて何とか姿勢を整え、辛うじて着地に成功。戦闘開始当初の位置である友奈の傍まで戻されながら、油断なくドフラミンゴを見据える。
「結局のところ、思考がてんでバラバラで連携も糞もねェ。ついでに言えばてめェ自身はとんだノロマ、となればその腕さえ押さえこめばあとはこっちのもの。
分かりやすいなァおい! その秘策とやらにゃ驚いたが、てめェが弱けりゃ詮無ェわな!」
ドフラミンゴの言葉に美森は臍を噛む。彼の言葉が正しいというのもあるが、そもそも今の美森は全く全力を出すことができていない。
忘却の呪詛というスキルがある。
それは美森が性質を反転され《奪われた者》としての宿業を刻まれた時に与えられたスキルであり、Aランクのスキル付与がなければ反転した彼女はその状態で十全な戦闘能力を確保できない。
翻って現状はどうか。彼女に課された忘却の呪詛は既に解かれている。在りし日の約束、大切な友誼、その全てを美森は思い出し、その輝きを守らんとするために戦っている。
勇者としての強さを思い出した美森は、皮肉にもそれが故に十全の戦闘能力を発揮することができない。身のこなしは元より単純な出力に至るまで低下している。先ほど影騎糸の武装色を貫通できなかったのはそれが理由だ。
唯一、美森由来の力ではない《安らかなる死の吐息》だけはその力を十分に揮うことができるのだが。
「この程度!」
その程度だと美森自身自覚しながら───しかし同時に戦況を覆すべく刃を揮う。
四方八方より繰り出されるドフラミンゴの波状攻撃。閃光の檻をこじ開け、弾糸の雨を弾き飛ばす。
少しでも活路を拓こうと前進し、背後の友奈たちを狙った攻撃に転換を余儀なくされる。
非戦闘員を標的にした攻撃。手癖の悪さを活かした卑劣とも言うべき戦法だが、しかし戦場たるこの場所で不平不満を言える立場にはない。
最大速度で放たれる数多の攻撃、その中に混じるフェイントめいてタイミングがずらされた急制動の攻撃。錯覚の誘導を引き起こされ、集団戦に慣れ始めたこちらの感覚を狂わされる。直線と円を交えた動きが撹乱となって、こちらのミスを誘発させる。
一つ、しくじれば腕が斬りつけられ。
二つ、しくじれば盛大に肌を削がれる。
ひたすらこちらの心が乱れるように、手間取るように、苦しむように。
そんな声が聞こえてくるかのような、身を削ぐ嫌らしい攻撃の数々。
一合ごとにどこかが斬られる。
更に一合交われば、大量の鮮血が宙を舞う。
今や美森は死に体も同然であった。彼女の刃は的確に敵の軍勢を駆逐しつつあるも、影騎糸は無尽蔵に湧き出でる。そのどれが本体かも判別する術はなく、美森は悪戯に消耗を繰り返すのみ。
活路は見えない。
限界は近い。
既に意識は朦朧とし、霞む視界は碌に物を映してはくれない。
「それでも!」
それでも、美森は倒れない。
霊核は傷つき、致死量にも近い血を失い、それでも彼女は膝を屈しない。
何故か?
後ろに守るべき誰かがいるから。その通りだ。
けれどそれ以上に、いやそもそも小難しい理屈とかを全部無視して言うならば。
「それでも、私は勇者だから!」
「友達を、絶対死なせはしない!」
それは友奈がドフラミンゴに言ってのけたことと、全く同じことで。
「いい加減ウザッテェんだよ、てめェは」
だからこそ、その次に起こることもまた、友奈と全く同じだった。
振るわれる刃の腕が、無数の糸により雁字搦めに捕縛される。動きを止められたその瞬間、四方より襲い来るドフラミンゴの五色糸が、今度こそ致命的に美森の全身を引き裂いた。
悲鳴はなかった。
ただ、肉を裂く音と血の臭いだけが辺りを満たした。
ただ、力及ばず倒れる無念と。
こちらを見て泣き叫ぶ友達の姿が、なんだか妙に悲しかった。
▼ ▼ ▼
【青空の詩編:Chapter.6】
「もう終わりの時間だ」
「星宙を駆ける君の物語と、君が付き添うべき勇者の章」
「たとえその先に待ち受けるものが何であろうとも」
「君は───」
▼ ▼ ▼
真横になった地面が、視界の半分を埋め尽くす。
既に遠い耳が、下品な高笑いを鼓膜に伝える。
ああ、私は───
負けたのか。あの男に。
負けたくはなかった。自分がいなくなれば、戦う力を持たない友奈たちは抗せず死んでしまうから。
この期に及んで、自分は奇跡など信じていない。それがあれば自分も友奈も、こうして英霊になどなってはいないから。
どれだけ真摯に祈っても、その声は届かない。
奇跡は起きない。
神さまなんてどこにもいない。
目に映るのは、血だまりに沈む自分と、無力なだけの腕と。
そして───
「……え?」
ざっ、と。
隣に歩み寄る誰かがいた。誰だ、分からない。この状況でここまで歩ける者、いるはずなど。
いや、いいや。いた。ひとりだけ。けれどそんなの、あり得るはずが。
戦う力を持たない彼女が、
すばるを連れて逃げていなくてはならない彼女が、こんな近くに来ていいわけが。
あるはずないと、いうのに。
「友奈、ちゃん……」
「大丈夫」
そっと手を握ってくれる彼女は、泣きたくなるほど暖かくて、どうしようもなく優しかった。
見上げた視界に彼女の笑顔が映る。怖いはずなのに、戦う力もないのに、それでも友奈ちゃんは大丈夫だよと言うように笑顔でいて。
「駄目……!」
だから私は、そう叫ぶ。
駄目、駄目なのだ。ここで立ち向かっては死んでしまう。
それが現実なのだ。勇気や希望などという精神論で覆せるような実力差ではない。
逃げてほしいと心が叫ぶ。けれど現実に口は震えるばかりで、僅かな力で手が伸ばされるけど。
その手は決して、届くことはなく───
「大丈夫」
恐れを見せない笑みで言って、けれどそれが嘘であることは自分が一番分かっている。
駄目と叫ぶ東郷さんの気持ちが分かる。彼女と同じ立場なら、きっと自分もそう言ってるから。
でも駄目なのだ。ここは完全にライダーの分身に囲まれて、今の自分たちでは逃げることはできない。
だから選ぶべきは立ち向かうこと。全員生きて帰るためには、もうこの道しか残されていなかった。
勝てる可能性がどれだけ0に近くても。
いいや、例え完全に0だったとしても。
死にゆく友達を見捨て、マスターを死なせることはできない。少なくとも歩ける足があるのに途中で諦めることはできない。
どんなに怖くても。
どんなに不安でも。
この背に守るべき誰かがいる限り、私はこの見栄を張り続けなきゃいけないから。
「みんなは、私が守るから!」
振り上げられるは五色の指、放たれるは鉄槌の腕。
回避すべき死の剛腕を阻めるものはどこにも存在しない。空気という薄い壁を突き抜けながら、嘲笑と共に落とされる腕は真っ直ぐに友奈の心臓を目指し───
そして、敗北に終わるはずだった少女たちの物語は。
◇ ◇ ◇
「──────」
……血の雫が頬を濡らす。
誰か───友奈以外の誰かが、迫る魔手をその体で食いとめて、いて。
「───ああ」
それは───
「怪我は、なかった……?」
その姿は───
「友奈ちゃん……」
いつかと同じ、守りたかった女の子が───
私の目の前で、血の色の華を胸に咲かせていた。
「──────」
薄く微笑む表情に向けた呼び声は、言葉にならない。喉すら今は感情に潰されて、愛しいその名を声に乗せられなくて。
「───ぁ、んで……」
そして、ああ何故だ。
なんであなたは、そんなふうに笑っているのか。
なんであなたは、そんなふうに笑えるのか。
天夜叉の腕は心臓を貫いている。糸の刃には耐えられても、これではサーヴァントの肉体を維持できない。
傷口から発する肉の焦げる悪臭は、彼女の体を魔力の粒子と散らせるだろう。あの、物言わぬ死体へと。
私なんていう大馬鹿のために、未来のない無力な私なんかのために、東郷さんはまた滅びてしまう。
そう気付いた瞬間───動かなくてはと思った。ここで死んではならない、こんな死など認めてはならない。
「死にぞこないが死にぞこないを庇ったか。チンケなガキが自己陶酔してチンケな友情ゴッコのつもりとはな」
されど、天夜叉に油断はない。動きだそうともがく友奈を見遣りながら、胸を貫かれた美森の体躯を興味深そうに観察している。
「霊基の構成情報の著しい乱れ、ついでに言えば属性反転、っつートコか。クラスはアーチャーのままだが、壊れ具合で言えばそっちと大して変わらねェな」
「だがそっちと話が合ってるトコを見るに、後天的な精神汚染が近いか? マスター不在なことといい、その気色悪ィ腕といい、てめェアレだな、死人返りか傀儡人形の類だろ?」
「俺の寄生糸(パラサイト)の同類か。あるいは死体を操る能力者ってのもいるらしいからなァ。屍食鬼のお仲間にしちゃとんだ伏兵だとは思ったが」
「まァそいつもここまで、無駄な足掻きご苦労さん」
そして、と彼は続ける。
「悲しいかなこりゃ戦争だ。弱い奴ァ食われ、強ェ奴が生き残る。前にも言ったよな? 弱い奴は死に方すら選べねェ」
手のひらが強く握りしめられる。心臓を握りつぶされ、魂ごと融解して食い尽くす「魂喰い」の所業が、美森の総身を一瞬にして崩壊させた。
やめろという友奈の叫びは、同時に掴まれる首元で掻き消される。吸奪されていく魔力、美森と共に燃え尽きながら、ライダーへ吸収されていくのを感じた。
両手が風化した。
両足が崩壊する。
内臓が無機物となり、
心さえも形を失っていく。
怖い。心も肉体と共に削られて塵となる感覚───個我たる精神すら食い尽くされる他にない。
そして意識は、真っ白に薄れていって───
「───いいえ」
その中で響いたのは声。
強く確かな否定の意思と、見つめ慈しむ青い瞳。
「あなたの魂が本当に諦めていないのならば」
「聞こえるはずよ。廃神としてのあなたではない、真実のあなたの渇望が」
真っ白な視界に映る誰かの姿。
微笑み、伸ばされた手がこの頬へ触れた刹那───
「友奈ちゃん。私はどう言い訳しても償いきれない罪を背負ってしまったけれど」
「それでも、最期にあなたと共にいれて、本当に嬉しかったの」
「だから……」
……何かが、自分の中へ流れ込んできた。
暖かく、柔らかな何かが。懐かしい桜の薫りと共に。
………。
……。
…。
────────────────────────────────────。
▼ ▼ ▼
【青空の詩編:Chapter.7】
「ああ、一度言ってみたかったんだ。
当たり前の挨拶というのも、僕はしたことがなかったから」
「そろそろ終わりの時間だけど」
「気分はどうだい?
僕は、とても良い気分だよ」
「この感情だけを胸に、今にも溶け去ってもいいくらいに」
「……なんて」
「冗談だよ。
うん、冗談」
「これは冗談だから。
この言葉が届いているなら、ただ、笑ってほしい」
「僕は枠組みから外れてしまったから、
この先のことを、
遠い現実を、
赤い凋落を、
痴れた渾沌を、知っている」
「知っているだけ」
「止まっているだけ」
「でも」
「でも、君は優しく受け止めてくれた」
「だから。
今はただ、
君に傍にいてほしい」
「これは冗談じゃないから……」
「だから」
「一緒に」
「…………」
「ごめん、これは僕の我儘だ」
「君ともう少しだけ話したい、それが僕の願いだった」
「それももう叶えられた。
だから、そろそろ本題に入ろう」
「そうだね、何から話そうか」
「そもそも僕達聖杯戦争参加者の、『本来想定された用途』自体が既に真っ当じゃなかった。
どう推論を重ねても馬鹿げた結論しか出ず、それは馬鹿げた効率で実行された」
「考案したのは裁定者のマスターだ。
僕はそれを、アルトタスの心の声の世界より辿り、時計仕掛けの大階差機関《アーカーシャ》に触れて知った」
「掴みとれたのは、ほんの末端でしかなかったけれど」
「それでも、これくらいの助言ならすり抜けられるはず」
「この虚構世界の中では沈黙は肯定となり、否定はどこにも存在しない」
「嘘の世界の中に君の意志はどうやっても介入できない」
「そういう制約だけれど。でも、どんなところにも抜け穴はあるものだ」
「"右手を伸ばす"」
「それこそが、君の否定意思となる」
「何かを奪おうとする理不尽に対する、唯一にして最大の対抗手段」
「虚構を切り裂く赤き真実の刃。あるいは黄金の真実にさえも届き得るもの」
「使いどころを誤ってはいけない。下手をすれば何もかもが壊れてしまう。
その機会はもっと先のこと、君が真に夢から醒めた後の話になるけれど」
「けど、きっと君は立ち向かえるはずだ」
「嘘で塗り固められたあの都市。
もう何もかもが手遅れで、何もかもが叶えられたあの世界で」
「それでも君は、
あらかじめ決定された役割ではなく、君自身の意思によって、
導無き道を歩まなければ。
そうしなければならない」
「願わくば、いつかこの忌まわしき暗き空が晴れる日を、僕達は待っています」
「…………」
「……
すばる。
僕はあまり、人として褒められた奴じゃなかったけど」
「それでも、君がここまで来てくれたことが、とても嬉しいんだ」
「だから」
「さよなら」
………。
……。
…。
────────────────────────。
告げられたサヨナラの言葉。
遠ざかっていく姿。
掴むことなく離れていく手のひら。
彼の声は震えていた。
きっと涙のために。
涙。そう、涙。
彼はそれを失っていない。
だからわたしは生きている。
だから彼らは傷ついている。
あの時と同じように。
あなたは、それを自分では気付かないままに。
ずっと、ずっと泣いていたんだ。
だったら。
だったら、わたしは。
わたしは、あなたを───
…………。
例題です:あなたの前に二つの道が指し示されました。
《星宙の物語》で《世界》のカタチを再構築してください。
《青空の物語》で《世界》のカタチを再定義してください。
物語を紡ぐための詩編は、既にあなたの手の中に。
生まれ行く命を繋ぐ星は、既にあなたの胸の中に。
今ならばまだ引き返すことも可能です。
何も選ばないという選択もあなたには許されています。
それでもあなたは───
Answer1:目を閉じる
Answer2:語りかける
Answer3:手を伸ばす
………。
……。
…。
────────────────────────。
───聞こえる。
───見える。
少女の声が響く。
少女の手が見える。
愛しい者の輝きが、少年へと届く。
沈黙しか許されぬはずの、この場所で。
右手を伸ばし、"否"を唱える少女の声。
自分の名を呼ぶ、彼女の声。
振り返り、少年は小さく名を囁く。
届くだろうか。
身体も、意識さえも消失する我が身が。
響くだろうか。
幻の、現実ではない脆弱たるこの身が。
輝くだろうか。
既に黄金たる資格を失った、この僕が。
彼は呟く。
唇ではなく、舌ではなく、ただ。
こころで。名を囁く。
───右手が。
彼へと伸ばされた手が、少年の腕を掴む。
しっかりと、もう手放さないと言うかのように。
そして彼は抱きしめられる。そして彼は、抱きしめ返す。
愛しい者を抱きしめる。ただひとつ、かけがえのないものを。
「助けるとか、よく分かんないよ」
瞳、見つめ返す。
赤い瞳が自分を見ていた。
真っ直ぐに。
僅かも逸らすことなく───
「会いに来たの。もう一度、
みなとくんに。
言ったでしょ、私が
みなとくんを幸せにしてあげるんだって」
声が、確かに届く。
瞳を、確かに見つめ返す。
少女は確かにそこにいた。
世界の果て、無謬の白光だけが満ちるこの空間。
可能性の粒子となって消えゆく、この身を。それでもしっかりと抱きしめて。
そう、彼女が彼を抱きしめているのだ。
引き上げられた。基底現実に、見事釣り上げられた形だ。
「本当に、君ってやつは……」
信じられない、と苦笑してみせる。
それに返すは、目元にいっぱいの涙を浮かべた、満面の笑み。
「たとえ
みなとくんがこの宇宙から消えようとしても。
それでもわたしは、何度でも
みなとくんの扉を開けるよ」
「もうあの世界に、僕の居場所がないとしても?」
「だったらわたしが世界を変える!
おっきいものは無理でも、
みなとくんの分くらいはわたしにだって変えられるもん!」
例えば、今この時のように。
現世界に留まることしかできない《
世界》を再定義し、事象の境界を飛び越えた。
現世界から放逐されるしかなかった《
世界》を再構築し、その手を掴むことができた。
すばるにできることは、所詮は自分とあとひとりくらいの見るものを変える程度だけど。
自分が変われば世界も変わる。
世界の形は、自分が決める。
だから───
「帰ろう。もう一度、わたしと一緒に」
彼はおずおずと、一度は途中で躊躇って、けれど所在なさ気に。差し出された
すばるの手を取る。
そして、少女の胸に宿る《星》と、少年から手渡された折り紙の《星》とが輝きを放ち───
二人は、百億の茨から解き放たれた。
◇ ◇ ◇
「使命、大義、誰かを守る勇者の役目」
「誰かのために、何かのために。私はそうやって頑張ってきたけど、でもそれって一体"誰"なんだろう」
「ずっとそう考えて、今はほんの少しだけ分かったような気がする」
「私にあったのは、多分物凄く個人的な感情だけだったんだ。勇者部のみんなや大事な家族、見知った人たちと彼らが暮らすあの世界」
「そういうのを守りたかった。私は、私の手の届く人たちのことを」
だから、と友奈は続ける。
「私はマスターに笑って欲しかった。あの人はもう死んでいて、どうしようもなく災厄しか招かないのだとしても。
それでも、私は私を呼んでまで何かを願ったマスターに、一度でいいから笑って欲しかったんだ」
真実はたったそれだけ。
決意がどうだ、覚悟がどうだのと、さも英雄が好みそうな高潔な概念ではない。
人ならば誰しもが抱く、当たり前の感情だ。
近くにいる相手のことを、自分と等しく大切に思うこと。
己を取り巻く環境に対して、真摯に向き合うということ。
その果てに、誰かを愛おしいと感じること。
世界や人類の行く末とか、人類を代表して何かを決めるとか、そんな大それたものではなく。
人の幸福とはまず、そんな他愛もない営みから育まれていくのだろう。
「私は強くなんかない。臆病者で、泣き虫で、一人きりじゃ寂しくてとても笑っていられない。
だから助けてと縋りついたし、助けられるならそうしたいと願う。大切な誰かなら、なおさらに」
愛情があった。友情があった。
自分が生まれ育ったあの世界、その過程で触れ合った多くの人々。
その全員が大切で、だからこそ命を懸ける価値がある。
これはただそれだけのことで、何も難しいことではない。
「おかしいね。勇者なんて大仰なものを目指しておいて、本当はこんなに自分勝手で。
戦っても戦っても、何かを壊すことしかできなかったけど」
「でもそれが私の"願い"。心より希う、何にも譲れない私の"想い"」
『故にこそ、この展開は必定であるのだろう』
少女の想いを祝福しながら、痴れた何かがタクトを揮う。
『一度目の死で止まっていた時計が、今ようやく動き出す。
そして私は告げよう、君は確かに生きていると』
『そして乙女の涙が条理を覆し得るのだとすれば、
今この瞬間こそが君の福音となるべきなのだから』
それは神か、あるいは悪魔か。どれでもあってどれでもない。
満悦の相で、白痴のように、心からの祝福と愛を込めて。
"それ"は高々に宣言した
『Disce Libens.』
▼ ▼ ▼
そして彼女らは、共に右手を前へと伸ばす。
少女たちの"逆襲"は、今ここに。
▼ ▼ ▼
眩い光と共に───
大気が叫び、暗闇と共に空間が裂ける。
閃光が奔り、轟音と共に世界が砕ける。
光纏う者が顕れる。
それは、白銀色をした輝きだった。
それは、異空の果ての輝きだった。
空の彼方を目指す者。
地の奥底より叫ぶ者。
神たる身を棄て、人として生きるため歩みを進める者。
それはあらゆる力を我が物としながら。
姿を見せる、無垢なる白色の少女。
その四肢は神技であり。
その四肢は白色であり。
その四肢は人の想いの輝きそのものである。
そして揺るぎない決意が盾となり、
貫く意思が拳と握る。
白色の───
偉大なる、勇者の姿───
「何だとォ!?」
驚愕の叫ぶライダーの手を振り払う。
腹部に拳を当て、気合裂帛。ただそれだけで轟音が鳴り響き、強大であるはずの巨躯がはじけ飛ぶ。
無力であったはずの、右手。
何をも為せなかったはずの、その手。
けれど今は何よりも力強く、確かな感慨と共に握りしめる。
そう、これは───
「勇者は不屈」
これは、少女たちの想いの結晶たる───
「私は、何度でも立ち上がる!」
それでも、今はただ!
災い為す悪漢を排撃するために、この力を揮うのみ!
「拡大変容だと!?」
そこは紫影の塔の果て。黄金螺旋ではあり得ぬ影の連なり。
何もかもが手遅れで、何もかもが叶えられた世界の果ての塔。
《王》の夢の残滓が眠る、暗闇の幽閉の間。
今もなお嗤い続けるはずの少女は、しかしその貌を嚇怒に染めて。
「あり得ない! そんなはずがあるものか!
異宙の顕現体は天も地も滅ぼされた、接続も因果もこの手で断ち切ったというのに!
心は確かに折り砕いたはずだ! 願いを反転させ本質は歪み、もう勇者たるあいつらは何処にも存在しないはずなのに!」
黒の中、少女は当惑の声を上げ続ける。今も、今も。
己の為し得た愚行を振り返って。
己の為し得なかった希望を仰ぎ見て。
故に彼女は気付かないのだ。今も、今も。
永遠の今日を求め奇跡に囚われた哀れな者は。
束縛たる今日を乗り越え、人として明日を目指した勇者のことなど。
理解できるはずもなく───
「言葉を返すぜ。こんなこと、最初から分かり切っていたはずだろ?」
それは声。
黄金螺旋階段を上り続ける、世界の救済者たる少年の声。
一歩、一歩と踏みしめて。彼は頂上を目指すのだ。今も、今も。
「
結城友奈は勇者のままだ。今のあいつはその名を持つだけの廃神だけど、それでも奴の殻を与えられたことは確か。
だったら、いくら表層を捻じ曲げても、その根源を曲げることはできねえだろ」
「そんなはずがあるものか! ボクは根源の現象数式を得た、この都市でボクに為せないことなど何もないのに……!
ッ、チクタクマンか!? 昏き意思の時計人間め、あの邪神がボクのことを嵌めたんだろ!?」
「んなわけあるか。今のあいつは腐ってもルーラー、そそのかして半端な力を与えることはあっても、殻破りの代行なんざするわけないだろ。
だから、な」
少年はにんまりと、"してやったり"とでも言うかのように笑って。
「これは全部あいつらの功績だ。お前とは違う、あいつら自身が為し得たことだ」
「……ほざくなよ《魔弾の射手》。ボクは絶対に認めない!」
そして少女は、嚇怒の声を上げて手を伸ばすけれど。
決して、その手は動かない。
黒の中、その手は蠢くだけ。
───彼女の左手は。
───蠢くだけで。
───勇者の右手が
───暗闇を断つ
───白い羽衣に包まれて
───鋭く輝く、瞳はふたつ。
「……たとえ、戦うことで壊すことしか、私にはできなくても」
「犠牲を強いるなんていう、そんなバカげた現実を壊すことができるなら」
「絶望を、悲しみを! 壊すことができるなら!」
「まず斃すべきは……誰かに死を強いるあなただ!」
静かに右手を前に伸ばす。
無尽蔵に湧き出でる力の奔流が、指向性を持って前を向いた。
動く。そう、動くのだ。
自在に。友奈の思う通りに。
何故ならこれは少女の力。
遍く万象を打ち倒す、世界を救うべき御伽噺の勇者の力。
───友奈ひとりだけではない。それは、肉体を崩壊させた
東郷美森の霊基でもある。
───喪失者たる空洞の"殻"に込められた、それは二人の力の証にして逸話の再現。
勇者システム最終戦闘形態・大満開。
その力の一端が、今こそ此処に開帳された。
「黙りやがれェェェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエッ!!!!!!!!」
応じて、嚇怒の絶叫が迸る。
殺意の塊たる男が動く。その手から、背後から、無数の光条が放たれる。
死を振りまくものが空一面を覆い尽くす。
友奈は既に捉えている。数えるのも億劫なほど無数の"糸"、触れるもの全てを切り裂く致死の刃を。
五色糸、超過鞭糸、降無頼糸、弾糸───周囲を取り巻く影騎糸たちの支援も含め、彼の為し得る全力の波状攻撃。
防御は不能、回避も不能。一分の隙もなく押し寄せる攻撃の雨は圧倒的で、如何な速度を以てしても無傷で凌ぐことなどできない。
故に───
「勇者ァ───パァァァァアアアアアアアアアアアンチッ!!!」
友奈はその波濤に向けて、力強く拳を突き上げた。
一歩も後ずさることなく、一瞬も怯えることなく、真正面から馬鹿正直に、ただその拳を振り上げる。
───そして僅かの拮抗もなく、衝撃と共に弾き飛ばされる糸の奔流。
視界を埋め尽くす攻撃の波を掻き消され、中空で丸裸となったドフラミンゴは、怒りの形相も露わに叫ぶ。
「てめェが、てめェは何してるか分かってンのか!?
いいか! おれァ世界一気高い血族"天竜人"だぞ!? 生まれただけでも偉い、そのおれに向かって薄汚ェ手で触ってんじゃねェぞ!
てめェ如き糞下らねェ虫ケラが思い上がるんじゃねェェェエエエエエエエエエエエエエ!!!!!!」
泡を食って絶叫するドフラミンゴを見て───友奈はただ、憐れむような目で見つめ返す。
天竜人。
ドンキホーテ・ドフラミンゴ。多くの部下の上に立ち、多くの民を支配下に置き、マスターさえも自分の下に従えて。
けれど彼はどこまでも一人だった。数えきれない軍勢を誇れど、それは全て彼自身の分身体。
今はマスターさえも引き連れず、こうしてたった一人で戦って。
「おれは齢十歳でこの世の天国と地獄を見た。おれを隷属させた世界をいつか必ずぶっ壊してやると誓った!
勇者ァ!? 友達ィ!? 糞生温ィことほざいてんじゃねェ! 甘ったれた糞餓鬼が調子に乗りやがって……!
てめェの生きてきた人生とはレベルが違う!! 勝たなきゃいけねェ理由があるんだ俺には!!!」
「もう何も言わないよ、あなたには」
何も言えない。言ったところで意味などない。
きっとこの人は他者を理解するつもりがなくて、自分のことを理解させるつもりもないのだ。
どこまで行っても平行線。如何な説法、馬耳東風。
ならばこそ、物理的に討たなければ止まらない。愚かさ故の恐ろしさ、性根がくだらない者ほど力を得た時にはおぞましい。その危険性は万人に共通のものであったから。
「さよなら。わたしは、あなたを踏み越えて行く」
少なくとも、言えることは一つだけ。
このような暴君に立ち上がらなければ、勇者どころか人ですらないだろう。
「ほざけよ糞餓鬼ィイイイイイイイイイ!!!!」
次々と襲い来る影騎糸を、片端から捌いては打ち砕く。
上空より降りる三体をアッパーカットで諸共に粉砕し、四足獣のように疾駆する五体を旋回させた右脚で薙ぎ払う。更に四方より飛びかかる無数の彼らを、体ごと振り上げた足が寸断し、遥か上空に飛びあがった友奈が眼下の群れに拳を照準する。
墜落する勇者の拳。
そして弾ける、ひとりぼっちの軍勢たち。
ただの一撃も、友奈の体に触れることなく。
ただの一瞬も、友奈を退かせることはなく。
その実力差を彼も承知していたのだろう。無数の影騎糸の影より出でて、疾風の速度で駆ける一体がそこにはあった。
目指す先は未だ眠りに落ちたままの
すばる。マスターを狙うは聖杯戦争の常套手段。
ほくそ笑む彼は、ただ自らの我欲にのみ従ってその命を奪おうとするも。
「───させない」
瞬時に追いついた友奈が殴り飛ばす。指一本足りとて、彼女に触れさせるものか。
「舐めんじゃねェぞ塵屑がよォォォオオオオオオオオオ!!!!」
そして群がるように押し寄せるドフラミンゴの群れ、群れ、群れ!
手数によって押し切りマスターを殺害せんとする、あまりにも醜悪な執念の形。
負けるものかと拳を構え、友奈はこの戦局を乗り切らんと───
「───散って」
爆轟する光の奔流が、影騎糸たちを焼き尽くした。
友奈ではない、それは彼女が守らんとした背後から。
伸び上がるものがあった。それは、天へと昇る光の柱であるかのように。
その只中で、
すばるは言葉なく立ち上がる。
それに従うように、
すばるの寄りそう"何か"も立ち上がった。
右手が前へと伸ばされる。
すばるの右手は動かない。けれどそれは伸ばされた。
───鋼でできた手。
───それは、
すばるの想いに応えるように。
蠢くように伸ばされていく。
自由に。その手は、暗闇が満ちる空間を切り裂いて。
虚空へと伸びていく。
鋼色が、五本の指を蠢かして現出する。
指関節が、擦れて、音を、鳴らしている。
それはリュートの弦をかき鳴らすように、金属音を生み出す。
これは───
なんだ───
誰かがいる。何かがいる。
それは
すばるではなく、その背後から。
「トート・ヘルメスの名を以て。
来たれ、我が影、我がカタチ」
すばるの影が揺らめく。
すばるの影が、宙へと伸び上がっていく。
言葉に応じるかのように。
意思に応じるかのように。
それは影だ。光に照らされ浮かび上がる、ただの影であるはずのものだ。
現実には在らぬもの。
ただの御伽噺であるはずのもの。
カタチを得ていくものがある。
声、言葉を道標として。
それは輝き。
それは可能性。
それは、無垢なる魂の顕現として。
天夜叉から今も放たれる異能を、
触れるものすべてを打ち砕く暴威を、
受け止め、その右手で引き裂きながらも立ち上がる。
砕かれることなく現れる。
崩されることなく現れる。
それは、無形の、彼と彼女の力のカタチ。
すばるの足元から浮かび上がる───
影、鋼、かつて"
みなと"と呼ばれた彼女の刃。
「生まれ落ちることなき可能性の結晶」
───鋼の音と共にそれは立つ。
「決して目覚めることなき命の奔流」
───大きな鋼と共にそれは立つ。
「来たれ、奇械アルデバラン。衝撃死の権能《忌まわしき暗き空》よ!
───それでもわたしたちは、あの青空を目指す!」
───そして瞬く、一条の紫電。
すばるの背後より降り立った鋼の影が、咆哮と共にそれを放つ。
穿ち貫く閃光。
地より出でて空へと奔る稲妻。
遍く物体を発振させる雷の槍。
衝撃死の権能───《忌まわしき暗き空》。
それは一直線に遥か空まで伸び上がって、射線上にあるドフラミンゴの全てを打ち砕く。
一切の抵抗を許さず、一切の迎撃さえも許さず。
吹き散らされていく。弱者を屠る暴虐の象徴たる天夜叉の悉くを、その槍で。
「さあ、行こう
みなとくん。わたしたちの生きる意味を仮設するために。
今度こそ、わたしたち自身になるために!」
『ああ。
すばる、きみとならどこまでも』
立ち上がる、少女が二人。
共に明日を奪われて、共に一度は膝を屈しかけた幼子である二人。
不条理によりて心を、未来を害された者たち。
そして全ては約束のあの日へと還る。
定められた結末を砕いたのは、たった一つ、小さく儚く、散り逝く想い。
運命は今、最後の氷解を迎える。
じっと息を潜めていた最後の意志が、遂に遥か空を目指す。
「マスター! 詳しい話は後でするから、今はそいつを!」
「うん、分かってる! これからよろしくね───」
「勇者!」
力強い笑みで以て、友奈はその声に応えた。
「行こう、ブレイバー!」
「今度こそ、みんな一緒に!」
そして今こそ、少女は未誕の殻を打ち破る。
そして今こそ、少女は無力の殻を打ち破る。
生命の荒々しい脈動が、卵の殻を破り今まさに生まれていくかのように。
強く、強く!
その右手を、前に伸ばす───!
「黙れ黙れ黙れ黙れェェェェェェェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!!!!!!!」
絶叫して、遂に残った最後の一人の、その腕が解け糸の剛槍となって抜き放つ。
瞬時に放たれる紫電の槍がそれを砕く。
「くそ、糞が糞が糞が糞が糞がァ!!!」
散らされてなお蠢いて、怒濤の勢いで降り注ぐ降無頼糸を、勇者の拳が砕く。
前に進み鋼の体で当たるだけで、奇械が糸を砕く。
地面も建物も糸となり津波と押し寄せる白亜の奔流を、二人が砕く。
悉く、砕いて。砕き尽くしてしまって。
「糞餓鬼共が───調子に乗るんじゃないえええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!!!」
追い詰められ、なおも他者を見下すことしかできないドフラミンゴを。
「さよなら」
拳と槍の二つが、貫いた。
───細い、細い閃光が、夜闇を一瞬明るく照らす。
───誰しもの瞳を、白く白く染め上げて。
轟音が、響き渡った。
▼ ▼ ▼
すっかり静まり返った植物園。
その地面に今もなお咲き誇る、一輪の薄紫の花。
それはかつて、
すばるが目にしたものと同じだった。
少年が世界に在ったことを指し示す、それはただ一つの存在証明であったから。
「多分、わたしの星とこの花が、
みなとくんを繋ぎとめてくれたんだ」
人の想い、そして願い。
記憶と感情と追憶と、そして物体としてそこに在るもの。
それが瞬間ごとの断面に自我を残し、世界の果てからすらも意識を引き上げることを可能とした。
屈みこむ
すばるに、歩み寄る少女の影。
多くの言葉はいらなかった。ただ二人は共にそこにいるだけで、相手が信じるに足る存在だということが分かっていた。
「東郷さんから聞いたよ。東郷さんの大切なマスターが、まだここにはいるんだって」
「アーチャーさんから聞きました。アーチャーさんには大切な、とってもすごい友達がいるんだって」
それはきっと、共通の友達がいるということもあるけれど。
意識を失っていてもなお、心に響く何かを感じ取ることができたからだと、理屈ではない部分で分かっていた。
ロストマンとして心を閉ざしていてもなお、
すばるは友奈に語りかけた。
世界の果てに飛ばされてなお、友奈は
すばるを命がけで守ろうとした。
だからこれは、ただそれだけの話。
自らを革命した少女たちの、今から踏み出す第一歩の物語。
【アーチャー(東郷美森[オルタ])@結城友奈は勇者である 統合】
『D-2/廃植物園/一日目・禍時』
【
すばる@放課後のプレアデス】
[令呪] 三画
[状態] 疲労(大)、神経負荷(極小)、《奇械》憑き
[装備] ドライブシャフト
[道具] 折り紙の星
[所持金] 子どものお小遣い程度。
[思考・状況]
基本行動方針: 聖杯戦争から脱出し、みんなのもとへ“彼”と一緒に帰る。
1:生きることを諦めない。
2:わたしたちは、青空を目指す。
[備考]
C-2/廃校の校庭で起こった戦闘をほとんど確認できていません。
D-2/廃植物園の存在を確認しました。
ドライブシャフトによる変身衣装が黒に変化しました。
ブレイバー(
結城友奈)と再契約しました。
奇械アルデバランを顕現、以て42体目のエンブリオと為す。
機能は以下の通り。
遍く物質を発振させる電撃の槍を放つ。
あらゆる物理的干渉を無効化する。
あらゆる干渉より宿主を守る。
詳細不明。ただし、奇械は人の心によって成長するとされている。
詳細不明。
【ブレイバー(
結城友奈)@結城友奈は勇者である】
[状態]魔力消費(極大)、疲労(極大)、精神疲労(極大)、神性復活、霊基変動。
[装備]
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:"みんな"を守り抜く。例えそれが醜悪な偽善でしかなくても。
1:東郷さん……
[備考]
すばると再契約しました。
勇者(ブレイバー)へと霊基が変動しました。
東郷美森の分も含め、サーヴァント二体分の霊基総量を有しています。
最終更新:2019年06月22日 15:27