目を覚ました。
周りにはたくさんの瓦礫やらなんやらがあって、しかも驚いたことに地面がなかった。
で、凄い風。
つまり、今物凄い勢いで落ちてる。
「いいいいいいいいい嫌ああああああああああああああっ!?」
落ちる! 落ちてる!
風! 寒! 岩! 窓! 岩! 怖っ! 怖怖怖!?
足の下に何もない!手が引っ掛かるところが何処にもない!
身体を支えるのは薄い空気だけで、それもあんまりやる気がない!
地面どころか雲までもが遥か下を流れていて、見渡す限りの世界はなんだか丸い。地平線とか水平線とかが真っ直ぐじゃなく楕円を描いている。
あれ、なんでこんなことに?
私、今まで何をやってたんだっけ?
「あー……」
ぼんやりとした思考が徐々に形になっていく。
そうだ、確か私は……
「スカーさんを捜しに世界塔を昇ってたんでしたっけ」
で、今は塔の残骸諸共落ちてる、と。
周りには砕けた瓦礫がたくさん仲良く落ちていた。テーブル、ティーセット一式、色とりどりの雑誌の束、パーキングライトを点滅させた自家用車。将来はこんな感じの一軒家が欲しいなぁ……と思わせるいい感じの家が向こう二軒ご近所諸共!
物凄い速度が出ているはずなのに、遠くにある地面が近づく様子は微塵もない。
目の前いっぱいに緑色に輝く美しい星があった。
「うわーきれー」
「現実逃避してる場合か!?」
「したくもなりますよ!」
アイは器用に身体を捻って隣で同じく落下してる男に振り返った。
「馬鹿! アリスさんの馬鹿! 最低! 考えなし! こんな高さから飛び降りて助かるわけないでしょうが!」
「うわ痛ぇ!? こら馬鹿、やめろ!」
アイは即座に滑空術を覚えた。両腕の開きと足の角度で空気抵抗を変えて落下をコントロール、果敢にもアリスに空中戦を仕掛ける。
「バカ! バカバカバカ! アリスさんのバーカ!」
「こら! アホ! 言うこと聞け! こっち来い!」
「嫌です! 私、せめて最期はこのおバカさんのいないところで心安らかに墜落するんです……」
「いいからこっち来いっつーの!」
アリスがよっこらよっこら平泳ぎしていやいやするアイの両手を掴む。
二人、手を繋いでくるくる落ちる。アイは容赦しない。氷のような無表情で。
「ばーかばーか、アリスさんのばーか。あほ、どてかぼちゃ。お前の母ちゃんオオアリクイ」
「お前、極限状態だとそうなるのな」
「はああああああああああああああああああああああああ!?
……ああもう、最悪です」
アイは眼下に広がる星を見つめる。
「景色だけですよ、マシなのは」
「これぞまさに"絶"景だな」
チョップ。
「……まあ、最後に見る景色としてはいいんじゃないですかね……」
風が強い。顔を上下に並べて会話する。
「死んじゃうんですね、私」
ぽつりとアイが呟いた。
「なーんかさっきまでも散々死にそうな目に遭ってきたような気がするんですよ。
で、それが終わったらまたこんなことなって。私の人生どうなってるんですか?」
「いや、知らねえよ……流石にお前の人生まで責任持てねーからな」
「死んじゃうんだなー、死んじゃうんだなー。死んじゃうん、だ、なー」
死んじゃうんだなーの歌をしかめっ面で聞いていたアリスが呟く。
「お前、死んだらどうする?」
「……変な質問」
「いやいや、普通の質問だよ。お前将来どうする? みたいな」
なにせここは死んでも死ねない世界だし。
アイはまだまだ遠い、けどいつか確実に到達する地面を見つめて答える。
「……さあ、どうなるんでしょうね」
「およ? 意外だな。お前みたいなのがそういうの考えたことないのかよ」
「だって……」
アイはずっと遠くの地面を見つめている。現実感はあまりない。
「私、墓守と人間のハーフなんですよ」
「だから?」
「そんな私に死後なんてあると思いますか?」
「あー……」
墓守に死後はない。
壊れた彼らは二度と目を覚まさず、ただ土に還るだけだ。
「昔の私はそっちのほうがいいなぁって思ってました。無様を晒さず、土に還れたらなぁって思ってましたよ」
「……」
「でも今は……夢があるんです」
意外なことに、怖いのとかはあんまりない。
「死にたく……ないなぁ」
かといって、それほど生きたいわけでもないのだけど。
……うん?
本当にそうだろうか?
うーん、うーん……
どうなんだろ。
「まぁ、そうですね」
アイはちょっとだけ考えて、言う。
「もうちょっとだけ、生きていたいですね……」
しかしここは高度1000m、気温8度、東の風、風速20mの世界。
生き残れるわけもなかった。
「じゃあ尚更考えなきゃな、死後のこと」
「いや、もうそんな時間もありませんよ。もうすぐです」
「いいや」
アリスはにやりと笑った。
「そうでもないぜ?」
▼ ▼ ▼
そんでまあ、色々なことがあった。
アリスが周囲の瓦礫の中から都合よくパラシュートを引っ張り出して九死に一生を得たとか、落下地点にディーとその一行がいて一悶着あったとか(この時何故かアイはディーを一目見た途端涙をだばっと流して、一触即発だった雰囲気が崩れ去った)、まあそんなこんなで。
「終わりましたね、今回も」
「ああ、そうだな……」
アイとアリスは二人で寝っ転がって、共に空を見上げていた。
そこでは塔が崩れ落ち、墓守発生の雷がそこかしこで鳴り響いている。
一つの世界の終わりがそこにはあった。
「ねえ、アリスさん。私、夢を見ていたんですよ」
ぽつりとアイが呟く。
「色んなことが、そこではありました。そこの私はまだアリスさんと出会う前の私で、自分が救うべき人も分かっていないような未熟者でした。
だから、何も分からず突っ走っては失敗を繰り返しました」
「……」
「でも、だからなんでしょうかね。
怪我の功名と言うべきか、少しは良いこともあったみたいで。
もう、ほとんど覚えてないんですけどね」
アイはちょっと困ったように笑って。
「"生きたい"って、今はそう思います」
「そっか」
「はい。さっきまでの私は、別に生きていようが死んでいようがどうでもいいかなぁ、って思ってたんですけど。
でも今は、もう少しだけ生きていたいって思います。色んなものを見て、知って、愛したいと思うんです」
どうなんでしょうね、この気持ち。
そう嘯くアイに、アリスはただ笑って。
「そう思えるんならさ。それはきっといい夢だったんだろうな」
「……ええ、そうですね。つらいこと苦しいことばっかりで、良いことなんてもうほとんど思い出せませんけど」
それでも、今まで見ていた"それ"は、きっと。
「いい夢、だったんでしょうね」
心からそう思うことができた。
もう思い出せない、短いようでとても長かった日々の記憶。
見ていた時はあまりにも鮮明で、目が覚めてしまえば途端に色褪せる夢の情景。
それは本当に夢なんだろうかって思えるほど真に迫って、今も心に深く根付いてしまっているそれはあまりにも重いけれど。
うん、それはきっと、良い夢だったのだ。
「けど、私もそろそろ前を向いて歩いていかなきゃいけません」
夢は文字通り夢見心地で、とても気持ちの良いものだけど。
それでも人は現実に生きていく。夢はいつか覚めなきゃいけない。
それは必然であり世の道理だ。けれど、夢は所詮幻だと切り捨てなきゃならない道理はない。
そこで見た情景だって紛れもない本物で、明日を生きる活力となってくれることだってある。
逃げ込む必要はない。けど、無用と捨てる必要だってない。
だからアイは、今この胸にある熱情を抱いて、明日を生きていこうと思える。
「だったらさ、アイ。俺の頼みを聞いてくれるか?」
そして、日々を生きる以上は否応なく世界は動いていく。
アイの物語も、決して止まることはない。
「俺達を───3年4組を、助けてくれ」
世界救済の旅は、まだ始まったばかりだ。
【Fate/Fanzine Circle-聖杯戦争封神陣- 神さまのいない日曜日 -Next story "Ostia"-】
最終更新:2020年05月17日 19:19