「───以上」

 男は言った。
 それは、黒衣を纏った男だった。
 影の如き姿であるが、生気を感じさせない枯れ木の如き気配でもある。

 奇妙な人物。
 気配と服装は彼をそう思わせる。

 彼は決して自らの名を口にすることはない。
 見たままを口にせよと戯けて言う。容姿の通りに奇妙な男であった。

 偉大にして光輝なる三位一体。
 それがこの男の今の名だ。

 すなわち、男の名は《メルクリウス》
 カールエルンスト・クラフト、あるいはヘルメス・トリスメギストスと人は呼ぶ。

 ───もっとも。
 ───彼を呼ぶ者など多くはあるまい。

 例えば、
 至高天に坐す墓の王たる黄金獣であるとか。
 第六の天に抗いし無謬の神無月であるとか。
 黄金瞳の少女と共に在る黒の王であるとか。

 不用意にその名を呼んではいけない。
 命が惜しければ。
 彼の嘲笑の奥を想像してはいけない。
 命が惜しければ。

 永劫の時を繰り返すというその男は、眼前の何者かへと語りかける。
 既に輝きを失った黄金螺旋の最奥。王の夢の残滓が眠る暗闇の幽閉の間。
 影の如くに佇む彼と、もうひとりの"誰か"がそこにいた。

「こうして、たったひとりの少女を陥れた我々は」

「かくして、たったひとりの少女に敗れたのだ」

 故に、ここに宣言しよう。
 偉大なる実験の終了を。
 深淵なる認識の終了を。

 ───新たな時代の幕開けを。

「それでは、人間たちよ」

 男の声には笑みが含まれていたが、
 同時に、亀裂音が響き───

 割れる。砕かれる。
 あの虚構の世界と同じに。男の総身に罅が入って。

「それでは諸君」

「御機嫌よう。
 果たして、これより訪れる"明日"は、
 かの少女らが信じる光足り得るか」

「それとも……?」

「は……」

「は、は、は」

「ははははははははははははははははははははははははは
 ははははははははははははははははははははははははは
 ははははははははははははははははははははははははは」

 そして───

 影は、あの世界と同じくして、砕け散って───







「さりげに物を知らねえな、メルクリウス。こんな時はこう言うもんだぜ」

「"めでたしめでたし"ってな!」

 呵々と笑う声が、全てを───
最終更新:2020年05月20日 18:05