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【七月序盤―First_event―】



こんな筈じゃなかった。
こんな筈じゃなかったのだ。
何時も通り、ひょろそうで、ガリ勉っぽくて、いかにもお坊ちゃんみたいなのを狙って財布を巻き上げてそれで終わりの筈だった。

それなのに、なんだ、“これ”は?

仲間の体が次々切り裂かれ、真っ赤な水溜りが出来る。
鉄パイプを持って殴りかかってもそれが届くことはなく、何かにぶつかって鉄パイプの方が拉げた。
ヒュッという音と共に、また1人切り裂かれる。

こんな筈じゃ、なかったのに。
舌の根どころか喉の奥まで乾ききってしまったように声が出ない。叫ぶことすら出来ない。
“奴”がニィ……と微笑むのが見えた。――背筋が凍る。
背を向けてがむしゃらに逃げ出してももう遅い。


ヒュッ……という音が聞こえて、そして――――


******

――7月。
突き刺さるような日差しの所為か多くの人は帽子を被っている。
どこぞのお嬢様校の生徒なんか、フリフリレースがふんだんにあしらわれた高級そうな日傘なんか差していたりする。
あちーだりーとぶつくさ言いながら生徒たちは登校し、教室に着いたらついたでノートや下敷きをぱたぱたさせながら夏休みへの思いを友人達と語る。

とある教室では、やれ水着はロリのスク水だにゃーとかいやまておっぱいとビキニこそ至高だろとか、いい感じにヒートアップしたところでおでこデラックスが炸裂した。



その一方で、平和で愉快な学校生活とは殆ど無縁な者達もいる。
『表』に住む人々はその存在すら知ることはないだろう。
学園都市の裏舞台を暗躍する暗部組織のうちの一つ――『ボックス』。
とあるアパートとその一室は、ボックスの数ある“隠れ家”のうちの一つだった。

クーラーの効いた涼しい部屋でソファにうつ伏せになり、足をぱたぱたさせながらゲームに勤しむ少年の姿があった。
年齢は中学生ほどなのだが、小柄な体格のせいでランドセルを背負わせればそのまま小学生に紛れ込めそうな見た目をしている。
彼は、暗部組織『ボックス』の構成員である乾丙(いぬいひのえ)。こう見えても大能力者(レベル4)である。

「あ、やべ、避け損ねた的な」

とあるゲームの通信モードを用いた協力プレイをしている乾はたった一人でポツリと呟く。
別に遠くに住んでいる人と対戦するような所謂オンラインではなく、彼は、本当にたった一人で遊んでいた。
乾の目の前の、少し高い位置に携帯ゲーム機がふよふよと浮いている。誰もいないにも関わらず確かにボタンが押され十字キーがガチャガチャ鳴っている。
乾の能力である『念動力(テレキネシス)』によるものだ。
自分でゲーム機を操作しながら能力を用いてゲームを操作するのは非常に難しく、それぞれがバラバラの操作パターンをしているなら尚更なのだが、彼はそれを涼しい顔でこなしている。
これを行うことで演算能力の向上に繋がり、繊細な操作を難なく行うことが出来るようになるとは本人談。

……友達がいないとか言ってはいけない。絶対にだ。

暫くしてゲームに飽きると、一旦身体を起こしてソファに座り直し、テーブルの上のお菓子に手を出す。
見ているだけで喉が焼けてしまいそうなほどに真っ赤なスナック菓子。袋には「激辛チップス・タバスコ味」と書かれている。
どうも激辛ブームを巻き起こそうとして作ったが失敗したらしく、原価の3分の1ほどの値段で投売りされていた。
指についた赤い粉をぺろぺろと舐め取ったら次はジュースの缶を開ける。
なにかターバンを頭に着用した、可愛らしいのか憎たらしいのかよくわからないキャラクターが描かれている。そのキャラクターから吹き出しが出ていて、「本格! インドカレースープ」とかいう文字が似非アラビアンっぽく躍っていた。
カレー缶をくいっと煽る。
それとほぼ同時に、この部屋唯一の扉が静かに開かれた。

乾はチラリと少しだけ後ろを見ると、カレー缶をテーブルの上に置く。
そして、やや子供っぽく口を尖らせて言った。

「……待ちくたびれた感じなんだけど」


******


「ふあぁ……」
「黄泉川先生が欠伸なんて珍しいですね。どうかしたのですかー?」
「最近ちょっと寝不足じゃんよー」
「睡眠不足はお肌の敵なのですよ?」
「早く寝たいのは山々だけど、最近物騒でそうもいかないじゃんよ」
「……能力者による無能力者襲撃事件、ですか?」
「そうそう。能力者の方は逃げ足速いし、捕まえても正当防衛って言い張るし……黄泉川さんカサカサのシワシワになっちゃうじゃんよーまったく」
「最初はスキルアウトだけを狙っていたのに、最近は無差別になってきているのですよね?」
「なんの関係もない生徒を、無能力者だからって襲うのは許せないじゃん」
「そもそも無能力者だからって、スキルアウトだからって、ただそれだけで人を傷つけていい理由にはならないですよ。こんなのってあんまりなのですよ……」
「警備員(アンチスキル)総動員で事件解決に取り組んでるから、小萌先生のクラスの方にも気をつけるようによく言っといてほしいじゃん」


とある高校の職員室にて、緑ジャージの教師とどう見ても小学生にしか見えない教師が、そんな会話を交わしていた。

執筆:長月コトナさん

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最終更新:2011年10月22日 22:43