決して影が薄い訳ではなかった。今の状況を見れば非があるのはむしろ生徒達の方にあると言える。
「あっ、あのっ…」
少なくとも本人にとっては精一杯搾り出したつもりの声は瞬く間に教室中に響き渡る声にかき消される。
「みんな…………えっと、みんな…」
その騒ぎは、教室に着いた時には既に起こっていた。 と言っても子供同士の喧嘩の範疇を越えてはいない。
だが、とにかく騒がしい。騒ぎに参加している生徒はもちろん、それを見守る傍観者ですらたった今教室に入ってきた者がいるという事にすら気付かない程に。
「元気なのは良い事なんだけどね?ちょっと度が、過ぎてるかもって事だから…えっとその…」
もっと静かであれば聞こえたであろう音量の声が尚も空しく騒ぎにかき消される。
それが幾度か繰り返された後、騒ぎを傍観していた生徒の1人が教室の扉に顔を向ける。
闇神だった。
たった1人とはいえ、ようやく教室に入ってきた者の存在に気付いてくれたのだ。
それが僅かな勇気となり入ってきた者の背中を押す。 もっと大きな声を言え、と。
「静かにして欲しいのにーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」
今までの騒がしさが嘘であったかの如く騒ぎが収束していく。
ここで初めて教室にいた生徒全員…とまではいかなかったが、1人を除いて全員が入ってきた者の存在に気付いた。
「あれ、ナダレ先生?」
乱闘を強制終了させられたせいで無茶な体勢になっている茶髪の少年は、まるでテレポートか何かでいきなり現れたのかとでも言わんばかりの表情で雪崩を見る。
実際は騒ぎに夢中で気付かなかっただけだがそれを指摘できるのは気付いていた闇神のみ。
その闇神もそんな面倒な事をする気は無いようだ。
雪崩もそれを追求はせず、しかしまだ言いたい事はあるという強い気持ちを持って口を開く。
「元気なのは大いに結構だけど、はしゃぎすぎ!もう子供じゃないんだから自分で自分を律する気持ちを持たないと駄目なのに!」
『~のに』が高確率で語尾に来る独特の口調で生徒に説教を続ける雪崩。 ここだけ見ればしっかりしているようにも見えるが、説教から逃げるべく闇神がこっそり教室から抜け出していた事には気付いていなかった。
「それから…海船さん」
「ん…え? あ、はっはい!」
名前を呼ばれて海船はようやく我に返る。
驚くべき事に騒ぎの発生からたった今まで、海船はずっと考え事をしていて一連の出来事に気付いていなかったのだ。
「風紀委員なのに、騒ぎを全然止めようともせず……………」
自分の世界に浸っていた時とはうって変わって申し訳ない気持ちに苛まれる海船。
自分の仕事も放って考え事にうつつを抜かしていた自分が情けない。
これは私も怒られて当然――――――そう考えた海船は即座に覚悟を決めた。
叱責を真正面から受け止めよう、と。
「何か、不安な事でもあるの?」
だが、雪崩の口から出た言葉は叱責の言葉ではなかった。
「教室中が騒がしかった時からずっと何か考えてたでしょ。 海船さんが止めに入らないくらいだから、きっとこの騒ぎ以上に気になる事があるのかな、って思ったの。でも、ちゃんと言ってくれないと分からないのに」
丁度廊下には様子を見に戻ってきた闇神の姿があった。
雪崩の言葉を聞いた闇神に少しだけ驚きの表情が浮かぶ。 うろたえているだけかと思ったが、意外と生徒の事をちゃんと見ているんだな、と。
そして海船の顔にはもっと分かりやすい安堵の表情が浮かぶ。 自分の気持ちを少しでも汲み取ってくれる教師を有難く思う生徒は少なくない。 海船もその1人だったようだ。
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休み時間が終わった事にも気付かず海船は話し続けた。
頻発する“能力者が無能力者を襲う事件”。 詳しい事はまだ調べていないが、それに不安とも疑問ともつかない気持ちを持っている事を。
「うん。やっぱり海船さん、風紀委員に向いてるよ」
「え?」
ついさっきまで申し訳ない気持ちになっていた海船は突然の雪崩の言葉に疑問を覚える。
「こういう時にも学園都市で起きる問題について考えているんだもの。 それって学園都市の風紀の乱れに人一倍敏感って事でしょ? 皆の為にそこまで考えられる人、なかなかいないのに」
今の海船にとってこの言葉はありがたかった。
ついさっきまで風紀委員の仕事を放ってしまったと思っていた為、その思いを吹き飛ばしてくれる言葉を聞くと心が楽になるからだ。
「ありがとうございます、雪崩先生」
少しだけ照れ笑いをしながらお礼を言う海船。 雪崩は少し褒め過ぎたかと自らを省みるが、心の中で『ま、いっか』と言うと早々に考えるのをやめてしまった。
「あ、授業始めなくちゃ!休み時間過ぎてるのに!みんな席について、授業始めるよ!」
執筆:あさぎり羅一さん
最終更新:2011年10月27日 17:57