現在時刻は通勤ラッシュ真っただ中な午前八時、ほとんどの交通網は登校中の制服姿の学生たちがごった返している。
熱されたアスファルトによって灼熱と化した、雑沓する表通り。学生達が文句と汗を垂れ流しながら行き交い、その間を縫うように進むのはドラム缶フォルムの掃除ロボ。
「もうすぐ夏休みですけど、佐天さんはスケジュールとか決まってます?」
「うーん、今んとこ特にないかな。春休みに一度帰省したから、親は何も言ってこないだろーし」
「私は風紀委員の仕事があるからなあ……。例の無能力者襲撃事件のせいで、最近何かと忙しいんですよ。夏休み前だって言うのにテンション右肩下がりです」
「ほー、風紀委員は大変だねえ。去年みたいにならないように、今年は早めに宿題終わらせときなよ?」
「……佐天さん、完全に他人事ですね」
黒髪ロングと花瓶頭の女子中学生が、そんな会話を交わしながら歩いていく。
どこにでもあるような、学園都市の大部分の人間が織り成す平和な日常、平和な光景――しかし、その『裏』で様々な秘匿勢力や機密組織の暗躍が渦巻いていることを、彼ら『表』の住人は知らない。否、知る由も無い。
言わば表舞台と舞台裏。
コインの裏と表のように、相対する関係。
非合法や殺戮が平然と横行する、学園都市の影の部分――人呼んで、“暗部”と言う。
* *
冷房の効いたコンビニの中、一人の男子高校生がATMを操作していた。
中肉中背、やや長い黒髪でどこかの学校のブレザーを着ており、大きなスポーツメーカのショルダーバックを肩に引っ掛けている。
彼の名は、洗滌江潔(せんじょうえきよ)と言う。
――ただし、容姿も名前も本物ではない。
シチュエーションによって自在に容姿を変える変装技術を持つフリーの傭兵として、暗部ではそこそこ名の知れている人間だ。
今の容姿も学園都市製の特殊素材の他シリコンやゼラチンを用いた『特殊メイク』であり、年齢も人種も性別も、素性は何一つ分からない。
洗滌はATMの画面を進め、口座――もちろん偽造身分証明書で開設した架空名義口座だ――に前回こなした依頼の報酬金が入金されていることを確かめると、銀行側が定めている限度額ギリギリまで下ろした。
自動ドアが左右に開き、外気と熱風が押し寄せる。
洗滌はコンビニを後にすると、立ち止まり、入道雲が聳える夏空を仰いだ。
見上げた先にあるのは、大気をかきわけてゆったりと進む一隻の飛行船。その側面に取り付けられている大型液晶画面には、今朝のニュース番組が映し出されていた。
『最近能力者による無能力者襲撃事件が多発しており、警備員および風紀委員は厳戒態勢を敷いています』
『学校側も生徒達に注意を呼び掛けているようですね』
『はい。当初の被害者はほとんどがスキルアウトだったのですが、近頃は無差別化している傾向が見受けられます』
『物騒ですねえ……早急な解決が望まれますね』
女性アナウンサーの『では、次のニュースです』という声と共にモニターの場面が切り替わり、次のトピックへ移行する。
洗滌は懐から携帯端末を取り出し、片手で操作した後、画面を見つめた。
もう一度上空の飛行船を見上げて、小さく呟く。
「『能力者による無能力者襲撃事件』、ねえ」
――彼の手の端末画面には、新たな仕事の依頼を告げるメールが映し出されていた。
執筆:魔女さん
最終更新:2011年10月27日 17:57