そんなこんなであっという間に今日の授業が終わった。
ひゃっほおおおおお!! とテンションが上がりに上がったところで夏休みの補習案内のプリントを渡され、一気にテンションが下がっていく教室。
その盛り下がり方といったら、まるで世界が滅亡する寸前の如く。
そして、我等が雪崩先生から「危ないから寄り道しちゃ駄目なのに!」という実にありがたいお言葉をいただき放下となった。
「終わった終わったー! ちゅーかゲーセン寄ってかね?」
「先生寄り道すんなって言ってたじゃん。あとおれユミコ待たせてるからどっち道無理だし」
「……くそっくたばれっリア充めっ!!」
「ちょっおまっ! だーかーら脇腹はやめろって何度言ったら――――っ!!」
わしゃわしゃわしゃどーだまいったかー、ぐあーやめろーあははははーみたいなことになってる緑髪タトゥーと茶髪の少年(脇腹が弱点)。
闇神は呆れながらその様子を遠くから見守っていた。
因みに妹の純奈は目を怪しく輝かせながら理科室の鍵を借りに行ったので教室にはいない。
「やあやあ闇神君。なにやら寂しげな表情だな」
話しかけてきたのは、校内で変態セクハラ風紀委員などと称される天音響だ。
「あいつら相変わらずバカやってるなぁ、全くしょうがないんだから~みたいな傍観者系キャラを演じてみたりしているのかな? だが残念ながら君には傍観者は似合わない。何故なら君は典型的巻き込まれ型ヒロインだからだ!!」
ばーん!! と片手を腰に当て指差しポーズを決める天音。
「いや意味がわからない。大体男なのにヒロインってなんだよ」
「鈴科百合子ちゃんってやつさ」
「は?」
「分からないならそれでいい」
なんだかちょっとイラッときたのでデコピンをくらわせておこうとしたが、あっさり回避されてしまう。
腐りきっても風紀委員である。
「っていうかお前、風紀委員の仕事はいいのかよ?」
「……今日は非番の気分なのさ」
「明後日の方向見ながら言うな。それって今日の放課後は非番じゃねえってことだろおいこら」
まったく、と溜め息を吐くと、闇神は海船を呼ぶ。
その瞬間クラスの友人と談笑していた海船の肩がビクンと跳ねた。おそらく心臓も一緒に飛び跳ねていることだろう。
なにやらアワアワしていた海船だったが、談笑していた女の子達にせーので背中を押されて闇神の前に躍り出る羽目になる。
しかしかわいそうなことに、闇神は海船の顔が赤い理由を全く理解していなかった。
「ほれ、こいつ連行しちゃってくれ」
闇神は、ガールハントに勤しむ気満々だった天音の首根っこを掴むと、海船に引き渡した。
「闇神君!? これは一体なんのつもりだい!?」
そこでやっと海船が我に返った。
「そ、そうだった天音さん! 今日という今日は逃がさないよ!?」
「嬉しい告白をありがとう帆波ちゃん! 今日のパンツは何色かな?」
「ここここ告白違う!! ち、違うもん!! 違うからね、闇神くん!! わ、私、そういう趣味はないからね!!?」
「? お、おう」
天音の台詞の後半部分をスルーするほどテンパった海船の必至な形相に、闇神は訳も分からず、とりあえず頷く。
海船は顔を真っ赤にしたまま、自分の鞄を引っつかんだ。律儀に天音の分も一緒に。
ずるずると天音を引き摺ってそのまま教室を出ようとしたところで、海船は一旦立ち止まる。
「や、闇神くん……」
行儀が悪いと分かっていても振り返る事は出来なかった。
どうも今日は彼を意識しすぎだ。お陰でまともに顔を見ることすら出来ない。
「……気をつけて帰ってね。路地裏とか、近づいちゃダメだよ……」
「……分かった。ありがとな、海船」
名前を呼ばれただけで大袈裟に胸が高鳴る。心臓はバクバクしっ放し。何時破裂してもおかしくないんじゃなかろうか。
「も、もし、何かあったら……れ、れんら……」
「ん?」
「……、も、もう行くね! それじゃあね!」
もし、何かあったら連絡してね。
絶対に助けにいくからね。
伝えたかった言葉が、すぐそこまで出掛かった言葉が胸の奥深くへと潜り込んでしまう。
(……私のばか。意気地無し……)
天音を引き摺りながら歩く彼女は、情けなさのあまりに泣きそうな顔をしていた。
*
純奈から「先に帰ってていいのだ」という内容のメールが来た為、闇神は一人帰路についていた。
新作ゲームだとか新譜だとか、帰り道に興味を惹かれるものが多数あったものの、優しい担任と変態じゃない風紀委員の言葉を思い出す。
暫くの間はあまり遊び歩かない方がいいだろう。新譜ならネットでダウンロードという手もある。
(俺も早く低能力者以上になりたいよまったく……)
レベルが上がったことを自慢していた茶髪の少年(リア充)を思い出しながら、闇神は本日何度目ともつかない溜め息を吐いた。
「……ん?」
俯いていた闇神があるものを発見した。
――猫である。
野良猫だろうか。白い毛並みをしており、身体は小さい。
「おー、野良猫とかいるもんだなぁ。……ほれ、おいでおいでー」
しかし子猫は「みゃー」と一声鳴いてから路地裏へ消えていってしまった。
闇神はつい、それを追いかけた。
別に放っておいても全く問題は無かっただろう。というか、何時もの闇神だったら放っておいてさっさと寮に戻っていたのかもしれない。
しかし、何を思ったか。
今日の闇神は子猫を追いかけた。
すぐに見つけて、ちょっとじゃれたらさっさと寮に帰ろう。そんな楽観的な考えで薄暗い路地裏に足を踏み入れた。
もうお分かりだろうが、それが非常にまずかった。
結果的に彼は色々あってテンプレ通りの何処となく世紀末っぽい不良に絡まれた。
「おい、この制服……」
「ああ、あの高校のやつだな。確かこいつ……無能力者だ」
制服はともかくなんで俺のこと知ってるんですかあんたら。
なんて言える筈もなく闇神は勢いよく回れ右する。
「じゃあ――俺達の能力の実験台になるべきだよなぁ?」
どうしてそうなるんだ、と叫ぶ前に後方から炎の塊が飛び、地面に炸裂した。
火の粉が飛び散る。頬や背中に熱を感じる。飛んでくる炎の熱のお陰で熱い筈の背中は氷を滑らせたみたいに冷たく感じた。
複数の足音が追いかけてくる。何時当たるとも分からない炎や電撃が次々飛ばされる。
無駄に入り組んだところに入り込んでしまったのがいけなかった。何処まで走っても出口は見当たらず、焦りと不安が闇神の精神を削っていく。
(ヤバイ、ヤバイ、ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ――!!)
少しでも速度を緩めれば追いつかれてしまいそうで、警備員や風紀委員に連絡を入れる暇すらない。
こんなところまでわざわざ見回りに来る警備員はそういないし、風紀委員はそもそも学校内が管轄なのでこんなところに現れることはほぼ確実に無い。
偶然の救助は絶望的。
闇神は己の不運を心から呪った。
(畜生、畜生! あんな火の玉当たったらただじゃ済まないだろ!? そんなことも分からねえのかよ!!)
流石に殺されはしないだろうが、無傷で帰るのは絶対に不可能。入院は免れないだろう。
何故、無能力者というだけでこんな目に遭わなくてはならないのか。
こんなのはあまりにも理不尽すぎやしないか。
「ちっくしょおおぉぉぉーーーーっ!!」
だんっ!!
勢いよく踏み込んで角を曲がる。
「うわっ!」
「おわぁっ!?」
そして不幸なことに――闇神は偶然通りかかった子供と勢いよくぶつかった。
「いってて……」
「え、あ、わ、悪い……」
思わず冷静になり、闇神は子供に手を差し伸べる。
闇神よりも年下であろう子供は、ダークブラウンの瞳で少しだけ闇神を睨むと、差し出された手を触りもせず立ち上がって適当に埃を払った。
うわぁ態度悪っ。闇神は内心呟くが、直ぐに子供の相手をしている場合でなかったことを思い出すことになる。
「へへへ、漸く追いついたぜ」
「手間かけさせやがって」
最悪なことに、超世紀末的不良共に追いつかれてしまった。
「あ? なんだこのチビガキ」
不良が子供に気づいた。
圧倒的体格差の不良を前にして、状況を把握していないのか、はたまた中二病まっさかりの生意気さんなのか、子供は全く怯む様子がない。
「おいガキ、お前も無能力者か? 能力者だったら見逃してやってもいいぜぇ」
「……なるほど……ね。こういうことか……」
「あ? 何ブツブツ言ってんだ」
刹那、子供の雰囲気がガラリと変わった。
「あ、あの……ボク、これでも異能力者的な感じなんですけど……」
本当にガラリと変わった。変わりすぎだろってぐらい変わった。
しかしそれはさっきの態度を知る闇神だからこそ気づけるのであって、不良からすれば「自分よりも大柄な相手を怖がる子供」にしか見えない。
「本当かぁ? 助かりたくて嘘言ってんじゃねぇだろうなぁ?」
「ほ、本当です! って言っても、水が入ったコップ浮かせるのが精一杯なんですけど……」
今にも泣き出しそうな顔で、小動物みたいにぷるぷる震えていた子供はやがて闇神の方を向くと、
「そうだよね? お兄ちゃんっ!」
――どういうわけか、闇神の腕にぎゅっとしがみ付いた。
「……は?」
「そういえば、この人たちお兄ちゃんのお友達? なんだかスキルアウトみたいで怖いなぁ……」
「ハァ!? スキルアウトだと!?」
「ふざけんじゃねーぞコラクソガキ!! 俺達をあんな無能力者のクズ共と同じにしてんじゃねー!!」
「えー、でもぉ」
おいやめろ。これ以上火に油を注ぐんじゃありませんいや注ぐなお願いします。
そんな闇神の願いが届く筈もなく、勝手に闇神の弟(妹?)になりやがった子供は腕にしがみ付きながら続ける。
「こんな無差別に人を襲うのって、スキルアウトと変わらない感じだよねぇ? っていうか、スキルアウトが無能力者で暴力的なクズの集まりだっていうなら、能力を行使して暴力暴力暴力的なあなた達はもっとクズな感じなんじゃないかなぁ? ゴミ箱はあちらですよクズ野郎」
「て、てめぇ……黙って聞いてりゃいい気になりやがって!!」
「きゃあ怖い! また暴力的な? ボクの話ちゃんと聞いてましたぁ?」
それに、と言葉を続ける子供。
「そんな風に暴力ばっかりな悪い能力者はまとめて成敗的なことしちゃうんだゾっ☆」
そして、
「――お兄ちゃんが☆」
最後の最後で、子供はとんでもない爆弾を投下した。
闇神の顔からサーッと音を立てて血の気が引いていく。不良の方々を見てみれば、分かりやすいほどに青筋がビキビキと浮き上がり、今にも破裂しそうだった。
「そうかそうか……成敗か……」
「いやっ違っ! それはこいつが勝手にっ……」
「弟の言葉には兄貴が責任を持つべきだよなぁっ!? 無能力者(レベル0)おぉぉぉっ!!」
不良の手から炎の塊が生まれる。
とんでもないことを言い放った子供は未だに闇神の腕にしがみ付いたまま、離れて逃げようともしない。
(――くそ、こんなところで……!!)
「ブッ……殺ーーーーーース!!」
炎の塊をぶつけるべく、不良が大きく振りかぶる。
闇神は諦めたように固く目を瞑った。
「……ぎゃあああああああああっ!!!」
薄暗い路地裏に悲鳴が響いた。
ただしそれは闇神純也のものではなく、かといって彼にずっとしがみ付いていた子供のものでもない。
不良が悲鳴を上げていた。飛ばそうとした炎の塊があらぬ方向に飛んでいく。
その足元には、何故かゴミ箱が横倒しになって転がっていた。
「こっち!」
「へっ?」
子供が闇神の腕を引いて走り出した。
突然のことによろけて転びそうになるも、なんとか体制を整えて闇神は走る。
「ま、待ちやがれ……ぶふぉっ!?」
「なんだこれ、どうなってやがる!!」
「くっせぇ!! 汚え!!」
「ぺっぺっ! 口ん中入っ……おゔぇぇぇ」
後方からは不良達の悲鳴が聞こえてきた。更に、なんともいえない悪臭が鼻腔をくすぐった。闇神は色んな意味で怖くて後ろを振り向けなかった。
*
なんとか不良から逃げ切って広い場所に出ることが出来、闇神は安堵した。
本当にダメかと思った。特に子供が不良を挑発しだした辺りは。けれど逃げ切った。走りすぎて翌日は筋肉痛になりそうだが、怪我はない。
「大分息切らしてるねー。大丈夫な感じ? お兄ちゃん」
「……その呼び方やめろ。誰がお前の兄だ」
散々火に油を注いでくれやがった子供は、全力ダッシュ長距離逃走マラソンをこなしたとは思えないほど涼しい顔をしていた。
子供はそこらの自販機で買ったであろう缶ジュースを闇神に投げて渡す。闇神はそれを受け止めた。
「確かに調子に乗ったのは悪かった感じだよね。それで許してくれる? お兄ちゃん」
「だからお兄ちゃんと呼ぶなと……って、炭酸じゃねーか。なんで投げたんだよ」
「ごめんねぇうっかりしてた的な。それじゃあ、こっちの激辛カレーと交換する?」
闇神はゆっくり首を横に振った。
投げた程度なら炭酸だって自重して吹き零れない筈だ。
「それじゃあ、ボクはこの辺で。ちょっとしたお仕事的な用事があるから」
「待てよ」
踵を返そうとした子供を闇神は呼び止める。
「確かに挑発したのはお前だけど、助けてくれたのもお前だ。ありがとうな。えっと……」
「……ボクの名前、知りたい?」
子供は、闇神の返事を待たずにこう名乗った。
「ボクの名前は御坂美琴だよ。それじゃ、バイバイ。お兄ちゃん」
“御坂美琴”と名乗った子供はニコリと微笑むと、闇神の前から立ち去った。
「……ボクっ娘って奴、だったのか……?」
実はかなり有名なある少女の名前だったのだが、闇神はそれに気づかずぽつりと呟く。
暫くしてハッと我に返ると、闇神は携帯を取り出し、今までの出来事を洗いざらい吐き出すべく風紀委員の番号を押す。
*
飲み終わってすっかりカラになった空き缶をゴミ箱に投げる。すると空き缶は、不自然なほど綺麗に缶専用のゴミ箱に収まった。
「“ボク”だって。あー、我ながら気持ち悪い」
子供――乾丙は呟く。
「っていうかあの人、明らかに偽名的だったのに気づかなかった感じ? 常盤台の超電磁砲(レールガン)って結構有名的な感じだと思ったんだけどな……」
別に乾は、超電磁砲の御坂美琴に恨みは抱いてないし、彼女になりきろうとも思っていない。
あの場面で偽名を名乗った理由はただ“なんとなく”だ。本当に深い意味は無い。
「嘘吐くな!」と突っ込まれれば笑い話ではいおしまいだし、信じられたらそれもまた笑い話だ。
「片桐さんは適当にブラついてていいって言ったけど、やっぱり隠れ家でゲームでもしてようかね」
欠伸をかみ殺しながら、乾丙は薄暗い闇の中へ消えた。
執筆:長月さん
最終更新:2011年10月30日 21:53