『彼女』は、目を覚ます。
喧騒に包まれたゲームセンター。にぎやかな明かりに軽やかに響くゲーム音、そして騒音で訴えられてもおかしくなさそうな、アップテンポのBGM。行き来する人間に、順番待ちで喧嘩をする子供。礼儀正しく並ぶ大人は子供を引き離したしなめる。頬を膨らませる子供。喧嘩はだめだと駆け出す係員――。目が眩みそうになる光景。
『彼女』も明かりと音に驚き、目を眩ませ、耳を塞ぐ。途端、『彼女』は妙な感覚に襲われた。自分がいるのが『どこ』だとか、自分は『誰』だか解らなくなる不思議な感覚。
――あれ?
私は、いつの間にこんな明るいゲームセンターへ来ていたの?
暗い路地裏で確か、誰かに襲われて、倒れたはずなのに。
そうだ、確か路地裏で不良の子にあって……。
その瞬間の記憶がない。
誰かに、ここまで運んできてもらったのかな? だとしてもどうして、こんなゲームセンターに? 普通は病院とかに運ぶはずなのに。……何か事情でもあったのだろうか?
何を思い出そうとしても、その瞬間の記憶だけが、すっぽりと『ない』。
まるで、自分がその瞬間、『眠っていた』かのように。
「あれ? 雪崩先生じゃないですかー。ここで何してるんですか?」
『彼女』を呼ぶ声がする。『彼女』は振り向いた。
緑色の髪の毛をした少年が問いかけるのを感じる。『彼女』は何もなかったかのように、
「君は、……寄り道しちゃダメだって言ったでしょ!? ただでさえ無能力者なんだから、襲われちゃ危ないのに……」
と返す。
少年は、肩をすくめて走り去る。
『彼女』はため息をつく。
――――ザザッ――――
『彼女』の記憶に、『砂嵐』が混ざる。
そういえば、前にも、こんなことがあったっけ……。
『砂嵐』は、彼女の記憶を曖昧にぼかして去っていく。
「……」
意識がはっきりして、『彼女』は立ち上がった。
「早く帰らなきゃ! 明日も仕事があるのに!」
独り言のように呟く。そして早足でその場を去る。後には『彼女』の体温が残した『温もり』だけが残る。それは『彼女』が確かにそこに『居た』という存在証明。
しかしこの存在証明は永遠の物ではない。いずれ消え去る。
『彼女』――『飲空雪崩』の能力は、『存在偽証』。
能力者が『居る』と認識することで『居る』ということになり具現化することができる。
具現化さえすれば、物に触ることもできる。温もりを残すこともできる。存在証明もすることができる。
しかし能力者が『居ない』と認識すれば……彼女の存在は消え去る。
つまり、
『飲空雪崩』は、実在しない。
――存在しない。
執筆:レア
最終更新:2011年11月04日 22:00