こんなひと気の無い裏路地を通ろうと思ったのが間違いだったのだ、などと己の過失を悔やんでみても、今となってはどうしようもない。
無能力者狩りが頻発する今では、風紀委員の腕章なんていう『お守り』は何の効果も成してくれなかった。
この腕章を授かったのは、今からちょっと前のことだ。
志望生から研修生へとなったとき、きっと自分を変えて見せると思った。否、きっと変えられると思った。
けれど、実際はどうだろう。
風紀委員(ジャッジメント)という肩書を得たとしても、自分が無能力者であるという事実に変わりはない。
長年この街で抱き続けてきた劣等感に、変わりはない。
はたして私の何が変わったのか?
何かを変えることが出来たのか?
そんな自問を現実逃避気味に脳内で展開しても、目の前の事態が好転するわけでもなく。
――新米風紀委員・恋ヶ窪恋慕(こいがくぼれんぼ)は、自分の無力さと改めて対面していた。
時を数分前に遡って説明すると、裏路地を抜けようとした恋慕は偶然出くわしたガラの悪い能力者集団に絡まれた。
さらに能力者共は「ああ、こいつも無能力者の一人だ」だの「恋ヶ窪恋慕、間違いないな」だのと言い合い、何故か恋慕が無能力者であるということを見抜いてしまった。
最近ニュース番組で頻繁に耳にする『無能力者襲撃事件多発』の言葉通り、現在の学園都市には「能力者が無能力者を襲っても正当防衛とされる風潮」が蔓延しているため、要約すると恋慕は絶対絶命ピンチなのだった。
細い裏路地を占領するように屯(たむろ)する能力者集団は、仲間同士で好き勝手に喋っている。
その格好から察するに、彼らはそこそこのレベルの学校の高校生。皆一様に、ひとやまいくらの安いチンピラのような外見だ。
「で、こいつどーするよ?」
「どーするっつってもなあ……。どう見ても中学生じゃん。しかもガキ。少なくともあと三年は経ってからじゃないと俺は無理」
「え、むしろ今のままのほうが俺的には……」
「ちょ、うわ、なんだよお前そっちの気あんの!? まさかのロリコン!?」
「マジかよありえねー!!」
一方、爆笑する能力者集団に囲まれて、ただでさえ小さい身を一層縮こまらせるセーラー服姿の少女。
大人しい、もしくは地味な顔立ちのボブカットの中学生――恋ヶ窪恋慕は、ちょっと長い前髪の向こうから、相変わらずおどおどと定まらない視線で相手を窺っている。
「え、えっと……あのぅ」
不良に絡まれているはずなのに何故かさっきから放置されっぱなしなので、このよくわからない状況を打破するべく、恋慕はおずおず声を出した。
「す、すいません、えっと、聞いてくださ」
「ぎゃははははははは! だからお前、その顔面でロリコンはねーよ!!」
「ろ、ロリコンロリコンうるせえな! 別にそういう趣味でもいいじゃねえか! 第一俺はロリータオンリーというわけではなくてだな!?」
「うひゃひゃひゃ、その顔で力説されても困るし! 腹痛てー」
「あ、あのー、誰か聞……」
恋慕は恋慕なりに精一杯の声を振り絞っているのだが、いかんせん不良共は大声で笑い合っている。当然聞こえていない。
「ええと、こ、これでも私、風紀委員(ジャッジメント)に所属してて……あ、でもまだ研修生扱いなので、半人前というかなんというか……す、すみません」
依然として耳を傾ける者はいないが、恋慕はちらちらと自分の腕の腕章を見て言う。
「わ、私自身は無能力者なので、事件に出くわしてもどうにもできないんですけど――」
そこで、タタタタタ、という助走をつけるような足音が路地の奥から聞えてきた。
“もうすぐかな”、と恋慕は思いつつ、勝手にヒートアップしている能力者達に向けて最後の言葉を告げた。
「先ほど支部の方に要請を依頼したので、えっと、もうすぐ戦闘要員の風紀委員の方がいらっしゃるかと」
――恋慕が言い終わらないうちに、無能力者集団のうちの一人の頭が勢いよく蹴り飛ばされた。
薄暗い裏路地にゴキョオ!! という破壊音が鳴り響いたのと同時、頭部に見事なドロップキックを食らった男が泡を吹いてぶっ倒れる。
他の不良男は「何が起こったかわからない」というようなぽかんとしたアホ面で、倒れた友人を見下ろしていた。
無理もないだろう。いきなり仲間がドロップキックをくらって気絶すれば、だれしもこんな顔になるはずだ。
対して、完璧なフォームのプロレス技を実践で披露した人物はというと、その正体は屈強な警備員(アンチスキル)でもなく、ツンツン頭の旗男(フラグメーカー)でもなく――倒れた男の側に立っていたのは、なんと恋慕と同年代くらいの女子中学生だった。
高く結い上げた綺麗な黒髪と、鋭い切れ長の双眸、そして完璧に校則に則ったセーラー服の模範的スタイル。
恋慕は、この少女の名を知っている。
なにしろ同じ支部に所属する風紀委員の同僚(一応恋慕の方が後輩格ではあるが)で、同じ学校に通う同学年の生徒同士なのだ。
――彼女の名は邂逅理解(かいこうりかい)、レベル4の電気制御系能力『挙動予測(ルックアヘッド)』の保持者だ。
「風紀委員(ジャッジメント)です!! 無駄な抵抗はやめ、両手を頭の上に組んで大人しく地面に伏せなさい!」
開口一番、理解のキツイ声が飛んだ。
恋慕が要請した応援とは、理解のことだ。
自身の力で事件を解決できない恋慕は、たびたび理解に出動を要請している。
「ごめんね理解ちゃん、私風紀委員なのになにもできなくて……ほ、ほんとにごめんなさい」
「あなたは研修生であると同時に、元々戦闘に適した人材ではないのです。自分を責める必要はありません。加えて言うと、あなたの取った行動は状況に対して適切なので、無意味に謝るのはやめなさい」
「す、すいません……」
理解はため息をつくと、能力者集団に向き直る。
ようやく状況が整理できたのか、風紀委員という権力の犬を相手に、不良達は敵意をむき出しにしていた。
「……あぁ? 風紀委員だぁ?」
「中学生のガキが調子こいてんじゃねえぞ、オイ」
男達の低い声に臆することもなく、理解は倒れた男の手首を拘束する作業の片手間で言う。
「つい先ほど目の前で仲間が気絶したというのに、意に介したそぶりも見せないとは。随分と安い友情ですね」
「ッの野郎……っ!」
簡単に挑発に乗りすぎですよ、と内心で呟きつつ、理解は能力者集団に言った。
「もう一度勧告をしますので、よくお聞きください。あなたたちがこのまま大人しく投降するのならば、私は一切の危害を加えません。ただし、どうであろうと抵抗を続けるというつもりなら――」
一息区切り、続ける。
「――それなりの覚悟をしてください」
そして。
執筆:魔女さん
最終更新:2011年11月05日 11:04