ここで、時間はその日の朝まで遡る。
『死屍累々』という言葉が本当に死人が出ている状況しか表せないのだとしたら、一体この状況をどんな言葉で表せば良いのだろう。
後で知った話だが、雪崩が今直面している状況で死人は1人も出ていなかったという。 それ自体は幸いと言う他無いが、お陰で今の状況を『死屍累々』の一言では表せなくなってしまった。
朝。 学生達が登校する時間帯。
雪崩が学校へ向かう最中に見たのは、制服も学年もバラバラな何人もの生徒達が倒れている異様な光景だった。
「ちょっと、何…何これ…」
すぐさま携帯電話を取り出し救急車を呼ぶ雪崩。
「もしもし……… あの、すぐ来てください!子供達が、生徒達が何人も倒れているんです! いえ、ケガしてるかどうかはまだ確認してないのに…でも! えぇと、場所は……」
場所を知らせるために右を向いては目印を探し、左を向いては目印を探す。 間におおまかな住所も伝えながら。
最終的に電話で伝えたのは車が走るには狭すぎる程細い道がある事と、すぐ近くに公衆トイレがある事。
そして、左右を見回した時に何度も視界に入って来た大きな機械に視界を固定し、伝える事を全て伝え終わった携帯の通話スイッチを切る。
“キャパシティダウン”。
能力開発を受ける者やそれに少しでも関わっている者ならほとんどがその存在を知る、対能力者用の機械。
最初は雪崩も無能力者狩りが原因ではないかと考えていたが、狩る側の能力者が自分の首を絞めるような行為をするとは思えない。
では何故こんな光景が広がっているのか。 それを考えようとした矢先、足元から微かに聞こえた声が思考を中断させる。
「う、う…うっ」
見ると、足元で倒れていた女子生徒が気絶から覚めて目を開けている。
「! 大丈夫!?まだ立たない方がいいわ、こんな状態なのに…」
女子生徒の制服は雪崩の勤める学校のものとは違う。
が、その素性は意外にあっさり明らかになった。
女子生徒のものと思われる鞄から生徒手帳が姿をのぞかせていたのだ。
それを手に取り、中にこの女子生徒と見て間違いない写真が載っているのを確認する。
名前は『上崎音葉』というようだ。
完全には開ききっていない目で周りに目を向けた後、音葉はある方向に顔の向きを定め、真っ直ぐ指を差す。
その先にあるのはキャパシティダウン。
「あなた…能力者なの? あれを止めればいいのね! 待ってて、今gkwpb」
ザザザッ
言葉の最後にチューニングの合っていないラジオのような雑音が混じる。
それだけではない。音葉の目にはその雑音が混じる瞬間、雪崩の姿が壊れかけのテレビに映った映像の如く歪んで見えたのだ。
音葉は雪崩の姿を目で追い続ける。 他の倒れた生徒の安否も確認しながら、同時に何かを探しているようにも見える。
………その最中にも、幾度となく姿がぼやけたり歪んだりするのを見逃さずに。
「あった!」
雪崩が手に取ったのはスイッチの付いた機械。 音葉はあれが押されると同時にキャパシティダウンが作動したのを覚えていた。 探していたのはこのリモコンのようだ。
すぐさまスイッチが押され、キャパシティダウンはようやく機能を停止する。
音葉は体が軽くなり、不快感からも開放されていく感覚を覚える。
「もう大丈夫よ」
自分の元に駆け寄る雪崩の姿が音葉の視界に入る。
「…………学校の先生みたいだけど、私はあなたの生徒じゃない。 …どうして助けたの」
「そんなに不思議? 自分の生徒じゃなくたって、教師はいつでも生徒の味方をするものなのに。 たとえ学校が違っても、ね」
至極当たり前の事と言わんばかりの口調で雪崩は答えた。
しばらくして救急車が到着し、音葉を含めた生徒全員が運ばれたのを見送った雪崩は再び学校へ向かって歩き出す。
一度は音葉に付き添おうとした雪崩だったが、どうせ軽い検査を受けるだけだから心配はいらないという音葉の言葉に止められてしまった。
「……そういえば、あの先生…」
音葉には気になる事が1つあった。
あの時自分を助けてくれた先生が、自分の声ごと消えかかっていた瞬間があった。 それも1度や2度じゃない。 リモコンを探している間中ずっとだ。
そして。
「キャパシティダウンが機能を停止した途端、それがピタリと無くなった」
助けてくれた事への感謝はもちろんあった。
しかし今の音葉が雪崩に持った感情は、むしろ疑惑の方が圧倒的に大きくなっていた。
能力の妨害が入っている間中消えかける教師。 考えれば考える程、思考の迷宮に嵌っていく。
「………………あ」
そこにトドメを刺すかのごとく新たな疑問が生まれる。
「………………………………………………名前聞くの忘れちゃったじゃない…」
執筆:あさぎりさん
最終更新:2011年11月06日 22:22