薄暗さが漂う無音の室内で本志柚子は苦々し気な表情と雰囲気を隠すことなく晒し、その上でパソコンの操作を緩めることはなかった。
そこはすでに放課後も、下校時間もとっくに過ぎた風紀委員の集まる本部、柚子が通う学校に設けられたそのスペースで、もくもくと彼は作業を行っていた。
映しだされた画面には、二つ、窓が開かれていた。
一つは某通話ソフトのチャット画面、現在学園都市で起こっている事件であるところの『無能力者狩り』を調査する他の風紀委員と接触をとっていたのだ。
本来そういったもののためにもう片方の画面、風紀委員警備員合同の情報データベースはあるのだが風紀委員は本来学園都市全体ではなく学校内限定で行動を行う。
故に大っぴらに行動外の事を行うわけにも行かず、始末書覚悟でこうしてチャットを使った連絡を行なっているのだ。
ちなみにもう一つ、合同情報データベースには、現在行われている無能力者狩りの捜査状況がまとめられていた。
一件一件が丁寧にまとめられており、現在柚子はその一つを製作中だ。
『……どうかしましたか?』
チャット画面に文字が浮かべられる。
通信の相手は柵川中学の風紀委員だ、たしか守護神という名前がネットの方で広まっていたが、柚子としては少し遠い話だ。
『先ほどから連絡が途絶えていますけど、まだオンしてますよね?』
気がつけば、淀みない操作を行なっていたパソコンを動かす腕が止まっていることに柚子は気がついた。
何といえばいいのだろう。
一言で表すなら――気が滅入る。
『すいません、少し考え事をしていたようです。今日はいろいろ大変だったから』
一応は画面の向こう、さすがに柚子でも自然と敬語を打ち込んでいる。不自然という感じはしないが、なんともむずかゆい違和感である。
今日はそれが、いつもより幾段かおとなしくはあったが。
『もしかして何かありました? 知り合いに無能力者がいたから気が滅入っているとか』
あいての返信は淀みない。
もともとこういった機器に慣れているのだろう、こちらが言葉を送れば、たったのワンテンポで返事が帰ってくる。
もはやただの会話と変わらない。
「……はぁ」
吐き出す。
図星を当てられて、なんとなくモニター越しではなく、その人が目の前にいて、親身になってくれているような気がして。
『ご明察です。俺の身内の知り合いが被害に遭いまして』
言いながら情報データベースに出来上がった報告書を載せる。
同じ場所をチェックしているであろうその人に、それは事情をすべて洗いざらいにするようなものだった。
――……、
沈黙。
生憎と向こうからの返信は途絶えた。言葉に出来ないものがあったのだろう。かつて幻想御手の際に取った連絡で、モニター先の彼女の知り合いにごくごく平凡な無能力者がいることを柚子は知っている。
境遇は、その親密度はともかく、ほとんど同じなのだ。
しばらくの沈黙、向こうは完全に言葉を迷ってしまったようだ。
無理もない、ただ怪我をした程度ならともかく、今回は完全に人が死んだと変わらない。正直なところ柚子の気は滅入っているどころではないのだ。
完全に、二人は消沈してしまった。
その時だった。
沈黙したままだった画面が、再び動く。
『失礼、横槍だというのはわかっていますが、彼女と席を変わらせて頂きました』
『別の人ですか?』
『同じ支部に所属している風紀委員ですの。こちらとしては無理に深入りしてしまったようで、申し訳ありません』
どうやら先程までの彼女とは別人のようだ。
凛としてハキハキとした、それでいて上品な物言いが、字面からすらも伝わってくる。
『こちらも、少し配慮が足りなかったかもしれません』
『いえ、完全に私達の手落ちです。今日はもう休まれたほうが懸命でしょう、そちらはお疲れのハズ』
『もうちょっとだけ、俺の姉のためにも、早くこの事件を終わらせないよ』
『無理はなさらないでください、誰かのためとは美談ですが、倒れてしまっては何の意味もないのですよ?』
こちらを気遣っての言葉に、キーボードに打ち込む手が少し止まった。
返事に詰まったのだ。
それでもまだ、眠る訳にはいかない。
そうやってキーボードをタッチする。――その時だった。
『そういう訳には』
突然電話から着信音が流れた。これは間違いなく姉のものだ。急のことで驚いたせいか、まだ途中の文章を送信してしまった。
『どう致しました?』
「な、何やねーちゃん! 今ちょっと忙しいんや」
画面にはいぶかし無用な文面。
とりあえず手に取った携帯を片手に、なんでもないと文面を打ち込む。
『あぁ柚子ぅ? ちぃとなぁ、力貸して欲しいんや、柚子風紀委員やろ?』
「そ、そやけど、一体何企んどるん? さすがに仇――」
『うち目覚めたんや! あいつのために少しでも早く事件を解決させるべきやって! いやぁそんな感じの視線を受け取ってもうてな、立ち上がらんわけにはイカンやろ!』
やる気に満ちあふれた声を、姉は張り上げた。
どうやた勝手に立ち直って突っ走っているらしい。飄々とした彼女らしいといえばらしいが、ずいぶんと話が急だ。
「……はぁ、いったいなにがしたいん?」
『なんかな? 色々と仲間の奴らと考えたんよ、そしたらな? 柚子に聞けばわかるんちゃうかって話になったわけや』
「何をや」
『犯人に決まってるやん! 風紀委員の能力者情報と、うちらの目撃情報、二つ合わせりゃ犯人の絞り込み位はできるやろ!』
「……否定は、せぇへんけど」
言葉を受け取りながら、今度は画面向こうに文面を送る。曰く、『スキルアウトの目撃情報から犯人の絞り込みは可能か』。
直球ではあるが、わざわざ変化球を投げることのほうが意味はない。
『一調査しますよ? 詳しくお願いします』
少しするとそう返信があった。どうやらまた人が交代したようで『一は消し忘れです』と続け様、一瞬の内に文が続いた。
『少し恥ずかしい話ですけど、俺の身内がそういうのと関係があって、報告の方を読んでくれればわかると思うんですけど、そいつが俺に協力してくれって』
『なぁ柚子ゥ? なにしとん、早く返事せーへんの?』
「わかっとるで、だからちょっと落ち着き姉ちゃん。今は急いでも始まらないんやで?」
そりゃそうやけど――不満気な姉の声を無視して、柚子はパソコンのモニターに集中する。
『兎に角、今は全身あるのみですの、正直な話、事ここに来て、能力者側に暴走が見られます。これ以上被害が拡大すれば』
『いえ、既に事態は最悪、人死ににすら発展したこれを見過ごすわけには絶対に行きません、必ず私達の手で終着させてご覧にいれます』
おそらくまた変わったのであろう人の文。
柚子は力を込めて頷くと、出来うる限りの情報を取り出すべく、姉との連絡に意識を傾けた。
執筆:暁さん
最終更新:2011年11月07日 23:34