翌日。
海船帆波は少し早めに家を出て、とあるパン屋、『はちみつベーカリー』にやってきていた。まだ朝早いからか、彼女以外の客の姿は無い。
小さなビルの一階にあり、養蜂所も兼ねているらしい。
彼女はそれほど頻繁に利用するわけではないのだが、ふと気が向いた時なんかはふらりと足を運んでいる。なんだかんだでお気に入りの店だ。
ほんのり漂う蜂蜜の香りを十分に堪能すると、埃一つない清潔なトレイの上に幾つかパンを乗せ、レジへ運んだ。
黒髪黄色メッシュの少々変わった風貌の男はトレイのパンを丁寧に、且つ素早く紙袋に入れる。
表示された金額をお釣りが出ないようぴったり払い、海船はパンの入った紙袋とレシートを受け取った。
「……そういえば」
レジの男が口を開く。
話しかけられたのは初めてなので少し驚く海船だが、黙って男の言葉に耳を傾ける。
「最近、無能力者狩りが流行っているらしいな」
「……はい。そうみたいなんです」
店員と客とは思えない雰囲気なのだが、海船はさほど気にせずに答えた。
「とても嫌な事だと思います。能力は誰かを傷つける為のものじゃないのに……。しかも昨日、私のクラスの人が巻き込まれてしまって」
「……、」
「早急に解決できたらいいと思っているんですけど……」
「解決か……」
そこでレジの男は一旦言葉を切った。
そして、
「解決とはなんだ?」
「え……」
海船は思わず言葉を失った。
「何をどうすれば解決する。まさか、能力者と無能力者の代表同士で『ごめんなさい』して平和的解決なんて、思っているのか?」
「……穏便に解決できるならそれが一番いいと思います」
「無理だ」
男は海船の言葉をばっさりと切り捨てる。
「無能力者の負傷者は大勢いるのではないか? 元々能力者に恨みを抱いている者だって多かった筈だ。本気で、穏便に解決できると、そう思っているのか?」
「でも、100%無理だとは限らないじゃないですか。もしかしたら、」
「もしかしたら分かり合えるかもしれないなんて、幻想ではないのか」
海船は、答えることが出来ずに俯いた。
漠然とした叶えたい“幻想”はあっても、それを現実にする為の具体的手段が浮かばない。
目の前の彼に対する返事が、見つからない。
店の中が沈黙で満ちる。
やがて、レジの男は海船の頭をぽんぽんと軽く叩いた。そこに暴力的なものは一切無く、どこか、親が子供を安心させるような仕草に似ていた。
「……少しばかり大人気なかった。すまない」
「あ、いえ……」
海船はそれにさえどう返したらいいのか分からなかった。
それからは大した会話もしないまま、「おまけ」だという蜂蜜ドーナツを貰って店を出ることになった。
「……またのお越しをお待ちしております」
海船はぶっきらぼうな声に小さく返事をした。
*
生地に蜂蜜が練りこまれたクロワッサンをもきゅもきゅと頬ぼり綺麗に平らげた頃、海船は余裕をもって学校に到着した。
「……ん?」
何やら校門の辺りに人だかりが出来ている。それも、他校の制服の生徒ばかり。
更に腕には海船の持っているものと同じ、緑色の腕章がつけられている。――風紀委員(ジャッジメント)だ。
「他校の風紀委員がどうしてこんなに……」
「少しよろしいですか?」
声をかけられて振り向くと、そこには見知らぬ少女がいた。
海船よりも小柄だが、ツリ目のせいか幼さよりもややキツイ印象を与える少女だ。
「霧ヶ丘女学院の風紀委員、暦紋子(こよみあやこ)と申します。風紀委員の海船さんでよろしいですね?」
「はい、そうですけど……。あの、どうして霧ヶ丘の風紀委員がこんなところに?」
「ちょっと失礼」
海船の質問を無視して暦は彼女の腕を掴んだ。
「へ? あ、あの……」
「……白のようですね」
短く呟くと、暦はすぐに手を放した。
呆気に取られていた海船だが、やがて我に返る。
「読心能力者……ですか?」
「どちらかというと記憶操作(マインドハウンド)に近いですね。記憶を読むことに長けています。貴女が登校途中に買い食いしていたこともお見通しです」
思わず顔を赤らめ俯く海船とは対照的に、暦は涼しい顔で続けた。
「それから貴女の先ほどの質問――“どうして霧ヶ丘の風紀委員がここにいるのか”についてですが――」
「風紀委員の中に今回の事件(スキルアウト狩り)に加担している者がいるという報告を受けました」
「早急に風紀委員のここ数日の行動を調査し、“黒”がいた場合、その者からは風紀委員の資格を没収し、それなりの罰を受けてもらいます」
***
執筆:長月さん
最終更新:2011年11月21日 17:51