扉を開けると、乾がソファに寝っ転がってゲームで遊んでいた。
二画面の下画面をタッチして遊ぶことのできるタイプなようで彼の能力を使用したのか、タッチペンがパネルの上を泳いでいる。
「おぉや、リーダーは着てないのかい?」
すこしばかり幼さの残る乾より一つは年上であろう少女は、壁にもたれかかると軽く笑みを浮かべる。
かぶっているガロンハットを押し込み、覗けるのは口元の笑だけだ。
子供がするには不相応に見えるが、彼女が行うとずいぶんと映えていた。
声をかけられた乾が顔を上げる。中性的で幼さが残る端正な顔立ちに、少女は軽く笑みを浮かべた。
かぶっていたガロンハットを人差し指で持ち上げると、
「やぁ、元気そうで何よりだよ」
優しげな笑みを向け、ガロンハットを指に引っ掛けて取り去った。
それをそのまま所定の場所へと軽くかけ、そのまま歩みを止めずに冷蔵庫へと向かった。
「やってるのは……っと」
「中製だよ」
プレイしていたゲームを中断し、軽く伸びをすると乾が少女へ視線を向けた。
中製、いわゆる学園都市製のゲームで、外のものと比べると技術力は言うまでもなく、さらには独創性に富んだ物も多い。
『未来に生きている』と言われるゲーム会社も外にはあるが、学園都市の発想力は文字通り未来のものなのだ。
「ふぅん、RPGかな?」
「そうだね、やりこみゲー的な感じ」
「んー、やり込み、やり込みかぁ、なんだかあたしは苦手なんだよね、こう、落ち着かないっていうか」
まどろっこしいことが嫌いなんだと、口の開いていない牛乳パックを開きながらこぼす少女、乾は苦笑するように笑った。
「まぁ合わない人には合わないだろうね、特にともりは大雑把だから」
「女性に対してその物言いはどうかと思うな、傷ついちゃったよ」
「そんな豪快な笑みで傷つく人はいないと思う感じだよ」
出来上がったココアを机に運び、ニカリとえむ少女――乾にともりと呼ばれた無造作に切り分けられた黒髪と、黒のダウンジャケットに黒のカーゴパンツ、名前とは正反対な装いの彼女は、なるほどわかりやすいほどに豪気だった。
「アクションとかはやりこむのもやぶさかじゃないんだけどね? まぁやっぱり気性の問題か」
「ともりはそっちに関してはオレに負けないくらいすごいよ、こう、何ていうかともり名人的な?」
十六連射な感じ、と笑ってみせる乾に、ともりは浮かべた笑を照れくさそうなものへ変えながら、部屋に用意された机付属の椅子へと腰掛ける。
「そ、そうかな? ほめられるっていうのは気分がイイね」
ストレートな感情というのは中々眩しいもので、特にともりに取っては相手が乾だというのも大きい、見れば、自分の背丈より一回り高い椅子に思い切り背を預け、パタパタと足を振ってアイスココアを飲み下す彼女の姿があった。
本人の意思に沿ってか、それとも無意識のうちに浮かび上がったか、自然と乾も、己の表情を笑に変え、ゲームへと意識を戻す。
なんともない一刻の時間、心地よい空気の中、それは闇夜へと過ぎていくのだった。
――
夜暗は更けて、朝を得る。
人が人である時間も、人が人でない時間も、何もかもは一連の流れにあるものだ。何かに没頭すればそれは刹那に感じるが、退屈は永遠に勝る。
暇を持て余した二人はそのまま特にすることもなく、延々とゲームをしていたのだが、結局気がついたときには朝だった。
集合は今日のことだから、まぁ許容範囲内である。
「おい、お前ら、屍になるなら攻めて棺桶の方へいけ、血液はあとで補給させてやる」
……許容範囲内である。
嘆息して男がやれやれと首を振る。彼は現在ボックスに席を置く運び屋、通称ホッパー、ジャンプから蹴りが飛び出てきそうな速度の達人である。
「あー、人をヴァンパイアかドラクルみたいに言いおってー」
「そもそもからして、お前のその“あー”っていうのからしてアンデットにしか見えないぞ魔術師」
乾は完全にダウン、ギリギリお子様以上の耐久力であったともりがなんとか受け答えに応じる。
「はーっはっは、私のシミジミリィなメンタルがブレイクなのだよ」
「……お前らって大概頭悪いよな」
英語英語していない、なんとも言えない言葉の群れに、本場外人であるホッパーは頭を押さえる、頭痛が痛いのか、ずいぶんと重苦しいため息を繰り返した。
「いやこれがね、中々終わらないんだ。体を動かせばたいしたことないのに、こんな状態になりながら結局朝までぶっ続けだ」
「お前、何かワイルド通り越して老成してるぞ? 明治の書生みたいだ」
「なぁにをいってるかねホッパー君、あたしはあたし、君は君さ、というかワイルドって何のことかな?」
いいこと言った、と言った風で決めたのに、すぐにそれをぶち壊す、なんだかんだ面倒くさい。
厄介な同僚を持ったものだ。ホッパーはひとつ、不幸を己に積もらせた。
――
『……資料は……詳細の、とおりだ』
「ふぅん」
鼻を鳴らすように、ボックスのリーダー、片桐柩が電話越しの声に耳を傾けながら手元の携帯へと目を落とす。
死屍累々と貸していた乾ともり両名が仮眠につき、集合時間ではあるのだが、現在本拠地――人気にないマンションのリビングに集まっているのは、リーダー柩と運び屋ホッパーの二人だけだった。
電話越し――現在はスピーカーを通して部屋に備え付けられた固定電話へかけられている――の相手は無愛想なイメージを声質に抱く、重苦しい駆動音のような男の声だった。
ホッパーが携帯を操作しながら息を漏らす。
「無能力者狩り……ねぇ」
同時に吐きでた言葉は、今回の事件、その根本にあるものを端的に示していた。
事の起こりはいつだったか、一学生であった青年が、無能力者の不良と激突、それが巨大化し、やがては無能力者であれば無条件で襲われる事態に発展した。
それ事態は無能力者が能力者の青年を襲う事件だったのだが、それを襲撃というには語弊がある。
資料にはこう書かれている。
――容疑者、及びこの事件を扇動する黒幕、生水河船。
――自身とは接点のない能力者を数人集め、それをパイプに無能力者にたいしていい印象を抱いていない能力者生徒を焚きつけて襲わせている。
――現在本人が襲った無能力者は先の激突した者たちと一人の無能力者、後者は脳に深刻なダメージを受け、社会復帰は困難。
等々、詳細な情報が書かれている。
能力者が襲撃されたのではなく、その逆、激突というのも、若干間違っていると、電話越しに男は言う。
「事件事態はそこまでたいしたもんでもないな、学園都市ではよくあることだ。けど、なんだってそれをこんな詳細に?」
『今後、関係があるかもしれない……からだ』
答えたのは電話越し、柩はなるほど、と言葉にはせずにうなずいて、すこしばかり電話越しの男に問いかける。
この事件に自分達が首を出す意味は? と。
――学園都市に幾つか存在する暗部組織にはそれぞれの役割がある。たとえば『ボックス』は外部勢力への対応、といったものだ。
現在学園都市には敵が多い。そしてなにより科学サイドの頂点である学園都市は当然ながらもう一つの勢力、魔術サイドへの対応というのも、必要なことだ。
とはいえ魔術サイドはアンダーグラウンド、秘密裏直下のシロモノだ。
魔術に対応するのは、余程のことがなければ彼等『ボックス』の役目に成る。
『ボックス』、つまり学園都市という箱を外からつつく連中への対処が、このチームの存在目的である。
『……その首謀者が魔術師と手を組んだ、現在同じ組織の人間が動いているが、もし敗北した場合、学園都市が業務を引き継ぐことになる』
魔術――その名にホッパーはなんとも言えない表情をする。自分とは別の場所にある、能力のような存在、噂程度なら学園都市に来る前も聞いたことはある。
が、合衆国にいた頃は一切それを拝むことは出来なかった。
――ちなみに余談ではあるが、アメリカは魔術的に進歩の遅い国ではあるが、実際のところそれが魔術の隠匿には何の関係もない。
本来噂を聞いている程度の人間なら、魔術には一度は遭遇するはずなのだ。
けれど、米国に於いてそれが一切起きていないのは、極単純に、米国には北米全体の魔術を管理する、強大かつ圧倒的なまでの絶大さを誇る魔術師が一人、存在するからなのだ。
『しかしまぁ、本題はそちらではない』
「……まさか」
ぽつり、電話への返答を返したのは、果たしてホッパーだったか柩だったか。
『本来こちらのほうが普通なのだろうがな、傭兵集団の団体様だ』
携帯が鳴る、続けて送られてきた資料。
分割されたもう一つの内容は今回の任務の内容だ。
本文は無題、付属テキストにも名前はなし。
開けば数行の文字列。そこには、
指令、武装集団『ホーネッツ』の殲滅。
達成条件:全メンバーの撃破及びリーダー、ワスプ、本名フォン=ヴェスパーの撃破(DEAD OR ARIVE)
備考:別口から風紀委員の能力者も数名突入する、注意されたし。
――携帯を閉じる音。
同時、仮眠室の扉が開く、目をこすりながらも乾とともりが、互いに方を貸し合い、支えあってその場に現れた。
『それでは、健闘を祈る』
無機質な声には、それ以上の何かが篭り、そこで彼の通信は終わった。
数分後、戦場は開く、行く先は、彼等が潜伏するそのアジトである。
――
執筆:暁さん
最終更新:2011年11月21日 17:52