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#1 不気味な泡の噂話

宇宙人、未来人、異世界人、超能力者。
あいつが求めてきたものはいつだって普通じゃないものたちだ。
だが良く考えたらそこに"魔法使い"とかファンタジーなものは無かったな。
そこがアイツにしてみれば常識という最後の一線なのかもしれない。
(俺にはまったく良くわからない線引きだが)

だがすでに宇宙人、未来人、超能力者と遭遇した今となっては、
そんな奴らももしかしたら実際にいるのかもしれない、と思ってしまう。
例えば天使とか悪魔とか、――そう、死神とかな。



   涼宮ハルヒの死神~ブギーポップ・レイトケース


       #1 不気味な泡の噂話



「キョン、"ブギーポップ"を探すわよ!」

世間ではキリスト教の祭典にあわせたバカ騒ぎに向けて、赤白緑の三色に色づき始める季節。
個人的には俺の根底を揺るがすようなパラレルワールドへの出来事の記憶も色あせない
そんな季節に我らがSOS団団長、涼宮ハルヒはそうのたまった。
何の脈絡もないのはいつもの発作のようなものだから、いまさら驚きすらしないが……
今回気になったのは、その中に聞きなれない単語が混じっていたことについてだ。

「何よその鳩が豆の顔は。 ブギーポップよ! ブ・ギ・ー・ポ・ッ・プ!」
「ちょっと待てハルヒ。なんだそのブギー……何とかさんとやらは」
「え、アンタもしかしてブギーポップ知らないの?」

まるで日の丸を知らない日本人を見たとでも言うかのように変なものを見るような目でこっちを見るハルヒ。
そんな目で見られても知らんもんは知らん。

「すみません涼宮さん、僕も不勉強でして。"ブギーポップ"というものを知らないのですが」

助け舟を出したのは意外にも机を挟み、アメリカ産の推理ボードゲームをしている古泉の奴だった。
おや、イエスマンであるこいつがこういう意見を言うのは珍しい。

「あ、あの……涼宮さん、その噂は女子の間でしか広まってないって、
 確か鶴屋さんもそうおっしゃってました」

そう鈴の鳴るような声でおっしゃるのは朝比奈さん。
ああ、メイド服が今日も似合ってらっしゃいます。

「え、そうなの?」
「肯定。数ヶ月前から市内の女子学生を中心に流布しているものと推測される」

長門も本に目を落としたままフォロー。
今日も今日とて難しげな本を読んでいる。
題名は『VS.イマジネーター』か。心理学書か何かだろうか?


「いい? キョン、古泉君。ブギーポップってのはねぇ……」

それからハルヒたちが話してくれた話を要約するとこうだ。

曰く、黒尽くめで神出鬼没である。
曰く、男か女かわからない正体不明の存在である。
曰く、人が最も美しい時に殺してくれる――死神。

それらを聞いた俺が抱いた感想といえば。

「……アホ臭い」

その一言に尽きる。
10代特有の潔癖症とスーパーマンに対する憧れがフュージョンした様な人物像だ。
中学生のころに考えた小説にだって、もうちょっとましなものが出てくるに違いない。

「何よキョン!」
「……というかお前はそいつが実際にいると思うのか?」
「火の無いところに煙は立たないって言うでしょ!」

だったら口裂け女も人面犬も実在しているってことになりゃしないか。
まったくもって付き合ってられん。

――と、春先までの俺ならその一言を一笑に付していただろう。
だが俺はもう知ってしまっている。
非日常は想像以上に日常のそばに近寄っているものなのだ、ということを。
その証拠にこの部屋には窓際で本を読む宇宙人、お茶を入れるメイド服を着た未来人、対面でゲームを行う超能力者がいるのだ。
この――それも近辺に"ブギーポップ"がいないとは言い切れないのだ、情けないことにな。
そんな俺の心境など知る由も無いハルヒは、いつも通り三重水素の核融合のような輝く笑顔で、

「というわけで、明日、いつものところに10時集合! もちろん遅れたら罰金だからね!」



        ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



下校チャイムが鳴ると同時、ハルヒは朝比奈さんと長門と連れ立ってどこかへ行ってしまった。
なんでも今日は『女の子限定イベント』らしい。意味がわからん。
結果的にその場に残された古泉と連れ立って帰路に着くこととなった。
話題は自然と、今日のハルヒの一言についてになる。

「……古泉、お前はどう思う。ブギーポップとやらについてなんか機関のほうで掴んでいないのか」
「"機関"というと大げさに聞こえますが、あなたが思っているほど大したものではありませんよ。
 例えばあの"ムーンテンプル事件"についても、僕たちはほとんど把握していません」

通称、ムーンテンプル事件。
今から一年前、隣町のショッピングモールで起きた集団昏睡事件のことだ。
一時期はどのワイドショーもその話題で持ちきりだったが、時期とともにその建物の所有者であった寺月何某の仕業(なんでも大変な変わり者だったらしい)ということで決着が付いた。
当時中学生の俺たちには格好の話題だったがね。

「へぇ、そりゃ意外だな」
「ええ、途中で涼宮さんとは完全に無関係だと判断した時点で、調査する価値は僕らにとってありませんでしたからね」
「ならお前個人としてはどうなんだ。ブギーポップとやらは実在すると思うのか」
「さぁ? 現時点ではどんな手段をもってしても『ブギーポップがいない』とは言い切れない。
 今回のコレはいわゆる悪魔の証明というやつでしょう?」


だから、そんなの抜きにしたお前の意見はどうなんだ。

「そうですね……いて欲しいような、いて欲しくないような、が正直なところですかね。
 だってそうでしょう? 
 もしもその噂に影響されて涼宮さんが物騒な考えに至ったとしたら……これは、ちょっとした恐怖ですよ」

馬鹿らしい。
アイツがそんな考えを好きじゃないのは、お前にだってわかっているだろ?
今回のコレだって、アイツにとって重要なのはブギーポップがいるかどうかじゃなくて
"俺たちとブギーポップを探す"って行為が必要なだけだろうさ。
俺がそう返すと、古泉はいつもの困ったような笑みを浮かべた。

「それはそうですが……万が一、ということも考えてしまうんですよ。
 僕の役割上どうしても、ね。
 ……と、どうやらここでお別れのようです。では、また明日」

そう言い残し、古泉はY字路を左へ進む。
俺は当然右へと進み、そして歩きながら思考に埋没することにした。
人を殺す死神の噂――ハルヒも、朝日奈さんも、長門も知っていた。
だが女子とそれなりに接点のあるであろう(文化祭での黄色い声援を受けた姿を今でも思い出せる)古泉ですら知らなかった噂。
もちろん俺は聞いたこともない。
とりあえず家に帰ったらもっとも身近な女性陣である妹にでも聞いてみるとするかね――

「きゃっ!」

ドンッ、と胸に軽い衝撃が走る。
考え事をしてたからなのか、交差点で出会い頭にぶつかってしまった。
しかも俺のほうはとっさに踏ん張ることができたが、相手の方は地面に倒れこんでしまった。

「す、すみません。大丈夫ですか?」

慌てて謝りつつ手をさし伸ばす。
ぶつかったのは大き目のスポルティングバッグ――部活の帰りだろうか――を抱えた女子高生。
カーキ色のカーディガンと赤いスカーフは市内でも有名なあの進学校、深陽学園のものだ。

「いえ、こっちこそごめんなさい。
 君も怪我とか無かった?」

手を借りて、立ち上がった女子高生は深々とお辞儀する。
普段極端な女性陣と付き合ってるだけにこういうリアクションは逆に新鮮だ。

「ええ、大丈夫です」
「そっか、良かった。それじゃあ、私急いでるから」

そう言って彼女は踵を返し、軽快な足取りで道を行く。
何てことない後姿を数秒見送って、俺も背を向け再び家への進路をとった――その時だった。

「――なるほどね。確かにこの辺りにいるようだ」
「え?」

振り向くとそこにはさっきの女子高生がこっちをじっと見ていた。
そうだ、彼女は少し気になってふと後ろを振り返っただけに過ぎない。
だからこれはなんでもない光景のはずだ。
だが何故か、俺はその表情がやたらと印象に残った。
笑うでもない。泣くでもない。かといって無表情という訳でもない不思議な表情。
長門のそれとも違う左右非対称の歪んだ顔は、まるで彼女が別の存在であるのかのように錯覚させる。
この感覚は何と例えればいいのか。
まるで違うものがそこにいる、例えば空を魚が飛んでいるような、――そんな奇妙な感覚だった。

……しかしながらしばらくすると、彼女はどこか照れたような笑みを浮かべた。
その瞬間、この奇妙な雰囲気は霧散した。
彼女はペコリ、と頭を下げると再び背を向けて歩き出した。
しばらく呆然とその背中を見送っていた俺だが、帰路へと付いた。
もちろんこれ以上のイベントなどあるはずもなく、家へと到着することができた。
だからこの件もここまでのはずだと、俺は心のどこかで思って――いや、願ってたんだろうよ。
だがこれがあの騒動の始まりになるとは、この時点の俺に予想などできるはずも無いんだ、これが。

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最終更新:2010年01月13日 17:30
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