「……アルバイター、か? このおざなりな服の感じは」
無地のシャツと紺のズボン、その上に青を基調としたエプロンで長身の身体を包んだ青年はポツリと呟く。
やれやれ、と呟きながら天気の良い空を眺めて、目の前に広がる緑の多い公園を眺める。
目の前に広がる光景を数秒ほど眺めた後に、なにかを思い出したように首からぶら下げた二眼レフのトイカメラを持ち上げる。
そして、上からのぞき込みながら被写体にピントを合わせ、両手でカメラを固定しシャッターキーに指をかけて。
――――スカッ。
シャッターを空回りさせる。
逆光の問題もなく、手ブレもない。
なのに、青年のカメラはシャッターを切れない。
「……この世界も俺を受け付けない、ってことか。まあいい」
だが、青年の顔に驚きらしいものは一切浮かんでいなかった。
今までの経験からそういうこともあることを知っているのだ。
そんな青年の耳に馴染みのある声が聞こえてきた。
「士くん!」
「……夏みかんか、どうした」
長い髪の、まだ幼さの残る顔立ちをした少女が士と呼びながら青年へと近づいてくる。
その顔にははっきりとした動揺と戸惑い、そして怒りのような感情を浮かんでいる。
だが、それもいつものことだと言わんばかりに青年・門矢士は顔色一つ変えない。
「この世界、ライダーの居ない世界みたいなんです」
「ライダーの居ない世界……なるほど、シンケンジャーの世界と同じか」
「驚かないんですか?」
「別に、二度目だからな。目新しさも感じない。この世界でもゆっくりと、俺の役割を探すだけだ」
そう言いながら士は夏みかんと呼んだ少女・光夏海から視線を外す。
が、夏海が手に持った雑誌に興味を惹かれたのか、士は半ば奪い取るように強引に手から盗みとる。
「っと、そう言えば夏みかん。お前さっきからなに持ってるんだ?」
士のあまりといえばあまりな行動に夏美は眉をしかめるが、いつものことだと言わんばかりに溜息をつくだけで咎めはしない。
慣れたくはないが慣れてしまったのだ、溜息をつくしか方法はない。
そんな夏海の思考を無視するように士は雑誌の記事を読んでいき、徐々に顔に疑問符を浮かべていく。
「……なんだこりゃ?」
雑誌に目を通した士がまずつぶやいた言葉は、疑問に満ちた言葉だった。
その雑誌のメイン記事には全員で四人の少女が大きく写っていた。
フリフリのスカートと露出が多い服を着た三人の少女、その三人に比べると露出の少ないが派手な真っ赤な服を着た少女だ。
写真の下には、その少女たちはプリキュアと名乗っており得体の知れない怪物と人々を守るために戦っている、という記事が載っている。
「プリキュアねぇ……お、夏みかん。こいつら全員果物の名前がついてるぞ。
キュアピーチにキュアベリーにキュアパイン、それでキュアパッションだ。
はは、良かったな。お前もプリキュアとか言うのの仲間になれるぞ、キュアみかんってところか?
特に被りもないな。よし、これからお前はキュアみかんだ」
「士くん! ……もういいです、次にこれを見てください」
パラパラと雑誌をめくる士へと夏海は怒ったような呆れたような表情をして、次は新聞を投げつける。
新聞と言っても本格的な新聞ではなく、全部で三頁ほどしかない小さな新聞だ。
士は雑誌をパタンと閉じて、夏海の持つ新聞を素早く手に取る。
そして、目を通して、やはり先ほどと同じように顔に疑問符を浮かべる。
「……プリキュア5? さっきのヤツらとは違うな」
「はい。さっきの四人組のプリキュアとは違う、また別のプリキュアのようです」
「ドリーム、ルージュ、レモネード、ミント、アクアにミルキィローズ……こりゃまた多いな」
「ちなみに、ここの先の屋台に置いてあったものですから知名度は高いみたいですよ」
夏海の説明を聞きながら、士は顎を触りながら何かを考え込むように黙り込む。
そして黙ったままに、脇に挟み込んでいた雑誌を取り出してプリキュアの記事の乗ったページを開く。
黙りこくったままの士が不気味に思えたのか、夏海は伺うように顔をのぞき込む。
「士くん……?」
「よし、夏みかん! キュアみかんの口上をやっと思いついたぞ!
『柑橘色ハートは小皺の証! 卸売りフレッシュ! キュアみかん!』ってのはどうだ?」
「光家秘伝・笑いのツボ!」
ぐさり、と夏海は突き出した両の親指を士の首の付け根に差し込む。
一寸の狂いもなく、戸惑いもなく、武道の達人のような速さで突き刺したその指は。
「バカ、おま……ハハ! ハハハッハ! ハハッ!」
士に唐突すぎる笑いを緑に包まれた公園のそこら中に木魂させた。
士は腹を抱えながら、笑い続ける。
酸欠で死んでしまうのではないかと思うほどに笑い続ける。
そんな士の様子を見てやっと腹の虫が治まったのか、夏海は腰に手を当てて見下すような視線を向ける。
「ま、まあなるほど……だいたい分かったぞ」
士は腹を抑えたまま新聞を閉じて、雑誌と共に夏海へ荒っぽく投げつけるように放り投げる。
それを夏海はやはり顔をしかめながら、それでも士の次の言葉を待つ。
何だかかんだで士は物事を一言でまとめるのは下手ではないのだから。
「つまりここはプリキュアの世界ってことだな。それもプリキュアは結構な数居るってことだろう?
そして恐らく、俺はそのプリキュアに会う必要があるってことだろうな」
「多分そういうことですね」
だろう、と笑いのツボによって強制的に出された笑いでない、いつもの傲慢な笑みを浮かべて夏海へ向ける。
夏海は何度笑いのツボで懲らしめても変わらない士の態度にため息をつき、そこでようやく気がついたように士の服を指差す。
「それにしても、そのエプロンって?」
「ああ、今回の役割だろうな」
「タコカフェですか、そう言えばこの雑誌と新聞を貰ってきたのもこのお店ですよ」
「何のアルバイトかと思ったが……屋台か、やれやれ金になりそうにはないな」
「駄目ですよ、士くん。せっかくですからうちの現像代とコーヒー代、カメラの修理代を稼いできてください」
夏海がそういうと、士は顔をそっぽ向かせる。
はあ、と何度目かになるため息をついて、これは説教をしなければいけないと本腰を入れようとした瞬間。
「あー、居た居たー!」
一人の女性の声が響いた。
その女性は士にとっては見知ったものではなく、夏海にとっては先程見たばかりの人間。
タコカフェと書かれたエプロンを身につけたその女性、つまりタコカフェの店員は笑顔のままで士へと近づいていく。
「今日から連休の三日間入ってくれるアルバイトくんでしょー、早速だけど来てもらえるかなー」
そう言って士の手を引いて屋台のある公園の広場まで引っ張っていく。
士は少し抵抗しそうになったが、ここで夏海の小言を聞くよりはマシだと考えたのか素直に着いていくことにした。
「そういうことだ、夏みかん。俺の役割が決まっている以上そのうちプリキュアは出る。
だから、お前はゆっくりユウスケと観光でもしていろ」
半ば夏海から逃げるように女性へと着いて行く士。
この様子では給料をツケの支払いに使うつもりはないな、と夏海は確信する。
そして、やはりため息をついて空を眺める。
「プリキュアの世界、ですか。
まさか、ここが士くんの本当の世界じゃないでしょうし……ここでの士くんの役割って一体……?」
門矢士、彼は自分の意味を知るための世界を巡る旅をしている青年。
仮面ライダーディケイドとして、世界を救う一方で破壊者ディケイドと呼ばれ続けるヒーロー。
その瞳はこの世界で何を映し何を思うのか。
仮面ライダーディケイド×プリキュアオールスターズDX みんなともだち☆奇跡の全員大集合!
【世界の破壊者!? 仮面ライダーディケイドがやってきた!】
「おー、筋いいねえお兄ちゃん。ひょっとして始めてじゃないとかー?」
「俺に苦手なことはない、例えそれが始めてでもな。もちろんたこ焼き作りも……」
そこで言葉を区切り、士は素早くタコ焼きをひっくり返していく。
もちろん鉄板の穴から零れるような無様な真似も、生焼けでひっくり返すような失敗も犯しはしない。
「その例外じゃない」
士の勝ち誇ったような顔に、おおー、と無地のシャツとエプロン、頭にバンダナを巻いた店主・藤田アカネは素直に歓声を上げる。
アカネもこの仕事をやって長い年がたつが、これほど器用なアルバイトは初めてだった。
とは言え、アカネもこの道云年になる。
それなりに名の知れたたこ焼き屋台、士を煽てながら次々とたこ焼きを焼いていく。
「んじゃ、そのたこ焼き二番テーブルにお客さんに持っててー」
アカネのその声に士は先程自分で焼いたたこ焼きを手に取り、ジューサーから絞ったジュースと共に持っていく。
空は真っ青なほどに晴れ上がっており、こんな空の下で食べるたこ焼きは美味しいだろう。
その考えの後に、特に俺のならな、と自信満々に付け加えるところが士らしい。
「お待たせしました、たこ焼き二つとオレンジジュース……ってなんだ、ユウスケか」
「よっ、士!」
そこにはテーブルに雑誌と新聞を広げている、一人の中肉中背の青年がいた。
好青年という形容が似合う気持ちの良い笑いを浮かべながら、士に手招きする。
青年の名は小野寺ユウスケ、夏海と同じく士の旅の仲間だ。
「ここにはプリキュアって女の子のヒーローが居るらしいな」
「知っている。かなりの人数が居ることも、そいつらがまだ若いってこともな」
「あ、士も知ってたのか。いやあ、凄いよなぁ」
ユウスケと知っては雑誌や新聞に載っていることは大した驚きではない。
何故ならユウスケも士と同じ、仮面ライダーだからだ。
士の記憶の中では最初にライダーとして関わった世界の住人だ。
彼は仮面ライダークウガとして、グロンギと呼ばれる怪物と戦いその戦果を新聞や雑誌で取り上げられたこともある。
秘密裏の戦士ではない彼にとって、正体の知られていない謎のヒーローとはそう縁の遠い人物ではないのだ。
「シンケンジャーの世界と一緒で、ここにもライダーは居ないみたいだな」
「ああ。シンケンジャーの世界、プリキュアの世界と続いたということはもうライダーの世界には行かないのかもな」
士は乱暴にたこ焼きとジュースをテーブルにおく。
ユウスケは少し士を柔らかくにらみつけるが、やはり夏海と同じように諦めたように
「あー、ちょっとなに乱暴に扱ってんのよ!」
だが、ユウスケが許してもアカネは許さなかった。
客商売である以上は仕方ないことだろう。
士は不承不承と言った様子でユウスケに頭を下げる、知人とは言え今はアルバイトであるため仕方ないと思ったのだろう。
ユウスケは士の顔が全く反省していないことに苦笑しながらもたこ焼きに手を付ける。
「お、美味い!」
「当然だ、俺が作ったんだからな」
「あはは、ありがとねお客さん」
侘びにきたのか、士に注意しに来たのか。
アカネはエプロンで手を拭いながらユウスケのテーブルまで近づいてくる。
と、そこでユウスケがテーブルに広げていた雑誌を見て嬉しそうに声をあげる。
「プリキュアかー。ここによく来る後輩が好きで、どこからか集めてきたのかここに置いているのよ」
「後輩さんですか、まあカッコいいですしね」
「はは、だよねー。ちょっと現実味が湧かないというか、遠い世界の出来事みたいだけど。
あ、アルバイト君は早く仕事に戻ってね」
アカネはそう言って屋台の中へと戻っていく。
士はそのアカネの後に続こうとするが、ふと新しい客が訪れたのを見つけて接客を優先することにする。
その少女たちは四人組だ。
少し早かったかな、せつなの紹介だから早すぎたねー、などと言っている声が聞こえる。
どうやら待ち合わせをしているようだ。
それにしても四人組の女の子となると、先程見た雑誌のプリキュアを思い出させる。
「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりですか」
「あ、はい。えーっと……とりあえずたこ焼き四ツください!」
真ん中の髪を上部で二つに絞った女の子が元気よく答える。
そして長い黒髪のファッションセンターしまむらの服で揃えた少女に、ここのたこ焼きはすっごく美味しいんだよー、と言っている言葉が聞こえた。
その言葉に士は、今日は俺も作るからもっと美味いがな、と付け加えた。
◆ ◆ ◆
栗色の毛をした、大型のリスを思わせる一匹の動物が机に向かって作業をしていた。
机の上には可愛らしい装飾がついた小さなペンライトがひとつだけ置かれてある。
動物の正体はパルミエ王国の王子の一人であるナッツ。
ペンライトの本当の名はミラクルライト、伝説の戦士と呼ばれるプリキュアに力を与える奇跡の光である。
このミラクルライトはナッツが作ったものだ。
ナッツは何かを作るという行為に非常に長けていた、芸術肌という奴なのだろう。
今日は人間の世界で日銭を稼ぐために営んでいる『アクセサリーショップ・ナッツハウス』の休業日のため、ミラクルライトの改良を行うつもりなのだ。
と言っても、一朝一夕で出来るものではない。
今日は午前の時間を使って、ミラクルライトの内部の構造のおさらいをするためだけのつもりだった。
「ふぅ……とりあえず今日はここまでにしておくナツ」
可愛らしい声を上げながら、小さな手で自分の肩を揉む。
午前の時間を使って、と述べたのは午後からは予定があるからだ。
そう、このナッツ作ミラクルライトの初お披露目となった、あの事件で知り合った新しい『仲間』との久しぶりの再開だ。
お互いの住む街がかなり離れていることもあり、全員が集まるのはあの事件以来だ。
何でもキュアブルームたちには、あの事件の際には会えなかった仲間も居るという。
それにキュアピーチたちには新たな仲間であるキュアパッションが加わったと言うではないか。
そうだ、確か姿だけならば雑誌に載っていたはずだ。
ピーチたちの世間的な露出は他のプリキュアと比べて、明らかに多い。
その雑誌を観てみようと思ってナッツはミラクルライト片手に自室から広間へと移動する。
「あれ、雑誌がないナツ……?」
机の近くに置いていた雑誌が見つからないことにナッツは首を傾げる。
本ならば何でも読む上に開発もするにしては、この広間はキチンと整理整頓が出来ている。
お世話役のミクルが毎日掃除をしているからかもしれないが。
とにかく、広間はいつものように片付いているにも関わらず雑誌が簡単に見つからないのはおかしい。
ナッツが首をひねると、部屋の片隅から声が響いた。
「お探しのものはこれかな、パルミエ王国のナッツ様」
「ナツ!?」
その唐突に響いた声にナッツが驚いて振り向くと、そこには長身痩躯の青年が壁にもたれかかって雑誌を読んでいた。
こんな青年をナッツは部屋に招待した覚えがない、そもそもこの青年のことをナッツは一切知らない。
そんなナッツの動揺を知ったことかと言わんばかりに、青年は雑誌を投げ捨てて大股で近づいてくる。
「それがミラクルライトか……スーパープリキュアやシャイニングドリーム、キュアエンジェルへのパワーアップに必要なものだね。
うん、光栄に思いたまえ。君の作ったそのミラクルライト、この海東大樹がお宝と認識してあげるよ」
「ミ、ミラクルライトが目的ナツか!?」
ナッツはそう言いながらミラクルライトを抱え込む。
海東大樹と名乗った青年はナッツを首根っこを掴み、その抱えるミラクルライトを奪い取ろうとする。
小動物と人間、ナッツも頑張っているもののその結果は直ぐに出るだろう。
海東がミラクルライトを奪い、ナッツはミラクルライトを奪われる。
ナッツは知らないが、海東は世界を巡ってお宝を盗んで行く、いわばワールドワイドな泥棒。
たかだか一国の王子とはキャリアが違うのだ。
だが、ここに一つのイレギュラーが混じった。
いや、正確に言えばイレギュラーとは海東のことなのかもしれない。
いずれにせよ、海東とナッツとミラクルライト、そして今から介入する物のどれかが欠けていればこれから起こる戦闘はありえなかった。
ここで、プリキュアの世界の崩壊が始まったのだ。
『見つけたぞ……強大な力を……』
低いがよく通る声がナッツハウスに響く。
ナッツは聞き覚えのある声に恐怖を覚え、海東は何処からか響いてきたことに対する驚きにお互いが身構える。
そして、ナッツの抱えたミラクルライトから、大量の粘ついた液体が飛び出る。
水銀色の液体はナッツハウスの中心に水たまりを作っていく。
やがて、その水たまりは一つの大柄な人間を形を変えていった。
とは言え、色合いは銀一色。僅かに影とくぼみで目や鼻や口の位置が分かる程度だ。
だが、その姿にナッツは見覚えがあった。
「ナツ!? こ、こいつはあの時の!」
「やれやれ、この世界はプリキュアの世界だというのに……どうして僕が戦わなければいけないのかな」
『一つに……全てを私と一つに……!』
海東は首を揉みながら、腰からぶら下げた玩具のような装飾のついた大きな銃を取り出す。
そして、同じく腰にぶら下げたホルスターから一枚のカードを取り出し、カードを銃に差し込む。
ナッツが不思議そうに眺めているのに気づいているのかいないのか、海東は上空に銃口を向ける。
―――― KAMEN RIDE ――――
「変身!」
その言葉と共に海東はトリガーに指をかける。
激しい撃鉄音と共に、奇妙な形状の銃から青い光線が飛び出る。
海東に装甲のツイた暗いスーツに包まれ、上空にシアン色の何本もの棒、左右それぞれに顔を思わせる紋章が生まれ。
――――― DIEND ――――――
機械音と共にシアン色の棒が海東の仮面に加わり、顔を思わせる紋章がピッチりとしたスーツを仮面と同色へと変えていく。
そのスーツの上に装甲を加えることで、『海東大樹』と言う一人の男は『仮面ライダーディエンド』へと姿を変えた。
「ナ、ナツ!?」
「とりあえず、邪魔なアレを消してからそのお宝を貰うよ」
ナッツが後生大事に抱えるミラクルライトを指でさしてから、ディエンドは走り出しながら腰のホルダーから『BLAST』のカードを取り出す。
そのBLASTのカードを奇妙な形の銃・ディエンドライバーに差し込み、トリガーを引く。
――― ATACK RIDE BLAST ―――
機械音が響くと同時に、銃口から幾つもの光線状の銃弾が発射される。
上下左右前後斜め、あらゆる角度から時間差も用いて銀色の怪人に襲いかかる。
動きの鈍い怪人はその一切を避けることは出来ずに、デイエンドの攻撃をまともに食らう。
だが、怪人は足元に溶けるように水たまりを作ったかと思うと、直ぐに元の形状へと姿を戻す。
ディエンドは僅かに眉をしかめ、次はパンチとキックで応戦する。
怪人は最初の一撃、二撃を止めることには成功したが、三、四、五、と怯まずに手数で押してくるディエンドのスピードにやがて着いてこれなくなる。
その様子に怪人は完全でないことディエンドは悟る。
万全でない姿で挑んできたことに怒りを覚えながら、ディエンドライバーの銃口を腹部に押し付けてトリガーを引く。
ゼロ距離射撃だ、
おまけに銃はディエンドライバー。
腹部に巨大な風穴を作って、やはり怪人は水たまりへと姿を変えた後に時間をかけて元の形へと戻っていく。
ただ、先程の再生よりも時間がかかっている。
「液体状の怪人か……効いてないってわけじゃないみたいだけど、面倒なのには変わりはないね」
『……私の知らぬ強大な力……貴様、何者……?』
「何だって構わないだろう? それに、今から死ぬ君にはどうでもいいことだ」
そう呟きながら、再びホルスターから一枚のカードを取り出す。
そのカードには一人の鬼を思わせる異形の人間が写されている。
異形の名は仮面ライダー斬鬼、音を操り敵を攻撃する音撃を繰り出す仮面ライダーだ。
「こういう奴には、変則的な攻撃に限る」
―――― KAMEN RIDE ZANKI ――――
ディエンドはギターを思わせる音撃武器・音撃弦『烈雷』を持った仮面ライダー斬鬼を召喚する。
堂々とした立ち振る舞いと目の前の異形にも一切動じないその姿は歴戦の勇士という言葉がしっくりと来る。
鬼のような仮面にも雄々しさを感じさせ、まさに戦士の名に相応しい。
「音撃道との相性は悪いんじゃないかな?」
ディエンドのその言葉に答えるように斬鬼は走り出す。
烈雷をまるで剣のように振り回して、怪人へと襲いかかる。
怪人はやはり緩慢な動きで斬鬼を迎え撃つ。
斬鬼が振るう烈雷の攻撃はディエンドよりも与し易いと読んだのか、怪人は防御を考えずに拳を握り締める。
その予想通りに斬鬼の烈雷では液体を切れずに、腕から腹部まで突き抜けた上に液体を硬質化させた怪人に囚われてしまう。
勝機と怪人は拳を思いっきり振りかぶり。
「決まりだね」
だが、ディエンドはその様子に笑みを浮かべる。
斬鬼が倒されるのを喜ぶわけがない、つまりこの状態をディエンドにとって喜ばしい状態なのだ。
怪人の脳裏に疑問符が過ぎった瞬間に。
『……なんだと!?』
始めて怪人が驚愕に満ちた声をあげる。
だが、その驚きの声も斬鬼の演奏する音楽にかき消される。
そう、斬鬼は怪人に埋め込まれた烈雷で激しい演奏を行っているだ。
まるでナッツハウスをライブ会場かと見間違うような激しさで演奏をし続ける。
普通ならば斬鬼の正気を疑うところであるが、これが音撃道の真髄。
清めの音で邪悪なものへと戦うことなのだ。
現に怪人は内から響く形容し難い痛みと戦っている。
ディエンドの変則的な攻撃とは振動と清めの音の波状攻撃、そしてそれは見事に効果を上げた。
「さあ、これでトドメだ」
ディエンドはその様子を眺めながら、腰のホルスターから一枚のカードを取り出す。
ディエンドの仮面が金色で描かれたカードだ。
それをディエンドライバーへと差し込み、手馴れた動作でポップアップする。
―――― FINAL ATTACK RIDE ――――
機械音が響き、無数のカードによって幾つもの円が宙に浮かび上がる。
それはディエンドドライバーの銃口の先に伸びており、そのゴールには斬鬼の攻撃に身悶える怪人の姿だけ。
ディエンドは仮面の奥で、ニィ、っと笑みを浮かべ。
――――― DI DI DI DIEND ―――――
トリガーを引いた。
その瞬間に烈雷で攻撃を行っていた斬鬼が吸い込まれるようにカードに戻り、円を形作るパーツの一つとなる。
そして、カードの円をくぐる様に、ディエンドライバーから飛び出た光線が飛び出て行く。
それは怪人を貫き、ナッツハウスの片隅を吹き飛ばしてもなお止まることはない。
傍目からみているナッツにも分かるほどの火力だ。
『ぐおおおおおおお!!』
怪人は断末魔の叫びを上げて、その身体を破裂させる。
崩れ落ちるのではなくはじけ飛んだその様子を観て、ディエンドは勝利を確信する。
もとよりファイナルアタックライドを使ったのだ、勝利して当然のつもりであったが。
「手応えのない奴だ……まあ、いいさ。ソッチの方が楽ってものだしね」
「お、おかしいナツ……」
「……何がおかしいんだい、珍獣くん」
『珍獣』というディエンドの言葉にナッツは跳びかかりそうになるが、不承不承と言った様子で続ける。
ディエンドはナッツの抱えるミラクルライトを狙っているが、とても離しそうにないため隙を作ることにしたのだ。
「この前のあいつは、たしかに最初弱かったナツ……だけど幾らなんでも呆気無さすぎるナツ」
「それはこの僕が強いから、じゃないのかな?」
ディエンドの軽口にナッツは眉を顰める。
別にディエンドが強いことに文句があるのではない。
だが、その言い方に自分たちの仲間であるプリキュアが弱いと言われているような気がしたのだ。
そんな時だった。
『仮面ライダー……強大な力……』
低い声が響くと同時に、ディエンドの足元に巨大な水銀色の水たまりが作られる。
濁った銀色、先程の怪人の身体を作っていた液体と同じ色。
ディエンドの背中に始めて嫌な汗が流れる。
「これは……!?」
「ナツ!?」
ナッツは怯えるネズミのように素早く机の上に登る。
ディエンドも水たまりから離れようとするが、脚が完全に埋め込まれてしまって身動きが取れない。
動けないことを悟った後のディエンドの行動は素早い、ディエンドライバーでの射撃に移る。
トリガーを一度、二度、三度、四度、五度と留まることなく打ち続けるが、対して効果はない。
ならば、とカメンライドで仮面ライダーを召喚して水たまりから抜け出すのは手伝わせようと考える。
が、既に腰元まで埋まっておりホルダーからカードを取り出すことが出来ない。
『その力……渡してもらうぞ!』
「そんな、この僕が……あ!」
腰元で飲み込んだ瞬間、怪人はスピードを急激に上げてディエンドの頭まで覆いかぶさる。
スピードの変化に虚を突かれたディエンドは対応が出来ず。
『フ、フ、フハハハハ! 素晴らしい力だ……!』
怪人の力の一部となり、怪人と一つになった。
怪人はなにかを確かめるように、拳を閉じ開きをする。
そして、ゆったりとした動作でナッツの方へと顔を向けて行く。
「ナツ!?」
『貴様も……私と一つに……!』
「い、嫌ナツ!」
ナッツはミラクルライトを小脇抱えて部屋から飛びでようと走り出す。
だが、ディエンドと戦っていた時よりも素早い動きでナッツの逃げ道を防ぐ。
恐怖に顔に張り付かせたナッツは一歩二歩と後ずさっていく。
怪人は慌てることなく、鼠を狩る猫のようにゆったりと追い詰めて行く。
「ナッツー!」
「シロップナツか!?」
部屋の中だというのに突風が吹き、ディエンドが壊した部屋の片隅に一匹の強大な鳥が姿を表す。
その鳥の名はシロップ。ナッツと同じく、この世界の生き物ではない動物だ。
ナッツはミラクルライトを抱えてシロップの背へと乗る。
それを追いかけようとするが、シロップの速度に怪人はついていけない。
なんとかナッツは怪人の魔の手から逃げることに
「あいつはこの前の奴ロプ! 何が起こったんだロプ!?」
「ナッツにもまだ分からないナツ……でも、とにかく今はプリキュアに知らせるのが優先ナツ!」
「分かったロプ! タコカフェに行けば良いロプね!」
◆ ◆ ◆
『逃がしたか……』
銀色の怪人――――フュージョンはポツリと呟く。
突然手に入れた強大すぎる力、仮面ライダーディエンドの力を制御しきれなかったのだ。
手元の狂いが生まれ、結果的にナッツとシロップを逃してしまったのだ。
だが、問題はない。シロップたちの居所は分かる。
むしろ、ある程度待ってプリキュアたちの居場所を探る方が優先だろう。
それに、あの程度の力を逃がしたことなど些事に過ぎない。
今はこの強大な力を手に入れた喜びに浸るべきだ。
ディエンドの最初のアタックライドでフュージョンは今の自分との力の差を思い知った。
万全な状態ならば、何の問題もない。
苦戦こそすれど真正面から叩き潰せていたはずだ。
だが、今の力の宿っていない状態では万が一にも勝てない。
そこでフュージョンは作戦を立てたのだ。
まず二割ほどの力を分離させ、ディエンドの足元へと待機させておく。
その後にディエンドが弱った、または油断した瞬間に取り込む。
今の少ない力とは言え、捕獲した後ならば吸収も可能のはずだと考えた。
その作戦は見事に成功し、こうして強大な力を再びフュージョンは手にいれたのだ。
『仮面ライダーディエンド……素晴らしい力だ……これさえあれば……プリキュアにも……』
先のプリキュアとの戦いで傷ついた身体を治すことで精一杯だった今までの日々。
プリキュアの必殺技全てを合わせた合体技に破壊されたフュージョンだったが、最後の瞬間にナッツの持つミラクルライトに身体の一部を移したのだ。
その間にミラクルライトの力を吸い上げ、じっくりと身体を治すことだけに集中してきた。
そんな日々も今日までだ。
突然手に入れた、プリキュアと比肩するほどの強大な力を持つ仮面ライダーの力。
これならば全てを一つとなることを拒むものを倒すことが出来る。
『全てを……全てを一つに……そのために力が、さらなる力が必要……』
フュージョンは仮面ライダーディエンドの記憶から強大な力を検索する。
するとフュージョンが想像していた以上の膨大な知識が浮かび上がる。
そして、そのどれもがフュージョンにとって未知の力だった。
『クウガ、アギト、龍騎、555、ブレイド、響鬼、カブト、電王、キバ……強き力……!』
確かめるように一つ一つつぶやいていく。
口に出したもの以外にも強大な力はまだまだある。
そして何よりもフュージョンの心を揺さぶった名称があった。
『その全てに繋がる鍵……破壊者ディケイド……!』
仮面ライダーディケイド、仮面ライダーの中でも破壊者と恐れられているライダーの名称。
そのディケイドのこの世界へと訪れている。
ならば、フュージョンのやることは一つしか残されていない。
『さらなる大きな力を……全てを、仮面ライダーの力を……一つに!』
フュージョンはそう呟く。
ディケイドと一つとなれば、世界を渡る力を手にいれることが出来る。
それにこの世界の強者、プリキュアも吸収していけば例え数多の世界に存在する仮面ライダーが相手であろうと敵ではない。
全ての世界へと訪れ、全ての世界と一つになる。
それだけがフュージョンの使命であり、唯一持ち合わせた欲望である。
『全てを破壊し……全てを一つに……!』
フュージョンは一度水たまりへと姿を変え、仮面ライダーディエンドの姿を形作る。
全身が銀色の、塗り絵のような姿。
だが、それは確かに。
新たに生まれた、人に恐怖を与える『仮面ライダー』だった。
Next―――――――――――――――――――――――――――
最終更新:2010年01月14日 23:58