Another story 第三話 エルクレスト・カレッジ 大図書館

<エルクレスト・カレッジ 大図書館>

【精霊術基礎学ⅠA】
この世界は地水火風光闇の6つの元素から成り立っており、これらの元素はその顕現である精霊として世界に存在する。この世界における様々な自然現象は、知性と感情を備えた精霊と呼ばれる存在によって作り出される。精霊の力によって、火は燃え、風は吹き、水は流れ、地は大地を支えている。精霊はこの世界の機能を正常に保ち、安定を維持するために不可欠の存在であり、私たちは日々その恩恵を様々な形で享受していると言えよう。
魔道士が利用する魔術とは、不可視の存在である精霊に力の一部を借り受け行使する力のことであり、その力の本質から精霊術とも呼ばれる。精霊たちの身体は6つの元素のいずれかのみで構成されており、その元素による気質が精霊たちには存在すると言われている。魔道士は自らの適性に合った気質の精霊の力を借り受けその力を行使するため、まずは精霊の持つ気質と自らの適性をよく知ることこそが精霊術における基礎となる。

【精霊術基礎学ⅡB】
魔道士を目指す者には精霊の気配を感じ取る力が必要とされ、目には見えない存在を体感的に捉えられるようになることが必要不可欠な素養となる。この精霊を体感的に捉える能力は“霊応力”と呼ばれ、気質が異なる各々の精霊を識別出来るようになるまでに感覚を養うことで、特定の元素を司る精霊に対して働きかけることができ、精霊術の使用に至るのである。霊応力が極めて高い人間の中には、その類い稀な才により精霊を明確に視認することができる者もいる。歴史的には、大戦に於いてその武勇を轟かせた英雄や神降ろしを生業とした巫女など、常人を逸した力を有していたとされ、神の寵愛を受けし者として崇められる場合もあれば、魔に憑かれた者として忌み嫌われる場合もあったとされ、時代によってその扱いは異なる。

【精霊術基礎学ⅢC】
霊応力の強さは、各人の不断の努力と同等に、血に依る部分も大きいとされる。これには諸説あるが、古の時代の魔道士たちは血を介した誓約を精霊と結ぶことが多かったからであるという説が信を集めている。しかし、如何に魔道の大家の家の出であるとしても、その心の有り方次第で精霊から授かる力の大きさは変動しうるということを忘れてはならない。日々の研鑽が己の心を養い、精霊術に磨きをかけるのである。また精霊の中には、個々の自我が芽生える者もいる。精霊の心は神々の名にしたがうために与えられたものとされているが、自我を持った精霊は人と同じように自らの意志を持ち、その意志に基づいた行動をとることができる。自我を持つに至った精霊は大変稀少であり、神々の名にしたがうという精霊の原則から外れたその在り方から、神に連なる存在として捉えられ“神霊”と称される。

【神魔伝承Ⅰ―エルダの民―】
風の時代、神々は光の主である精霊、世界の主である動物に続き、自分自身の主であり、目的をみずから追求することのできる民としてエルダの民を生んだ。エルダは精霊に劣らず美しく、賢い民であったが、自分たちが神々の僕であるという自覚に乏しい者たちでもあった。エルダは欲求や衝動を持ち、しばしば自分たちが神々の被造物であることを忘れてしまう危うさを秘めていた。自らの主として創られたエルダは、精霊のように心を打って一丸とすることを苦手とする民であった。エルダは、自分以外のエルダとの間に心の壁を持つようになり、そのことによって“疑念”という感情を生じさせてしまった。神々への疑念は“恐れ”であり、エルダに対する疑念は“嫉妬”であった。恐れと嫉妬は苦しみを呼び、エルダたちはその苦しみから逃れるために“虚栄”や“欲望”を覚えてしまった。エルダは闇に染まったのである。

【神魔伝承Ⅱ―風の粛清―】
エルダは、次第に自分たちが被造物であることを忘れていった。彼ら自身、造物の権能を備えていたからである。驕り増長したエルダたちは彼らに随順する奴原を生んだ。それらは邪神と呼ばれ、恐怖神トリアラク、憎悪神クロムクルー、傲慢神インディマ、嫉妬の女神モリーアン、猜疑の女神ミーヴァル、虚栄の女神ブレーグ、欲望の女神マハディルグが名を得て形をとった。邪神は暴れ、破壊し、世界を歪めた。術を以て眷属の魔族を殖やし、神々が彼らを滅ぼすために差し向けた竜、巨人、霊獣たちの多くを捕らえて堕落させ、みずからの軍勢とし、世界に初めての“戦い”が起こった。神々はその大いなる力を解き放ってエルダを滅ぼし、邪神たちを世界の果てである魔界へと放逐した。両軍の戦いによって世界は傷つき、穢れた。神々は天の神界に帰還し、風を御す精霊の王ディジニに世界の浄化を命じた。ディジニは突風を呼び、世界に満ちたおぞましい瘴気を吹き払った。神々はディジニのこの働きを“風の粛清”と呼んだ。しかし、全ての黒き者が駆逐されたわけではなかった。

【神魔伝承Ⅲ―水の粛清―】
黒き者たちは大地の穴に潜み、反攻の機を窺っていた。風の粛清にて生き残った魔獣を滅ぼすため、天空神ダグデモアは世界を癒す民ヴァーナを創り、雷神グランアインは堅忍不抜の民ドゥアンを創った。しかしこの2つの民からも闇に誘惑される者が数多く生じたため、神々は水を御す精霊の王マリッドに世界を清めよと命じる。マリッドにしたがう猛き水は世界を多い、大地の7割を呑み込んだ。これが“水の粛清”である。多くの同胞を水の粛清によって失ったヴァーナとドゥアンはもはや世界の主ではなくなり、僅かに生き残った者たちの悲しみが癒えるにも多くの時間が必要であった。水の粛清によって生き残り生まれ変わった世界を管理する者として、泉の女神アエマは新たな民であるフィルボルを生み出した。陽気な民であるフィルボルは、その笑顔で傷ついた心で苦しむドゥアンとヴァーナに生きることの素晴らしさを思い出させた。また鍛冶神ゴヴァノンは、彼が愛しむ民としてネヴァーフを生み出した。ネヴァーフはゴヴァノンによって地下に住む民と定められ、金属の塑性加工技術を教えられた。

【神魔伝承Ⅳ―地の粛清―】
水の粛清を経て迎えた地の時代、エルダのただひとりの生き残りであるバラールがいた。フィルボルたちはバラールのことを彼らの言葉で“イスパザデン・ベンカウル”―おぞましき目の魔王―と呼んだ。バラールは支配欲と権力欲以外の心をすべて捨て去り、エルダの民の中でただひとり妖魔と成り果てた者であった。バラールは他の妖魔たちを恫喝し、震え上がらせ、自らの手下とし、公然と“王”を名乗った。今日存在する全ての災厄は、バラールが作り出したものであり、バラールは“病”を拵え、これを支配のための道具として用いた。妖魔王バラールに対し、ドゥアンとネヴァーフ、フィルボルの民は密かに結束し、やがて大規模な反乱を起こした。そして、ヴァーナの巫女たちの祈りが神界へと届き、大地の精霊ダオは地殻を裂き、バラールと妖魔たちを底知れぬ魔界の底へと投げ込んだ。これを“地の粛清”と呼ぶ。しかし、大地は時折大きく揺れ、4つの民は地底深くに追放された者たちがまだ消滅していないことを思い出させた。4つの民の心は常に不安に苛まれ、神々が自分たちを見捨てたのではないか、という疑いを抱く者の数は少なくなかった。

【神魔伝承Ⅴ―火の時代―】
地の粛清を経て迎えた時代、新たな2つの民がエリンディルに現れる。1つの民は美しい姿と長大な寿命を持ち、鷹のように遠くを見ることができた。彼らは自らがエルダナーンという種族であり、予言の女神ブリガンティアに遣わされてきたことを伝えた。エルダナーンの民が女神から受けた「この時代の全ての“神の子”らが手を取り合って挑めども抗し得ない妖魔が到来した時、神々は火をもて魔軍を粛清するだろう」という予言によって、この時代は“火の時代”と呼ばれる。“地の粛清”の後、エリンディルに姿を見せたエルダナーンの民は、神々によって何らかの禁忌を課されており、“火の時代”の黎明期のことを語ろうとはせず、これにより“火の時代”初期のエリンディルについては謎に包まれたままである。そしてエリンディルに現れたもう1つの民は、前の民ほど美しくはなく、その寿命も定められていたが、妖魔との戦い方を初めから心得ていた。彼らは自らがヒューリンという種族であり、太陽神アーケンラーヴから遣わされてきたことを明かした。ヒューリンは魔族と戦うために創造された戦意溢れる種族であると同時に、強く権力を求める種族でもあった。

【神魔伝承Ⅵ―妖魔の王―】
妖魔とは、“神の子”と呼ばれる6つの種族が邪神の放つ瘴気に冒され、誕生した種族である。彼らは邪神の影響を強く受けているため、邪神やその眷属である魔族に逆らうことができない。妖魔は神の子の6種族が邪悪化して誕生した種族であるため、神の子と同様に6つの種族に分けられ、各々の妖魔種族には“王”と呼ばれるその種族を統一して支配する者がいる。フォモールの王エラザンデル、ヴァンパイアの王ブレアス、トロウルの王テザラ、ゴブリンの王ルアダン、バグベアの女王エフネ、オウガの王インディック、そして各妖魔の王を配下に置き、妖魔全てを支配する妖魔王バラール。これらの妖魔たちの最終目的は、邪神の復活であると言われている。

【神魔伝承Ⅶ―魔族―】
魔族とは、配下の妖魔や魔獣に命令を下しつつ自らの意志で戦う存在として、邪神が自らの身体の一部を取り出し、それらを世界の混沌と混ぜ合わせ忠実な配下として創り上げた者であるとされる。魔族は七柱の邪神が象徴している嫉妬、恐怖、憎悪、傲慢、虚栄、欲望といった感情を肥大化させることによって、人間を知らず知らずのうちに操る。魔族は邪神ほどではないが瘴気を放つことができ、この瘴気に冒された者は一時的に邪悪化してしまう。邪悪化とは、邪神や魔族が放つ生物を堕落させる効果を持つ瘴気に冒され、肉体や精神が変異してしまうことを指し、邪悪化した者は、邪神やその眷属である魔族の命令に逆らうことができなくなる。魔族は基本的に不老不死の存在であり、通常の方法で倒したとしても一時的な死を与えることしかできないが、神の祝福を受けた“神具”と呼ばれる特殊な武器を以てすれば、その存在自体を消滅させることが可能とされている。

【神魔伝承Ⅷ―邪悪化―】
邪神の瘴気による侵食は大きく2種類に分けることができる。1つは邪神の瘴気による永続的な邪悪化であり、妖魔や魔獣のように種族として邪悪化している者たちは基本的に邪神による邪悪化であると言えるだろう。邪神による邪悪化を解く方法は基本的にはなく、永久的に邪神の手先として生きていかざるを得なくなるとされている。もう1つは魔族の瘴気による一時的な邪悪化である。一時的な邪悪化の場合は、瘴気を与えた魔族に対し一時的にでも死を与えれば解くことは可能とされる。永続的な邪悪化にしろ、一時的な邪悪化にしろ、邪悪化した者が特殊な能力を得ることは珍しくない。これら邪悪化によって得た特殊な能力は“邪神の祝福”と呼ばれ、不老や不死、身体の強化、失われた知識などといった力を邪悪化によって得ることもある。邪神は人の醜い心の体現であり、この“邪神の祝福”を得るために、自ら邪悪化を選ぶ者も決して少なくはない。

【千年桜物語Ⅰ】
古の昔、未だこの世界にエルダの民が生きていた頃。エルダは欲求や衝動を持ち、目的をみずから追求することのできる民であった。しかし、精霊のように心を打って一丸とすることを苦手とし、次第にその心は疑念を生むようになる。神々への疑念は恐れとなり、エルダに対する疑念は嫉妬となった。恐れと嫉妬は苦しみを呼び、エルダたちはその苦しみから逃れるために虚栄や欲望を覚えた。そして闇に染まったエルダの心は邪神を生み、邪神によって世界は破壊され歪められた。神々はその大いなる力を解き放ってエルダを滅ぼし、邪神たちを魔界へと放逐する。傷つき穢れてしまった世界は、風を御す精霊の王ディジニの“風の粛清”によって浄化された。しかし、全ての黒き者が駆逐されたというわけではなく、そんな時に天界より1人の女神が舞い降りる。女神は世界に残留した魔の気を清浄な森の奥深くへと誘い、その地に留まって魔の気を封じ続けた。

【千年桜物語Ⅱ】
風の粛清の後、神々はエルダに代わる多くの人々をこの世界に創造した。森の女神は人を深く愛し、この世界に生きる全ての人々を温かく見守った。人々も女神を尊び、自分たちを見守ってくれる女神の存在はいつしか彼等の心の支えとなっていた。女神は清浄な気に満ちた森に住まい、祈りを捧げに訪れる人々にその加護を与えた。女神はこう口にする。「この世界に住まう全ての方々が、自らの心のままに生きられるよう、私は貴殿方の未来に幸多からんことを祈ります」女神は自由を尊び、如何なる者であっても幸せになることが出来るのだと、そう伝えた。如何なる者であっても受け入れられる世界。人々は女神が口にするような世が来るのだと心から信じていた。そして人々は、女神への信仰の証として女神の住まう森の中に一本の桜の木を植える。女神は人々のその行ないにいたく感動し、人への感謝の気持ちを込め、その桜に加護を与えた。こうして、何千年にも渡り美しく咲き続ける"千年桜"が生まれたのである。

【千年桜物語Ⅲ】
人々が女神のために桜を植えてから、何百年何千年という月日が流れた頃。人々は女神の住まう森の近くに村を興し、女神に対する信仰と共に平穏な生活を送っていた。そんな時、千年桜の麓にとある一群が現れる。その者たちは月光を受けて煌めく美しい銀の髪に、燃え盛る炎のような赤い瞳をしており、女神は一目見てこの者たちが人とは異なる存在であることに気が付いた。1人の男は女神に対してこう口にした。「自由を尊ぶ女神よ。我等は呪われた宿命を持つ者…このような身の我等にも他の者たちと同様に、自由はあるのだろうか?」女神はその男が口にした言葉に一切の迷いも見せず頷きを返した。如何なる者にも自由はあり、それは何人であろうとも侵すことは赦されない理であると。男たちは女神のその言葉に涙を流し、その場に崩れ落ちて口にしたという。「我等がどれほどその言葉を待ち望んでいたことか…女神よ…我等は貴女に忠誠を尽くしましょう。貴女がこの世界における我等の存在に赦しを与えて下さる限り、貴女を害するあらゆる者たちから貴女を護るため、我等は力を振るいましょう」女神はその者たちの忠誠を受け入れ、対価としてその者たちにこの世界における居場所を与えたのである。

【千年桜物語Ⅳ】
呪われた宿命を背負いし者たちは、村の人々との共生を始め、女神との誓いを守り森の守護を担った。村人たちは彼等を快く受け入れ、村は何時しか彼等にとって安息の地となっていた。彼等は村人たちの暮らす村と女神の住まう森を護るために組織を創り、組織は"銀閃の風"と呼ばれるようになった。銀閃の風は村に侵攻してくる他国の者をその圧倒的な力を以て制し、村には長年に及び平穏が続く。しかし、その圧倒的な力を以てしても世の流れに逆らうことはできなかった。2つの大国、エルーラン王国とパリス王国が本格的な戦争に突入したのである。2つの国の国境近くに位置していた村は、戦いに巻き込まれ、幾度となく侵攻を受ける。戦いが長引くほどに2つの国の軍勢にも強力な力を宿した者が現れ始め、村にも不穏な空気が流れ始めた。今以上に戦禍が広がることを恐れた女神は、大いなる力を解き放ち、戦場に蔓延していた魔の気を再び森の奥へと封じ込める。こうして2つの大国による戦いは、程なくして終結を迎えた。

【千年桜物語Ⅴ】
2つの大国による戦が終わり、村にも平穏が戻った。しかし、2度にわたり森の奥深くへと封じ込められた膨大な量の魔の気はその場に収まり切らず、女神の力が弱まれば再び外界へと溢れ出してしまう危険性が残されてしまっていた。さらに、女神の施した封印から漏れ出た魔の気は時と共に森の深部を穢し始めた。状況を危惧した女神は、自身を要としたより強固な封印を施すことを決意する。女神の決意を知った村の者たちは嘆き悲しみ、3日3晩その悲しみに満ちた泣き声が途絶えることはなかったという。そして、呪われた宿命を背負いし者は女神にこう告げた。「女神よ…貴女は我等にこの世界における居場所を与えて下さった。我等の忠誠はそう易々と途絶えるものでは決してありません。我等は今後も、貴女を害するあらゆる者から貴女を護るために力を振るいましょう」女神は答える。「感謝致します。しかし、封印を強めたとはいえ、何時また魔の気が漏れ出るともわかりません。漏れ出た魔の気に耐えうる真に強き心を持った者に、封印の守護は任せることとします。その者には私から厄災を退けるための力を授けましょう」女神は最後にそう言葉を残し、森の中へと姿を消した。女神との誓いは“森の女神の祝福”と呼ばれ、今も加護を受けし者と共に女神は封印を守り続けているという。

【エリンディル史Ⅰ―王国の成立・2大王国の衝突―】
“火の時代”を迎え200年ほど経った頃、エリンディル西方は多くのヒューリンの部族が覇を競っていた。しかし、南海を越えて侵入してきたログレス人が多くの部族を支配下におさめ、やがてログレス朝の封建制度が確立する。聖歴300年頃、エリンディル南方にエルーラン王国が成立。エルーラン王国は領土の拡大を押し進め、多くの改革や法制の整備を推進し、反映の礎を築いた。エルーラン王国はさらに西進を続け、ロアセル湖付近を支配していたオズワルド人を征服して国境をラクレール水道まで拡げ、大いに国威を伸長した。しかし、それを阻む国家が中原に現れる。“覇王”と呼ばれる1人の王に率いられたパリス王国であった。聖歴500年頃、エリンディル中原に興ったパリス王国は、中原南部のラクレア人を東に撃退し、周辺の諸王国を次第に支配するようになった。そして、北方の強国グランフェルデンの名君レドウィン、その息子であるダラム王との戦いに勝利した“覇王”は、その勢いを中原全域へと広げ、やがて領土拡張を続けるエルーラン王国と激突することになる。この結果、エルーラン王国は中原のほとんどを奪われ、本来の領土であるラクレール水道の南側地域に押し込められた。

【エリンディル史Ⅱ―エリンディル統一・宗主国の分裂―】
エルーラン王国の好機はパリス王国の“覇王”の崩御とともに訪れた。パリス王国内に後継者争いが起こり、勢力が衰えたのである。エルーラン王国は即座にラクレール水道を越え、パリス王国軍に大打撃を与えることに成功した。パリス王国はそれでもなお強大であり、征服するまでには至らなかったが、パリス王はエルーラン王国を宗主国と認めたため、一応はエルーラン王国がエリンディル全土を支配するところとなった。しかし聖歴700年頃、無敵の王国として反映したエルーラン王国の反映にも翳りが見え始める。国王の代理として派遣された総督たちが、自らの任地で政治、経済、法律における権限を強め、「外敵からの防衛を第一の任務とする」という大義名分のもとに軍事力を強化し始めると、国王は総督たちの台頭を抑えることが困難となった。やがて総督たちは、国王のそれよりも巨大な居城を築城するようになり、これら地方の“小国王”たちを国王が統括することは事実上、不可能となる。こうして、エルーラン王国は分裂し、エリンディルは再び群雄割拠の時代に逆戻りすることとなった。

【エリンディル史Ⅲ―魔戦将襲来・キルディアの共和制―】
聖歴900年、エリンディルに再度魔族が来寇する。此度襲来した魔族は、“魔戦将”バラムと呼ばれる首領に率いられており、組織的に人々を屠るレジオ―軍団―であった。彼等は自身を“サタナ”と呼んだが、人々はこの魔族たちを“バルナンブル”―ひと太刀では死なぬ者―と称した。同胞同士で争っていたヒューリンは、この際に初めてその本領を発揮する。緒戦は驚きと混乱によって退くことも多かったが、本来魔族と戦うために創造された種族であるヒューリンは次第に数多くの対抗策を考案し、遂には魔軍に大打撃を加えることに成功。黒き者たちを滅ぼす。しかし、その勝利は完全なものではなく、掃討は徹底したものであったにもかかわらず、バラムが見つかることは遂になかった。魔族が姿を現すことがほとんどなくなった聖歴996年、“無限の砂漠”と呼ばれるイフォラハガル砂漠を居住地として選んだ“剛なる人”ドゥアンの民が、もはや“国”と呼ぶにふさわしい組織的共同社会を作り上げる。この組織的共同社会は“キルディア共和国”と外来者から呼ばれ、キルディアの民は君主制をとらず、王を戴くことなく、複数の者が支配する国家形態を採っていた。これはキルディアの民にとっては当然のことであったが、エリンディルにおいては非常に珍しい国家形態であり、領邦君主たちからは“共和制”と呼ばれた。結成当初、キルディアの民は自身を“アメノカル”―集団―と呼んでいたが、近年では通りの良いことからキルディア共和国と名乗る者も多くなっている。

【エリンディル史Ⅳ―帝国の侵攻・同盟の結成―】
聖歴999年、エリンディルに強力な軍事国家が来攻する。西方の島フィンジアスに一大勢力を有していた神聖ヴァンスター帝国が、エリンディルを統一するため海を渡ってきたのである。神聖ヴァンスター帝国のヒューリンたちは、ネヴァーフに勝るとも劣らない製鉄法を持ち、金属を加工する技術に長けた人々であり、金属で出来た馬に乗り、熟練した製錬によって鍛えられた恐るべき武器を携えていた。神聖ヴァンスター帝国によって最初の一撃を加えられたのは、かつてパリス王国が隆盛を誇った土地であった。パリス王国は内戦の末、クラン=ベル、ライン、カナン、グランフェルデン等7つの国に分封され、帝国の侵攻が始まるまでは小城の奪い合い等、各々が周囲6国を仮想敵として常に警戒し、小競り合いに明け暮れていた。しかし、帝国の恐ろしさを身をもって知るようになると、エリンディルにおいてまったく新しい“同盟”という組織を考案し、相互的武力援助をもって帝国に対抗するようになった。この呼びかけはクラン=ベルから発せられ、「7つの王国が団結し、帝国に対抗する勢力として結集、それによってみずからの国家を安全に保つ組織」と定義されることとなり、同盟は“パリス同盟”と名付けられた。中原をほぼ横断するように結ばれたこの同盟により、帝国の北上は止まり、エリンディル西方はエルーラン王国、キルディア共和国、神聖ヴァンスター帝国、そしてパリス同盟という4つの強大な国家による時代となったのである。
最終更新:2019年01月05日 20:01