山口ミツヤ

■キャラクター名:山口ミツヤ(ヤマグチ-ミツヤ)
■性別:女性
■所持品:エアソフトガン(リボルバー拳銃型)

特殊能力【ネタバレ】


 怪奇現象等の「畏怖」を奪い取り、弾丸に変えて使えるようにする能力。

 『解談(ネタバレ)』と『怪弾(net-a-bullet)』との二つのステップを通して行使する。

解談(ネタバレ)
 怪奇現象等の解体。
 その正体や背景、過去等を分析、開示してルールや動機をつまびらかにすることで、「理解できない」という、怪奇現象の最も重要な要素を剥奪する。
 『解談』の効果を受けた怪奇現象や魔人能力者は、その「畏怖」を奪われる。
 これにより怪奇現象であれば恐ろしさが減り、人に危害を与える能力が大きく下がる。

怪弾(net-a-bullet)
 『解談(ネタバレ)』で解体した怪奇現象の「畏怖」を弾丸にしたもの。
 この弾丸が命中すると、元となった怪奇現象に準じた現象が対象を襲う。
 基本的に『怪弾』は使い切りである。

プロフィール

 姫代学園の女生徒。
 怪異・怪談に関する情報の収拾に余念がなく、オカルトマニアの変わり者として知られている。

 運動神経はいいが、成績はあまりよくない。
 興味があるものには勉強熱心だが、それ以外のことはどうでもよいタイプ。

 いつも制服で夜な夜な学校を歩き回っており、日本人形めいた見た目で本人が怪談めいた噂になったこともある。
 見た目は楚々たる姿だが、口を開けばデリカシーのない変わり者。

同行者:ろん
 記憶喪失の少女。被害者(こわがり)担当。
 夜の姫代学園で怪異に襲われていたところを、ミツヤに助けられた。
 名前も覚えていなかったので、ミツヤに適当に名づけられた。

プロローグSS

「ミツヤさんのカイダン」



                            ぴちゃり。

          ぴちゃり。
                    ぴちゃり。



 近づいてくる。
 湿った、何か引きずるような、闇の奥からしみだしてくるような、音。

 真夜中。姫代学園、屋外プール脇のトイレ。
 わからない。何もかもわからない。

 なんで、私はそんなところにいたのか。
 なんで、私はわけのわからないものに追われているのか。

 なんで、――私は、私に関するなにもかもを、覚えていないのか。


                      ぴちゃり。
    ぴちゃり。
                            ぴちゃり。


 緩慢な音のくせに、全力で走っている私に、少しずつ……けれど、確実に近づいている。
 振り返って距離を確認することはできなかった。

 理由はない。ただ「見てしまったら終わりだ」という確信がある。

 理解できないことが畏ろしい。
 正体が謎であることが怖ろしい。
 法則がわからないことが恐ろしい。

 まずは、距離を取る。
 そして、考えないと。
 この状況には、不可解な点が多すぎる。

 追いかけてくる『ナニカ』。
 プール脇更衣室併設のトイレから這い出してきた『ナニカ』。


 ――ねえ、知ってる?

 ――『トイレの花子さん』。

 ――3番目の扉を3回ノックすると、誰もいないはずのトイレから声がして。

 ――その扉を開けると、『花子さん』に、トイレに引きずり込まれちゃうんですって。


 自分の名前すら思い出せないのに、そんな噂話が思い浮かぶ。
 これが、『トイレの花子さん』なのか。

 わからない。けれど、もし、そうだとすれば。
 そういう怪談の産物だとすれば。
 たいてい、そういうものは「テリトリー」を越えられないはずだ。

 たとえば、違う建物の中。
 たとえば、学校の外。
 そういう「境界」を越えて逃げ伸びるというのは、怪談のお約束だ。

 希望的観測をフル稼働させて私は走る。
 校門か、校舎か。
 近いのは校舎の方だ。

 月すら雲に隠れた校庭を横切る。
 鼓動が煩い。全身が凍えるように震えている。
 皮膚がカサブタのように固まって、触覚がまともに機能しない感覚。

 もうすぐ、校舎の昇降口。
 そこに飛び込めば、『花子さん』とは別の怪談のテリトリーだ。

 少なくとも迫ってくるこの音からは逃れることができる――


 がこん。


 つま先を襲う衝撃。空中に放り出される感覚。
 回転する。全身が平衡感覚を失う。

 視界の端には、石灰がぶちまけられた白線引き。
 昼間、体育の時間の後で、片づけ忘れられたものだろう。


                            ぴちゃり。

         ぴちゃり。
                    ぴちゃり。

      ぴちゃり。
         ぴちゃり。


 最悪だ。


 砂利に膝が擦れ、熱い痛みが走る。
 とっさに触れると、ぬるりという感触が指を濡らした。 

  ぴちゃり。ぴちゃり。ぴちゃり。ぴちゃり。ぴちゃり。ぴちゃり。
  ぴちゃり。ぴちゃり。ぴちゃり。ぴちゃり。ぴちゃり。ぴちゃり。

 暗闇。平衡感覚。
 戻らない。どちらが上なのか。

  ぴちゃり。ぴちゃり。ぴちゃり。ぴちゃり。ぴちゃり。ぴちゃり。
  ぴちゃり。ぴちゃり。ぴちゃり。ぴちゃり。ぴちゃり。ぴちゃり。
  ぴちゃり。ぴちゃり。ぴちゃり。ぴちゃり。ぴちゃり。ぴちゃり。
  ぴちゃり。ぴちゃり。ぴちゃり。ぴちゃり。ぴちゃり。ぴちゃり。
  ぴちゃり。ぴちゃり。ぴちゃり。ぴちゃり。ぴちゃり。ぴちゃり。
  ぴちゃり。ぴちゃり。ぴちゃり。ぴちゃり。ぴちゃり。ぴちゃり。
  ぴちゃり。ぴちゃり。ぴちゃり。ぴちゃり。ぴちゃり。ぴちゃり。
  ぴちゃり。ぴちゃり。ぴちゃり。ぴちゃり。ぴちゃり。ぴちゃり。
  ぴちゃり。ぴちゃり。ぴちゃり。ぴちゃり。ぴちゃり。ぴちゃり。
  ぴちゃり。ぴちゃり。ぴちゃり。ぴちゃり。ぴちゃり。ぴちゃり。


 逃げないと。ぴちゃり。
 後ろから、ぴちゃり。あの音がぴちゃり。ぴちゃり。ぴちゃり。ぴちゃり。飲み込んでぴちゃり。ぴちゃり。ぴちゃり。ぴちゃり。ぴちゃり。ぴちゃり。ぴちゃり。ぴちゃり。ぴちゃり。ぴちゃり。

 そして、『それ』が、私に触れる。


 皮膚を浸透して私の中に侵入する。渇いた胃に水を流し込むように『それ』は私と同化し飲み込んで作り変え、その輪郭から別のものへと変容させようと強制していく。
 ぐるぐると。ぐるぐると。体内を強制的に棒で攪拌されたような感覚。固体としての生命が液体にされ血と肉の流動体となって流れ溶けだしていくような――



「――『怪弾(net-a-bullet):おいてけ堀』」


 小さく鈴を鳴らしたような女の子の声と、乾いた破裂音。


   おい、てけ。
                     おい、てけ。

 『それ』とは別の異物が、思考に流れこむ。輪郭を失いかけていた恐怖心が賦活され、強迫観念が、思考とは別に本能を突き動かす。即ち――今手に入れようとしたものを手放さないと。そうしなければ、私は、失ってしまう。何を? 決まっている。自分が自分である証。自らの顔を! おいて、いかなければ。おい、て――

 体内を異物が浸透していくような不快感が、途端に消えていく。

 月が、雲間から校庭を照らした。

 そこにいたのは、日本人形のような髪型の、小柄な娘だった。
 彼女は拳銃をこちらに向けると、にいっと、容姿に似合わない笑みを浮かべた。

「これはこれは! 思わぬ副産物だねえ」
「逃げて!!」
「フゥン。なぜ?」

 なぜ、って。
 決まっている。
 だって、私の足元には、正体不明の怪異、『花子さん』がいて、今も私を――

「恐怖とは、危険性と予測不可能性の乗算だ。電車は軽く人を殺せる危険物だが、線路に立ち入らなければ基本、安全だ。予測可能性が極めて高い。故に、あまり怖くない」

 その拳銃日本人形少女は、突然場違いなことを言い始めた。

「もっとも畏怖され恐怖を呼び起こすのは「わからない」ものだ。ならば――「解き明かしてしまえば」いい」

 その朗々とした物言いに、私は一瞬、自分がおかれた状況も忘れて見惚れてしまった。
 真夜中の校舎に倒れて、怪異『花子さん』に触れられ、飲み込まれそうな現状で、

 それでも、彼女の姿から、言葉から、意識を離せなかった。

「――姫代学園には一時期、懺悔を聞く聖職者が常駐していた。スクールカウンセラー制度が浸透する前、まだこの学校がカトリックの影響を強く受けていたころの時代さ」

 語る。月夜に照らされて、彼女は語る。

「最初のうちは、生徒の心の安寧と、敬虔な信仰の育成に、この制度は大きく寄与した」

 淡々と。

「だが――聖職者が幾度か代替わりする中で――経歴を詐称した偽物が、この学園に紛れ込んだ」

 そして、朗々と。

「まあ、その後はよくある話さ。懺悔にくるような子たちは、学園の中でも敬虔なカトリックの信徒で――そして、秘密を外に打ち明けられずに悩んでいた子ばかり。そんな子たちが、偽神父の性犯罪の毒牙にかかり、妊娠が発覚して――けれども、信仰は中絶を許さない」

 真偽は不明。信憑性は不定。

「校外プールの更衣室脇のトイレなんてのは、なかなか人目に付きにくくてね。秘密の作業にはうってつけだ」

 それでも「まるで、そうであるかのような」力強さが、その語り口にはあった。

「――彼女がどんな気持ちだったか、ボクには想像することもできない。ただ、事実として、あの場所で、ひとつの命が産声をあげる前に水に流され――中絶の禁忌を犯した少女が、もうひとつの信仰の禁忌――自死を選んだことだけだ」

 私の足を包み込んでいた、粘液めいた『花子さん』が、ぶるり、と震えた。

「悲惨な話さ。だから、教師も、生徒も、この場所を忌み場とした。語りたがらなかった。人が入れ替わり、元となった理由が忘れられても、場をタブーとする『畏怖』は失われない。だから、後から理由が作り直され――怪談となった」

 人外の輪郭をとって私を取り込もうとしていた怪異が、縮んでいく。

「場に残された無念。怨念と。怪談によって多感な少女たちが向けた想念。その強い認識が世界律を歪め――怪異を――『畏怖』の怪物を生み出した」

 理解不能な不定形が、生物として理解可能な輪郭へと変容していく。

「性質は、同化と流動。動機は渇望。個の認識が魔人能力を生み出すように。集団の無意識の認識もまた、怪異を生み出す」

 彼女は、腰のホルスターに拳銃を収めると、ぱん、と胸の前で両手を合わせた。

「――こうして、『トイレの花子さん』は、少女たちの間で語り継がれる怪談として、新たな生を得たのでした。めでたし、めでたし」

 その手のひらに、蛍の光のようなほの明るいものが収束していく。
 私の足元から、吸い込まれるように、『なにか』が、彼女の元へと集まり――

「――『解談(ネタバレ):トイレの花子さん』」

 開かれた彼女の手のひらの上には、ひとつの銃弾があった。

「危ないところだったね。今、この学校は少し物騒だ。夜にふらふら出歩くと、こういう目に合う」

 月に照らされ、校舎は、静けさを取り戻していた。
 先ほどまで私を包んでいた焦りはない。恐怖は消え去った。不快感も霧散している。

 何をしたのだろうか。
 お祓い? けれど、彼女がしたのは、怪談の生まれた背景を語っただけだ。
 別に、宗教的な儀式をしたわけではない。

「神秘の解体だよ。荘子を読んだことは? 混沌に目鼻をつければ混沌は死ぬ、というやつさ。神秘は謎と不可分で、それを剥奪された怪異は、力を失うのがルールなのさ」

 よくわからない。
 けれど、事実、彼女のその「解体」によって、私は助かったのだ。

「姫代は秘城に通ずる。この学園は人ならざるものにとって、畏怖を秘めたる魑魅魍魎のひしめく城塞。外からの侵入も容易に許さないが、中からの脱出も認めない。さながら怪異の蠱毒壺だ。用心に越したことはないよ」

 助かった。
 私を怖がらせるものはなくなった。
 そう思ったら、突然。

 おなかが、くう、と、なりました。

 おいしそうなにおいがはなをくすぐります。

 何を、私は、考えているのか。

 そのでどころは、わたしのあしもと。

 違う。そんなの、絶対いけない。

 ころがっているのは、てのひらくらいのおおきさの、ちいさくからだをまるめた■■。

 だって、そこにあるのはどう見ても――生まれることができなかった命の残骸――

 ああ、なんてすてきなごちそうでしょう。

 やめて。やめて。どうして、手が。止まらない。

「――って、おい! キミ、何を――」

 てづかみはすこしはしたないけれど。

 それでも、ここまでがまんしたのだから。すこしはゆるしてくださいな。

 それでは、ひとくちで。ひといきで。くちいっぱいにほおばって。

 おいしく、たのしく、いただきます。


 くちゃり。

                           ぞぷり。
          くちゅり。


 いけないとわかっているのに。
 彼女の話を聞いて、肉でできた勾玉のような形のそれが■■だと、わかっているのに。
 それを口にするなんて、最悪の禁忌だと、理解しているのに。

 (おいし)い。
 (おいし)い。
 (おいし)い。

 心はいますぐに吐き出してしまいたいのに。
 手が。口が。舌が。胃が。止まらない。

 食べる。食べる。食べる。
 先ほどの、溶かされ、飲み込まれ、一つになる不快感とは正反対。
 私が、私の意思で、『それ』を自分に取り込み、血肉とする行為。

 ああ。そういえば、私は、私の記憶がない。

 私は――何だ?



 *************************



 私は、食べた。

 力を失い、今にも消えそうになった『トイレの花子さん』を。
 その核となった、生まれることすら許されなかった命の、怨念を。

 怪談として女生徒たちから寄せられた畏怖を剥奪された、剥き出しの魂の残りかすを。

 まだ、口の中に、煮凝りと軟骨を混ぜ込んだような感触が残っている。

 胃から逆流して吐き出したくとも、この体は吐き気すら許してくれない。
 私の肉体は、あれを「ごちそう」と認識したのだ。

 体が震える。
 歯がかちかちと音を立てる。

 畏い。
 恐い。
 怖い。

 私を追いかけていた『トイレの花子』さんもおそろしかった。
 だが、今一番、私がこわいのは、それを残らずたいらげた、自分自身だ。

 日本人形めいた少女を見上げる。

 もし、彼女が、この学園に巣食う怪異を退治するものだとしたら。
 先ほど、『トイレの花子さん』にしたように、銃弾を私に撃ち込んでくれるのだろうか。

 その方がいいのかもしれない。
 先ほど、私がしたのは、疑似的な人喰いだ。
 いつ、何かの表紙で、本当のカニバリズムに手を染めるか、わかったものではない。

 そうなる前に、止めてもらえるなら。

 そう思った私に彼女が向けたのは、銃口ではなく、愉快そうな笑顔だった。

「いやあ、まさか、『怪異』をペロリかあ。ボクが言えた義理じゃないけれど、キミもなかなかゲテモノ喰いだ!」

 ■■をかたどったモノを完食したことをとがめもせず、日本人形の少女は私に手をさしのべた。

「ボクの目的は、怪談の解体だ。あいにく、キミを解体するには情報がなさすぎる。それなら、話も通じるようだし、友だちになるのが早道ってものだろう? キミがボクと戦いたいというなら、『先に抜きな』をやってもいいがね」

 ぶんぶん、と私は首を横に振る。
 記憶はないけれど、間違いないことがひとつある。
 私はこわがりだ。銃を構えた相手と一対一で決闘だなんて、絶対に勘弁してほしい。

「結構。ボクは、山口ミツヤ。親愛の情を込めて、おミツさん、と呼んでくれて構わない」

 自己紹介をされても、困ってしまう。
 私には、名乗り返す名前がない。覚えていない。
 どうして夜の姫代学園にいたのかも、『花子さん』に襲われていたのかもわからない。

「フゥン。名前がないのは大変だ。それじゃあ……」

 おミツさんは、背負っていたバッグから菓子パンを取り出すと、にやりと笑った。

「今から、キミの名前は、「ろん」だ。ボクはメロンパンが好きでね。名が体を現さないところが最高だと思うのさ」

 彼女は、私がこわくないのだろうか。
 怪異に襲われていたかと思えば、突然に捕食するような、わけのわからないものを。

 先ほど彼女は言った。
 恐怖とは、危険性と予測不可能性の乗算だと。

 ならば、私ですら、予測のできない私は、明らかに恐怖の対象だ。
 だが、そんな私の懸念を、おミツさんは軽やかに笑い飛ばした。

「さっきも言ったろう。ボクの目的は怪談の解体。だから、予測不可能なものを知りたいのさ。そのためには、一緒にいるのが一番だろう。なあ、ろん。ボクたち友だちになろうじゃないか!」

 まったく、わけがわからない。
 けれど、その笑顔と脈絡のなさに、私は救われた。

 私は、ろん。
 私は、おミツさんの友達。

 理解できない私という存在に、理解できる部分が生まれた。
 それだけでほんの少しだけ、私は私が、恐くなくなった気がした。



 *************************



 くちゃり。

           ぴちゃり。
                           ぞぷり。
        ぴちゃり。


最終更新:2022年10月05日 22:34