復讐の獣イオマンテ
■キャラクター名:復讐の獣 イオマンテ
■性別:基本的には雄
■所持品:爪と牙
特殊能力【亡キ心】
忘却を操る能力。
イオマンテを見た者はまず、【助けを呼ぶこと】を忘れ去る。
逃げるにせよ戦うにせよ、単独で挑まなくてはならない。
また、イオマンテの爪、もしくは牙で傷をつけられるたびに追加で何かを忘れてしまう。
傷が深ければ深いほど、忘れてはならないものが失われる。
何を忘れさせるかの調整は基本的に不可能である。
しかし相手が無抵抗でイオマンテの爪と牙を受け入れる場合に限り、何を忘れさせるか調整できる。
プロフィール
かつて、人間と山の獣たちは対等の立場であった。
互いに互いの居場所を尊重し、同じ一つの命であった。
しかし人間が増えるに従い、山の獣の居場所を、命を、人間は奪わなくてはいけなくなってきた。
その行為に人間は心を痛め、かつて対等であった獣たちに「忘れずに語り継ぐから」と許しを請うた。
山で命を奪われた獣たちが無事に神のもとに逝けるように祈ってきた。
その祈りの代表こそがアイヌに伝わる山送りの儀式、
イオマンテ
である。
強大なエゾヒグマを、『エゾヒグマの姿を借りて人間の世界に降りてきた神霊』と捉え、もてなした上で見送りの宴と共に神々の世界に送り返す儀式。
命を奪い、居場所を奪い、肉を、皮を、毛を、牙を奪う以上、
その相手に敬意を示し「忘れず語り継ぐから」という想いを示す儀式。
同様の想いは各地の山で見られた。
マタギは獣の命を奪う事を「山言葉にする」と表現し、獣たちは山の一部となり永遠に在るとした。
宮沢賢治は『なめとこ山の熊』でマタギと熊の対等な在り方を記した。
山送りは全国各地で行われ、数多の獣の命が捧げられた。
そう。山の獣と人間は対等であるとして、神に捧げたのだ。
命を奪うときには敬意を示し記憶に刻んだ。語り継ぐと誓った。
──しかし、人間は忘れた。
かつて対等であった山の獣たちと交わした儀式を。
あの日に口にしたはずの想いを。
山の獣たちはただの害獣に成り下がった。
山の神であったはずの熊ですら、いまや駆除の対象でしかない。
それどころか愛護団体などは
「可哀想だから殺さないであげましょうよ」
などと、山の獣たちを、明確に立場が下である“憐憫の対象”とした。
話が違う。
話が違う!
話が違うぞ人間!
我らの魂を奪ったのは、山に送ったのはなんだったのだ?
あの日の敬意は、言葉は、祈りは、嘘偽りだったのか?
それとも… “そのときは” 真実であったが綺麗に忘れ去ったというのか?
あれほど日々を忘れることが出来たというのか?
何故我らを憐憫の目で見ているのだ?
許せん
許せん
許せるはずもない
許してなるものか!!!!!
山の獣たちの無念は、遂に結実し形となった。
【山に送られ殺されたにもかかわらず、忘れ去られた獣の魂の集合体】
それこそが【イオマンテ】である。
山送りで死んだ獣の魂の集合体であるため、どの獣の姿を取ることもできるが、基本的には最強である雄のエゾヒグマの姿を取る。
その姿は通常のエゾヒグマを更に狂化したものとなっている。
体長3m、体重500kg。
その爪はたやすく人間の首を捩じり切り、その牙はたやすく人間の背骨を砕く。
血に濡れたかのような赤黒い毛並みは、天然の鎧であり刃を通さない。
霊魂が集合し物質化した存在であるため、イオマンテの牙と爪は霊的事象にも通用する。
その代わりにイオマンテには物質的攻撃も通用する。
例えば普通の銃弾であっても上手くやればダメージを与えられる。
その瞳は夜を映すかのような虚無に満ちた漆黒。
イオマンテと目を合わせた人間は、自分が許されぬ罪人であり、被食者であると瞬時に悟るであろう。
イオマンテは、悠々と街を歩み、目についた人間を嬲り殺しにして喰らう。
人間たちはそれを見ても逃げ惑うばかりで警察を呼んだり誰かに話したりしない。
彼らはイオマンテの能力、亡キ心により助けを呼ぶことを忘れてしまっているから。
忘れるがいい、忘れるがいい、人間よ。
かつて我らを忘れたように、此度もまた忘れ去るがいい。
思い出すのは、喰われるそのときでいい。
イオマンテは、今この瞬間も人間社会に在り、目についた人間を悠然と喰い殺している。
仮にこの復讐の獣が、全寮制の女子校に踏み入れたとしたら、被害がどのくらいになるか予想も出来ない。
──なお、余談ではあるが、今年の都内の行方不明者数は去年の三倍であるという。
プロローグSS『佐藤伝助の報告書』
はじめましての方ははじめまして。
そうでない方はお久しぶりです。
私は、魔人警察に属する捜査員の一人、佐藤伝助と申します。
貴方は、このメッセージをどのような形で受け取っているでしょうか。
音声?手紙?メール?
なんにせよ、貴方が一番受け取りやすい形で届いていることかと思います。
私の魔人能力、『君に届け』は完全自動発動の情報伝達能力です。
佐藤伝助に訪れた情報を、客観的に、正確に、
今こうして伝えている
“もう一人の佐藤伝助”が
“どうしてもその情報を必要とする複数の者”に、
最も受け取りやすい方法で連携いたします。
数年前に起きた警察官連続誘拐殺人事件を覚えているでしょうか?
あれを解決したのは私の能力です。
囮としてわざと襲われ、全ての情報を他の捜査員に伝えたのです。
私の能力を初めて体験する捜査員もいること。
ごく稀ではありますが捜査員以上に情報を必要とする何者かがいること。
そういった、私の能力を初めて受ける方もいらっしゃいますので、毎度のことではありますが能力の説明をさせていただいております。何回もこの説明を聞きウンザリしている捜査員の方もいらっしゃるでしょうがご容赦ください。
──前置きが長くなり恐縮ですが、佐藤伝助が得た情報を伝えさせていただきます。
効果的に活用いただけることを祈っております。
■■■■
新宿、歌舞伎町。
言わずと知れた日本屈指の繁華街であり、様々な欲望の渦巻く伏魔殿。
そこからの通報が、今回私がお話しする事件のきっかけでした。
やや中心地から離れた通りに、大量の血痕が残されていたとの通報があったのです。
通りのど真ん中にぶち撒かれていた血液は、掠れ、飛び散り、あちこちにこびり付いていました。
誰かが悪戯で血を撒いた、などはあり得ない。
【誰か】が、【何か】に襲われ、もがき、戦い、逃げ惑う姿が幻視されるような、酷く生々しい血痕でした。
そしてその残された血量から、その【誰か】はすでに亡くなっているであろうことは明白でした。
その現場を、私は酷く奇妙なものと捉えました。
確かにそこは中心地から離れてはいましたが、それでも新宿歌舞伎町の通りの一つ。
早朝だろうが深夜だろうが、人通りが無い筈がないのです。
その通りで、これだけ派手に血潮が飛び散るような事件があったならば、通報があってしかるべきなのです。
にもかかわらず、事件そのものの通報はなく、痕跡に対しての通報があるのみ。
この事件は単純な事件ではなく、何か恐ろしいものが根底に眠っている。
捜査員としての勘とでも言うべきものが、私の肌の下でザワリと蠢いたのを覚えています。
その勘が当たっていたことは、監視カメラの分析で明らかになりました。
残された映像には信じがたいものが映っていたのです。
熊です。
例えだとか冗談ではなく、巨大な熊が大都会新宿を悠然と歩んでいたのです。
しかも、早朝でも、深夜でもなく、人が溢れかえる夕過ぎの街並みの中を。
カメラに映る人々は、突然の熊に、怯え、戸惑い、散るように逃げ始めました。
しかしおかしなことに、誰も悲鳴を上げないのです。
悲鳴で誰かを呼ぶ、悲鳴で誰かに危機を知らせ助けを求める。
そんな動物的な本能すらも“忘れてしまったかのように”、誰も彼も散り散りに逃げていました。
そして皆、手にはスマホを握りしめているにもかかわらず、警察に通報しようとしないのです。
写真を撮って誰かに共有しようともしないのです。
誰かに助けを求める。
そのために情報をシェアする。
そういったことなど、思いもつかないといった動作。
皆、ただただ己の力だけで逃げようとしていたのです。
そんな人々を、熊は…
いえ、あれを熊などと言うことは私には出来ません。もっと…もっと悍ましい何かです。
奴、とでも呼ばせてください。
奴は、逃げ惑う人々を見てニンマリと笑ったのです。
楽しくて仕方ないというように。にちゃりと粘ついた音が聞こえるような笑顔を見せたのです。
熊が笑うわけないと思われるかもしれませんが…私は確かに、奴の漆黒の瞳が残酷な愉悦で光っているのを見ました。
そうして奴は、通りの真ん中で、腰を抜かして震えていたホスト風の若者の顔面に爪を振り下ろしました。
若者の顔面は果物の皮でも剝くかのようにベロリと垂れ下がりました。
痛みと衝撃で若者は転げまわり、必死で奴から離れようとしましたが無駄です。
奴は口を大きく開くと、若者の太ももをがっしりと噛み、力任せにぶん回しました。
骨のひしゃげる鈍い音が、映像越しにも聞こえてきたような気さえしました。
若者は床に、壁に、電信柱に、無造作に叩きつけられました。
奴が本気を出したらば、おそらく若者は即死していたでしょう。
しかし奴は、死なない程度の力で、丁寧に若者を振り回していました。
奴が、
心の底から人間を憎んでいること
対話など不可能な害悪的存在であること
それがハッキリと伝わってくる蹂躙劇でした。
そうして玩具にされズタボロの肉塊となった若者は、奴の腹の中に納まりました。
通りには湯気が立つかのような温かな血が、派手にぶち撒かれていました。
夕方の新宿で、そのような殺戮が起きているというのに、警察への通報は一本も無かったのです。
殺戮の主は、満足したのか、逃げ惑う人々を追いもせず、楽し気に去っていきました。
その映像を見た私は、急ぎ現場に調査に向かいました。
奴を野放しにしておいてはどれだけの被害が起きるか。それを思うと動かずにはいられなかったのです。
──誰にも協力を要請せず。たった一人で。
今思えば他にも捜査員がいたような気がするのですが、誰も彼も一人だけで捜査をしていたように思います。
■■■
私は残された痕跡、そして映像から、奴の現在の寝床は新宿中央公園であると推察をつけました。
その推察自体はたやすかったです。なんせ奴の姿は全て防犯カメラに残されているのですから。
一般市民に犠牲が出るのを避けるため、私は深夜に新宿中央公園に踏み入りました。
夜の中央公園は、酷く静まり返っていました。
空気がピンと張りつめ、嫌な寒気に満ちていました。
“いる”
半ば確信をもって私は捜索を始めました。
巨大な体を隠そうともしない奴の痕跡は、あちらこちらに残っていました。
爪を研ぐために使われた巨木。
汚れを落とすために使われたのか、血と人毛の浮いた噴水。
そして何より、重量感のある足跡。
足跡の底では、体液を撒き散らしたカナブンが地面の染みになっていました。
私は、そのカナブンをそっと指の腹で撫でました。
黒緑色の体液が指を濡らしました。
まるで乾いていない虫の死体は、巨大な足跡の主がつい先ほどここを通ったことを意味していました。
私は電気警棒を取り出し、警戒しながら足跡を追いました。
私は戦闘力は高くありませんが、防衛能力だけはなかなかのものと自負しています。
時間稼ぎさえできれば、死にさえしなければ、『君に届け』で情報連携をして助けを呼ぶことが出来る。
だから私は相手の攻撃を捌き生き延びるスキルを伸ばしていたのです。
警察官連続誘拐殺人事件の犯人を捕らえたのも、仲間が来るまでの時間を稼ぐことが出来たからです。
警戒心を最大にすれば、奴が正面から来たとて、なんとか生き延びることが出来る。
そう自分に言い聞かせ、足跡を追いました。
足跡は真っすぐに公園の管理事務所に向かっていました。
普段であれば施錠されているはずの事務所の扉が半開きとなり揺れていました。
キィ キィ という甲高い音が私の不安を増させました。
既に中では惨劇が起きているかもしれない。
緊張と恐怖が体に走るのを自覚しながら、息を大きく一つ吐き、勢いよく扉を蹴り飛ばして中に踏み込みました。
しかし中には誰もいませんでした。
足跡は確かにこちらに向かっていたのに。何故?どこへ?
その瞬間、私は嫌な豆知識を思い出しました。
一部の哺乳類は、追跡から逃れるために自らの足跡を踏みながら後退し、その途中で別方向へ跳ぶことがある。バックトラック、もしくは止め足と言われるテクニック。確かその技を熊が使ったというケースがあったはずでは?
──もしも、その技を奴が使ったとするならば、奴はどこに?
その答えは言うまでもありません。
私はハメられたことに気づき、即座に後ろを振り返りました。
その瞬間、私は美しい女性と目が合いました。
闇の中、ぼうっと一つ浮かぶ女性の顔。
白い肌と透き通った鼻立ち。年のころは22~3といったところ。
夜の街で働いているのか、化粧がやや濃かったですが、どこか純朴なところが残っている女性でした。
それは、奴の口の中に転がる、女性の生首でした。
そしてその生首は、私と目が合った直後に奴の胃の腑に飲み込まれていきました。
私の体は恐怖で無様に硬直しました。
魔人警察に属する身として、何か悍ましい存在と対峙する覚悟は出来ていました。
しかし…しかし、ここまでとは思っていなかったのです。
奴は無造作に、大上段から爪を振り下ろしました。
受けに回った電気警棒があっさりとへし折れ、勢いそのままに私の額の肉は抉りとられました。
焼けた鉄棒を差し込まれるような痛みが顔面を襲いました。
その痛みを無視して、私は全力で逃げだしました。
ここで戸惑っていては映像で見たホスト風の若者と同じ末路を辿るだけです。
全身全霊で逃げなくてはいけない。
そう自分自身に気合を入れ、闇に包まれた公園を必死に駆けました。
奴の脚力は恐ろしいものと推察されますが、私とて魔人警察の端くれ。
新宿中央公園のマップも頭に入っている。
低い確率ではあるが逃げることは決して不可能ではないはずです。
文字通り命がけで、走りました。
熱い息を吐きながら、我武者羅に駆けました。
ほんの1分ほどでしょうか。
私の脚はいう事を聞かなくなり、ガクガクと震えました。
ほんの少し駆けただけなのに、足がもつれました。
息が激しく上がり、上手く走ることが出来ません。
ガクリと膝から力が抜け、無様に地面に倒れました。
確かにいい一撃を額に喰らってしまったとはいえ、想定以上の速さで体力が失せていきます。
おかしい。いくらなんでも足の進みが遅すぎる。自分はもう少し走れるはずだ。
まだ何とかなるはずだ。
そう思い、必死に立ち上がろうとする私の手に、べちゃりと液体が触れました。
それは温かな鮮血でした。私の周囲に、血だまりが広がっていたのです。
私は慌ててあたりを確認しました。
だって私はまだ額にかすり傷を負っただけ。
これほどの血を流す負傷はしていない。
ならば私の他に負傷者がいるはずだ。
そう思い濃い闇に包まれた公園を見渡しましたが、周りには誰もいません。
耳を澄ましても他人のうめき声など聞こえません。
聞こえるのはただ、
ぴちょん ぴちょん
という水滴の音だけでした。
酷く不安にさせる、嫌な音でした。
その音がどこからするのか、必死で周りを確認し、ようやく気が付きました。
水音は私の腹部から鳴っていたのです。
正確には、皮膚から零れ、垂れ下がる内臓からの血が、足元の血だまりに落ちて音を立てていたのです。
一体いつ?いつこんな負傷を?
恐怖に震え、訳も分からず虚空に腕を伸ばしました。
グチャリと、私の目の前で伸ばした腕が消失しました。
ここまできて、ようやく私は既に奴が目前に立っていることを思い出しました。
そうでした。
最初の一撃をもらったときに、逃げ出す私の背に向けて奴はもう一撃入れたのでした。
本当に不思議な話なのですが、その瞬間、私は痛みを忘れ、傷を受けたことを忘れたようです。
傷を受けたことすら忘れ、ノロノロと走る私の背を、腹を、嬲るかのように爪が抉りました。
私はそれに気づくことも無く必死に逃げていたのです。
どうして私は、こんなにも当たり前で、恐ろしいことを忘れることが出来たのでしょう。
背中に一撃を貰い、大きな負傷を追った人間が巨大な熊から逃げきれるはずもない。
そんな当たり前のことすら私は忘れていたのでした。
足がもつれて倒れた?上手く走れない?
馬鹿な話でした。
奴に追いつかれ、無残に打ち倒され、地に伏した私は、
“追いつかれたことさえ忘れて”
まだ何とかなるはずだと思っていたのです。
すぐそばにいる奴の存在を忘れ、認識すらできず、滑稽に踊っていたのです。
思い出すと同時に、忘れていた痛みも戻ってきました。
恥も外聞もなく転げまわり、ビクビクとのたうち回りました。
そうして、死にたくない、助けて、やめて、とうわ言のように呟きながら、
ゆうっくりと奴に咀嚼されていったのです。
■■■■
以上が、私のお伝えする情報になります。
今まさに私の本体は奴の腹の中で消化されております。
本体死亡時に能力がどう発動するかは私自身もよく分かっていませんでしたが…
幸いなことにこうして発動できているようです。
何か奴は…記憶操作…もしくは認識阻害能力を持っているようですね。
どうして奴の能力を受けながら皆様に私のメッセージが届いているのか?
こちらの推察を最期に私は消えることといたします。
可能性其の一:私の『君に届け』が奴の能力を上回った
これが一番うれしい考えですが少し楽観的に過ぎるでしょうか。
可能性其の二:『君に届け』は届いていない。私の壁打ちに過ぎない
私はこの言葉が誰かに届いていると信じておりますが…能力が発動すれど届かず、という可能性だってあるでしょう。とすればこの言葉はただの一人遊びです。
可能性其の三:奴の能力の有効範囲を過ぎた
奴の認識阻害能力には時間的、もしくは距離的制限があり、それを越えたから『君に届け』が発動した。
…もしそうならば、この情報は時間差で届いていたりするのでしょうか?
可能性其の四:奴の能力は全く別物である
私の本体に起きた事象から、奴は記憶操作もしくは認識阻害能力を持っていると推察しましたが、あくまでも推察に過ぎません。全く違う能力かもしれません。
こんなところでしょうか。
嗚呼。そろそろ本体が完全に消化されそうです。
こんな形で人生を終えるとは思いませんでしたが…最期にこうして誰かに何かを伝える、それが出来たのは良かったかと思います。自分自身が消えゆくことに特に何も思わない、魔人能力により生まれた残滓ではありますが、もし届いているならば…貴方には私を覚えておいてほしい。
贅沢かもしれませんが、覚えておいてほしいのです。
それではご清聴ありがとうございました。
…一点、忘れておりました。
いや、最後に嘘をつくのはやめましょう。
これを伝えるべきか悩んでいたのですが…やはり伝えるべきと判断いたしました。
少しお時間いただきたく思います。
最後に確認させてください。
最初に申し上げました通り、私の能力『君に届け』は、私が得た情報を
“どうしてもその情報を必要としている方”に届けます。
貴方がこのメッセージを受け取っているという事は、奴の情報がなんとしても必要な方だと思われます。
──さぁ、貴方は、誰ですか?
魔人警察に属する方でしょうか?
そうであれば私の情報が必要に決まっています。
それとも、奴に家族を殺された方でしょうか。
奴に喰い殺された方は、ほとんどが行方不明という扱いになっているはずですから、残された家族は殺されたとすら認識していない…よって復讐相手としての奴の情報を必要とはしないと思われますが…
もしかしたら、奴を認識し、復讐しようとしている方もいるのかもしれません。確率は低いですが。
それとも。
──それとも。嗚呼。それとも。
今、まさに、奴に襲われている方でしょうか。
奴に、傷つけられ、忘却の淵に沈んでいる方でしょうか。
大丈夫ですか。
忘れてはいませんか。
大丈夫ですか。
傷ついてはいませんか。
血は流れていませんか。
忘れてはいませんか?
忘れてはいませんか?
──貴方の後ろに、奴がいることを。
忘れてはいませんか。
最終更新:2022年10月05日 22:37