【トイレ】その2「本当にあった逆に怖い話」



○序

「なあにビビってんのさ」

 トイレの花子さんは、遠い昔の時代の女生徒だと言われる。

「だってさ、でるんだよー」

 あそぼ、あそぼ、と。

「なんにもでないよォ」

 おいで。おいで。と。

「えー、絶対出るって」

 二人の少女は、怪談話を心底忌避しているわけではないと、笑う声ですぐに分かる。
 三棟目の三階のトイレは少し古く、しかし汚くはない。美化委員が毎日舐めるように清掃しているから。
 少女たちは、
 一歩。
 二歩。
 そして、
 もう足が動かなかった。
 彼女らの視線の先には、三番目のトイレ。
 いつも使用中の個室が、青、開いていた。

 三番目はいつも使用中。そういう約束の、おやくそくのはずだったのに。

「え、嘘」
「開けちゃった……? 誰か」

 クラスのひとりくらい、上から覗いたが誰もいなかったと吹聴するものもいるが、しかし、みな愛想笑いを浮かべられるのは、安心しているのは、嘘の武勇伝だと知っているからなのに。
 境界に近づいても、決して触れることはないのに。
 ましてや、踏み越え、踏みにじるとは。

「ヤバいってこれ、私」
「絶対。うん、あれ、でも、これ」

 固まる目線の先、開けた個室が鮮明に見えた。
 なにひとつ欠けることなく、なんの変哲も、残滓も、呪いも感じられない、ただの。ただの。
 ただのトイレだ。
 すとん、と憑き物が落ちたように、二人は顔を見合わせる。
 お互いの、初めて見るよな表情に、笑いが込み上げてきた。緊張と緩和、笑いのあり方。

 ——トイレの花子さんが昔の生徒の怨霊だと言われるのは、とどのつまり『制服に見覚えがない』である。

 額をくっつけるように笑い合う二人の背後で、姫代学園の制服ではない女も、音なく笑う。
 そして銀鋏を掲げた。


○序

 解放された三番目のトイレ。
 解体された七不思議と、そして新たな七不思議となったJKKJ——女子校の切り裂きジャック。
 その正体は間違いなくニュースで話題の殺人鬼、キリノゾミ容疑者だろうと目されていた。被害者の二人の遺体は三番目のトイレに閉じ込められ、貝合わせの形でお互いの臓腑を肥大したクリトリスにて挿し貫いた遺体状況にあった。
 また、挿し合ってなおクリトリスは二つあまり、死してなお天つくかたちを保ち続けたため、百合の間にまたがる狂人の幻影を克明に浮かび上がらせた。

 キリノゾミの噂はもはや風伝と呼ばわるほど不確かなものではない。

 いま現在明らかではないことは、キリノゾミの潜伏地のみだ。

 しかし、口には出さないが、誰もが確信していた。
 キリノゾミは、まだ学園内にいる、と。

「殺人犯を相手取るなんて、教員の仕事ですかね」
「風紀委員のはん疇も越えてるって」
「いったい私たちはどうすればいいんだ」

 力なき者たちの嘆き、そして祈り……。

「神様が本当にいるなら、元通りの生活に戻してくださるのでしょうけど」

 神が望みを叶えるなら、きっとそうするのだろう。
 しかし人の望みを叶えるものは、神だけではない。


○破

 夜。三棟校舎の三階トイレに、ミミズのような生き物が這っていた。人差し指程度のサイズで、肌色の、無毛の、なんの知性も感じられないこの生き物は、のび・ちぢみすることで、少しずつ、少しずつだがたしかに、三番目のトイレへと向かっていた。
 えっちらおっちら。かわいいね。

 誰も気配もないはずなのに、ドアがキィキィと音たて、内側からぬっと影が現れる。
 成人としては小柄で目の窪みがいやに深い他校の制服を着た女、おおげさに肩を揺らし、とぼ・とぼと歩き出す。頬に精気なく、陰の落ちる眼の、最奥が焦げるように黒ずんでいた。
 キリノゾミ。
 殺人鬼で、化物で、怪談の当事者で、正体不明。
 女子校の切り裂きジャックとして恐怖を招いているが、それは虚構であり、彼女自身の望みとは全く関係がない。彼女自身の虚な二つの穴を埋めるものを、肉を、ただ探しているだけだ。適度に、いい感じに、長く固く激しく楽しめそうなものを。
 だから彼女は足元など頓着せず、のそ・のそした足取りで歩き、ミミズのようなものを踏み潰した。単純な質量差、押しつぶされて噴き出た体液は、無色で、ちぎれずじまいの筋がいくらかもんどりをうつ。それきり、骸さらした。
 ぬちゃ、
 水っぽい粘膜の音に、キリノゾミは僅かに視線を落とす。意識が芽生え、網膜にわずかな集中が宿る。手洗いの底、鏡に映る隅、清掃用具、それらの黒い影に、焦点が合い、影のひとつひとつが蠢動、一本一本が蠕動していることに気付いた。
 はっとして足元を睥睨すると、すでに何十匹ものミミズらしきものを踏み潰しており、その遺体にむらがるものどもが、何十、何百とあり、そして貪っているかに見えた。
 そのうちの一匹が、なんの弾みかキリノゾミの足へと飛び込んできた。べちょりと湿っており、いい気分はしない。
 蠢く細影の群れを大股で飛び越えるキリノゾミ、しかし外へ出られたのはほんの束の間。強い力で胸を押され、尻餅をつくように倒れ込む。ぐちゅりと、泥の中でもカエルを踏み潰してしまう感触はわかるように、何十ものミミズのようなものを圧しながら、うち、生き延びたものがキリノゾミの四肢や腰にまとわりついてくる。
 正体不明の殺人魔人といえど、体は少女のものであるから、虫が皮膚を這うような、皮や毛や、しまいには肉を喰らうような、ぞわ・ぞわとした皮膚感覚が彼女に鳥肌立てる。
 しかしキリノゾミは。
 体は不快感を思えていても、彼女の目は、自らを押し倒した存在に目を奪われていた。
 細長くミミズのように這い、しかしサイズは大型犬を超えるかという、巨大な自律ちんぽに。


○破?

 問おう、あなたが私のマスターかみたいな構図で固まっていたキリノゾミだったが、先に動いたのは彼女でも巨大自律ちんぽでもない。彼女を這っていた無象のミミズである。いや、無象と一蹴することはもうできない。同種を食らい成長し、ついには8cmほどまで身を大きくした個体は、ひとかどの男性器と呼ぶべきだろう。
 彼はやはりのび・ちぢみし、身をやわらかくしなることで這いずりキリノゾミの内へと侵入。ちんぽは第二の脳と言うように、たしかなルートどりで、キリノゾミの膣に入国する。
 キリノゾミはちんぽに貴賤なしと考えている。ただ、柔らかちんぽは勃起不十分、ちんぽにあらず、という根っからの差別主義者なだけで。

「ハッ!」

 キリノゾミが膣を絞める。右大陰唇と左大陰唇、右小陰唇と左小陰唇が、違法入国者のそっ首を斬り落とす。これがキリノゾミの二枚鋏である。
 縦に切り裂けば陰茎はふたつになり勃起するが、横に切り裂けば断頭台となる。
 まず勃起ありき。そして挿入。
 物事には順序がある。偉大な順序が。
 それが理であり、犯すことのできない律法である。

 おりもののように股から死肉を落としながら、キリノゾミは低く低く笑い、巨大自律ちんぽに近づいていく。両の手に白黒雌雄一対の双剣を具現化する。なんらかの魔術的な二つの刃で挟み裂いた時を思う。無限勃起編。人間についたちんぽはいくらでも裂いてきたが、ちんぽ生物を相手取ったことはない。わくわく。最高だ。
 キリノゾミが飛びかかる。
 巨大自律ちんぽは、キリノゾミの意志を受け入れるかのように、微動だにしなかった。
 双刀は二閃一条の線軌を作り、巨大自律ちんぽを二つに切り裂く、そして復元していく。亀頭の半頭は全頭に、陰茎の半径は直径になり、二つに分たれたちんぽが、根本[どこ?]でくっついて双頭の巨大自律ちんぽになる。これぞまさに、キリノゾミが求めていたものだ。
 わな・わなと震える手で、キリノゾミはその双頭巨大自律ちんぽをそっと抱きかかえる。

 彼女の目がカッと開く。

 気づいてしまったのだ。いや、見ないふりをしていた現実を見せつけられたのか。
 双頭の巨大自律ちんぽは勃起している。
 勃起しているのに、なぜ、
 なぜ、

「こんなにも柔らかい……」

 涙を落とし嗚咽するキリノゾミ。
 腕に力が入り、ひどく締め上げてしまう。しかし、双頭の巨大自律ちんぽの柔らかさに気付かされるばかりで……。

 彼女の涙をとどめることはできない。
 ちんぽ以外には。

 ドシン、ドシンと校舎を揺らしながら廊下の暗がりからあらわる。床は軋みガラスは破れる。決して人の形ではない。
 キリノゾミの抱えるちんぽがミミズなら、さしずめ蜘蛛だ。
 股間から八本のちんぽを使役し、闊歩するは、さえない用務員、種付豚男だった。

「ちんぽは、心だよ」


 ○急

「ちんぽは、心……?」
「そのちんぽに、心はない」

 たとえふにゃちんであっても、そこに理想を見たマスターである。キリノゾミは、双頭の巨大自律ちんぽを下に見る言葉に、敵愾心を持った。

「ちんぽは心なんかじゃない。ちんぽは――」
「心さ。見てごらん」

 種付豚男の八本の、1mを超えるかというちんぽは、意志を持つかのように動き出す。彼の肛門へと突き刺さった。入るはずもないのに、しかし、彼は平然としていた。いや、恍惚としていた。ちんぽはどんどん吸い込まれる、どんどんと遡上、彼は吐血した。

「ちんぽは、心だと、そう、信じてる」
「なんでそんな!」

 種付豚男は身をそらせて、胸を押さえる。そこまでちんぽが来ているのだろうか。
 キリノゾミは、ようやく、彼の言いたいことがわかった。彼はニヤリと笑う、そして口から八本のちんぽを吐き出した。

 一気通貫。
 肛門から口腔へと突き破って、無事に済むはずがない。ちんぽは、血に塗れている。解剖図で目にする、赤黒い筋組織がべっとりとへばりついている。
 心臓を破壊している証拠だ。

「ちんぽは心臓、そう言いたいのね……」

 うつむくキリノゾミを見て、種付豚男は確かに微笑んだ。

 勃起には血液が必要だ。
 いくらちんぽとて、それ単体で勃起することなどできまいて。
 ちんぽの形に惑わされてはならない。
 所詮は人の付属品、大事なのはハートだ。

 目元をぬぐい、顔をあげるキリノゾミ。その表情は、ひどく険しい。怒りに満ちている。

「ちんぽは心なんかじゃない。それを証明してみせる!」

 キリノゾミは力強く双剣を握り、詰め寄り、種付豚男の口からまろび出たちんぽを八条一閃に切り裂こうとする。
 種付豚男は、なんとか静止しようとする。彼は自身のちんぽをよく把握していた。

 彼の八本のちんぽは、肛門から口腔へと至っている。

 外から内、内から外。
 表裏一体ですらない、表裏がねじれ、彼の体を通じて、逆転しているのだ。

 (やめろ、キリノゾミ! 俺のちんぽは内も外もない。ちんぽは心だと認めるんだ!)

 しかし自らのちんぽに蓋をされ、言葉が出ず。もう何もかもが遅かった。
 キリノゾミの刃が鈴口に挟んだ途端、彼女は縦も横もない、上下すらない空間へと投げ出された。そこにあるのは無間の暗闇と、果てなく伸び続けるちんぽだけだ。

 ――内と外がねじれたちんぽ。
 ――それを切り裂く時、必定、宇宙ごと切り裂かねばならない。

 さかむきに閉じ込められた宇宙の缶詰のように、
 さかいなく次元を超えたクラインの壺のように、

 キリノゾミは今まさに世界に挑んでいる。

 しかし絶望はない。むしろ逆だ。
 これだけ巨大な世界であるなら、
 きっとどんな孤独も、欠乏感も埋めてくれるだろうから――。
 心臓が鼓動する。あの時の種付豚男の言葉がようやく分かってきた。

「ちんぽは心。かもしれない、けど、でも――」

 キリノゾミはちんぽを切り裂きながら、自らの体がボロボロと崩れ落ちるのを感じた。人の身には耐えられるものではないのかもしれない。
 なんの痛みも苦しみもない。ただ、ちんぽを勃起させる悦びに溢れていた。

「ちんぽ、それは――光だ!」

 キリノゾミの目に何も見えない。自分に目があるのか、そも体が残っているのか、もうわからない。

 しかし彼女はたしかに見たのだ。

 梵我勃如、あまねく全てが固く勃起する、輝ける未来を。


○決着

 キリノゾミ:世界を二分する光となる/ちんぽの深淵に飲まれる
 種付豚男:世界ごと勃起する/ちんぽが故障したため取り替える

 今日の性癖:八岐大蛇ンポ、勃起宇宙開闢
 今日の登場人物:レズ被害者、モブ教師、モブ生徒、ノゾミキリ、種付豚男のワーム男性器群、種付豚男、タモリ「次にちんぽを勃たせるのは、あなたかもしれません……」


最終更新:2022年10月16日 20:23