「何だ、これは……!?」
白髪の男が鉄のような面に驚愕を浮かべていた。額の真中から左眼、そして頬を覆う火傷の痕も引きつっている。
鍛え抜かれた身体から剣士であるように思われるが、無骨な鉄の杖を下げている。
彼の名はメンヌヴィル。『白炎』の二つ名を持ち、恐れられるメイジの傭兵だ。焼き殺した人間の数を計ることはできず、老若男女問わず平等に焼き尽くす冷酷な男である。
彼は使い魔召喚の儀式を行っていた。
生涯の相棒となる存在を欲していたわけではない。
傭兵稼業をしながら “憧れの人物”に会おうと考えていたがなかなか実現せず、人を焼く合間の退屈しのぎに試してみただけだ。
単なる暇つぶしのつもりだったが、現れたのは予想外の存在だった。
彼の前に立つのは異形の者。
岩石で構成された身体の右半分は氷で、左半分は炎で包まれていた。“それ”は己の存在を信じられぬように掌や身体を眺めている。
光を失ったメンヌヴィルは炎を使う特性ゆえに敏感に温度を察知することができる。眼が見える者と同様、否、それ以上に状況を知ることが可能だ。
灼熱と極寒の身体が核となる岩石の魔力でつなぎとめられており、炎の手は触れるだけで敵を焼き、氷の手は掴むだけで凍てつかせる。
「面白い……!」
身を震わせながらメンヌヴィルは舌で唇を湿した。
多くの人間や異種族を焼いてきた彼だが、こんな温度を持つ者は初めてだ。
常人ならば恐れ逃げ出すような相手に興奮を隠しきれぬ面持ちで近寄り、じっくりと心ゆくまで観察する。
召喚された者は混乱しながら自分の体を見つめていた。
かつて魔王軍の切り込み隊長――氷炎将軍フレイザードとして戦ってきた彼は、勇者の必殺技を食らい、元同僚から顔面を踏みにじられて消滅したはずだった。
それなのに、融かされたはずの氷の半身も、吹き飛んだはずの炎の半身も、完全に元通りになっている。
当初、全知全能たる大魔王が復活させたのかと思ったが、それらしい気配は全く感じられない。
ならば、興味も露に、舐めるような視線で眺め回している男の仕業なのか。
目の前の男からは同類のにおいがする。
それもそうだろう、両者とも単に炎のように粗暴なわけではないのだ。残虐かつ狡猾。氷のような冷酷さを備えている。
フレイザードはすぐさま攻撃に移ることはしなかった。
相手がただの人間――おそらくは魔法使い――だと察して甘く見たのも一瞬のことで、気を引き締める。
物腰や放たれる空気から相手が実力者だと悟ったことも原因の一つだ。
それに加え、油断や慢心が何を招いたか今の彼ならば嫌と言うほどわかる。無様な結果を繰り返すわけにはいかない。過信を捨てなければ栄光は掴めない。
目の前の男が同じような立場の者ならば、相手を利用して上に行くことも可能だろう。
いきなり暴れだすより、早く効率的に栄光を手にできるならばそちらを選ぶべきだ。
そう結論づけたフレイザードは情報を集めるべく言葉を発しかけたが、それを遮ったのはメンヌヴィルの狂ったような笑声だった。
「はははははッ!」
「てめえっ!」
フレイザードは素早く手を動かし、氷の身体を狙った炎を吸収した。
メンヌヴィルの顔は歓喜にゆがみ、狂気が全身から迸っている。
呼び出した相手をいきなり滅ぼそうとするなど正気の沙汰とは思えない行動だ。格好の獲物を前にしてすっかり冷静さを失っている。
「面白い、面白いぞ! 双極の合わさったお前を焼けばどんな心地がするだろう!? 早く味わわせてくれ!」
そう言われて大人しく従うような彼ではない。
両眼に炎が燃え上がる。
「その程度の炎でオレを焼こうってのか? ちゃんちゃらおかしいぜ!」
手を突き出すと大きな炎球が放出されメンヌヴィルに迫るが、彼が発した炎で燃え上がり、手前で燃え尽きる。
「お前の炎は火遊びではないな! うはははは!」
己に匹敵する炎の使い手に会えたことが嬉しくてたまらないと言いたげだ。
炎を操るすべに長けた者同士が激突した。
その後、二人は邪魔が入ったため戦いを中断する羽目になった。
それどころか、結果的に両者は手を組むこととなったのである。
残虐、冷酷と称される点は共通しているが、人間を焼く過程に愉しみを見出すメンヌヴィルと戦闘ではなく勝利という結果を求めるフレイザードでは重視する物が異なっている。
“獲物”に関してどのような取り決めを交わしたか知る者はいない。会話の内容は神のみぞ知ることである。
ただ一つ確実なのは、どちらも敵は男女の区別なく燃やし尽くすことだけだ。
フレイザードは今いる世界の情報を得て、自分に再びチャンスが与えられたことを知って狂喜した。
彼の望む物は単純だ。
どれほど年月を積もうと得られないほどの手柄。
仲間の羨望の眼差し。
勝利の快感。
栄光。
人格の歴史となるもの。
戦いでしか存在を証明できないことを哀れむ者がいれば、彼は鼻で笑うことだろう。同情がいくら積み重なったところで心を満たすことはかなわないのだから。
「この世界でのし上がるのも悪かねえが……」
それより元の世界に戻りたいという気持ちがある。手柄を立てて手っ取り早く認められるには魔王軍という組織が最も適しているためだ。
大魔王という超越的な存在から認められれば最高の裏付けになるだろう。
また、彼の内では復讐したいという渇望が燃えている。
標的はもちろん、勇者ダイとその仲間。地上に戻り、真っ先に血祭りに上げるべきは彼らだ。
そして――。
フレイザードの表情に凶暴さがみなぎった。不快げに顔がゆがみ、眼がギラギラと光る。
蘇るのは忌まわしい記憶。
『たっ……頼む。もう一度チャンスを……ミストバ――』
勇者に敗れ、それでもなお諦めず勝利を望んだ彼の言葉を無視し、命の火を消し去った。
今ならばわかる。ミストバーンは敵の実力を測るため利用したのだと。勇者一行のように仲間だ何だと主張するつもりは毛頭ないが、捨て石として扱われたのは腹が立つ。
とどめに虫ケラのように顔を踏みつぶされたのだ。
左眼を掌で覆い、陰惨な笑みを浮かべる。ゆっくりと握りしめられた拳が固い音を立てた。
「たっぷり礼をしてやらなくちゃな?」
あの時味わった屈辱は忘れない。
揺るぎなき栄光を、絶対的な強さを手にした暁には――。
「てめえの頭、雑巾代わりにしてやるぜ」
復讐の念を煮えたぎらせながら彼はクックッと笑みをこぼした。
「そのためには力が必要だな」
惨めな敗北と死が彼の精神から驕りを取り除き、強さを求める情熱を吹き込んでいた。
今はまだレベルが低い。
だが、経験を積み、成長(レベルアップ)すれば。熱を読み取る男と組み、“温度”を極めれば。
とてつもない力が手に入るという、確信に近い予感がある。
――この腕で勝利を。新たな栄光を。
彼は肩を震わせ、高らかに笑い出した。
「ククッ……ハーッハッハッハッ!」
笑い声はいつまでも響いていた。
最終更新:2009年03月21日 17:36