裸繰埜闇裂練道SS(第一回戦)

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dangerousss

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第一回戦第八試合 裸繰埜闇裂練道

名前 魔人能力
伝説の勇者ミド おもいだす
裸繰埜闇裂練道 永劫
バロネス夜渡 ブラディ・シージ

採用する幕間SS
なし

試合内容

濃紺の夜空に浮かぶ満月が煌々と闇夜を照らしていた。天空は墨の上に銀砂をちりばめたような星々が月の光に華を添えるが如く
ささやかな瞬きを繰り返し、地上では穏やかな涼風が竹林を通り抜けて無数の葉をさわさわと揺らしていた。
風情溢るる山中で、美しく鳴っていた虫の音がはたと止み、同時に空間が歪んだ。歪みは徐々に人の形を成して行き、やがて一人の男の姿に収束した。
現れたのは2メートル近い和装の大男。彼――裸繰埜闇裂練道はまずぐるりと周囲を見回し、敵が居ない事を確認した。
同時に練道の脳内に直接響くような、美しい女の声が流れた。報道部員の斎藤窒素である。

(選手全員の転送が完了しました。只今より試合開始となります。皆さまのご健闘をお祈り致します)

時刻は12時を過ぎた辺りであろうか。月明かりによって然程暗さは感じないが、乱立する竹が視界を遮る。
虫の声と風の音以外に、ヤギに似た何かの動物らしき鳴き声が聞こえた。ただの竹林では無いという事か。
練道は全身に気を漲らせ、気配を探りつつ標的を探し始めた。

緩やかな傾斜の落ち葉に埋もれた地面を踏みしめ、一定の速度で殆ど音も無く歩を進める練道は、
やがてさらさらと静かに流れる小川に出くわした。
既に目は慣れ、川面に映る星の煌きもはっきりと捉える事が出来た。川は膝が浸かる程度の深さだろうか。

その時、練道はふと違和感を感じて視線を上げた。風に揺れる葉の音、その中に僅かな、軋むような異音。
視線の先――小川を挟んで向こう側の、天にそびえる竹の先端に人影があった。
月明かりを反射し、スパンコールが眩しく輝いている。
アフロヘアーに深紅のスカーフ、そしてラメラメのスレンダードレスという隠密性皆無な恰好をしたその人物は、
練道の姿を認めるや否や素早く何かを投擲した。
闇夜を流星のように切り裂くそれがナイフである事を瞬時に認識し、練道は冷静に体をかわす。
ナイフは勢い良く地面に突き立った。

「高い所から失礼するわよ!アタシの名前はバロネスうおおおッ!?」

謎の人物――この時点で練道は消去法によりそれがバロネス夜渡である事を確信した――が言葉を終える前に、
荷物袋を手放して地面に刺さったナイフを引き抜き、バロネスの掴まっている竹目掛けて投げ付けた。
回転する刃がその根元を瞬断する。
バランスを崩したバロネスが隣の竹に飛び移ろうとするが時既に遅し、地面に向かって真っ逆さまに転落する筈だった、が。

「ちょっと!人が自己紹介してる所を攻撃するなんて、アンタ騎士道精神ってモンが無いの!?」

予想に反し、その男は(事前に配布された資料によれば男の筈である)落下するどころか、ふわりと宙に浮いた。
そしてそのままシャボン玉の如く軽やかに上昇し、手近な竹の先端に掴まり直したのだ。
練道は憮然として言った。

「先に仕掛けたのはそちらだろう」
「あら、それもそうだわね。じゃ今のは水に流してア・ゲ・ル。アナタは兼石次郎ね?伝説の『ノックアウトマスター次郎』」
「いかにも。懐かしい名を出してきたものだ」
「そ、なら問題無いわ。ウフフ、ちょっとおねーさんの好みかも」

バロネスは左手で竹に掴まりながら器用にしなを作った。練道はそれに取り合わず、
一足投で小川を超えてバロネスの捕まる竹に向かい風のように駆ける。
魔人の脚力をもってしても10メートルを超える竹の先端まで一息に飛び上がる事は不可能である。
故に錬道は地面を蹴って竹のしなりを利用して三角跳びの要領で連続跳躍、見る見る内に上昇し、バロネスに迫った。

(飛行能力か?ならば『永劫』による打ち落としは墜落までに復帰される……接近あるのみ)
「ワオ、まるで忍者ね……でもいいのかしら?今のアナタ、隙だらけよ」

不敵に言い放ったバロネスの右手には如何なる事か、先程練道が投げた筈のナイフが握られていた。
そして竹から竹へ跳び移る練道の跳躍の溜めを予測し、凄まじい勢いでナイフを投げ付けた。
竹の弾性を利用するが故必然的に生じる一瞬の隙を突いた見事な投擲である。
だが練道も何らかの攻撃が来るであろう事は予測済みであった。
全身を体操選手のように捻り、空中で仰向けになった練道は、足では無く手で竹を掴んだ。
そのまま足で竹を蹴っていれば、飛来するナイフが練道の首を貫通していただろう。
練道は竹を掴んだまま遠心力を利用して曲芸師のように一回転しナイフをやり過ごすと、
両足を節と枝元に引っかけて停止してバロネスを見据えた。
飛んできたナイフは先程練道が投げた物と同型だった。同じナイフを持っていたと考えるのが自然である。
練道は更なる攻撃を警戒していた。

「今のを避けるなんて、流石ねぇアナタ……凄い反射神経だわ」
「………」
「じゃあ、こんなのはどうかしら?」

バロネスは掴まっている竹の葉を何枚か千切り、扇のようにすらりと広げてみせた。
そして大きく振りかぶると、練道に向けて一斉に放った。
練道とバロネスの距離は直線にして約5メートル、刃状とはいえただの葉を殺傷力を保ったまま飛ばすのはかなりの技量が要求される。
バロネスの投法では練道を傷つけるどころかその体に到達する事さえ叶わぬ筈だった。しかし――。

「何ッ!?」

放たれた五枚の葉はまるで意思を持つかのようにそれぞれ違う軌道を描き、練道に襲いかかる!
思いがけぬ攻撃に対し、咄嗟に隣の竹へ跳び移る練道。だがそこへ更にもう一つの凶器が恐るべきスピードで飛来した!

「ぬうッ」

風切り音によって凶器の存在を感じた練道は竹に掴まる事はせず、逆に蹴り飛ばして宙返りを決め、
そのまま手近にあった枝を強引に掴んで落下速度を減衰、無傷で着地した。

「まったく呆れるわねぇ。あれでかすり傷の一つも付けられないなんて、おねーさんちょっぴりショックだわ」

バロネスが冗談めかして笑う。その手には再びナイフと笹が戻っていた。
膝立ちの姿勢から立ち上がった錬道がバロネスを見据えた。

「それがお前の魔人能力か」
「さぁ、どうなのかしらね~?」

バロネスははぐらかしたが、これこそ正に自らの血を付着させた物を操る事が出来る魔人能力『ブラディ・シージ』である。
彼はあらかじめ左前腕を浅く切り、その血をナイフに塗って自在に操っていたのだ。
先程投げた竹の葉にもそれとなく血を付着させてあった。
バロネスは闇夜の中逆光となる満月を背にしており、竹の高さも相まって地上から前腕の傷を目視する事は至難である。
能力のヒントを与えぬ為の計算された行動だ。更にもう一人の出場者である勇者ミドの存在も考慮に入れている。
彼女が何らかの策を講じたとしても、資料に記された情報が正しい限りこの高さに陣取るバロネスにダメージを与える手段は皆無。
対して錬道は上と下で二対一の戦闘を強いられる事になる。
余程の秘策が無い限りミドは為す術も無くやられるだろうが、
バロネスには一瞬の隙さえあれば急所にナイフを突き立てられる自信があった。

(次郎さえ倒せばもう一人のコは殆ど一般人も同然……油断さえしなければ負ける相手じゃないわ!)

ナイフと環境を利用し、相手の攻撃が届かない場所からアドバンテージを取り続ける……。
これがバロネス夜渡の選んだ戦法であった。

「悪いけどアナタのターンは回って来ないわ。まともにやって勝てる気もしないしね。
 恨みは無いけどこれもお店の為……殺される前にさっさと降参しなさい!」
「面白い事を言う」

練道はニコリともせずに言うと、矢のようにバロネスが掴まる竹に迫り、手刀の一撃で切断した。

「甘いわよっ!」

今度は竹が倒れる前に隣へ跳び移った。しかし練道の攻撃は一つでは終わらない。
周囲に生えている竹も手当たり次第に切断し始めたのだ!
バロネスは次々と竹から竹へ跳び移るが、次第にその間隔が広まっていく。
練道は切断する竹の位置を吟味し、バロネスの回避方向をある程度誘導していたのである。
そして遂にジャンプするだけでは距離が足りず、バロネスは飛行能力を発動した!

「ふんっ!」

気合いと共にバロネスの体が宙に浮かぶ。しかしこれは練道の狙い通りであった。

(俺も奴もダメージを受けていないにも関わらず、この血の臭い……)

練道は手刀や足刀で竹を叩き折りつつ思考する。大気中に漂う血液の臭いから、バロネスが出血している事を悟った。

(傷は深くないがかすり傷にしては出血しすぎている。既にもう一人の出場者と戦闘したか、あるいは自分で傷を?)

練道の中に一つの仮説が浮かび上がった。

(ナイフや竹の葉を操る能力、空を飛ぶ能力……この二つは一つの能力によるものか。そうすれば筋が通る)

例外はあるものの魔人能力は基本的に一人一つである事が多い。
練道の仮説は血液を媒体にして物体を操作する能力ではないかというものだった。
それならば先程のナイフや葉の不可解な軌道にも説明が付く。体の中の血液を操れば空も飛べよう。
だが人一人分の重量を飛ばす事がナイフを操る事と同じ難度であるとは思えない。
重量が増えればより大きなエネルギーが必要だからだ。
よって練道の仮説が正しければ、バロネスの飛行速度は極めて緩慢な筈である。試してみる価値は十分だと判断した。
練道は傍に落ちていたテニスボール大の石を素早く拾い、浮遊するバロネスに狙いを定めた。
練道の投石の威力は普通の人間の体を貫通する程である。魔人といえど直撃すれば致命傷は免れない。
十全の力を溜めて石を投げ打たんとする練道に反応し、バロネスも空中でナイフを振り上げた、その時だった。

「ンメ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛!!!」

地獄の底から響くかのような奇怪な唸り声が木霊した。
お互いがそれに気を取られ、ナイフは練道の頬をかすめ、石はバロネスの頭上を通過した。
二人は隙を晒さぬよう互いを警戒しつつ、声のした方角を見た。バロネスは既に手頃な竹に掴まっている。
咆哮は徐々にその大きさを増し、やがて地響きがし始めた。土と落ち葉を巻き上げ、竹を薙ぎ倒しながら
巨大な生物が猛牛のように突進してくるではないか……それも一頭や二頭では無い!
練道は瞬時に石を拾い、先頭を走る謎の巨大生物目掛けて思い切り投げ付けた。

「メ゛エ゛エ゛エ゛エ゛!」

石は巨獣の胸の辺りに命中し、大きく嘶いた。ダメージは受けたようだが致命打には程遠い。
荒い息を吹きながら、巨獣がゆっくりと四つん這いから二足立ちへ移行する。体長は優に4メートルは超えていよう。
それは巨大なパンダであった。
普通のパンダと異なるのはその大きさと、本来黒である筈の部分が毒々しい紫に変色している事だ。
計五頭もの巨大パンダ達はそれぞれ大きく腕を広げ威嚇行動を示した。

「な、何よあれ……!?」

バロネスはナイフを手元に戻す事も忘れて呟いた。無理からぬ事である。
日本の山間が舞台である筈なのに、何故パンダが……しかもこのような怪物めいた様相のパンダが現れたのか?
その原因は誰あろうこのマップの創造者、女神オブトーナメントであった。

彼女がこのマップを作る際、偶然にも僅かな位相のズレが生じ、とあるダンジョンに繋がってしまった。
そのダンジョンに住み着いていたモンスターこそが、現在練道の前に立ちはだかっているパンダ――
ポイズンジャイアントパンダなのだ!
ダンジョンに生息していたとはいえパンダはパンダ、竹林に惹かれるのは本能というものである。
この機を逃さず竹林へ移り住んだパンダが出たのも当然の成り行きと言えよう。
無論運営側はこの事態に気付き、対策を施そうとしたが、マップを創作した本人の
「この方が面白いんじゃない?」との一言で放置される運びとなった。
そしてこのモンスターを賢しく利用したのが、群れの最後尾に位置するパンダの背に跨る少女――渡葉美土、
通称伝説の勇者ミドである!
希望崎学園進路相談室就職課からも認定された由緒正しき勇者であるミドは勇者としての度量の大きさ、
魔物にすら通用する扇動力、そしてキビダンゴを駆使してポイズンジャイアントパンダ達を手懐ける事に成功したのだ!
勿論このタイミングでパンダが乱入したのも彼女の指図である。
ミドは既に二者が交戦している様子を確認しており、攻防の間隙を突いて紫色のおぞましき刺客を送り込んだのだ。
狙うは漁夫の利、スカートの裾をはためかせ魔物の背で腕を組むミドの姿は正に勇者の風格であった。

「さぁ、キビダンゴ分しっかり働いて貰うわよ。行きなさい!」
「ンメ゛エ゛エ゛エ゛!!」

地獄にヤギが居ればこんな鳴き声をあげるだろうか。猛る巨獣に対しゆっくりと半身に構える練道。
それを見たバロネスは慌ててナイフを自分の元に引き戻した。

(何だか知らないけどチャンスだわ!あんな怪物が出てくるのは予想外だったけど、次郎には隙が出来る筈!)

彼の狙いもまた漁夫の利であった。
バロネスはナイフを構え直し、いつでも投擲できるよう練道の頭部に狙いを定めた。

「メ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛!!」

一頭のパンダが雄叫びをあげ、錬道目掛け丸太のような腕で猛烈なフックを繰り出した!
鋭い毒爪による一撃をまともに受ければ、如何に錬道といえど致命傷は免れぬであろう。
その恐るべき豪腕を距離を離すのではなく、逆に懐へ踏み込み沈身によって回避する錬道!
そしてそのまま震脚すると同時に稲妻の如き頂肘(肘打ち)を水月に叩き込んだ!

「ンエ゛エ゛エ゛エ゛!」

パンダの巨躯が大きくよろめく。その隙を見逃さず、錬道は旋体しパンダの側面へ回り込んだ。
同時に二頭のパンダが仲間を助けんと突進するが、しかし錬道の双打掌の方が速い!

「むっ!?」

だが錬道は寸前で攻撃を止め、素早く身を屈めた。その数センチ上を鋭いナイフが掠める!
風切り音を察知するのがあと数瞬遅れていれば、ナイフは錬道の内臓を串刺しにしていただろう。

「んもう!背中に目でも付いてるの!?」
(今、ありえない軌道でナイフが……あれがバロネス夜渡って人の能力?)

ナイフは絶妙な角度でパンダを避け、大きく弧を描いて中空に静止した。
間髪入れずパンダ達が錬道に襲いかかる!
猪のように突っ込んでくるパンダを横っ飛びでかわし、素早く体勢を立て直す。

「ゴバーッ!」

突如紫色の煙が錬道の視界を遮った。ポイズンジャイアントパンダの十八番、ポイズンブレスだ!

(毒か!?)

錬道は咄嗟にバックステップで距離を取った。紫煙はもうもうと竹林に広がる。
パンダ達は毒に耐性があるのか、毒霧の中を平然と突き進んで来る。
ミドはと言えば毒の範囲外までパンダを操り撤退していた。恐るべきパンダ捌きである。

「ゴバーッ!」

パンダ達は更にブレスを吐き散らし、更に空中にはナイフが旋回している。
このままではいずれ追い詰められる、そう判断した錬道は一気に動いた。
先程自分で切り倒した竹を走りながら数本拾い上げ、強打者の素振りのように目一杯振り回した!

「おおおおおッ!!」
「ンメ゛エ゛エ゛エ゛エ゛!?」

竹の束はパンダ達の頭上を通り過ぎてる。錬道の目的は攻撃では無かった。
周囲の竹は錬道とパンダ達によって薙ぎ倒されており、歪な円状の広場が出来上がっていた。
そこに溜まった毒霧を、葉付きの竹が盛大に吹き飛ばしていく!
しかし振り終わりの隙を突いて、スカーフをマスク代わりに巻きつけたバロネスのナイフが真後ろから飛来する!

「ぬううん!!」

しかし錬道は停止せず、ハンマー投げの要領でそのまま一回転した!ナイフはあらぬ方向へはじき返される。
更なる強振が毒霧を打ち払って行く。

「ンメ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛!!」

そこへ三頭のパンダが一斉に突っ込んできた。
錬道は竹を捨て、ぐっと身を沈めた。そして躊躇い無く跳躍し、パンダを踏み台に更に飛んだ!
そして後方に待機していたパンダの頭も蹴り、一気にバロネスの竹へ迫る!

(来たわね!)

バロネスはこの行動を予測していた。
現状ミドの指揮下にあるとはいえパンダ達はモンスターであり、彼女を倒しても攻撃を止める保証などどこにも無い。
一方バロネスの操るナイフは彼を倒せば無力化される。それは次郎も理解しているだろうと踏んでいた。
故にまず己を始末せんとするのは明白。そして、それこそがバロネスにとって最大の好機であった。

三段跳びのようにパンダを蹴って跳躍した錬道は足から竹にぶつかり、更にその反動を利用して上昇する。
ここまでは先程の再現だ。

「ハァッ!」

錬道が竹を蹴ったと同時に、バロネスも跳んだ。
上昇する錬道と下降するバロネス。そこへブーメランのような軌道を描いてナイフが戻ってきた!
空中でも一発だけなら身を捻って回避されるだろう。しかし二発目があったとしたら?
支えとなる物が無い空中での回避行動は一度が限度である。
バロネスの狙いはナイフをかわした錬道を蹴り落とす事であった。
加速のついた魔人の蹴りを体勢の崩れた状態で喰らえばただでは済まない。
そして地上には凶暴なパンダが待ち構えているのだ!

(よく頑張ったけど、ここで決めてあげるわ!ラクになんなさい!)

凄まじい勢いで飛来するナイフに気付き、練道が体を捻って回避する!柄を中心に超高速で回転するそれが袖口を切り裂いた。
そしてイメージと寸分違わぬ絶妙なタイミングでバロネスの飛び蹴りが繰り出された!
空中で仰向けになった練道は竹と竹の中間に浮き、どう足掻こうと体勢を立て直す事は出来ない!

しかし。その瞬間。バロネスは見た。
空中でしっかとこちらを見据える錬道。大きく反らした右腕。そしてその手には――石!

(あの時……!)

突進するパンダを飛び越える直前、錬道は身を沈めていた。あれは力を溜める動作などでは無く、石を拾う為の。
――思考出来たのはそこまでだった。

「ガハァッ!」

渾身の力を込めた投石が、バロネスの胸部にめり込んだ。
バロネスはバランスを崩しながら吐血、そのまま転落した。錬道は物理法則に従って飛び竹をキャッチ、
勢いを殺しながらするすると地上に降り立った。

「グッ……げふっ、が……」

バロネスは上半身を竹に預けるように倒れていた。
空中で威力が半減したとはいえ、至近距離から放たれた石は胸骨をへし折り、その破片が心臓と肺に食い込んでいた。
錬道は一目でバロネスの傷を見切りると、降りかかった血を袖で拭い、唸るパンダに向かって構えた。
最早能力を使うどころか、その命さえ危ぶまれる状態であった。

「ンメ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛!!」

パンダは突然振って来たバロネスより、仲間を傷つけた錬道に怒りを向けていた。
半死半生のバロネスを無視し、パンダ達が四方から迫る!

「むぅんっ!!」

先行した一頭の袈裟懸けに振り下ろされた腕を体捌きでかわして斜め前方に踏み込み、
先程は不発に終わった双打掌が無防備な左脇腹に炸裂した。

「ゴバーッ!!」

半トンを超える巨体が血反吐を噴射して発泡スチロールの如く吹き飛んだ。
パンダは竹をへし折りながら5メートル程転がった所でようやく停止した。

「ンメ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛!?」
「メ゛エ゛エ゛エ゛エ゛!」
「な……い、一撃!?」

遠目に見ていたミドが絶句した。パンダ達にも動揺が走る。
打ち飛ばされたパンダはもうピクリとも動かない。
それもその筈、錬道の繰り出した打撃は浸透勁と呼ばれる特殊なものである。
浸透勁とは内部破壊を目的とした打撃であり、生体の水分を利用して内臓に直接ダメージを与える打法である。
加えて震脚で体を固定した瞬間に打つ事で反動自体も威力に変換する事が可能となる。
強靭なタフネスを誇るポイズンジャイアントパンダといえど、この攻撃をまともに受けては一溜りも無かった。

「ンメ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛」

ミドの乗る一頭を除いたパンダが怒りに吼える。
練道が攻撃に備え半身の構えを取った、その瞬間であった。
金縛りにあったかのように練道の体が硬直し、同時に深紅のスカーフが大蛇の如く首に巻き付く!

「何ッ……!?」

スカーフは練道の左側から伸びていた。それを握っているのは、半死半生のバロネス夜渡である!
バロネスの血を被っていた練道は能力により身体の自由を奪われたのだ。
更に血に染まったスカーフを巻き付けた事で練道の動きは完全に封じられた。

「フフ……独りでは……イかない、わよ……」

恐るべきはバロネスの執念、動きを止められた練道にパンダが容赦無く襲いかかる!

「今よ!」
「ンメ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛!!」

ミドの号令と共に三方向から致命的な打撃が繰り出される。
バロネス、ミド、そしてパンダ達も、一秒後に肉塊と化した練道の姿を疑わなかった。
『それ』が来るまでは。

「吧ァッ!!」

裂帛の気合が大気を打ち、半径20メートル以内の生物全てを貫いた。
そして、永劫に等しい時間の中、バロネスは己に向かって銃弾の如く飛び来る練道を見た。
その拳が開き、指が伸び、突き出されるまでの動きをはっきりと知覚した。

(みんな……ゴメンね……)

脳裏に浮かぶのは、「カーマラ」で共に働いた同僚達。死を覚悟したバロネスはそっと眼を閉じ……
直後、練道の手刀が背後の竹ごとその首を断ち切った。
そして、一秒が過ぎる。

「メ゛エ゛エ゛エ゛!?」
「ンエ゛エ゛エ゛エ゛?」

何が起きたのか理解出来ず、パンダ達が戸惑うような声で鳴いた。
困惑しているのはミドも同じである。『その場に居る全員が動けなくなった』という事は理解出来たが、
それが技なのか能力なのか判別が付かないのだ。
ミドは練道が吹き飛ばしたパンダの死体を見やり、深く溜息をついた。
宙を舞うパンダを見た瞬間、心に去来した考えが幻では無かった事を実感した。
ミドはパンダの背を二、三度叩き、耳元で何かを囁くと、その場に飛び降りた。

「ンメ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛」

それはこれまでの荒々しい咆哮では無く、どこか哀愁を漂わせる鳴き声だった。
そして身構える練道をよそ目に、パンダ達はぞろぞろとミドの元へと集まった。
訝しげに眉根を寄せる練道に対し、ミドは軽く右手を上げて言った。

「降参します」
「……何?」
「降参です。ギブアップ」

ミドが繰り返した。練道は続けて何か言おうとしたが、脳内に響く声によって遮られた。

(伝説の勇者ミド選手のギブアップを確認致しました。バロネス夜渡選手は既に死亡している為、現時点をもちまして、
 第八試合は兼石次郎選手の勝利となります。以降の戦闘行為は反則となりますのでご注意下さい。
 なお、転送ゲートが開くまで、選手の皆さまは今暫く待機して頂きます様、お願いを申し上げます)

腹立たしいまでに丁寧な口調であった。

「そいつらはまだ闘える筈だ」

練道は不満げに言った。

「二対一ならともかく、もうこれ以上やっても私の勝ち筋は無いわ。あなたの能力もよく解んないし。
 なら、この子達にこれ以上迷惑をかける訳には行かないの。例え生き返らせられるとしてもね」
「………」

ミドは達観したように答えた。パンダ達が寂しげに鳴く。練道は熱を帯びた体が急速に冷めて行くのを感じた。

「はぁ」

溜息をついて、その場にどっかと座りこんだ。何となく空を見上げて満月を眺めた。円形に切り取られた空に浮かぶ丸い月。
何だか無性に可笑しくなった。

「まぁ、良い。久々に工夫しがいのある戦いが出来た」
「私はあなたがここまで化け物染みてるとは思わなかったわ。お陰で賞金がパァ」
「そんな事は知らん」
「でしょうね」

食えない女だ。練道の心中を知ってか知らずか、ミドはにっこり微笑んだ。

「運が悪かったって事ね、お互いに」
「まったくだ」

一分後、転送ゲートの準備が完了したとのアナウンスが流れた。
練道は荷物袋を拾い、ミドはパンダ達に別れを告げた。
パンダ達はしきりに別れを惜しんでいるように見える。これも勇者の人徳が為せる業という事か。
その姿が徐々に歪み始める。ここへ送られてきた時と同じ現象だ。
景色が歪み、音が歪み……やがて余韻すら残さず、全てが闇に融けて行った。


†††


第八試合の決着から、時は少し遡る。
カメラのフラッシュに囲まれた明るい部屋で、男がインタビューに応じている。

――豪快ながぶり寄りでしたが、ご自分ではどう思われましたか?
「手前味噌ですが、会心の取り組みでした。イメージ通りの相撲が取れたと思います」

――現在7連勝。横綱を破って大関昇進が目前に迫っていますが
「欲を出せば良い相撲は取れないので。今は目の前の一番に集中したいと思います」

――明日の相手は関脇。幕下時代からのライバルと言う事で、意識する所はあると思いますが
「個人的に思う所はありますが、下心を出さずに自分の相撲を大事にしたいです」

――ありがとうございました。明日も頑張ってください
「ありがとうございました」

インタビューを終えた関脇 股ノ海は、部屋を後にする。
横綱を下す金星を上げながら、その表情は堅く引き締まっている。

「ミドちゃん……」

ぽつりと漏らした声には、付き人達も気付かなかった。

(ワシは横綱に勝った。ミドちゃんも頑張ってくれ)

股ノ海は思考を続ける。

(今は自分のやるべき事ををやるだけでしか応援出来ないが……いつか必ず)

決意を新たに、股ノ海は支度部屋の廊下を力強く去って行く。





股ノ海が勇者ミドの敗退を知るのはこの数時間後の事である。


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