伝説の勇者ミドSS(準決勝)

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準決勝第二試合 伝説の勇者ミド

名前 魔人能力
真野風火水土 イデアの金貨
伝説の勇者ミド おもいだす

採用する幕間SS
なし

試合内容

† 勇者ミドの伝説 第三章 『リセットボタン』


「これはまた、物騒な社会科見学だな」

ほうぼうで破裂する火花を見ながら、真野は暢気な笑顔を崩さずに一人ごちた。
金属製の足場で歩を進めるたびにカン、カンと甲高い音が鳴り、
どこに繋がっているのかもよくわからない巨大な歯車があちこちで緩やかに
うごめいている。

時折、何らかの装置から煙があがった。暑い。ソデで額の汗をぬぐう。
「あまり居心地が良いとは言えないね。長居は避けたいものだが・・・
しかし、こういうものを見るのはなかなか楽しいものだ」

真野は巨大な歯車のひとつに目を留める。
ごうん、ごうんと回るそれを見る真野の目は、巨大な玩具を与えられた子供のようだ。
その歯車は下半分が床下に埋まっており、巨大な凹凸が次々と現れては消え
現れては消え、半裸の少女が現れては消え、巨大な凹凸が現れては消えた。

二度見する真野。

ふたたび歯車が一周すると、やはり上半身裸の女の子が汗だくで歯車に抱きついていた。
少女は3周目で真野に気づくと、片手を上げて挨拶した。

「あ、どうも」
「・・・どうも」

苦笑で表情を固め、真野はオウム返しする。少女は歯車から体を離すと、
よいしょっと声を出しながら着地した。
真野は笑い顔のまま、素直な感想を口にする。

「・・・私も世界中を見て回ったが、初めて見る光景だよ」
「あ、ありがとうございます」

ミドも頬を若干染めながら、やはり笑顔で答えた。


【準決勝 第ニ試合】
真野風火水土 VS 伝説の勇者ミド


†††


■石田歩成による解説 <準決勝第二試合 展開予想>

今回、たまたま顔見知りの2人が対戦するという事で個人的にも楽しみなこの試合。
共に将棋でこそ私には及ばないが、戦いの場では知略家で通っているため
駆け引きには期待できるところだろう。

これまでの戦いを振り返ると、真野さんは周到な準備と作戦、計算された立ち回りが
特徴的である。一回戦でお釣りを小銭で受け取る、二回戦では試合前から相手の眼鏡を
用意するなど結末へ向けた行動は一貫している。序盤から彼の動きには目が離せない。
すっかりお馴染みとなったコイントスの瞬間は、その戦略が閃きによって結実する瞬間
であり、いつ、どのタイミングで金貨が宙を舞うのかにも注目したい。

対する美土さんも事前の情報収集を怠らないなど周到な面を見せつつも、一回戦で
バロネスを相手に見せた立ち回り、また二回戦で、あのクイーンの能力に飲み込まれて
から対応してみせるなど臨機応変な機転も見せている。個人的な話になるが、
以前「お相手」して頂いた際に、初対面ながら的確な責めで私を性的に屈服させており
その観察力と対応力には感心した覚えがある。昇天した覚えもある。

単純な戦力比較では、体格で勝り銃も所持する真野さんが一歩リードと言って
差し支えないだろう。これまで一度も発砲はしていないが、撃てないのと撃たないのは
違う。実際に射撃可能であるという事は大きなアドバンテージを生むだろう。
美土さんが、あの不思議な剣(結局切れるのか切れないのか?)でどこまで対抗できる
のかは未知数である。真野さんとしては、初めての格下との戦いとなる。

しかしながら美土さんに関しては試合中に必ず脱衣する事でも知られており、
白王みずき選手に次ぐ男性人気とも言われている。実際モニターの前で自らの歩を
ト金とした者も多いだろう。この試合の放送が、いかに価値あるコンテンツである
かを物語る要素と言える。本当に運営には頭が下がる思いである。

今試合でも、特にそのあたりを余すところなく楽しみたい。そして、美土さんには
是非また個人的にお相手願いたい次第である。


†††


「はぁ、あついぃ」

試合開始から少し経ち。
いきなり息も荒いミドである。確かに、このじりじりと焼かれるような高温は辛い。
全身がじっとりと汗ばみ、呼気も自然と湿っぽくなる。メガネも若干曇る。
薄手のブラウスは透け、ところどころ肌色を映し出していた。

「・・・いけないいけない」
ミドはかぶりを振ると、対戦相手について考える。
無駄に色っぽくなってる場合ではない。一切の油断は許されない相手なのだ。

銃を持っているという時点でまずもってやっかいである。
現実は、射程概念のないターン制戦闘とは違うのだ。すばやさだけで先手は取れない。
遠距離戦は避け、こちらから近づくべきだろう。剣の間合いで戦う必要はある。
しかし最も注意すべきは・・・金貨だ。常に細心の注意を払っておこう。

何しろ真野風火水土。大会屈指の知能派だ。何をしてくるかわからない。
学者とも聞いている。深い知識と鋭い思考の持ち主に違いない。
モニターで見たあの目の光は、常人とはどこか違う次元を捉えているようですらあった。
それと、精悍な顔つきに、スラリとした長身に――

ミドの瞳がどろりと濁り始める。
ぶっちゃけ、ドストライクなのである。呼吸がさらに上気する。腰元がぶるりと震える。

――カン、カン。

そこへ、彼女を現実に引き戻す音がした。
一定のリズムで響く金属音。・・・足音だ。
この製鉄所の足場はほぼ金属製の網状の素材であり、足音を殺すことは難しい。
これは、接近したいミドにとって大きなチャンスである。

ミドは足音のするほうへ近づいていった。

そして、しばらくすると・・・いくつかの歯車が蠢くちょっとした空間へ出た。
足音は先程より音量を増している。近い。
ここに一旦隠れよう。ミドは考えた。幸い、歯車の下部は床下を通っており、
彼女の細身を通すくらいの空間はありそうだ。

ごくり、と生唾を飲み込む。

いや、なぜ今生唾などを。先ほどの真野に関する思考で心が乱れているのか。
歯車の凹凸が誘う。いや誘っている筈などないのだが。ああ暑い。汗が止まらない。
歯車の凹凸が誘う。これって気持ち良いだろうか。ブラウスのボタンに手をかける。
そうだ、服なんか着ているから暑さで体力を消耗するんだ。
それもこれも、全部歯車の凹凸が悪い――


†††


そして2人は(主に真野にとって)電撃的な形で出会いを果たしたのである。
歯車から降りたミドと対峙した真野は、あくまでも落ち着いて語りかける。

「これは・・・どういう事なのかな」
「えー、その、気持ちイイかなって、思って」

「・・・。で、戦闘開始でよろしいのかな?」
「よろしいと思いま・・・す!」

それが合図だった。ミドが動く。さすがの真野も今のシーンには面食らったか、
初動がわずかに遅い。その隙にミドは脱いでいたブラウスを拾い上げ、袖を
振り回した。その先端には、1本のナイフが結び付けられている。

これは――まるで即席の『くさりがま』だ!
遠心力の乗った刃先が飛び、真野は思わず後ずさった。そしてそのまま、
背を向けて逃げ出す。元より距離を取ったほうが有利だ。格闘する気などないのだろう。

「これは参った、今回は私が逃げに回るとしよう」
「そりゃ困ります! もっとお顔が見たいし・・・抱いてっ」

本気とも冗談ともつかぬ台詞を吐きながら、しかし冷静にミドも追う。
彼女は走力にはそこそこ自信がある。簡単には距離を開かせない。
ミドが中距離の武器を持った事で、真野は逃げ続けない限り安全とは言えなくなった。
振り返って銃を撃とうにも、今の間合いではその腕を狙われる恐れがある。

こうして、珍しくミドが追う形での追走劇が始まった。

真野の逃走ルートもさすがに巧妙である。急に左にステップしたと思ったら、
今までその背に隠されていた火花が現れる。そのまま突っ込めば火の粉を被る。
ミドは振りかざした刃で火の粉を払うが、すこし肌を焼かれた。
つい足を取られそうな床の歯車にも、何度か誘導されかける。

そして、やがて――前方に壁。
道は左右に分かれている。上層に向かう左の階段と、下層に向かう右の階段だ。
ここで進む方向は真野が選べる。建物の構造を考え、どちらにすべきか一瞬の逡巡を
する真野はその最中、左に飛んだ。そして今まで右肩のあった箇所をナイフが通過する。

やや右の箇所を狙って投擲された『くさりがま』が真野の道を左に限定したのだ。
ミドもやられるばかりではない。真野はより体力を消耗する登り階段を行く事を
余儀なくされた。

「はは、なかなか楽をさせてくれないものだね」
「何をおっしゃる、これだけ走れるなら一晩で10戦はできますよ♪」
「・・・それは二進法か何かで数えているのかな」

抜け目無く相手を妨害しながらも、緊迫感のない会話を続ける2人。
それは、この命のかかった知恵比べを楽しんでいるかにも見える滑稽な光景であった――

状況が動いたのは、真野が階段を最上部にまで登ってすぐの事だ。

ミドは分かれ道のたびに妨害し、真野に選択肢を与えなかった。
ある時は再び『くさりがま』を投擲し、ある時は拾ったネジの束をばらまいて罠とし、
そして、最上階での分岐点。

「やあ、次は右に曲がろうと思うが、また何か見せてくれるかね?」
「ふふふ、そろそろ私が魔法も使える勇者だということを証明しましょう」

真野のハッタリも意に介さず、ミドはすでに外していた自らのブラを火の粉にさらして
着火すると、それを炎のつぶてと化して投擲したのだ。

これは彼女の最大炎系呪文・・・【ブラゾーマ】である! 名前は今考えた。
その名に違わず、効果は間違いなかった。いくら真野といえど、背後からの炎を
かわした上で道を選ぶ余裕はなかったのだ。

仕方なく左を選ぶ真野。結果、楽しかった追いかけっこは終わりを迎えた。
そう、行き止まりである。

真野が足を止めたのは、一区画だけせり出した狭いバルコニー。
心許ない手すりの向こうでは、溶鉱炉が大口をあけて地獄のように煮えたぎっている。
まさに人を追い詰めるならここ、ともいうべきスペースであった。

ミドはここの位置をほぼ把握していた。
自らの初期位置から、階下よりぶち抜きで作られたこの溶鉱炉の区画を見ていたのだ。
真野に退路はない。押されれば落ちるような場所だ。この狭い場所で刃をかいくぐる
必要もある。間合いも近く、銃で応戦しても自分が落下しない保証はない。

「ふむ・・・君ならこんな時、どうするかな?」
「ギブアップしたらいいんじゃないですかね」
「いやあ、それは最後の切り札に取っておこう」

背後に地獄を背負ってなお、真野の笑顔は曇らない。
ポーカーばかりしているだけの事はある。しかし、状況が悪い事は明らかであった。
「じゃあ・・・あなたは、どうするんですか?」
ミドは笑って、相手に決断を迫った。


――ここまで、真野の計算通りの展開である。


†††


その手紙が彼の元へ届いたのは今場所の直前ごろであった。

中身はありふれたファンレターだったが、
取組み内容に関する記述の詳細さには驚いた記憶がある。
これほど自分を見てくれている存在がいるとは、なんと勇気づけられる事か。
そう思って終盤まで読み進めた彼は――最後の一行に目を見開いた。

「私事で恐縮ですが、一ヶ月後に手術を控えています。これからも勇気をください」

自然と、両の目を涙が伝っていた。
病床よりこれを送っているという事実にも驚いたが、途中まで普通に心からの
ファンレターを書いておいて、最後につつましやかに私情を添える謙虚さ、
奥ゆかしさ。心の美しい人なのだろうな、と思った。

だから今・・・股ノ海は病院の前に立っている。

自分にできる事があるならば、してあげたいと思った。少しでも力になれるなら。
差出人は女性の名であった。
股ノ海にはあまり女性と接した経験がない。相撲ひとすじに生きてきた。
珍しく少し緊張する。心中に待ったがかかった気がして、入口で足を止めた。

そうだ、まず自分が落ち着かないでどうする。パシンと平手で両頬を打つ。
股ノ海は四股を踏む。
稽古の前と同じだ。精神を研ぎ澄ませ。
股ノ海は四股を踏み続ける。


†††


例えば真野は、靴の裏に鉄板を貼り付けていた。足音を大きくするために。
分岐にさしかかる際、溶鉱炉と反対に曲がりそうなそぶりを見せる事も忘れなかった。
わざと妨害させるために。
真野風火水土の戦略は――追い詰められてから始まるからである。

「さて困った、いや本当に。どうしたものかな・・・」
そして真野は、いつもの調子で口を開いた。
ミドはまだ仕掛けない。待っているのだ。真野が怖いのはここからだという事は
わかっている。金貨。その瞬間を阻止する事に、全力を傾けなければならない。

一挙手一投足を逃すまいと集中するミドを前に、真野は苦笑して話を続ける。
「何しろ君は、思ったとおりやっかいだ。前の試合でもわかったが、君はあきらめも
悪くて、試合後半でもずっとしたたかだ。『ここ』以上に、」

真野は頭を指差してから、その指を胸に持ってゆき、
「『ここ』も強靭なんだろう。しかし、私も――

――『ここ』には自信があるのだがね」
そう言って、とん、と胸を叩いた。
やたらと芝居がかった仕草である。深く考えない者なら一笑に付したかもしれない。

しかしたったこれだけの言葉で、ミドの思考は暗黒の中に放り出された。

真野風火水土は、意図のない事を言う男とは思えない。ミドは咄嗟に今の言葉を
『ふかくこころにきざみこむ』が、しかし。その意図が掴めない。
表向きにはまるで「金貨はここだ」と言っているかのような発言だが。

そうミスリードさせる事が狙いで、実際は別の場所からコイントスをする気なのか?
それともさらに裏をかいて、本当に胸に金貨はあるのか。裏か、裏の裏か。
二回戦では口の中に金貨を仕込んでいた。こちらが金貨を警戒している事も既知だろう。
いずれにしても、真野の胸ポケットを注視せざるをえない。

「だから私も、まだあきらめるつもりはない。負けるまでは、負けではないだろう?」
「そもそも負けとは何だろうね。相手を倒すだけが勝ちではない。例えば――」

そんな敵の思考を知ってか知らずか、真野は講義でもするように口を動かし続けている。
表情は笑っているが、その目は深い深い光を宿しており、まったく油断ならない。
ミドは新たなセリフも能力の記憶に加える。

「試合に負けて勝負に勝った、などという言葉もあるが・・・」
真野の右手が動いた。滑るように胸元へ。喋りながら、ノールックの動作だ。
ミドは急いでその動きを目で追う。真野の戦略は佳境を迎える。


†††


「そんな・・・どういう事ですか!」
柄にもなく、股ノ海は声を荒げた。

「ですから、何度もご説明している通り、当院にはそのような名前の方は入院
しておりません」
「しかし手紙の差出人欄に、確かにここの病院名が書かれて・・・」
「そう言われましても、『鎌田ナオミ』さんという方は本当にいないんです」

ぬう、と股ノ海は口をつぐんだ。
病院の受付は波立つようにざわついた。あの股ノ海が来たと思ったら、この不可解な
事態である。そして何より――

「心当たりだけでもないでしょうか、こういった手紙が来ているんです」
「心当たりもありませんし、患者さんの情報をみだりにお話する事はできません。
それと・・・」
「な、何でしょう」
「まわし一丁でのご来院は衛生的にちょっと」

股ノ海は固まる。
「えっ」
「ですから、まわし一丁の方はちょっと」

「えっ」


なお補足として、佐藤権助(源氏名:鎌田ナオミ)は軽い骨折の治療を終えてこの
病院を退院した後、別の病院で無事に性転換手術を終えて女性となったという事を、
ここに記しておこう。


†††


胸元へ届いた真野の右手は何を掴むのか。

金貨か・・・あるいは銃か。いや、どちらであっても危険だ!
一歩遅れてミドもついに動いた。真野の右手が引き抜かれる。どっちだ?
『くさりがま』が右腕に向け投擲される。

真野の右手は――   空であった。

その手がそのまま、飛来したブラウスの袖を巻き取る。
さらに同時に真野は右足を宙に投げ出していた。前蹴りだ。長い足が迫る。
ミドは真野の右手から視線を移しつつ、『くさりがま』を諦めて手を離す。
蹴りをかわしながら「まるごし」を引き抜く。真野の足が空をきる。

その時・・・足裏から金貨が飛び出して弧を描いた。

鉄板が貼られて底上げされた真野の靴、その土踏まずに金貨が仕込まれていたのだ。
さすがにこれは読めなかったミドは一瞬驚きで動きが止まった。
真野は前方に投げ出した右足をそのまま踏み込みグンと前方に移動。
あっという間にミドと位置を入れ替えつつ、手ぶらの左手で服の下に隠していた銃を
引き抜いて構える。

煮えたぎる溶鉱炉を背に、真野に剣を向けたまま銃を向けられるミド。
この濃密な数秒で、形勢は急転直下で逆転してしまった。
遅れて着地した金貨が、決着を告げるかのごとく残響を響かせる。

世界を一手でひっくり返してしまう鮮やかさ。これが――真野風火水土。


が、彼にもひとつだけ誤算があった。

(予定では剣を抜かせず胸に直接銃を突きつけるつもりだったのだが、
なかなかそうもいかないものだ。そこまで騙されてはくれなかったか・・・)
真野は考える。彼の思う通り、それが出来ていれば予定通りの完全な詰みだった。

予定と違ったのは、右手への対応だ。『くさりがま』を離さず右手を拘束し続けると
思っていた。右手を自由にすると、再び胸ポケットを探ることができるからだ。
左手ではポケットのある左胸は探りにくく、遅れが生じる。
胸に意識を持っていかれていれば、それを封じる為に選択しそうな行動ではある。

実際ミドは真野の胸元を注視させられていたが、右手から視線を離すのも早かった。
それでなんとか詰まされず踏みとどまったのだ。
――実はここに、ミドの能力による妙手があった。


†††


今一度、能力『おもいだす』の仕様を振り返ってみよう。

  • 直接会話した人間の言葉を、半永久的に記憶しておける
  • 一度に覚えておけるのはセリフ3つまで
  • セリフ1つはどんなに長くても、単語のひとつひとつに至るまで詳細に記憶できる
  • 相手のセリフの終了と同時に『ふかくこころにきざみこむ』と念じることで発動
  • 4つ以上覚えようとすると、古い順に記憶から完全に抹消される。

ポイントは最後。覚えられるセリフの限度を超えると、記憶から『完全に』抹消される。
この能力は、記憶する能力であると同時に忘却する能力でもあったのだ。

「しかし、私も――『ここ』には自信があるのだがね」
真野の言葉に混乱させられたミドは思考をリセットすべきと考え、このセリフを
忘れる事を選択した。この後、真野は三言以上発言していたため可能であったのだ。
そしてミドは、真野の胸元に過剰に注意を払いすぎることなく立ち回れた。

こうしてミドには一筋の光明が残った。


とはいえ、この状況。

剣はまだ届く距離に見えるが、中に仕込んだナイフの刃がわずかに届かない。
見せているだけで、実際に真野を斬ることはできない。絶妙に辛い間合いだった。

実は。金貨が宙を舞った際、その軌道は足元から剣の刃先を通過して弧を描き、
さらに手元に近いナイフのほうに接触してから地面へと落ちていた。
真野はそれで剣の正体、さらにはナイフのおおよその刃渡りを見抜き、適切な距離を
とっていたのである。いずれにしてもすでに詰んでいるように見えた。

ミドはふっと笑う。
「やっぱり、駆け引きじゃかないませんね。凄いや。お手上げです」
「今なら私の切り札を使わせてあげてもいい。・・・要るかね?」
ギブアップを催促する真野に、しかしミドは無言で再び微笑んだ。

手首をスナップさせて剣を軽く振る。
バラリと、大量の小さなネジが剣から飛び出して視界を塞いだ。

大剣の、刀身の中から! そして同じく剣の中からスカーフがはらりと落ちた。
これはナイフの刃にあらかじめ巻かれ、内部にネジをたくわえていたものだ。
「まるごし」の見せかけの刀身がナイフよりも太かったためできた芸当であった。

この手品に、さすがの真野にも瞬間の迷いが生じる。
今発砲しても急所を外すかもしれない。ならばそうなると、ああ、いずれにしろ。
ミドは真野に急接近して思い切り抱きつき、手すりを破ってバルコニーから身投げした。

眼下には溶鉄の海が広がる。

上になっているのはミドだ。このまま突っ込めば、コンマの差で先に絶命するのは真野。
いま発砲したところで、ミドの心臓が止まるより先に全身を溶かされてしまう。
真野はゲームオーバーを悟った。

「ここでは命のリセットがきくとはいえ・・・よくやるものだね」
「すみませんね、ゲーム脳なもので」
「ははは。いや――これはやられたな」
終始消えなかった真野の笑顔に、ここにきて暖かみが増した気がした。

「私の負けにしよう! ここから戻してくれたまえ!」
どことも知れぬ中空に叫ぶ。

瞬間、2人は灼熱に接する寸前で姿を消した。


†††


「・・・そろそろ、降りてくれないかな」
両者はそのままの姿勢で選手控え室に転送されていた。

「いやいや。頭は沢山使いましたが、実際のところ体力はまだ余ってまして」
「私はそうでもないんだがね」
「もうあなたの言う事は信じません♪」
「はは――どうやら信用を失くしてしまったかな」

ミドも本日一番の笑顔を見せる。
「せっかく上に乗ってるんですから。・・・騎乗位はお好きです?」

互いの体温を感じる。むきだしの貧乳を前に、真野の瞳がわずかに踊った。


†おわり


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