10 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/05/20(日) 01:10:12.18 ID:TpLImniV0
先に動いたのはベイダー卿だった。その手が軽く動き、掌がワルドの方を向く
。
だが、フォースがその喉を捕らえるより一瞬早く、ワルドは大きく横に跳んだ。
まるで風に舞う羽のように軽やかな動きだった。ルイズには二人の間で何が行われたのか
わからなかった。
「やるではないか」
ベイダー卿の口調はどこか楽しそうだ。
「ラ・ロシェールでフーケと戦った時の手並みは見せてもらった。僕は『風』のスクウェアメイジ
だ。『ガンダールヴ』、お前がいかなる力をつかっているのかはわからないが、僕の周りに風が
存在している限り、接近してくる脅威は感知できる。その攻撃は通用しない。それに……」
もったいぶった動作で、杖を構え直すワルド。
「お前の弱点はわかっている」
その唇が紡ぐのは、ベイダー卿にも聞き覚えのある呪文だった。
「『ライトニング・クラウド』よ!」
ルイズが悲鳴に近い声を上げた。ベイダーは一度この魔法で仮面の男に後れを取っている。
腰のデルフリンガーも叫んだ。
「相棒! 俺を抜け!」
13 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/05/20(日) 01:13:03.39 ID:TpLImniV0
しかし、デルフリンガーを無視し、ベイダー卿は動かない。
ライトセイバーさえ抜こうとしない。
「死ぬ気か、相棒!?」
「黙ってろ」
そうこうする内にワルドの呪文が完成した。
「死ね、『ガンダールヴ』! 『ライトニング・クラウド』!」
彼の振るう杖の先から、稲妻が飛ぶ。
その強圧的な光を直視できず、ルイズは思わず目をつむった。
25 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/05/20(日) 01:18:18.52 ID:TpLImniV0
「べ、ベイダー……?」
「卿をつけろと言ったはずだ、マスター」
ルイズがおそるおそるまぶたを開くと、ベイダーを貫くかに見えた電撃が、その掌の前で
くすぶっていた。
さらにベイダーが機械の体に通電しないよう少しずつ空気中に放電させると、球電状に凝集
した電光が次第に薄れ、消えていった。
「おのれ!」
その光景に目を剥いたワルドが、再度『ライトニング・クラウド』を放った。先ほどよりさらに強力
な、人間を一撃で炭に返る威力のものだ。
が、それをもベイダーは片手で受け止め、あまつさえ電撃を放った当人であるワルドに向けて
跳ね返してみせた。
「何っ!?」
意表を突かれたワルドが慌てて杖を振る。それに合わせて電撃は再度針路を変え、内陣の
天井を砕いた。
「こいつぁおどれーた! メイジの魔法を素手で跳ね返す奴なんざ、さすがの俺も見たこと
ねーや!」
ベイダー卿の腰で、デルフリンガーが歓声を上げた。
33 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/05/20(日) 01:21:54.98 ID:TpLImniV0
「だだだ、大丈夫なの、ベイダー?」
「平気だ」
「あんた、カミナリも跳ね返せるの?」
ベイダーは電撃を跳ね返した掌をじっと見つめた。
「確信はなかった」
そう言ってから、その手をぐっと握る。
「え? じゃあ、なんで……?」
「いいから下がっていろ」
ベイダーはルイズを後に残すと、大またにワルドの方に近づいていった。
「感謝するがいい、子爵。ここが似合いの死に場所だ。ここで死ね」
「それにしても相棒、そろそろ俺の見せ場のはずなんだが……」
デルフリンガーが切なそうにぼやいた。
38 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/05/20(日) 01:24:12.15 ID:TpLImniV0
しかし意外なことに、切り札たる電撃の呪文を跳ね返されたはずのワルドは、余裕の態度を
崩さなかった。
「なるほどな。『ガンダールヴ』、君の強さは認めるが、それでも『風』のスクウェアメイジたる
僕には勝てない。その理由を今から教えよう」
近づいてくるベイダー卿から目を離さず、素早く呪文を唱える。
「ユビキタス・デル・ウィンデ……」
呪文が完成すると、ワルドの体はいきなり分身した。
一つ……、二つ……、三つ……、四つ……、本体と合わせて、五体のワルドがベイダーの
前に立ちふさがった。
ベイダーの歩みが止まる。
42 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/05/20(日) 01:27:09.23 ID:TpLImniV0
「分身!?」
ルイズが叫んだ。
「ただの『分身』ではない。風のユビキタス(遍在)……。風は遍在する。風の吹くところ、何処と
なくさ迷い現れ、その距離は意志の力に比例する」
ワルドの分身は、すっと懐から白い仮面を取り出すと、顔につけた。
ルイズの体が恐怖に震えた。
『桟橋』でルイズをさらおうとしたのは、他ならぬワルドだったのだ。
「ワルド……、あなたが……。じゃあ、フーケを脱獄させたのもあなたなの?」
「いかにも。しかも一つ一つが意思と力を持っている。言ったろう、『風』は遍在する!」
五体のワルドがいっせいに呪文を唱え始めた。
『ウィンド・ブレイク』。効果範囲が広くて避けにくく、跳ね返しようもない魔法だ。
五体同時に繰り出す強力な突風を避けきれず、ベイダー卿は礼拝用の長椅子をいくつも
砕いて、ルイズの所まで吹き飛ばされた。
50 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/05/20(日) 01:33:11.30 ID:TpLImniV0
「きゃああぁっ!」
悲鳴を上げ、轟音に身をすくませてから、ルイズは慌ててベイダーの傍らに駆け寄った。
「ベイダー! 大丈夫!?」
「大丈夫だ」
ベイダーは助け起こそうとするルイズを片手で制し、長椅子の破片を払いながら立ち上がった。
軽く頭を振り、再び前に出る。
さしてダメージも感じさせずに進んでくるベイダーを、五体のワルドが取り囲んだ。
「相棒! 『ガンダールヴ』! いい加減俺を抜けっつーの!」
腰から響くわめき声に小さく頷き、ベイダー卿は久しぶりにデルフリンガーの刀身を抜いた。
63 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/05/20(日) 01:40:01.08 ID:TpLImniV0
「やはりさすがの貴様もこの魔法は防げないようだな! 『ウィンド・ブレイク』!」
三体のワルドが三方向から突風の呪文を放つ。
さらに残りの二体がわずかに時間差を置いて前後から突っ込んできた。
その杖は青白く発光している。
『エア・ニードル』。さきほど、ウェールズの胸を貫いた呪文だ。
「俺を魔法にぶつけろ!」
叫ぶなり、デルフリンガーの刀身が光り出した。
その声に応じるように、ベイダー卿が左手にデルフリンガーを握りながらその身を回転させた。
同時に、空いた右手にフォースを集中させ、ライトセイバーを引き寄せる。
光り出したデルフリンガーの刀身に魔法の突風が全て吸い込まれ、次の瞬間には右手に握る
ライトセイバーが二本の杖を見事に受け止めていた。
71 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/05/20(日) 01:43:28.39 ID:TpLImniV0
連続攻撃が失敗したとみるや、五体のワルドはいっせいに後退し、囲みを広げた。
ベイダー卿が、さすがに少々驚いた様子でその手の中の剣を見つめる。
「これがほんとの俺の姿さ、相棒! いやぁ、てんで忘れてた! 俺は今から六千年も前に
お前に握られてたんだぜ、『ガンダールヴ』。生きてんのに飽き飽きしたときに、テメエの体を
変えたんだった! なにせ、面白いことはありゃあしねえし、つまらん連中ばっかりだった
からな!」
「早く言いなさいよ!」
戦いの場から離れたところで、ルイズがわめいた。
73 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/05/20(日) 01:46:44.01 ID:TpLImniV0
「しかたがねえだろ、忘れてたんだから。でも安心しな、相棒。ちゃちな魔法は全部、俺が
吸い込んでやるよ! この『ガンダールヴ』の左腕、デルフリンガー様がな!」
興味深そうに、ワルドはベイダーの左手の剣を見つめた。
「なるほど……。ただの剣ではなかったというわけか」
再び囲みの輪を狭める。
今度は全員が『エア・ニードル』を唱え、杖を青白く発光させた。
まるでジェダイのライトセイバーのような色だ。
「杖自体が魔法の渦の中心だ。その剣で吸い込むことはできぬ! 以前のように簡単に切れも
せぬぞ!」」
78 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/05/20(日) 01:50:19.08 ID:TpLImniV0
その言葉を聞くと、ベイダー卿は左手のデルフリンガーを鞘に戻した。
「おい、俺の出番はもう終わりかよ!」
不満げなデルフリンガーを最後まで鞘に押し込むと、その手に残るのは、赤い灼熱の刃のみ
となった。
「来い」
右手のライトセイバーを斜に構え、左手で手招きをして挑発する。
五体のワルドが、ベイダー卿目がけて前後左右から躍りかかった。
30 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/05/22(火) 00:46:50.30 ID:oRmuvw4V0
五本の杖がその体に到達する直前、ベイダーは大きく後方に跳び、囲みから逃れた。
空中で見事に回転して着地するベイダー。
標的が消えて同士討ちしそうになり、わずかにたたらを踏んだワルドたちも、すぐさまそれに
追いすがる。
剣戟が始まった。
ベイダーは一対五という圧倒的に不利な状況にもかかわらず、かすらせもせずにワルドの
猛攻を防ぎきる。
ハラハラしながら戦況を見守るルイズだったが、既に何が起こっているのかわからなくなって
きていた。両者の動きが、あまりにも速すぎる。
しかし、さすがに手に余るのか、じりじりと後退するベイダー。
その背が、石造りの固い壁に突き当たる。
35 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/05/22(火) 00:51:45.64 ID:oRmuvw4V0
ルイズはハッとしたが、背後の守りが固められたせいか、それ以上はワルドも攻め切れない。
数の上では、一対五から一対三になっていた。
剣術に関してはずぶの素人であるルイズから見れば、今どちらが攻めていてどちらが守って
いるのか、よくわからない。
ただ、一対三のこの状態で、攻勢と守勢を安易に判断できないくらいに両者が拮抗している
ことだけはわかった。
単純計算で、ベイダーは魔法衛士隊隊長であるワルドの三倍の手数で剣を振るっていること
になる。
だが、それでもなお、ベイダーが本領を発揮していないような気がしてならなかった。
だけど、だとすればなぜ……?
知らず知らずの内に、ルイズは両者のそばに歩み寄っていた。
40 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/05/22(火) 00:56:39.11 ID:oRmuvw4V0
「おい、相棒。どうした?」
息も切らせぬ攻防戦の最中だというのに、腰のデルフリンガーが話しかけてきた。
「いや、この状況でかすらせもしないのは大したもんだと思うぜ? だけど、お前の心は全然
震えちゃいねえな。『ガンダールヴ』は心を震わせて力を溜めるんだ。お前、なんでそんなに
冷静なんだ?」
ベイダー卿は応えない。一心不乱に、三体のワルドと剣を交わす。
「お前、まさかあの娘っ子に遠慮してるんじゃあるめぇな?」
一瞬気が逸れ、払い損ねたワルドの突きを、危うい所で頭を傾けてかわした。
「おいおい、図星かよ」
再び冷静にワルドの突きを払いのけるベイダーの腰で、デルフリンガーはため息のような声を
出した。
43 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/05/22(火) 00:59:29.88 ID:oRmuvw4V0
デルフリンガーの声は、近づいてきていたルイズにも聞こえていた。
(まさか、そんな……ね)
ルイズの胸がざわめき出す。
まさか、あそこまで言い切ったベイダーが、ルイズの婚約者だったというだけでワルドに遠慮
するだなんて……。
(ありえないわ、そんなの)
そんな考えを振り払おうと、ぶんぶんぶんと頭を振る。
そして、もう一度両者の戦いの場に視線を戻した瞬間、唐突にベイダーと目が合った……気が
した。
50 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/05/22(火) 01:04:37.65 ID:oRmuvw4V0
「ワルドを殺せ」、ベイダーはルイズがそう命ずるのを待っているのだろうか?
いや、それは考えられない。彼自身が既に殺意を固めていたはずだ。
ならば……。
(許……可……?)
ルイズの婚約者を、ルイズの使い魔が殺す許可を求めているのだ。
なんで今さらになって使い魔の分を守ろうとするのだろうか――ルイズは半ば呆れていた。
……ルイズにとって、使い魔以上の存在になることを恐れているというのか。
――あの、自称無敵の暗黒卿が?
そこに思い至って、ようやくルイズはこの戦いの構図を理解した。
ルイズをめぐる――そう思うのは自意識過剰かもしれないけど――馬鹿馬鹿しいまでの男同士
の意地の張り合いなのだ、この『決闘』は。
だからルイズは、白々しい言葉ではなく、あくまで行動でベイダーに『許可』を出すことにした。
58 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/05/22(火) 01:09:56.85 ID:oRmuvw4V0
ワルドの杖と切り結ぶベイダー卿の視界の隅で、ルイズが呪文を唱え出した。
それに気づいたベイダーは、彼女を制止しようと思ったが、すでに遅かった。
ルイズの失敗魔法は、ベイダーから見て右端のワルドの分身を直撃し、爆発させ、かき消した。
「え、消えた? わたしの魔法で?」
ルイズが目を見張る。
だが、逃げろ、とベイダーが言う間もなく、そんなルイズを残るワルドの内の一体が『ウィンド・
ブレイク』で吹き飛ばした。
目の前で弾け飛ぶルイズの小柄な体を見て、マスクの内側でベイダー卿の瞳が金色に
染まった。
68 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/05/22(火) 01:12:52.32 ID:oRmuvw4V0
「そうだ、『ガンダールヴ』! そうやって心を震わせるんだ! お前の強さは心の震えで
決まる! 怒り! 悲しみ! 愛! 喜び! なんだっていい! とにかく心を震わせな、俺の
ガンダ……いや、ちょっと待て。震えすぎだぜ……」
興奮し、有頂天になりつつあったデルフリンガーだったが、ベイダーの変貌に気づいて口を
つぐむ。
比喩ではなく、ベイダー卿の怒りで文字通り周囲の空気が震撼し、床石にひびが入っていた。
78 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/05/22(火) 01:15:11.13 ID:oRmuvw4V0
束の間気圧されつつも、ワルドは残りの四体で再び攻勢に出た。
とは言え、壁を負うベイダーに対しては一度に三体までしか切りかかれない。
このままでは先ほどまでのように攻め切れないのは目に見えていたのだが、そんな地の利を
捨てて、ベイダーはわざわざ前に出てきた。
三対一でなお相手を後退させるその技量には舌を巻くが、あまり賢い判断とは言えない。
好機とばかりに四体目のワルドが切りかかった。
そしてあっさり両断された。
88 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/05/22(火) 01:20:16.53 ID:oRmuvw4V0
「何っ!?」
残ったワルドが狼狽する。
無論それでもなお、攻撃の手は緩めない。
だが、そんなワルドの目の前で、ベイダーの振るう刃の速度は天井知らずに上がっていく。
もはやどちらが攻めているのかは、傍目にも明らかになっていた。
三対一だからこそしのぎ切れているが、一体一体のワルドにとって、もはやライトセイバーは
赤い光の壁にしか見えない。
次の一体が両腕を刈り取られた。
痛みのあまり床に転がって悶絶するその顔に向かい、ベイダーが空いている左手を振り下ろす。
頭蓋骨の中身を飛び散らせてから、三体目のワルドがかき消えた。
104 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/05/22(火) 01:26:10.95 ID:oRmuvw4V0
「うおっ!」
驚愕の声を上げ、完全に防御に回った四体目の胴を、ライトセイバーがひと薙ぎ。
『エア・ニードル』で固めたはずの杖ごと断ち切られた両半身が、それぞれバラバラの方向に
飛んでいった。
残るはワルドの本体一人。
112 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/05/22(火) 01:30:02.38 ID:oRmuvw4V0
最後に残ったワルドの本体が、背を向けて逃げ出さずに向かってきたのは、貴族としては
称えられるべき勇気だったと言えよう。
しかしベイダー卿は破れかぶれの突きを易々とかわし、左脇に絡めとると、その右腕をライト
セイバーで切断した。
「ぐおおおおおおぉぉぉぉぉっ!」
右腕を失ったワルドは、無様に礼拝堂の床を転がった。
ライトセイバーで斬られた傷の苦痛は、鋭利な刃物によるそれとは比べ物にならない。
肉、骨、あらゆる体組織が一瞬で炭化するのだ。その熱さと痛みはどれほど訓練された戦士
といえども耐え切れるものではない。
気絶しなかっただけ、ワルドは立派であった。
滝のような汗を垂れ流し、転がりながらかろうじて数歩の距離を取って、ベイダー卿を睨み
つける。
だが、もはや暗黒卿からは逃げられない。
123 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/05/22(火) 01:34:02.64 ID:oRmuvw4V0
切断され先端がいまだ赤熱している右腕を見つめながら、ワルドはともすれば激痛にクラッシュ
しそうになる思考を必死に働かせた。
どうすればこの場から逃れられるか、を。
もはやメイジとしての恥や外聞に頓着している場合ではない、理性がそう結論付けた時、ワルド
の行動も決まっていた。
彼は左手を懐にやり、切り札を取り出した。
134 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/05/22(火) 01:37:13.89 ID:oRmuvw4V0
ワルドが取り出した『武器』を見て、止めを刺そうと歩み寄ったベイダーの足取りが凍りついた。
残った左手に握られたワルドの切り札、それは紛れもなくブラスター銃だった。
ベイダー卿の脳裡に、一月前に聞いたオスマン氏の話が蘇る。
ハルケギニアに突如として現れた二人のエイリアン種。
略奪の限りを尽くした彼らを討ち果たしたのは、ワルドであった。
ワルドはその際にブラスターを奪い、私物としたに違いない。
そしてその銃口は、ベイダーではなく、床に倒れたままのルイズを狙っていた。
154 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/05/22(火) 01:41:17.85 ID:oRmuvw4V0
「『ガンダールヴ』、貴様の動きをもってしても、この距離でこの銃弾を防ぐことはできまい」
左手で銃を構え、残った右ひじと両足を使ってじりじり後退していくワルド。
図星だった。自分に向かってくるのなら光速の弾でも防げるが、ルイズが標的となればそうは
いかない。
「マスターを撃ってみろ。次の瞬間にお前は死ぬ」
「それでも僕はかまわないぞ。もとより僕はこの身を『レコン・キスタ』に捧げている。任務の
一つは果たしたし、その上で我らの脅威となるメイジを一人始末できれば申し分ない」
ワルドはそこでようやく立ち上がった。銃口をルイズに固定したまま、さらに後退する。
162 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/05/22(火) 01:44:34.37 ID:oRmuvw4V0
とうとうその足が、礼拝堂の入り口の敷居をまたぐ。
十分距離は取った、ワルドはそう判断した。
「また会おう、『ガンダールヴ』」
もはや用済みのルイズに向かって、ワルドはブラスターの引き金を引いた。
ベイダーはそれよりわずかに早く、ライトセイバーを投げた。
ブラスターの射線にライトセイバーの刀身が割って入り、飛来した光弾を偏向させてあさっての
方向に弾き飛ばす。
だが、ベイダーの手にライトセイバーが戻ってきたときには、すでにワルドの姿は消え失せて
いた。
そしてその直後、彼と入れ代わるようにして、王軍を打ち破った貴族派の先陣が、鬨の声と
共に礼拝堂に雪崩れ込んできた。
62 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/05/23(水) 03:40:53.08 ID:BH7EYA680
浮遊大陸の岬の突端に位置したニューカッスル城は、一方向からしか攻めることが出来ない。
この難攻不落の名城と、そこに籠もる王軍の頑強な抵抗により、反乱軍は当初の予想を上回る
損害を出していた。
密集して押し寄せた先陣が、魔法と大砲の一斉射を幾度も受けたのである。
しかし所詮は多勢に無勢。
一度城壁の内側へと侵入された堅城は、脆かった。
王軍はそのほとんどがメイジで、護衛の兵を持たなかった。
王軍のメイジたちは、群がるアリのような名もなき『レコン・キスタ』の兵士たちに、一人、また
一人と討ち取られ、散っていった。
66 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/05/23(水) 03:45:41.51 ID:BH7EYA680
予想以上に手こずりはしたものの、戦の大勢はすでに決し、反乱軍の兵士たちにとっては
どれほどの功を立て、どれほどの戦利品を獲るかが最大の関心事となっていた。
城の奥に立て籠もっているのだろう、未だジェームズ一世とウェールズ皇太子の首級を挙げた
という報は伝わってきていない。
老いたジェームズ一世以上に、王軍の総大将と目されるプリンス・オブ・ウェールズの首こそ、
彼らが狙う最大の獲物であった。
そして、城門を突破してきた反乱軍の内、平民・メイジの混成小隊およそ百人が礼拝堂周辺に
殺到してきたのだった。
69 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/05/23(水) 03:49:38.07 ID:BH7EYA680
真っ先に礼拝堂内部に飛び込んだ十数人の平民の兵士がまず目にしたものは、赤い光を
放つ剣を握った、亜人種と思しき黒ずくめの人影であった。
身の丈およそ2メイル。威圧感たっぷりのそのフォルムに、彼らの足がぴたりと止まる。
「コーホー」
不気味な呼吸音。
礼拝堂の内部が寒々しく感じられるのは、嵌め殺しの飾り窓のせいで日光が差し込みにくい
からだけではないだろう。
72 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/05/23(水) 03:55:02.25 ID:BH7EYA680
しかし、所詮は亜人。知能は低く、魔法を使えるわけでもない。訓練された戦士がこれだけ
いるのだから、怖れる理由は皆無だ。
兵士たちはそう判断し、互いに目配せしてから、一斉に斬りかかった。
そして、その判断が誤りであったことを思い知るために、彼らは生命という代償を支払うことに
なる。
78 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/05/23(水) 03:59:32.28 ID:BH7EYA680
周辺で残党狩りという名目の略奪行為を繰り広げていた小隊は、突如響いた轟音に一斉に
振り向いた。
礼拝堂の入り口から、中に突入した兵士たちが吹き飛ばされ、次々に地面に叩きつけられた。
平民も貴族も、慌ててその場に駆け寄る。
吹き飛ばされた兵士たちは、その多くがすでに事切れ、辛うじて息のある者も、皆あらぬ方向に
手足を折り曲げられていた。無論、瀕死の重傷である
一瞬で十数人の屈強な兵士が蹴散らされた……。
恐怖という感情が、平民にも貴族にも分け隔てなく襲い掛かった。
ゴクッ……、固唾を呑む音が自分のものなのか、あるいは近くの他人が発したものなのか、
彼らの内の誰一人として判別することができなかった。
そして、そんな彼らが見守る中、礼拝堂の入り口をくぐって、シスの暗黒卿が姿を現した。
85 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/05/23(水) 04:03:53.42 ID:BH7EYA680
ベイダー卿は右手にライトセイバー、左手にデルフリンガーを握って、数段分高い礼拝堂の
入り口から、反乱軍の兵士たちを睥睨した。
杖を持つメイジの数は、二十人程度。
残りは護衛の平民の兵士だ。
左手のデルフリンガーが口を開いた。
「よう、相棒。まさかこいつら全員相手にするつもりじゃねーだろうな?」
「彼ら次第だ」
ベイダーはうるさそうに応え、一斉に戦闘態勢を整える敵兵の中、メイジが固まっている辺りに
向かって宣告した。
「ここにあるのは物言わぬ躯と一人の少女と僕だけだ。お前達の手柄になるようなものは何も
ない。命が惜しくば去るがいい」
89 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/05/23(水) 04:10:41.65 ID:BH7EYA680
反乱軍がやや動揺を見せた。
てっきり亜人種と思っていた巨人が、流暢に喋ったからだ。
「平民か……」
どこからか声が上がった。
平民の戦士が主君を守ろうと武器を構えている――彼らはそう理解した。
平民に気を呑まれかけたという事実にプライドを傷つけられた貴族たちが、最も早く反応した。
「平民ごときの稚拙な恫喝に、我ら貴族が屈すると思う……げぅ!」
すっかり傲岸な態度を取り戻し、呪文を唱えようと杖を構えたメイジが一人、喉を押さえたまま
宙に浮いた。
「警告はしたぞ」
ベイダーが軽く手を捻ると、もうそのメイジは動かなくなった。
ざわめきが広がる。
97 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/05/23(水) 04:14:56.65 ID:BH7EYA680
だが結局、勝ち戦の余勢を駆って退きどころがわからなくなっていた彼らは、一斉に礼拝堂
へと突撃してきた。
平民は手にした槍や剣を振り回し、メイジは口々に呪文を唱える。
ベイダーはその一つ一つに冷静にかつ迅速に対処した。
平民は、一合も打ち合うことなく得物ごとライトセイバーで斬り捨て、メイジの放つ魔法は全て
デルフリンガーを振るって吸い込む。
瞬く間に平民の兵士を殲滅。
護衛を失って浮き足立ったメイジを皆殺しにするのは、それよりもさらに簡単だった。
礼拝堂付近の一個小隊が全滅するのに、五分とかからなかった。
100 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/05/23(水) 04:19:32.12 ID:BH7EYA680
「一発もらっちまったな」
ベイダー卿が眼下に散らばる死体を見下ろしていると、デルフリンガーがポツリと漏らした。
その言葉どおり、ベイダー卿の胸の装甲部に、わずかな焦げ目ができていた。
至近距離で爆発四散した『フレイム・ボール』の炎の欠片が当たった跡だ。
無論、その程度でベイダー卿の体に傷をつけることはできない。
デルフリンガーはさらに続けた。
「この小隊が戻ってこないことがわかったら、すぐに増援の部隊がやって来るわな。それを
破っても、次はもっとたくさんの敵さんが来るだろうよ。お前さん、五万を一人で相手にする
つもりか?」
「コーホー」
ベイダー卿は答えない。
105 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/05/23(水) 04:25:43.02 ID:BH7EYA680
「いや、俺はお前の強さの程はよくわかるよ? 並外れた膂力に体力。さっきワルドの相手を
した時にも息一つ切らせてなかったよな。あいつはハルケギニアでも相当上に位置づけられる
メイジだ。それを手玉に取った相棒に一対一で勝てる奴はどこにもいないだろうよ」
シュウウゥゥ……。
しばらく敵兵が来ないことがわかると、ベイダーはライトセイバーの刃を収めた。
それにもかかわらず自分が鞘に突っ込まれないのを肯定の証しと取り、デルフリンガーは
続けた。
「でも、それだけじゃねえ。お前は、次に何が起こるかほとんどわかってやがるんだ。これは
経験じゃねえ。勘でもねえ。もっと別の力だ。それに加えて、あの系統魔法でも先住魔法でも
ねえ妙な力……。断言してもいいぜ? このハルケギニアに、相棒、お前以上の使い手は
未来永劫現れねえだろうよ」
遠くで上がる鬨の声。気のせいか、少しずつ近づいてきているようだ。
ベイダーは踵を返すと、礼拝堂の内部に向かった。
その左手には、相変わらず口を慎まないデルフリンガー。
109 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/05/23(水) 04:30:41.53 ID:BH7EYA680
「相棒。俺は引っ付いてりゃ大体の武器のことはわかるし、握られてりゃ使い手の力量は
わかる。お前は無敵だ。五万の軍隊にも、うまくやりゃ勝てるかも知れねえよ? でも、それは
あくまでうまくいったらの話だ。お前の体にゃ、致命的な弱点があるだろ?」
デルフリンガーの柄を握るベイダー卿の手に、少しだけ力が籠もった。
113 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/05/23(水) 04:37:22.07 ID:BH7EYA680
「お前が生身の人間だったら、俺も止めやしねえ。好き勝手暴れて、五万の大軍を追い散らせ。
そして新しい伝説を作れ。でも、さっきわかったろ? どんだけ集中してても、運が悪けりゃ
攻撃がかすることもある。生身の人間なら、多少の傷を負ったって無理して戦い続けられる
だろうよ。だけどお前はそうじゃねえ。当たり所が悪けりゃ、つまるところ『生命維持装置』とやら
にダメージがいったら、一発で致命傷だ。違うか?」
ベイダーは応えず、ルイズのもとに歩み寄った。
「ま、それでもやっぱ運次第さね。お前と俺が組んだらハルケギニア最強は間違いねえ。
五万の軍勢なんざ朝飯前だろうよ。んむむ……、考えてみりゃ、俺としてもこれ以上の使い手
から振るわれる機会なんてないんだからな。五万人斬り捨てて、俺とお前で伝説作るのも
いいかもしれん。……おっしゃ、行くか、相棒!」
話している内に、デルフリンガーは次第に興奮してきたようだ。ベイダーの左手でカチャカチャ
震えた。
120 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/05/23(水) 04:44:10.82 ID:BH7EYA680
しかしベイダーはそんなデルフリンガーをうるさそうに鞘に収めると、床石に伏したままの
ルイズの体を仰向けにひっくり返し、その耳元に顔を寄せた。
戦うにせよ脱出するにせよ、気絶したルイズを置き去りにするわけにも、戦場に連れて行く
わけにもいかない。
「マスター……、マスター!」
がくがくと、その半身を揺さぶる。
だが、反応はない。
ベイダーはさらに続けた。
「マスタ……ルイズ。起きるんだ、ルイズ!」
123 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/05/23(水) 04:46:45.98 ID:BH7EYA680
ぴくんっ、とルイズの小柄な体が反応し、両の瞼が震えながらゆっくりと上がった。
「べ、ベイダー? あんた、勝ったの?」
「子爵なら追い払ったぞ、マスター。あとはどうやってここを脱出するかだ」
ルイズがハッとして身を起こした。そして、ベイダーの手を振りほどくと、すでに事切れた
ウェールズ皇太子の傍らに駆け寄った。
124 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/05/23(水) 04:51:28.90 ID:BH7EYA680
そして、そっと跪く。
「殿下、申し訳ありません……。わたしが裏切り者を案内してきたばかりに」
両腕に抱きかかえるようにして、その亡骸を抱き起こす。
「マスター、時間がない」
ベイダーが促した。
近くで爆発音。
さらに近くで、反乱軍のものと思しき鬨の声。
ルイズは目尻に涙を溜めながらも小さく頷き、立ち上がろうとした。
その際、ウェールズの指にキラリと光る風のルビーが目に入った。
半ば無意識に、ルイズは指輪をウェールズの指から抜き、ポケットに入れた。そしてそれから、
ベイダーの元へと駆けつけた。
129 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/05/23(水) 04:54:05.57 ID:BH7EYA680
「ベイダー、どうする気なの?」
「僕一人なら敵陣を突っ切って脱出することは可能だ。だが、マスターを守りながらでは……」
「何言ってんのよ」
ルイズが唇を尖らせた。
さっ、とその手に杖が握られる。
「このルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール、腐っても使い魔の足手まとい
なんかになったりしないわ」
その瞳に滲む決意の色を認め、ベイダー卿は小さく、だがどこか満足げに頷いた。
「わかった。その内騎兵もやって来るだろう。それまで攻め手は僕が全部引き受ける。敵の馬を
奪った後、その手綱をマスターに任せる」
「なんかやっぱり見くびられてるような気がするんだけど……、ま、しょうがないわね」
渋々、といった風情でルイズが同意した。固よりベイダーとの実力の差はわきまえている。
132 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/05/23(水) 04:57:39.29 ID:BH7EYA680
鬨の声が近くなった。
察するに、今度は一個中隊。二、三百はいるだろう。
ベイダーが再びライトセイバーを抜く。
赤い光が、礼拝堂の中の薄明を破った。
一方のルイズも杖を構える。
その頭の中は、どんな魔法を使うかについての思案で一杯だ。
成功確率ほぼゼロのルイズの魔法だが、極々々々稀に成功することもある……かもしれない。
133 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/05/23(水) 05:01:28.31 ID:BH7EYA680
「来るぞ、マスター」
ベイダーの声に、ルイズがコクリ、と頷く。
まだ見ぬ、だがこれから確実に現れる敵を見据えて。
だがそんな二人の後ろで、ぼこっと、地面が盛り上がった。
「な、なに?」
感情を張り詰めさせすぎて蒼白な顔のルイズが、地面を見つめた。
「敵? 下から?」
慌てて、どもりながら攻撃のための呪文を唱えようとするルイズ。
しかしそんな彼女を、ベイダーが片手で制した。
床石が乾いた音を立てて割れ、茶色の生き物が姿を現した。
136 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/05/23(水) 05:04:31.71 ID:BH7EYA680
「えっ?」
呆気に取られるルイズ。その体を、茶色の生き物がモグモグと嬉しそうに組み伏せる。
「ちょっ、きゃっ! あんた、ギーシュの使い魔のっ……こら! どこ触ってんのよ!」
ジャイアントモールの体の下で、ルイズがじたばたと暴れた。
ちょうどその時、巨大モグラが出てきた穴から、ひょこっとギーシュが顔を出した。
「こら、ヴェルダンデ! どこまでお前は穴を掘る気なんだね! いいけど! って……」
ギーシュの視線が、ヴェルダンデからルイズへ、そしてそれからベイダー卿へと注がれる。
「こ、これはベイダー卿! こちらにおいででしたか!」
さっと片膝を突き、礼をするギーシュ。
142 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/05/23(水) 05:09:10.44 ID:BH7EYA680
「な、なんであんたがここにいるのよ!」
ルイズが怒鳴る。
「いやなに。『土くれ』のフーケとの一戦に勝利した僕たちは、寝る間も惜しんできみたちの
あとを追いかけたのだ。なにせこの任務には、姫殿下の名誉がかかっているからね」
「ここは雲の上なのよ? どうやって!」
そのとき、ギーシュの傍らにキュルケが顔を出した。
「タバサのシルフィードよ」
ギーシュがうんうん、と頷く。
「アルビオンに着いたはいいが、何せ勝手がわからぬ異国だからね。でも、このヴェルダンデが
いきなり穴を掘り始めた。後をくっついていったら、ここに出た。
巨大モグラのヴェルダンデは、フガフガとルイズの指に光る『水のルビー』に鼻を押しつけて
いる。
「なるほど。水のルビーの匂いを追いかけて、ここまで穴を掘ったのか。僕の可愛いヴェル
ダンデは、なにせとびっきりの宝石好きだからね。ラ・ロシェールまで、穴を掘ってやって
きたんだよ、彼は」
143 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/05/23(水) 05:13:39.90 ID:BH7EYA680
『彼は』というからにはオスなんだ……ルイズはちょっと呆けた頭でそんなことを考えた。
……いや、今はそんな場合じゃない。
「は、話は後よ! 敵がそこまで来てるの!」
「逃げるって、任務は? ワルド子爵は?」
「手紙は手に入れたわ。それから……ワルドは裏切り者だった」
「なぁんだ。よくわかんないけど、もう終わっちゃったのね」
キュルケはつまらなそうに言った。
キュルケ、ギーシュ、ルイズ、そしてベイダーという順で穴に潜り込んだ。
殿を務めるベイダーは、最後に思い切りフォースを荒れ狂わせ、礼拝堂の天井を破壊した。
突入しようとしていた『レコン・キスタ』の兵士たちの目の前で、礼拝堂は轟音と共に崩壊した。
145 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/05/23(水) 05:16:35.23 ID:BH7EYA680
ヴェルダンデが掘った穴は、アルビオン大陸の真下に通じていた。
ルイズたちが穴から出ると、すでにそこは雲の中である。
落下する四人とモグラを、シルフィードが受け止める。
モグラは風竜の口にくわえられたので、抗議の鳴き声を上げた。
「我慢しておくれ、可愛いヴェルダンデ。トリステインに降りるまでの辛抱だからね」
風竜は、緩やかに降下して雲を抜けると、魔法学院を目指し、力強く羽ばたいた。
雲と空の青の中、アルビオン大陸が遠ざかる。短い滞在だったが、いろんなものをルイズの
胸に残した、白の国が遠ざかる。
ちくりと、ルイズの心が痛んだ。
もうワルドに会うことはないだろう。
優しい子爵。憧れの貴族。幼い頃、父同士が交わした、結婚の約束……。
思い出の風景が蘇った。
家族から隠れ、一人泣き伏した庭の小舟の底。
幼いルイズを抱き上げ、この秘密の場所から連れ出したワルドはもういない。
いるのは、薄汚い裏切り者。勇気溢れる皇太子を殺害し、この自分をも手にかけようとした、
薄汚い殺人者……。
146 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2007/05/23(水) 05:19:00.37 ID:BH7EYA680
だけど、憧れの婚約者を失ったにも関わらず、どうしてルイズの心はそれ程落ち込んでは
いないのだろうか。
シルフィードの背で、ルイズは強い風に髪をなぶらせながら考えていた。
誰もが疲れ切り、ルイズと同じく沈黙を守っていた。
しばらくそうやって思惟を巡らせている内に、緊張の糸が切れたルイズを睡魔が襲った。
疲労の極みにある体は、この眠気に抗する術を持たなかった。
頭がかくかくと揺れ、視界がぐんぐん暗転していく中、唐突にルイズは理解した。
(そうだ……。さっき、気を失ってるわたしを起こしてくれた声は……)
148 名前:第二部完[] 投稿日:2007/05/23(水) 05:22:14.42 ID:BH7EYA680
『ルイズ』
最近ようやく聞き慣れた声。だけど、未だに聞き慣れない、いやそれどころか初めて聞くはず
の言葉が、ルイズの耳に蘇る。
(そう、なんだ……)
完全に意識を手放し、後ろに反り返るルイズ。
その頭を、シルフィードに跨ったベイダー卿の胸が受け止めた。
魔法学院までの道のりは、まだまだ長い。
(シルフィードの飛ぶ高空から、さらに宇宙空間までパンしてエンディング)
第二部END
最終更新:2007年05月23日 13:58