プロローグ:Chasing hearts


【プロローグ:Chasing hearts】



窓の外にふと視線を向けると、粉雪が風に舞っていた。
初雪だ。

もうそんな季節なのか、と私は裁縫の手を休めて思う。
部活を引退してから、もうすぐ4ヶ月になる。
県選抜に選ばれたから大会に向けての調整はしてるけど、夏までみたいに毎日練習があるわけじゃないし、全然たいしたことはない。
まあ、オフ期間ってやつだ。ちょっと長い気もするけど、高校に行ったら部活は絶対キツイと思うし、いいよね。

空いた時間を埋めようと最近始めたギターを手に取り、弦を押さえて鳴らしてみる。
D/A。私が一番好きな音だ。
Dは四弦の音、私の音。そしてAは……。

…………。

……さっ、裁縫の続きをしよう! 早く作ってあげないと、大会の日が来ちゃう。
顔が赤くなっているのが鏡を見るまでもなくわかる。これはそう、部屋のストーブががんばりすぎてるからだな、うん。

私の手とは違ってひんやりとした針を持ち、お守り作りを再開した。
街は白に染まってゆく。



 ***



「あ。アキハルー!」

横断歩行の向こうに幼なじみを見つけて、私は大きく手を振った。
彼は加藤明春といって、私の家のお隣さんだ。
同い年で部活も一緒だったからよく二人で登下校してたんだけど、最近はなんだか態度がつれない。
具体的には、私と一緒にいるのを避けようとするのだ。

「……」

返事もしないで彼は、私を待たずにさっさと歩いていってしまった。
ほら。

「ちょっとー。人が呼んでるんだからさあ、せめてその、なんか反応してくれてもいいんじゃないかなあ」
「……なんだよ」

猛ダッシュで彼の前に回り込むと、少し驚いた顔をした。県大会MVPなめんなよ。
視線を合わせようとしない彼の目の前に、私は持ってきたものを突き出した。

「ほら、あげる!」
「なにこれ」
「お守り」
「なんでまた」

怪訝な顔をするアキハル。
もう。理由がなかったらプレゼントしちゃいけないの?

「そ、それは……そう、安全祈願? アキハルが、ケガしませんように! って」
「しねぇし」
「そう言う人がするの! ……アキハル、いつもがんばってるもん。応援させてよ……」
「そっか。……ありがと」

そう言いながら彼は微笑んだ。

そんな顔を見るのはいつぶりだろう? 私は顔がほてってくるのを感じたけど、全然抑えられない。
照れ隠しに彼の制服の胸ポケットにお守りをねじ込む。


――その瞬間、私の頭の中で、新しい感覚が芽生えたのを感じた。
……うそだ、ウソだ、嘘だ。


「どうした? 志弦。急に黙って」
「え!? なっ、なんでもない!」
「あ、ちょっ、しづ――」

私はいてもたってもいられなくなって走り出した。
アキハルが呼びとめる声が聞こえる。
かまわず走る。
魔人になるなんて考えたこともなかった。
どうすればいいのかわからない。
ドンと背中を突き飛ばされた。
勢い余って思い切り転ぶ。痛い!
文句を言おうと振り返った。
怖い顔のアキハルがいた……と思ったら、鉄の塊が視界を遮った。
トラックだ。
急ブレーキが悲鳴を上げている。
人間も悲鳴を上げているようだ。
それらに混ざって鈍い音がした。
鉄の塊の進む方向に目をやる。
私の幼なじみが、縦に回転しながら放物線を描いていた。
キーパーからのロングスローみたいだ。場違いにもそんなことが頭に浮かんだ。
次の瞬間、彼は誰にも受け取ってもらえずに地面に墜落して、動かなくなった。


「あ……、あ……、……アキハルーーーー!!!!」


交差点は静まりかえっていた。
私の叫び声だけがこだましている。
彼の姿が見えるのは、20mは向こうの場所だ。
あんなに勢いよく吹っ飛ばされて、無事なわけが――

「……びっくりした」

――とでも言ってるのだろうか。
アキハルは何事かを口にしながら、何事も無かったかのように立ち上がった。
あ、あれー!?

あっけにとられて立ち尽くす私のところに、普通に歩いてくる。
しっかりとした足取りだ。
いつのまにか少し大人っぽくなった顔にも、大きな手にも、傷ひとつない。
気が付いたら彼は目の前にいた。

「志弦が無事で良かった」
そういいながら彼は、私の頭を撫でてくれた。

……もう限界だった。
私はアキハルにしがみついて、ひたすら泣いた。
ここまで生きてきて流したのと同じくらい涙が出たと思う。
無事で、ほんとに、よかった……!

 ◇

その後、警察が来て、色々事情を訊かれた。
二人とも一般人ってことになってるけど、どう考えても無傷はおかしい。
ってことで、アキハルが尋問されそうになった。
だから私が名乗り出た。
魔人になりました、って。

それでその場はおしまい。
でもその後は登録やらなんやらで忙しかった。
そして。

私は県選抜のメンバーから外され、推薦入学も取り消された。

魔人は一般人と同じ大会には出られない。
しょうがない。たまにテレビでやってる魔人プロスポーツは、異次元の世界だ。
部活に入れなくなってしまった以上、推薦してもらう理由もない。
もうちょっと勉強もがんばっておけばよかったなあ。

校区内には魔人が入れない高校が多くて、進学先を探すのにも苦労した。
そんな中で、希望崎学園の名前を見つけた。
魔人を積極的に受け入れていて、卒業した魔人の先輩もたくさんいるらしい。
ここなら、私の新しい居場所がある。
そういう「希望」が、胸の中で小さく輝いていた。

そしていま、私はここにいる。

「そういうわけで希望崎に入学したんだけど、やっぱり魔人ハンド部は次元が違ってねー。これはムリ!ってことで別の部活を探してたら、先輩に声をかけられて……って二人とも、どうしたの?」

現在、お昼休みの希望崎学園。
教室でお弁当を食べる私たちの今日の話題は、なんで希望崎に入学したの?だ。
若干いまさらな気もするけど。
私はさっきの話をした。もちろんお守りを作っているときの話やアキハルが無事で号泣した話はしてない。恥ずかしいし。
そしたら友達の様子がなんかおかしい。
俯いてふるふると震えている。

「「しづる~~~~~~!!」」

二人は大声をあげながら私にしがみついてきた。
ちょっ、ちょっと、お弁当がこぼれる!

「大変だったんだね、しづるぅ……」
「なに泣いてるの、いろはちゃん。あーあー涙と鼻水が、ほら、ティッシュあげるから」
「ありがとー……」

吾咲いろはちゃんは元気のよい子で、知り合いがいなくて不安気にしていた私に優しく声をかけてくれた。
鳴海かや子ちゃんはおとなしい子で、私と趣味があうので話していてとっても楽しいのだ。

「……それで、志弦は今、楽しいの?」
「もう、私が悩んでるように見える? かや子ちゃん」
「……んーん」
「でしょ?マネージャーもね、面白いことがたくさんあるんだから――」

バーン!
と音をたてて教室の戸が開かれた。
赤みがかったくせっ毛とくりっとした瞳が特徴的な小柄な少女がそこにいた。
真実先輩だ!

「こーんにーちはー! しづるちゃんいますかーー!!」

元気よく私の名前を呼ぶ先輩。

「はーい!!いますよー!!」

それに負けない勢いで返事をする。

「おー、元気いいねー」
「……この人は、だれ?」

そっか、初対面なのか。
先輩を二人に紹介する。

「二年生の巡真実先輩。魔人サッカー部のマネの先輩で、私を誘ってくれたんだよ」
「しづるちゃんのお友達? こんにちはー!」
「「こんにちはー」」

私たちに違和感なくとけ込む真実先輩。さすがだ。

「……今日は、どうしてこちらに?」
「今日はね、しづるちゃんと一緒に部員のみんなのお守りを作るの!」
「ほら、もうすぐ高校選手権だから」
「そっかー」
「しづるちゃんのお守りはすごいんだよ?こないだの試合でもうちのエース先輩が敵のシュートを顔面ブロックしたんだけど、そのシュートがね、コンクリートの壁にめりこんだりクロスバーに当たってボールが破裂するようなやばいやつでね、うっわーどうしようって思ってたらね、エース先輩無傷だったんだよ!」
「心臓止まるかと思いましたよ、あのときは……」
「へー、さすがだね!しづるのお守りは」
「……今ちょうど、お守りの話をしてたんです。志弦が魔人になったときの」
「あぁ、アキハルくんのお話ね! しづるちゃん、彼は元気?」
「か、彼じゃないです……!」
「そこツッコむとこ? そういえばアキハルくんは今どうしてるん?」
「アキハルは今、沖縄の高校で頑張ってるの。お盆も帰ってこなかったんだけど、正月には帰ってくるみたい」
「……そうなんだ。 プレゼントとか用意したの?」
「まだだけど……。ってか、別にそんなのあげる必要ないし!」
「はいはい。青春ですな~」
「しづるちゃん、そろそろアレいいんじゃない?」
「ダメです!」
「せんぱい、アレってなんですか?」
「内緒ですよ! ナイショ!」

先輩とおしゃべりするのはやっぱり楽しいな。

そう思ってたところに。

バターン!
と音をたてて教室の戸が開かれた……というより、倒された。
戸を蹴散らしたのは、黒塗りのリムジンだ。
運転席のドアを開けて、お金持ちそうな格好の男の人が出てきた。

「宮澤志弦さんは居るか!」

いきなり私の名前を叫び出す。や、やめてー!

「あれっ、雪椿くんじゃん。まあ、リムジンで教室に来るのはキミぐらいかな」
「知り合いですか?」
「うん、ボクのクラスに最近転校してきたんだー」

どうやら真実先輩のクラスメートらしい。
でもそんなことより今は、この注目を浴びてしまう状況をなんとかしたい。

「あ、あの、私ですけど……。大声で名前呼ばないでください……、恥ずかしいです……」
「あっ、初期のしづるちゃんだ」
「……懐かしいですね、人見知りモード」
「最初はなかなか話しかけてくれなかったよねー」

三人はのんきにおしゃべりしている。
うう、みんなの視線を感じるよぅ……。

「生徒会長から、君をハルマゲドンに召集するよう頼まれたのでね。俺についてきてほしい」
「えっ、ハルマゲドン……?」
「そう。ミスダンゲロス・山乃端一人への告白権をかけて本日20時30分から生徒会と番長グループの戦争が始まる。そこで我々生徒会陣営は、君のお守りの力を必要としているんだ」

ハルマゲドン……? いきなりすぎて話についていけない。
混乱している私をよそに、真実先輩が雪椿先輩に食ってかかっている。

「ちょっとちょっと、黙って聞いてたらとんでもない話じゃん!一人ちゃんへの告白権も意味わかんないけど、しづるちゃんをそんな危ないものには連れて行かせないよ!!」
「大丈夫、ハルマゲドンにおいては俺たちの代わりにバッジが砕け散るらしいから、命の危険はない」
「そういう問題じゃ……!」

こんなに怒っている真実先輩は初めて見た。
髪の毛の色よりも顔が赤くなっている。
私のために怒ってくれて、本当に嬉しい。
でも……。私は決めた。
こんなにもあっさり決心がつくものなのかと驚きながら、宣言する。

「わかりました」
「「「しづる(ちゃん)!?」」」

「私…行きます!」
「で、でも、ケガとかするかもしれないんだよ!?」
「怖いですし、そもそも状況がよく分かってないですけど、でも…。…私を必要としてくれる人がいるんですから、私、がんばりたいんです!」
「聞き分けがよくて助かるよ」
「え、きゃっ!」

そういうと雪椿先輩は私を抱え上げた。
いわゆるお姫様だっこの格好だ。
恥ずかしすぎる! やめてー!

「自分で歩けますから…わっ」

リムジンに放り込まれた。
紳士なのか乱暴なのかわかんない。
雪椿先輩もリムジンに乗り込むと、発進の準備をする。
いつのまにか窓につながるスロープが設置されていて、外に向かって飛び立てるようになっていた。

「しづるちゃん!」

真実先輩がなにかを私に投げてよこした。
それは、大量の指が生えた人形だった。

「うわあ!なんですか、これ……やだ!ちょっと動いてるし!ピクピクしてる!」
「どうして君がこれを持ってるんだ!」

混乱している私たちをよそに、真実先輩が続ける。

「雪椿くんにイジワルされたら、背中のボタンを押して!」
「ボタン……?」
「あっコラ、なに押そうとしてるんだ」

とりあえず押してみる。
すると指がものすごい勢いでビクンビクンと動き出した!

「やあああああ!!なんなんですかああ!!」
「うお!あ、頭が痛い…!」
「がんばるんだよ、しづるちゃん……」

無理やりリムジンを発進させる雪椿先輩。
私たちを見送るみんな。
そうしてリムジンは宙を舞う。
ああ、風を感じる……。

「ところで、どうやって着地するんですか?」
「特に言うことはないが」
「えっ、自由落下……?」
「そうなるな」
「いっ、いやあ~~~~!!」

……無事にかえれると、いいなあ。

[了]

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最終更新:2014年12月13日 17:28