巡真実VS盛華さんSS(その1)


 僕は探偵「鉄砲百合三毛猫(てっぽうゆり・みけねこ)」と言います。
 目の前には同輩の宮澤さんと共に魔人サッカー部の人気を二分する「巡 真実(めぐり まみ)」先輩が座っています。
 熱い紅茶で、外の寒気にかじかむ掌を温めて、湯呑の中身を覗きこむと同じ色の髪が溶け込むようでした。輪郭が際立ちます。
 僕を見ています。顔を上げました。

 「真実さん、いい名前だ……」
 「むー、ボクを口説くには十年早いんじゃないかなっ」
 差し伸べた掌をやんわりとこちら側に寄せられます、少しのめるようにして。
 柔らかい、骨なんて通ってないような、芯は軟骨で出来ているような感触は女の子の物です。
 僕は女の子と手を握ったことがありません。ゆるりと差し戻された僕の手と、手を一人握手してみましたが、それと少し違う気がしました。

 真実は探偵の専有物ではない、そう知っているけれど。
 やっぱり、この謎(ひと)は僕の手で解き明かしたい、そう感じて、います。
 立ち上がってみます。見様見真似だけど、僕は日々学んでいます。その証明です。

 「違います。僕はもうすぐ大人になるんですから、一年も待たせはしませんよ」
 壁ドン、一(にのまえ)先輩に教わった平成時代の文化です。
 生まれ育った大正時代からこの世界に渡るに当たって、一家にはまことお世話になりました。
 恋とは、どんなものかしら? 有名な歌劇が思い起こされます。
 ソプラノ・アルト・テノール・バス、声変わりを済ませた先輩は、それでも男性でした。

 「ありゃりゃりゃ」
 如何せん、背(せい)も、何も足りませんでした。
 この年頃の女性として小柄な真実さんに辿り着くことは叶わなくて。
 必然的に、僕は机をバンと叩いていました。
 「すみません……、意気地が無くて……」
 喫茶店に入ってきた、若い夫妻のような二人と目が合ってしまいました。
 カッと日に照らされて紅潮するかのような熱。
 あぁ、いいよいいよと手を振る、おひさまのような真実、さん。
 真実に辿り着くには眩しすぎます。
 真実さんは、と言うより以前に僕は、男として自分を見ていない。

 「くっくく、苦戦しているようだな。三毛猫よ」
 人の悪い、けれど美しい声が背後からやってきています。
 「やろう」
 鼻孔をくすぐる花の色、ぱらりと花びらが散りました。 

 今、そこで折り取られたかのような枝は、桜の物でした。
 桜? なぜわかるんだろう? それは咲いているからです。
 なぜ? なぜ? 今日は冬の日です。

「『花いっぱいの街』を追いかけて来てみれば、不遇の部下が面白いことをしている……。
 ああ、どうも。堀町ご夫妻、私『剣薔薇銀貨(つるぎばら・ぎんか)』です」
 「どうも、堀町臨次です。此度は細君に御用がおありとかで……」
 「妻の盛華です。すみません……、探偵さん達にご迷惑をおかけしたみたいで」
 「いえ、人工探偵達も喜んでいるようですよ。今回私共が盛華さんに伺ったのは別件なのです。
 少々込み入った話になりますので、まずはお掛けになってください」

 そう言って副団長が腰掛けたのは真実先輩の隣だった。
 隣、つまりは僕の真正面と言うことで。納得は、出来るかッ。
 「副団長……、本日は一体どういうおつもりですか?
 報告は欠かずに出しているはずですが、さほどに不肖の部下がお嫌いですかッ!」

 「落ち着け。真実の名の下に我ら探偵は頭を垂れねばならんのではないか?
 安心せよ。これは私用ではなく公用だ。その上で、席を離れようと言うのなら止めはしないが」

 連れたったお二人は立ち往生している。
 戸惑い、そちらこちらへ視線を左右させている。
 もっと困ったのは窓際に追い詰められた真実先輩だ。思わず、テーブルの下、頼るものを探す手と手が、
 「あっ」
 「ご、ごご、ごめんなさいっ!」
 それでも、離せるような気がしなかった。不安なのは、振り解こうとする意志は、どちらにもあった。

 「巡真実嬢、これからする話は君もまた、無関係の話というわけではないんだよ。
 悪いことは言わないから、そこのガラスを蹴破るなんて、一昔前のアクション映画の真似事はよした方がいい」
 「しませんよ、そんなこと!」
 すると、すぐ近くに顔が在った。
 むー。そんな効果音が似合う真実先輩。そして、次にちょっと赤くなる。それがしばらく続く。
 そうだ、年頃の乙女相手の狼藉、副団長はそれが許される美形だから。
 男か? 女か? 双方、踏み込むのを許さない距離感、謎を持つ故に密かな好意さえ付かず離れずにする。
 「あの、銀貨さんですよね。その……」

 この沈黙が続く。とっとと打ち切りにしよう。
 「副団長!」
 電気が走ったような気がして、気が付くと手と手は離れていた。
 「そちらのご夫妻もどうか僕のことなど、お気になさらず。用を済ませてしまいましょう!
 先輩も僕がいますので、どうかお願いします!」

 「ふーん。そういう態度とは、こちら側に来てから少しはやるようになったと言うべきか……。
 そうだ! 堀町ご夫妻、こちらにどうぞ。話がてら、少しゲームをしましょう」

 またか……、頭を抱える僕を尻目に賭け事大好きな副団長主催のカードゲームが始まることになる。
 ああ、他のお客さんがいなくなっている。この銀貨の癖に成金め。

 ――かくして、レストラン『お花の天国』にて巡真実VS盛華さんの舞台は整えられた。
 登場人物は以下の通り

 祝薗盛華(?):世界制覇を夢見るお姉さん 魔人能力:花いっぱいの街
 堀町臨次(?):盛華の婚約者 魔人能力:?
 巡真実(?):普通のボクっ娘 魔人能力:?
 剣薔薇銀貨(25):探偵団『花暦』副団長 魔人能力:二選銀貨
 鉄砲百合三毛猫(15):探偵団『花暦』新入団員 魔人能力:フィ・メイルの偽り
 時計草(?):???

 そして、三人のその先がどうなるのか、探偵達は知る術を持っていた――。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2014年12月13日 17:29