実川 多門

■キャラクター名:実川 多門
■読み方:みのりかわ・たもん
■性別:女性

特殊能力『クイーンズ・ミリオネア』

 知覚・天啓系魔人能力。

 自分の作成した問題に対し、4つの選択肢が脳裏に浮かぶ。
 その選択肢のうち1つは正解、3つはフェイクの選択肢である。

 多門が幼いころに夢中になったクイズ番組に起因する能力であり、その番組のルールに準じた、次のような制約と権能が付与されている。

□正解を選び続ける限り、一日に10回まで使用可能。
□一日に一回ずつ、三種類のライフライン(ヒント)を使用可能。
 ライフライン1『50:50』:選択肢を2つまで絞る。
 ライフライン2『テレフォン』:任意の相手と30秒間音声通話ができる。
 ライフライン3『オーディエンス』:自分のことを観測している人間に四択のいずれかに投票させ、結果を知ることができる。

設定

 魔人ライター。元新聞記者であったが、紆余曲折あって現在はフリー。

 スーパーカブ90で颯爽と現れて真紅のトレンチコートをはためかせ、一眼レフを構える姿はできる女性記者そのもの。
 だが、その実情はダメフリーライターで、取材能力は高いのだが、致命的に執筆センスがない。

 それでもライターとしての矜持は捨てきれず、魔人犯罪をテーマに危険な現場に首を突っ込んでは、警察や犯人に迷惑がられつつも生還するトラブルメーカーである。
 記事は全く採用されず、どちらかというと、副業である情報屋の方が収入源。

 ライターとしては失敗続きだが、根拠のない自信と無駄に前向きな思考が取り柄で、「メンタルおきあがりこぼし」「アンブレイカブル馬鹿」などと取引先の編集者からも評判である。

 目標は、ペンで一攫千金。

プロローグ

「お願いします! お兄ちゃ……兄を助けてください!!」
「あーん? 聞こえないなあ? 誰か何か言ってるかなあ?」
「もう、貴女しか、頼れる人がいないんです!」

 ワンルームマンションの一室を借り切った事務所で、まだ幼さの残る顔立ちの少女が深々と頭を下げた。

 小さなつむじと、揺れる三つ編みを眺めながら、フリーライターである実川 多門はわざとらしく溜息をついた。

「あのねえ、お嬢ちゃん。私は警察でもボディーガードでも探偵でもないの。フリーライター。ペンは剣より強いかもだけど、物理で殴るのにペンは細すぎるの。わかる? そういう職業じゃないのよ、お姉さんは」
「……っ」

 少女が言葉を詰まらせる。
 彼女の兄は新聞記者。
 とある犯罪組織の悪事を追っていたのだが、下手を打って拘束されてしまったらしい。

「そもそも、なんで私なのさ」
「その……、兄の職場の上司が、実川さんなら頼りになると……頭山さんっていうんですけど……」
「カッシーか……まったく」

 頭山は、実川が新聞記者時代に取材のイロハを叩き込まれた恩人だ。
 フリーライターになってからも、何度も世話になっている。

「第1問」
「……ぇ?」
「お姉さんの職業は、なんでしょう。A:警察、B:探偵、C:ボディーガード、D:フリーライター」
「……フリーライターって、さっき……」
「ファイナルアンサー?」
「……ぇ? ええ?」
「答えはそれで確定? ファイナルアンサー?」
「ふぁ、ファイナルアンサー」
「正解ー! それじゃあ、第2問。フリーライターは何をする職業でしょう。A:悪党退治、B:人質奪還、C:賞金稼ぎ、D:取材と執筆」
「……D」
「ファイナルアンサー?」
「……ファイナルアンサー」
「正解ー!!」

 唐突なクイズに、それでも律儀に答える少女。
 育ちがいいのだろうな、と実川は思った。

「それじゃ、最後の問題です」

 実川の声色が少しだけ変わったことに気付いたのだろう。
 少女の表情が、引き締められた。

「取材と執筆を行うフリーライターであるお姉さんに、お嬢さんはなんと依頼をするべきでしょうか? ――選択肢、必要?」

 少女は、ゆっくりと首を横に振ると、真っすぐに実川を見上げた。

「実川 多門さん。取材の依頼です。犯罪組織『KOK』の人身売買、拉致監禁に関する疑惑を、兄は追いかけていました。その仕事を、引き継いでください」
「――ファイナルアンサー?」
「ファイナルアンサー」

 賢い娘だ。実川は満足気にうなずくと、少女が差し出したノートを受け取った。

「正解。任せといて、お嬢ちゃん。億万長者(ミリオネア)に頼ったと思って安心しなさいな」

 世間がどう言おうとも、実川 多門はフリーライターだ。
 ならば、建前であっても、受ける依頼は取材・執筆のものでなければならない。

 そうでなければ、実川は、命を賭ける最終判断(ファイナルアンサー)を、下せないのだから。


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 港湾地帯の廃倉庫に銃声が響く。
 飛び交う炎と、それを伝う放電。

 実川は打ち捨てられたコンテナの陰に隠れ、周囲の様子を伺った。
 ここで、『KOK』の取引が行われるという情報を入手し、その証拠写真を撮影したところまではうまくいった。

 しかし、周囲は何らかの魔人能力か、通信不能状態。
 どういう理屈でか実川の存在を看破した『KOK』の戦闘員が襲い掛かってきて現在に至るというわけだ。

 どうにかしてこの場を切り抜け、証拠写真を然るべき手段で公開せねばならない。

 銃声からして、追手は相当な数だ。魔人能力者も複数人いる。

 まずは索敵。
 そこから事態の打開策を考える。

 魔人能力――『クイーンズ・ミリオネア』発動。

(第一問 今日、犯罪組織『KOK』の取引を邪魔しにきた女の職業はなんでしょう)

 実川は、自らの認識の歪み――中二力によって、世界の理を捻じ曲げる異能者、魔人である。

 その異能は、四択クイズを媒介にした未来予知、あるいは、真相看破。
 脳内の問いに対し、真実を含む四つの選択肢を展開することができるものである。

 また、その四択クイズに挑むにあたり、実川は、一日3つまで、正解をするためのライフライン――ヒント機能を使うことができる。

 ライフライン1『50:50』:選択肢を2つまで絞る。
 ライフライン2『テレフォン』:任意の相手と30秒間音声通話ができる。
 ライフライン3『オーディエンス』:自分のことを観測している人間に四択のいずれかに
投票させ、結果を知ることができる。

 実川が幼いころに大好きだったクイズ番組に由来する能力だった。

 提示した問題に対し、脳内に選択肢が展開される。

 A.警察官
 B.取引相手組織が支払いを踏み倒すために雇ったヒットマン
 C.フリーライター
 D.「商品」の家族に雇われたトラブルシューター

(ライフライン、使用。『オーディエンス』)

 その宣言に呼応し、『オーディエンス』が発動。
 実川 多門のことを観測している全員の思考に接続、上記の四択に対する回答・投票を強制する。

 A.警察官/8名
 B.取引相手組織が支払いを踏み倒すために雇ったヒットマン/2名
 C.フリーライター/1名
 D.「商品」の家族に雇われたトラブルシューター/5名

(回答、C、フリーライター。ファイナルアンサー)

 ――正解です。魔人能力『クイーンズ・ミリオネア』第2問への挑戦権を獲得しました。

 実川は、能力によって得た情報を分析する。
 遠隔監視者も含め、今、実川に襲い掛かってきているのは16名。
 うち選択肢Bを選んだ2人は、相手の裏を読む事に慣れた裏社会の手練れ。
 選択肢A、Dを選んだ13人は比較的シンプルな思考の持ち主か、突然の襲撃に、頭に血が上っている。

 そして、本来ならば正解などするできるはずもない、選択肢Cを選んだ人間は、一人。

 おそらくはこの一人が、取引の責任者。
 さらに言えば、『KOK』の中でも、相当に上の立場にある人間だろう。
 実川が組織のことを嗅ぎまわっていることを知るだけの情報網を持ちながら、それを仲間と共有しない程度には猜疑心と警戒心が強い。

 人身売買組織『KOK』の頭目、裸王元 貫太郎のプロファイルと一致する。
 この集団は彼のワンマンであることは把握済み。十中八九、この結論に間違いはない。

 ボスを潰せば、シンプルな13人の戦闘員は有象無象と化す。
 選択肢Bを選んだ2人もまた、頭を押さえれば、合理的な交渉は可能だろう。

 いずれにせよ、この人数差を覆すには、真っすぐにチェックメイトをかける必要がある。
 だが、ボスはどこだ?

 裸王元の性質からして、部下に敵は排除させつつも、自分もまた状況を監視できる場所にいると予測するのが妥当だろう。

 2人の手練れ――戦闘型魔人の傍にいる?
 いや、敢えてその定石の逆をついて、全く無関係なところに潜んでいる可能性もある。

 魔人能力――『クイーンズ・ミリオネア』発動。

(第二問 犯罪組織『KOK』が行っている、湊戸川埠頭での取引。その、『KOK』側の責任者は、今どこにいるでしょうか)

 A.廃倉庫の隠し地下室
 B.廃倉庫屋上
 C.湊戸川埠頭沖灯台
 D.『KOK』縦川本部応接

 脳内の選択肢を確認したところで、実川はコンテナの陰から飛び出した。
 遮蔽物から飛び出した愚か者を目掛けて、四方八方から銃撃が襲う。

 弾丸が掠めたのか、左の耳が聴覚を失う。
 それでも、実川は不規則な軌道の走行を止めない。止めれば狙い撃ち。

 別の遮蔽の陰に隠れるか?
 否。それだけは、できない。それでは、意味がない(・・・・・)

(ライフライン、使用。『テレフォン』。対象は――『KOK』ヘッド、裸王元・貫太郎)

 その宣言に呼応し、『テレフォン』が発動。
 実川と、『KOK』の代表、ヘッドである、裸王元の間に、超常の音声通信が接続される。

「ハロー、ミスタ・裸王元」
「っ!? き、貴様! 魔人か!!」
「裸王さ――」
「馬鹿野郎」

 第三者の声は、裸王元の声によって制された。
 悪くない対応だ。放置していれば、向こうの混乱具合によって、近くで警備している人間の人数まで絞れたところだったのだが。 

 会話で緩んだ足の動きを狙ったかのように、炎弾が実川の背後に着弾、爆破する。

 爆風に宙を舞う実川の体。だが、そこで、彼女は確かに聞いた。

 『テレフォン』越しに、ほぼ同時に響く爆音を。

 つまり、『KOK』のボス、裸王元は、廃倉庫の隠し地下室か、屋上にいる。
 そして、その傍には、決して練度の高くない部下が張り付いているだけ。

 警戒心の強い手練れは2人共が前線の指揮を取り、ボスは後ろで高みの見物というところだろう。

 これが、実川の目論見。自分を敵の攻撃に晒し、裸王元の居場所からその音がどう聞こえるかによって、大まかな場所を看破することが、遮蔽物の利を捨てた理由だった。

 四択は二択まで絞れた。即ち、地下か。上か。

 迷っている暇はない。虱潰しに動く余裕もない。
 こちらがボスの居場所を絞れていると知れば、『SOS』の部下たちはすぐにボスを守りやすい位置取りを取るだろう。

 絶対に外せない、二択。
 だからこそ、実川 多門は回答を躊躇わなかった。

(回答、A、廃倉庫の隠し地下室。ファイナルアンサー)

 ――不正解です。
 ――ペナルティ発動。24時間後まで『クイーンズ・ミリオネア』は使用できません。 

 不正解。
 そして、『クイーンズ・ミリオネア』の四択には、必ず正解が含まれている。

 つまり、「B.廃倉庫屋上」こそが、裸王元の居場所であることがここに確定した。

 爆炎の射出方向。銃声の方向から、階段は手薄。
 やはり、想像通りの捻くれ者だ。定石を敢えて外し、こちらを嘲笑う腹積もりだろう。

 背中が熱い。アドレナリンで痛覚が麻痺しているが、爆炎で炙られたそこがどうなっているかは確かめる気もおきなかった。
 銃弾が掠めた腕、雷撃による痺れが脚を鈍らせる。

 行けるか? ボスの居場所がわかったとして、むしろそこから遠ざかるように逃げるのが得策ではないのか?
 至極合理的な選択肢が浮かぶ。

(第三問 実川 多門は行くべきか? 逃げるべきか?)

 もう、『クイーンズ・ミリオネア』は発動しない。
 誤答のペナルティによる再使用規制時間は24時間。

 だから、この問いは、ただ、彼女が自らの覚悟を問うだけの自問自答だった。


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 幼いころ、正解に憧れた。
 大好きなクイズ番組に登場する大人たちが、その知能と機転を駆使して、真実に辿り着く様が、どうようもなく恰好よく見えた。
 そして、真実を追いかける職業として、新聞記者を選んだ。

 世界に正解なんてない。
 そう気付くまで、そう時間はかからなかった。

 あるのは、よりよい選択肢を選ぼうとする意思。
 そして、その選択を、取り返しのつかない最終判断(ファイナルアンサー)であると、覚悟を決めることだけだと、実川 多門は認識した。

 そんな当たり前の覚悟を祝福するように、魔人能力『一攫千金の女王(クイーンズ・ミリオネア)』は彼女の前に舞い降りたのだ。


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 ならば、どうする。
 愛すべき『一攫千金の女王(クイーンズ・ミリオネア)』に恥じぬように、実川 多門は、どちらの選択肢を掴むべきか。

 二者択一(フィフティ・フィフティ)の結論まで、時間はかからなかった。

 痺れた脚を踏み出し、焼ける背中を押し、血のしぶく腕を振るう。

 ――裸王元の隠れる、屋上へ向かう階段へと。

 進行方向を塞ぐように弾幕が展開される。
 本能が、動きを止めろと足をすくませる。
 背後から迫る炎。

 弾丸か。炎か。

(――前へ! 前へ!! 最終判断(ファイナルアンサー)!!!)

 だが、実川は本能の警告を無視し、さらに加速、左右に方向転換しながら階段を駆け上がる。

 バチイッ!!

 背後で耳障りな雷撃音が響いた。
 階下にいる魔人能力者は、発火能力者と発電能力者。
 そして、炎は通電性物質だ。単に雷撃を命中させるよりも、爆炎で包んだ状態で直撃させた方が効果的に無力化できる。

 つまり、相手の本命は銃殺ではなく、爆炎雷撃による捕縛。
 こちらの背後に組織がないか尋問するには、それが一番だからだ。

 さらに、階下からの銃撃は爆炎と雷撃で視界が塞がれ、精度が下がる。
 少し軌道をずらせば、致命傷だけは避けられるというのが、実川の賭けの根拠だった。

 かくて、実川は、その二択に勝利した。

「――ハロー、ミスタ・裸王元」

 満身創痍で、実川は、屋上へと辿り着いた。

 そこには、スーツの大男と、数名の護衛。

 仕込みは整った。
 あとは、実川 多門という魔人が、どこまで悔いなき選択のために己を鍛えてきたか。
 ただの売れないフリーライターを、どこまで裸王元という男が侮ったか。
 そんな、たった二つの勝機をつかみとれるかの、勝負。

 だが、『クイーンズ・ミリオネア』に結果を問うまでもない。
 ファイナルアンサーを躊躇う理由もなければ、結果を語るまでもない。

 実川 多門はフリーライターである。

 その記事は人々の記憶に残ることもないが。
 同時に、彼女が取材から生還しなかったことも、一度としてないのだから。


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「知ってます? 拳はペンより強いんですよ?」
「――わかった! その、例のブン屋は解放する!」

 がすっ。

「ファイナルアンサー?」
「クソ! まだ足りねえのか! わかった! 『商品』も手離す! だから! どうか! もう――」

 ごすっ。

「ファイナルアンサー?」
「クソ! クソ! クソ!!! これ以上、何が望みだ!!」
「私は、フリーライターですからね。もっと、お話をお聞きしたいんですよ。おつきの魔人2人のいないところで、ゆうっくりとね」


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 実川 多門は、駅で買った朝刊を仏頂面で開いた。

 そこには、犯罪組織『KOK』の悪事の証拠が警察に提供されたこと、それがきっかけで組織は摘発され、壊滅状態に陥ったことが書かれている。

 実川が書いて、頭山に送り付けたのとは似ても似つかない名文だった。
 おそらくは、助け出された新聞記者……依頼人である少女の兄が書いたのだろう。

「……納得いかない。あんなにがんばったのに。フリーライター実川 多門ちゃんは今回も没の憂き目にあうのでした。かなしいなあ」

 誰に言うとでもない独り言。
 それでも、実川の表情はどこか誇らしげでもあった。

 一攫千金の機会を逃がそうと。
 自分が身を立てたいと願うライターの芽が出なくとも。
 それでも、彼女は、今回の騒動に関わった選択を、悔やむことはない。

 それが、実川 多門――『一攫千金の女王(クイーンズ・ミリオネア)』に愛された女の、揺らぐことない最終判断(ファイナルアンサー)なのだから。
最終更新:2021年02月20日 21:41