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ダンゲロスSS5 第2回戦 【夢の国】
「真野の世界」
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<7>
時は夕刻。
徒士谷真歩は入場ゲート付近に出現した。
「(やはりーーこの遊園地!)」
戦場を見渡した真歩は、素早く行動を起こす。
≪叢雨雫と合流し真野を討つ≫
そのような算段である。
叢雨から指定された合流場所は入場ゲート……まさに出現位置そのもの。
ならばと、徒士谷はすぐさま歩みを開始した。
一歩ずつ踏みしめていくーー広げてゆく、≪東海道≫を。
事前に下見を行った通り、逃げ込める箇所を優先して確保していく。
かつんかつんとあえて音を立てて歩く。
徒士谷は叢雨の能力を熟知している。
鳴り響く園内BGMに紛れる小さな小さな足音を拾う性能を有する事実を知っている。
二つの拠点を設置し終え、広場の一割を≪東海道≫とした。
真野を討った後は叢雨との戦いとなる。
広場を最終処刑場とすべく整地を行っていたその最中、叢雨雫が駆け寄って来る姿が見えた。
試合開始より30秒も経っていない。
ーー早かったな
と、声をかけようとした。
たったそれだけのことが、取り返しのつかぬ大きな失着となった。
≪それを敵として認識できなかった≫
≪見えた瞬間退避していれば、あるいは見えた瞬間に刀を振ってさえいればーー!≫
風景の一部が揺らいだ!
「ーーッ!」
第六感めいた反射速度で愛刀・馬律美作を防御にあてるが一手遅い。
既に攻撃は到達している。
初手必殺ーー叢雨雫の飛ぶ斬撃。
ビシャリという音がして、横一文字に胴と腕が切り裂かれる。
辛うじて守った心臓。
腹部の傷が深い。零れ落ちんとする臓腑を押さえる。
左腕はダラリと垂れ、動かない。利き手を使って押さえるしかない。
内功が無ければ、両断されていた。
ーー徒士谷真歩は混乱の中にいる。
緊急ーー退避!
このような時の為の避難地点。
絶対安全箇所への跳躍。
しかしーー成らず! 能力発動不可!
大津! 草津! 石部! 水口! 土山! 坂下! 関宿! 亀山! 庄野! 石薬師!
ーー消えてゆく!
四日市! 桑名! 宮! 鳴海! 池鯉鮒! 岡崎! 藤川! 赤坂! 御油! 吉田!
ーー徒士谷真歩の≪東海道≫が消えてゆく!!
飛ぶ斬撃は二手目だった! 会敵前に≪東海道≫殺しの一手目は放たれていた!
ーー何もかもが、一手遅い
東海道の宿場を襲った怪物が、真歩にも≪飛来≫する!
わずかな空気の揺らぎを感じ、半歩移動。
脳天を抉らんとするそれをーー最小限の動きで、最小限のダメージで避ける。
肩と、腿を抉られる。そして、≪石畳が砕かれる≫
血により、不可視の怪物の姿が可視化される。
それは遥か天より降り注ぐーービニール傘。傘の雨。
鋼鉄程の強度を持ち、触れた物を問答無用で弾き飛ばし、
目に見えず、気配を追い辛いーー四つの特性を兼ね備えた殺意の雨が東海道に降り注ぐ。
真歩は叢雨の能力の機微を知っている、この傘も見たことのある応用だ。
翻って、叢雨も真歩の能力の機微を知る。能力仕様の詳細を知る。
≪東海道五十三継≫ーー今まで徒歩で≪行ったことのある場所≫であれば瞬間移動することができる能力。
つまり、≪行ったことのある場所≫を破壊さえすれば使用不能となる能力。
土地破壊は大規模でなくとも良い。
表層を、真歩が踏んだ足跡を消してしまう程度に抉れば、そこは≪東海道≫を外れる。
傘の雨が降り注ぐ。
叢雨が腕を大きく後ろにしならせ、急速に抱きかかえるような動作を行っているのが見えた。
ーー射出している。 両手に持った何本もの傘を、同時に。
生存領域を求め、まだ破壊されていない≪東海道≫を転々とする。
しかしそれは広場内を揺らめくに過ぎない。
退避の要所は初手で潰されている、≪東海道≫はまだ広場の中にしか広がっていなかった。
転移し、一歩踏む。 新たなる≪東海道≫を作る。
しかしそれは対処療法だ。 生存時間を伸ばすに過ぎない。
広場から脱出できない以上、徐々に林立する傘の密度は増えていく。
傘には触れられぬ。触れれば弾き飛ばされる。
一度でも触れれば、それは連鎖し、終わらぬピンボール遊戯のように、
立てなくなるまで打ちのめされるであろう。
だから徒士谷は地面を見る。
叢雨の傘は不可視なれど、抉られた地面は可視。
破壊跡の上には、必ず化物が潜んでいる。
ーー真歩には見えている、叢雨の仕掛けていることすべてが、その対策が。
しかし、やはり……すべてが一手遅い!
対策が分かっていても、実際に打てなければ意味が無い。
初手の重傷があまりに大きな壁として立ちはだかる。
飛ぶ斬撃、二太刀目がーー来る!
刀は振れぬーーならば!
ーー魔人警視流“忍法” 土遁岩障子
震脚! 砂利を打ち上げ、防壁と成す!
「ーーギッ!?」
殺した、正面の斬撃軌道は確かに殺した。
徒士谷の背と側面を撃ったのは散弾。 無数に突き刺さる傘で乱反射した水撃の残滓!
一発一発は軽微なれど、束なれば命に届き得る回避困難な散撃。
三太刀目! 「ぐっ……! ああッ!!」
見えていても避けきれぬ。二連の土遁でダメージを減らすがせいぜい。
またーー傘の雨が降り出す。
決して包囲網から逃がさず、こちらの動きが止まれば斬撃を打ち込んで来る。
二度、三度……滅びゆく東海道を転々としたところで、クラリと体が揺らいだ。
肉体的ダメージによるもの以上のよろめき、これはーー!
「(ーーーー毒!)」
僅かに、衣服から白い煙。
水撃はーー液体状の薬品を飛ばしていた。
忍法により、毒に強い耐性を持つ真歩をしてこのダメージ。
かなりの量を吸わされたか、あるいは強毒か……!
息を吐き、止める。
徒士谷真歩の無呼吸活動限界可能時間はおよそ十五分。
しかし、それは十分に深呼吸し、かつ、肉体が万全な状態の時に限る。
既に肺に取り込んでしまった毒を全て吐いてから息を止めた。
ならば活動時間は五十秒を切るだろう。 --絶命までのカウントダウンが始まった。
残り少ない命の宿へと飛ぶ際に、制服の一層ーー毒の発生源となっている布を≪捨て置き≫飛んだ。
≪東海道五十三継≫は衣服や所持品等、持ち運びできる程度のものであれば一緒に瞬間移動することが可能。
ーー裏を返せば≪持って行かないこと≫も可能。
腿丈のレギンスと血の滲んだブラウス姿となる。
雨が降り続く。
叢雨の残弾はまだ尽きぬだろう。
ビニール傘の特性を強化する能力だ。
軽さの特性を強化し、持ち運べるだけ持ってきているの違いない。
エイジが要約した魔捜研の分析資料を見た。
理論式上、一万本近い傘を持ち込めるそうだ。
だが、現実的な条件を重ねていくと、三百程度が限度でないかと予想が立つという。
避けながら、削られながら、数えていた。
まだ百五十、半分撃ったかどうかという段階。
残弾と命の削り合い。このままでは命が先に尽きるだろう。
いや、それより先に尽きるものがある!
二川! 白須賀! 新居! 舞坂! 浜松! 見付! 袋井! 掛川! 日坂! 金谷!
ーー刻一刻と消えていく!
島田! 藤枝! 岡部! 鞠子! 府中! 江尻! 興津! 由比! 蒲原! 吉原!
ーー≪東海道≫が……消えていく!!
原! 沼津! 三島! 箱根! 小田原! 大磯! 平塚! 藤沢! 戸塚! 程ヶ谷!
ーー 三の宿 神奈川 消滅
ーーーー 二の宿 川崎 消滅
ーーーーーー 旅立ちの宿 品川 消滅
≪東海道五十三継≫ーー全滅!
街道の外で氷雨に打たれた旅人の末路が徒士谷に迫る。
真歩は歯噛みした。
前方に生存可能領域がある。
だが、あからさま過ぎる。
確実な罠。それでも、そこに逃げ込まねばならぬ。
それほどまでに追立てられている。
その悔しさ故の歯噛み!
意を決し、踏み込む。
待ち受けていたのは傘の投げ槍。
曲射し、雨となしていた傘のーー直線投擲!
同時に八射!
ーー刀を振らねば、死ぬ!
傷を押さえていた右手で致命の軌跡にある三射をいなす! 傷口が開き、血液が噴出する!
四射は深く体を抉った!
そして残る一本が、徒士谷の頭部を刺した!
ぐあんと、真歩の頭が後ろにのけ反る!
しかし! 徒士谷歯で、口で! その一投を止めていた!
ガチンと強化された傘の先端を噛みちぎり、吐き捨てた。
この時、ようやく一時だけ雨が止んだ。
叢雨はこの投擲に重きを置いていたのだろう。
徒士谷がのけ反ったことで、仕留めたと思い、油断が生じたのだろう。
延々と降り続け、行きつく暇すらなかった殺意の雨の間。
この僅かな晴れ間の中で徒士谷がとったのは、非合理極まりない行動だった。
それでも、彼女は叫ばざるを得なかった。
怒りが、彼女を突き動かした。
「外道に堕ちたかァーーーー!!! 叢雨雫ゥーーーーー!!!」
戦術意図なき、ただの罵声。
ーーその見解に自信はあった、十年の積み上げがあった。
ーーその見立てに命を賭けても良いと思った。
共闘しようと手紙を書いた叢雨を信じた。
その末路がこれならば、恨まずにはいられなかった。
だが、叢雨はその渾身の言葉を聞き……一瞬だけ、≪困惑した表情≫を見せた。
徒士谷の思考が急速に冷えていく。
晴れ間はその一瞬のみ、また殺意の雨が降る。
もうとうに毒はまわりきっている、生存領域はない。
ーー徒士谷真歩は既に詰んでいる。
あとは肉を削りながら命を削りながら……耐久がどこまで持つかの話となる。
その苦境の中で、徒士谷ーー探偵・徒士谷真歩は高速で頭を働かせる。
困惑した表情、嘘ではない。 あの局面でそんなブラフを張る意味がない。
そもそもあいつはそこまで器用な真似ができない。
ならば、何故叢雨雫は困った? ーーそうだ、心当たりが無いからだ。
外道と言われる所以がわからなかったからだ。
あいつは……≪正々堂々私と勝負しているつもり≫でいる……!
「(ちく……しょう……っ!)」
「手紙を出しておいて、何故不意打ちを行ったか」と咎めた。
それは見当違いだった。
≪叢雨雫は手紙など出していない≫
かがりが「叢雨雫と名乗るスーツの女」と言ったから、
手紙の内容が叢雨を感じさせるものだったから、差し入れの飴が私と叢雨しか知らない思い出の品だったから。
どれも、手紙の主=叢雨雫と確定させるには足りない。
私も叢雨も露出の多い魔人だ、調べれば口調や関係性、経歴などいくらでも探れるだろう。
それに飴は複数の物を並べて、選択者の動向を探るーー典型的な悪質占い師の手口じゃないか……!
疑い始めればきりがない、あの日かがりを迎えに行くタイミングで入った緊急ミーティング、
都合が良すぎる。
かがりをあんなに長時間放ってしまったのは、あの日くらいのものだ。
真野討伐を任されたタイミングもそう。
利害の一致ーー手紙を信じたくなるような時に合わせてそれは来た。
何もかもがあまりに出来すぎている。
かがりに詳しく状況を聞いていれば、手紙を筆跡鑑定に出していれば、この事態は避けられた。
それに、叢雨の性格に対する見解……っ!
『事前の搦め手を打つような精神性はしていない』
あいつが今まで私に頼ったことがあったか、向こうから手を組もうと言ってきたことがあったか!?
あいつは何かと一人で戦おうとする奴だったじゃないか……!
なんたる……間抜け。
決定打は手紙の一文。
『よう! ≪久しぶり≫だなクソババア! オレだ!』
≪久しぶり≫とはなんだ……! たった三日前に、夢の国で会っただろう!
手紙の作成者が調べきれない偶発的な遭遇。反映できなかったんだ……!
夫なら、こんなポカはしなかったはずだ。
不自然なミーティングのタイミングで違和に気付き、手紙を証拠として押さえたはずだ。
私が名探偵なら、こんなことにはならなかった。
私が知らず、叢雨も心あたりのない手紙ーー!
警察の上の者を動かせる力を持つ人物ーー!
私と叢雨を対消滅マッチングさせて、得のある者ーー!
それはーー!
「(なんたる……不覚ッ! 犯人はーーあたし、大間抜けは……あたし!)」
心の崩れに比例して、体も崩れていく。
もう徒士谷真歩は立ち上がれない。
無理を承知で、血を犠牲に、攻撃を受けながら停戦を叫んだ。
無論通るはずもない。そのように鍛えた、戦場ではシビアであれと教えた。
この局面でーー私ができることはただひとつ。
徒士谷真歩は体を守る内功を解いた。
ピンと背筋を張り、目を見開いた。
戦士の選んだ道は、戦術的即死だった。
叢雨と相打ちをとる余力は残していた。
だが、それでは共倒れになる。
そうなって喜ぶ者の策中にあるのだ。 思い通りになってたまるか。
ならば、一番嫌がる手は何か。それが即死。
余力を残した叢雨をぶつけてやるのが最善……!
飛ぶ斬撃が、迫る。
「(ーー怒鳴って悪かったな、叢雨)」
圧縮され、静止したような時間の中でーー。
ーー迫る死の前に思い出すのは娘の姿だった。
下校の道すがら、夢の国、授業参観。
最近のことから順々に、思い出されて行く。
授業参観のこと。
どうみてもいつも以上に手をあげて、熱心に勉強に取り組むかがりがひたすらに可愛くて、
帰りはご褒美に外食に行った。ちょっとおしゃれなファミリーレストランだった。
ママに授業を≪見られてるから≫って、はしゃぐーー
ーーガンと、殴られたような衝撃
≪見られている≫ ≪見られている≫ ≪見られている≫
最愛の娘、かがりが、この試合を見ている。
◇◇◇◇◇ ◇◇◇◇◇ ◇◇◇◇◇ ◇◇◇◇◇ ◇◇◇◇◇
夫の葬式は慎ましやかに行われた。
ドタバタ日が続き、実家の復旧作業にあったていた時の話だ。
母が私用ででかけるとのことで、あたしとかがりだけが実家に残された。
夫が死んだ日、かがりはわんわんと泣いた。
が……それっきりだった。
あれから一週間経ったが、今日まで泣いているところをみたことがない。
それどころかクルクルとよくお手伝いをしてくれて、明るくすらある。
あたしは素朴な疑問を抱き、娘に尋ねた。
「かがりは強いね……! もう悲しくないの?」
すると突然、ぎゅううとかがりはあたしに抱き付いてきた。
やっぱり悲しかったんだ、甘えたかったんだと、安堵するあたしにかがりは言った。
「ごめん」
何故謝られたのか分からずいると、しゃがむように促された。
わけもわからずしゃがむと、またかがりが抱き付いてきた。
あたしの頭を包むように。
「あたしだけ泣いちゃって……ごめんね
ママはちゃんと泣いた?」
そういえば、泣いた覚えがない。
あたしの中で夫の死は数ある事件のひとつとして処理されていた。
年に星の数ほどもある殺人事件に、いちいち泣いていてはキリがない。
ーーだが、娘の言葉を聞いてわかってきた。
無意識にそうしていたことを。そうでなければ耐えられなかったことを。
「ごめんね……ごめんね……!
一番悲しいのはママなのに、先に泣いちゃって……」
母は家にいない。娘と二人きり。
震える娘の声が……あたしに共振した。
ぽつり、ぽつりと、被害者・徒士谷ジェイムズではくーー夫・徒士谷ジェイムズとの記憶が蘇る。
高校同級、進学、同棲、妊娠、結婚、子育て……!
人生の半分以上を共にした仲だった。
たくさん喧嘩もしたけど、その何倍も、うんと愛された。
『……そんな顔をしないでくれよ。今度はもう無茶はしないし、必ず話すよ。絶対だ』
あの日がーーあの晩の温もりが最後になるなんて思っていなかった。
必ず話すって言ったくせに……! 無茶はしないって言ったくせに……!
だから、あまりに唐突過ぎて、現実感がわかなかったんだと思う。
封じ込めていた感情が、意図的に殺していた感情があふれ出してくる。
娘に弱いところは見せまいという想いがあった、吐き出す場所が無かったという事情があった。
それでも、泣きたいと思う気持ちに私は嘘を突き通した。
「ママだって、泣いてもいいんだよ……! 悲しくないはず……ないじゃない!」
それを娘はーー名探偵の血が流れた娘は、その嘘を一発で言い当てた。
そんなことをされてはもう、たまらない。
名指しされた犯人はつらつらと動機を話すものだ。
結局二人してわんわん泣いて、戻って来たお母さんに心配されて……!
ーーそしてその日、あたしは誓ったんだ
◇◇◇◇◇ ◇◇◇◇◇ ◇◇◇◇◇ ◇◇◇◇◇ ◇◇◇◇◇
夫が死んだ日のことが、徒士谷の脳内に回想された。
娘かがりが切断された足を心配していたことが思い出された。
あの子が泣くところなんて、悲しむところなんて……もう、見たくない!
あの日徒士谷は誓ったーーかがりのために、何があっても生き抜くと。
かがりが見ている前で、例えそれが仮初の死であったとしても、死ぬわけには絶対にいかない。
「(死ねっ! ーーないっ!!)」
圧縮されていた時間が動き出す!
迫る刃! 内功を再発動! 既に不能となっている左半身を差し出す!
左腕と肋骨を受けに使った、左腕は飛んだが致命の傷を避ける。
続く反射散弾はなす術なく受けるも、意識を刈り取られるには至らない。
雨の雫と雫の合間!
そのほんの一瞬の隙間で、徒士谷は動いた。
「(出来ることを一歩一歩)」
叢雨を倒す。真野を倒す……は到達すべき最終結論だ。
今すべきことは何か。踏み出すべき一歩目はどこか。
それは離脱、この死地からの脱出!
「(娘のためだ! 力を貸せッ! ジェイムズ!!)」
居合の逆! 高速納刀! ーーからの、仕込みステッキの鞘射出!
腹の傷から血が噴き出すが、構わない!
叢雨の逆方向、徒士谷の後方を抜け、その鞘は飛ぶ!
おお、見よ! それこそが≪日本橋≫!
五十三の宿場がすべて潰えても、決して消えて無くならぬ、心にかかる、旅立ちの橋!
魔人能力ーー≪東海道五十三継≫、発動!
叢雨を仕留めるべく温存した秘策を、離脱のために投げうつ!
その鞘は、この戦いに臨む遥か以前に踏みこみ、≪東海道≫と化している!
どの土地よりも最も早く≪東海道≫となった地! 傍にありながら、心の支えとなる虹の架け橋!
徒士谷真歩の姿が傘に囲まれた処刑場から離脱しーーそしてッ!!
「ーージャックポット」
二発の銃声。
徒士谷真歩の跳躍にーー跳躍後のわずかな硬直に合わせて射出されたその弾丸。
飛ぶ方向が分かりさえすれば、クレー射撃に当てる腕前さえあれば、
どれだけ非力だろうが、非魔人だろうが、徒士谷真歩≪ばけもの≫を殺害できる。
一発目は本命、側頭部を捉え、紅い花を咲かせた。
後詰めの二発目は肩を抜いた。
真野が銃を攻撃手段として使うのは異例中の異例。
それは通常、脅しの手段にして、交渉のテーブルにあがるためのドレスコード。
それほどまでに、異例な……逸脱した戦士が、徒士谷真歩という存在であった。
ぐらりと、糸が切れた人形のようにまわった真歩は、間もなく石畳に倒れ伏した。
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<8>
転送直後の叢雨雫は即座に≪傘アンテナ≫により索敵を行った。
事前のうちに考えはまとまっていた。
狙うべきは最速速攻!攻撃対象はクソババアだ!
真野金の戦いは、理解が及ばなかった。
正直に言って、それほどの脅威に思えなかった。
体術も並以下、決着もよくわからない。
と、すれば、既知のーー絶対に放っておけない脅威に対処すべきだ。
「(出来ることを一歩一歩……だ!)」
≪東海道五十三継≫ -- 徒士谷真歩の持つ、魔人能力。
刻一刻と脅威を増すその能力。
出鼻をくじく以外に有効な対処手段を見いだせていない。
しかしこのレギュレーションだからこそ、勝てるチャンスがあると叢雨は考えた。
都内はすべてババアの≪東海道≫と化している、
その点≪東海道≫と化していない土地で戦えるだけで全く前提が違って来る。
かつて考案して「東京都の地面を全部掘るわけにはいかない」という結論に至り廃案となった、
土地破壊・能力封殺案を再考。
作戦期間のうち二日は遊園地で過ごし、ババアがよくやる緊急退避に使えそうな場所を探った。
残りの日程は山に籠って、ひたすら土地破壊の練習に努めた。
傘術の先を行くジャージ師匠に習って、二本しか同時に投げられなかった傘を八本まで投げられるようになった。
その後、狙いのところに八本を収束させられるようになった後は、組手をひたすら行った。
ジャージ師匠が魔人警視流をラーニングして、スパーリングパートナーを務めてくれた。
結果は散々で、結局「≪万全の≫徒士谷真歩には勝てない」という結論しか得られなかったが、
それはそれで収穫だった。
決して超えられぬ天まで続く壁ではなく、
≪なにかの拍子にまぎれがおきれば超えられない山ではない≫と思えるようになった。
索敵開始直後、足音がした。
「(ざけやがって……! ぶっ殺す!!)」
徒士谷は叢雨の能力を知っている。
何度か前の対戦で、音による索敵の返しとしてすり足を打ち出している。
それなのにあえて音を鳴らすということは、完全に誘い出されていると感じた。
それでも行くしかない。時間を与えれば≪東海道≫は増殖し、手が付けられなくなるのだから。
移動中も音を確認した。
足音で、だいたいの位置を判断し、下調べした逃げ込みそうな箇所を特定した。
会敵前、その周囲に向かい、八本ずつの傘を放った。
今回持ち込んだ傘は限界一杯、およそ三百、これが尽きる前に倒さねばならぬ。
ショッピングエリアでの補充は時間がかかるため見込めない。
とにかくーー短期決戦だ。
会敵までの時間もカウントした。
27秒で会敵。ババアの能力強度は知っている。
それで広げられた≪東海道≫の範囲にも、音と合わせ想像がつく。
かなりいい状態で開戦できた。
要所潰しの他に、既に上方に傘を投擲し終えている。
≪崩天・叢雨≫
東海道潰しの為に叢雨が編み出した秘策。
≪アメノハバキリ≫
ババアの居合を盗み見て、能力をブレンドして完成させた中距離戦の切り札。
二つを同時に必殺を切るーースペシャル合わせだ。
師匠との特訓の中でーー魔人警視流をラーニングした師匠が最も嫌がったのがこれだった。
魔人警視流はほぼ近距離格闘の詰め合わせ、そこに≪東海道≫が乗ってはじめて、
遠近自在の暴力の権化となる。
故に、初手である程度≪東海道≫さえ潰しておけば、魔人警視流には射程の暴力が通用する。
なんでもありだと思い込み、課題としていた魔人警視流”忍術”は、
その実、現実ベースの地味なものだと、師匠のラーニングで明らかとなった。
やぶれかぶれの特効めいた初手は、何故だかババアに当たった。
拍子抜けだった。一瞬自分の目を疑った。
師匠との模擬戦では、嫌がりはしたものの、ちゃんと当たったことはなかった。
まぎれがーー起きた!
もう後は、しっちゃかめっちゃかに傘を投げるだけだ。
時折≪アメノハバキリ≫を織り混ぜる。
≪ハバキリ≫で射出するのは、飛ばし易い濃度に希釈した洗剤。
次弾で希釈した漂白剤。 これを交互に行った。
コスパ最強のビニ傘によるコスパ最強の毒殺攻撃。
あの徒士谷真歩に勝てる!
あの徒士谷真歩に!! 徒士谷真歩に!!
無我夢中で傘を投げ続けた。
近接されれば勝ち目は無い。
投げて、投げて、投げてーー!
残弾が尽きかけた頃、ババアが消えた。
まだ≪東海道≫が残っていたのかと--行先を探そうとした瞬間、銃声が鳴った。
■
叢雨雫が倒れ伏した徒士谷真歩を目視した。
自分が倒すはずだった、それを横取りされた。
十年の仇敵だった。 絶対に自分の手で倒したかった。
「(真野ォ……!)」
静かな怒りを燃やす。
しかし、その挙動は冷静そのものだ。
銃弾の出所がわからない以上、無暗に動くは下策。
なればこそ! ≪傘アンテナ≫ーー初手索敵!
ーー直後、耳をつんざく轟音。 爆発音だった。
館内BGMの音量との兼ね合いで、索敵感度を上げていなかったがために、
叢雨は生を得た。 感度次第では脳を焼かれていた。
爆発のおかげで、おおまかな位置がつかめた。
入場門の右の林。
傘を前方に開きーー音の下方向からの銃撃を警戒を行いつつ、林に向かい駆ける。
チラリと、夕日の差す木々の間に人影が見えた気がした。
≪アメノハバキリ≫
傘袋から鞘走り、林をーー断つ!
豪快な伐採! ずるり滑るように木々が倒れてゆく!
その最中チカチカと林が光った。 そして、またしても林が爆発!
「(ーーなにか……仕掛けてあったな……?)」
林の奥……飛ぶ斬撃の射程外に人影。
「ヒッ……!! 来るんじゃねぇ……! 化物! 人殺しィ……!!」
罵声を吐きながら男は逃亡する。 林の奥の建物に向かって。
その姿ーー嫌というほど繰り返し見た映像と一致する。
不気味な男だ--とは叢雨の所感。
決して体術に秀でるわけではない、言動も酔っ払いやチンピラのよう。
それなのに、ふらりと一回戦を勝ち抜いたというその実績が不気味さをより強固にしている。
追って来いと言わんばかりの走りに、何か歯車に組み込まれてしまったような不安を覚えながらも、
ヒーローは定石を打つ。
敵影を追う。見つけたならばそこで断つべし。
林を抜ける速度がやや、ゆるやかになる。
先の爆発と発光が、叢雨に心的負担をかける。
戦速を落とすための手だとわかっていても、警戒を怠るわけにはいかない。
鋼線のパンジステークを潜り、それに連動したブービートラップを抜け、林をひた走る。
先行する男が建物裏の小さな出入り口から中に入った。
「来るなァー! このっ……人殺しィ!!」……という台詞を残して。
やや遅れて、叢雨も建物の前へと到着する。
叢雨はなんとも言えない圧迫感を感じている。
追っているのは自分のはずなのに、追い立てているはずなのに……!
何かが……何かがおかしい……!
建物の中へ入るのは抵抗があった。
≪アメノハバキリ≫
建物を崩落させて圧殺できないかと試みるも、
遊園地の極めて高い安全設計ーー魔人学校をも凌駕するその固さが、無粋な手を許さない。
「ちっ……! 行くしかねェのかよ……!」
どんどんと募る不安を押し殺し、ヒーローはドアに向かって傘を投げた。
ドアが爆発した。 ノブに手榴弾が仕掛けてあったのだろう。
■
建物の中は薄暗い。
宇宙を題材とした室内コースター。
叢雨の下見では立ち入れなかった領域。
薄暗く、立体的でありながら、その全容はつかめない。
これまでのトラップ攻勢の観点から、地の利は真野にあるように思えた。
「追って来るんじゃねぇ……! やめろ……! 殺さないでくれ……!」
闇に乗じて、どこからともなく声が聞こえてくる。
「(くっそ……! やりづれぇ!!)」
叢雨は、傘をバラバラっと10本放った。
≪十連傘占い≫
音の索敵が封じられている時の次善の手。
占いの精度を強化した傘……といっても、
元々傘占いという行為自体がダウジング程度の探索性能しかないので、大して的中率は高くない。
それでも十本も投げれば、偏りが発生し、ある程度の索敵ができる。
「そこだァーーーー!」
≪八連傘槍投げ≫
ギィンという金属音がした。
「ヒィッ! やめろ!」
悲鳴、どれか一発でも当たったのだろうか?
「オラァ! オラァアアア!!」
≪八連傘槍投げ≫ ≪八連傘槍投げ≫
金属音が奏でられる。
「ヒィ……! ヒィ……! ヒヒッ!」
「何笑ってんだゴラアアァ!!」
≪八連傘槍投げ≫ ≪八連傘槍投げ≫ ≪八連傘槍投げ≫
「はははははっ! ははははははははははっ!!」
「……ッ」
「いいのか……そんなに無駄打ちして……えぇ?」
「るっっっせぇ!!」
≪アメノハバキリ≫
ギィ―ンと、金属をこするような音がした。
「(なんだ……なんなんだよ……!)」
ーー叢雨は知らず知らずのうちに絡めとられている。
≪傘アンテナ≫は手榴弾で封じられている。
≪アメノハバキリ≫は室内戦で封じられている。
≪無尽蔵の水弾≫は水の無い戦場へ誘導されて封じられている。
≪傘ゴルフ≫は室内戦で封じられている。
≪落下傘≫は薬品融解で封じられている。
≪反射≫は飛び道具を控えることで封じられている。
一回戦で見せた応用だけではない、まだ見せていないーー叢雨自身が気づいていない応用さえも、
既に先回りして潰されている。
それは魔人能力だけではない、身体的特性、性格、ファイトスタイル……諸々の強みを、
既に握りつぶしている。
真野金の本質は思考力。
まるで詰将棋のように終局まで読み切る力。
それはもっとも省エネルギーな手を見つける力。
真っ向から倒せぬ強敵には戦わせぬ事前策を打つ。
しかし、この叢雨雫程度の相手ならば、それは過剰なエネルギーだ。
少しだけMAPを整え、少しだけ準備を整えれば制することのできる相手。
闇の英雄の戦は、常に大がかりな大逆転劇だったわけではない。
そこには十把一絡げの雑魚散らしも含まれる。
この戦いはそれに当たる。
この建物に入った時点で……否、真野と対戦が組まれた時点ではじめから勝機などなかった。
「ごめんな……えっと、誰だっけ、ああ、そうか……」
「(どこだ……! どこから来る!)」
「誰でもいいか、もう終わりだ」
至極つまらなそうに、真野はそう言う。
彼には最初から……最初から全て見えている……!
カッ……と、薄暗い空間に慣れた叢雨の目を閃光手榴弾が焼いた。
二発の銃弾、見えないながらも頭部を傘によって守っていた叢雨。
しかし、それは布石。既に投げ放たれていた対魔人手錠が、叢雨の足と支柱を繋ぐ。
宇宙船がワープする時のような音が流れ出す。
「グッ……ガァアア!!」
まだ目の明かぬ叢雨は傘の盾で頭部を守りながら、
もう片方の手で傘を振り回す
「アンタがあんまりにもゆっくりだったから、もう仕掛けが終わっちまった……!
降参をおすすめするぜ……! この先は、ただ痛いだけだ」
建屋内が僅かに振動しだす。
「1回戦見たよ……! 素晴らしかった……、バケモンみたいな能力だよな……それ」
ビニール傘を指差す真野。
「特にあそこがよかった……あの、水柱をはじくやつだ……!
師匠が得意だったんだよ、難しい計算みたいなやつがな……!」
建物の振動が増していく!
「で……俺も師匠の真似して計算してみた。
ひっさびさに電卓たたいてみたんだが、どうかな、答え合わせさせてくれよ
俺の予想は……『たぶん無理』だぜ」
「なんのッ……話だッ……!」
「さっさと降参しろって話」
真野は一発の銃弾を放った。
頭上に仕掛けていたプラスチック爆弾が炸裂し、建物の一部が破損した。
そこに、屋内を騒がせていた室内コースターが到達!
破損した建物の一部ーー破れたレールから、走行速度と自重を乗せて叢雨に降り注ぐ!
「弾いてみな、ヒーロー」
「ヒィィィロォォォシェルーーーー
ズンと、爆音めいた落下音がヒーローの慟哭をかき消した。
■
「わかるぜ……それ、いてぇよな……!」
「うるっ……! せえっ……!」
壁にもたれかかる叢雨雫、右手には≪見えざる傘の槍≫が握り締められている。
そして着目すべきはその足だ。
質量圧殺から逃れるため、手錠をかけられた足首を切断し難を逃れた。
「でも……俺は地雷でやられたのに比べて、お前は自力で切ったんだろ……?
こええことするよな」
そんな会話に気を引きつけておきながら、抜け目なく真野は懐から水風船を取り出し投擲!
空中で打ち抜く!
白い粉が、叢雨に降りかかる。
毒を警戒し、息を止める叢雨。
「ははっ……ハズレだ、これはな……念のためってやつ」
チラチラと降る粉が、叢雨の≪見えざる傘の槍≫をすり抜けて落ちる。
「どうせブラフだろうと思ったが、≪念のため≫
逃げるときにあらかた落としちまったんだろ……? なぁ」
真野が銃を向ける。
「まだやるのか……? もう、十分頑張ったろ?
こっからは更に痛いだけだぞ……?」
真野にはもう、とっくに終局の絵が見えている。
「5!」
カウントダウンーー開始。
「4!」
「3!」
「2!」 --銃声!
叢雨は胸ポケットに隠し持っていた折りたたみ傘で、畳んだまま、銃弾を弾く!
ビスッと小さな音がして、真野の眉間に着弾する。
「ーーあ゛? ああああああっ!?」
仰向けに倒れ込みながら、真野銃を乱射!
追い打ちを! 確実なトドメを刺すべく、手早く傘を組み立て、槍投げの体勢に入る叢雨!
ーーカィン
硬貨の落ちる音がした。
バツンという何かが弾けるような音。
ーー真野倒れ際に放った弾丸は、的確にケーブルを切断していた。
コースターに動力を伝える電線に。
蔦状に落下したそれは真野と叢雨の間を通ったが、傘を持つ叢雨に誘電した。
家庭用電源やスタンガンなどの比ではない高電圧が叢雨を焼いた。
一方眉間を撃ち抜かれた真野は軽く勢いをつけて起き上がった!
「いってぇええええなぁあああああ ちくしょう!! だから降参しろっつったんだ!!
もう負けてんのに……テメェがクソみたいに粘るから!! クソが!!」
真野は事前に細工した銃弾を作成していた。
自分を追い詰めるために。
イデアの金貨は、≪逆転≫のアイディアを思いつき、≪必ず勝利≫する能力だ。
発動には≪逆転≫ーー前提として、劣勢となる必要がある。
だから真野は準備した99%勝ちの決まっている戦いを、100%にするために。
不殺の弾丸で「眉間を撃たれた!」というエセの劣勢を作り出し能力の発動条件を満たしたのだ。
絶対勝利が確定した。
真野は叢雨が今後何をしようと負けることはない。
揺るがざる未来が確定したのだ。
バリリっと、炭化した瞼を無理矢理ひらいた叢雨の焦点は、もはや真野を見ていない。
「そんなになって、かわいそうにな……! だから言ったんだ、降参しておけって、何度も何度も」
強みを潰された。
叢雨雫は何もしていない。 全く、何もできなかった……!
「バケ……モノ……!」
「はっ! ははははははっ!! 聞いたか宇都木! 傑作だ! 化物が化物っていいやがったぞ!! 宇津木ィ!」
もはや生命維持すらままならぬその体で、ヒーローは、叢雨雫は薄く笑った。
「ーーテメェじゃ……ねぇ!」
ーーードッ!
真野の背中に衝撃が走る!
叢雨は真野を見ていなかった! その後ろに現れた人物しか目に入っていなかった!
真野の背中に投げつけられたそれは、鞘!
「る!」
「お!」
「らあああああああああああああああああああああッ!!」
徒士谷真歩・現着!
ーー魔人警視流“居合” 天狗乃太刀!
乾坤一擲! 朽ち行く体を代価として放った! 今試合初撃にして最終攻撃!
しかしそれは、一振一殺の撃剣理念を体現した一振り!
「……バッド、ビート!」
真野の上半身が宙を舞った。
ーーしかし、カメラに映らぬよう帽子に隠された口元は笑っていた。
■
「おい叢雨ェー! ここまでこれるか?」
うつ伏せになったまま、徒士谷真歩はトントンと自分の右前のスペースを指でつく。
「アァッ? もうちょっと休んだら立ち上がれると思うけど……なんかあんのか?」
「いやな、さっきの一振りで、もういろいろ出ちゃってて……ちょっと、もう、動けないんだわ……!
寝返りでも、打とうもんならさ……かがりに一生もんのトラウマ植え付けてしまうことになる」
「アァ―ン? だから、なんだよ……!」
「だから、ここまで叢雨が来てくれたらさ、こう、えいって頭を潰してあたしの勝ちにできるなぁ……と」
「こええええよ!! 『わかりましたー行きます!』とはならんぜ ババア!」
「ハッ……! じゃあ、あたしの負けかよ……! あーあ、かがりにかっこいいところ見せたかったのにな」
「……まぁ、そのよ。見所はあったんじゃねぇの? 最後とか、まぁまぁカッコ良かったと思うぜ、ヒーロー的に考えて」
「えー、お前に言われてもなー……かがりに言われたい……!」
「ハンっ! うるせぇよ、クソババア!」
■
<10>
大会から数日後。
深夜の船着き場。
「勘が……いいな、爺さん!」
「真野……なんだこの船は」
「いや、試しに吹っ掛けたら、吹っ掛けたまんま送られてきてよ……!
あの娘ーー思ったより箱入りだったようだぜ」
「真野、お前、その喋り……まさか……!」
「なんだよ、気付いてなかったのかよ
『ジャックポットパンチ』に『ハッピバースデー』だぜ、ふざけてるにきまってんじゃねぇか……!
てっきり合わせてくれてんだと思ってたぜ」
「真野ォーーー!」
「ははっ、どうする、一緒に来るか?」
■
<リザルト>
徒士谷 真歩ーーGO2回戦敗退。娘にめっちゃくちゃにおなかをさすられる。
叢雨 雫ーーGO2回戦に勝利。3回戦へ駒を進める。
真野 金ーー無益な大会から無事撤退。資金と足を調達し、世界に戦場を移す。
宇津木秋秀ーーGO運営を辞表を提出、真野を追って世界に戦場を移す。