某月某日、21時01分、ヨコハマ港湾施設、船着き場
「~♪ ~♪ ~~♪」
調子はずれな鼻歌を歌いながら深夜の船着き場を闊歩する、筋肉質のマッチョな男。
身体を包むのは紺色のジャージ、片手には音楽を流す漆黒のラジカセ。
皆さんご存知、マッスル先生こと薪屋武人である。
「さて、次の私の教え子はどんな子かな……?」
マッスル先生の脳裏には、先日倒された際一瞬蘇った過去の記憶は残っていない。
マッスル先生の狂気は今を生きているのだ。たとえその狂気の源泉であったとしても、過去に囚われる事はない。
そんなマッスル先生が……ぴたり、と足を止めた。
同時に、ラジカセから流れる音楽にノイズが走り、誰かの声が乗る。
『あーあー……マイクのテスト中っと。薪屋武人先生っすね。こんばんは、弥六っす』
「ふむ、君が弥勒君か。違法電波の発信は校則違反ではないのかね?」
『江戸湾ウィルダネスの学校の校則に電波の発信に関する項目はないっす』
これは嘘ではない。もっとも、校則違反以前に法律違反なので書いていないだけなのだが。
『さっそくっすけど、薪屋先生。ちょっと提案があるっすよ』
「何かな、何でも言ってみたまえ。私は何でも応えよう」
『降参してほしいっす』
「断る」
即答であった。
『……さすが先生、即断即決っすねー』
「迷うようでは教師などしておらんよ。どうせ、賞金は渡すとか適当にうまい話を持ってきていたのだろうが」
『う』
「何か悪巧みに先生を巻き込もうと考えていたのだろうが」
『あうあう』
「その手には乗らんよ。さて、教師に甘言を持ちかけるのは校則違反だぞ、弥六君」
『仕方ないっすねー』
にひひ、と弥六(の声)は笑う。
『じゃ、交渉決裂って事で、こっちも奥の手出すっす』
弥六のその言葉と共に、海上から一筋の光が放たれる。
それはサーチライト! 漁船や商船などに搭載されることの多い、大変明るい照明器具である!
では、サーチライトを放ったのは何者か?
薪屋は目を細めながら光の源を視線で追う。
そして見た。
「ほほう……これは、ロボットか」
まさしくロボットであった。
全高53m、推定質量数千トンにも及ぼうかという巨大な鉄の巨人が、海上に仁王立ちしていた!
サーチライトはその左肩に搭載されている物である!
そして、そんなものがサーチライトを放つだけで攻撃をやめるわけはない!
ロボットの右肩から何かがせり出してくる。
これは……ミサイル! 当たり前だが魔人とはいえ人間相手に放つものではない! 正気か!
全長5m程の巨大なミサイルが、薪屋先生に対し、放たれた……!
◆ ◆ ◆
二回戦第五試合
薪屋武人
vs
弥六
at:ヨコハマ港湾施設
◆ ◆ ◆
同日、20時44分、ヨコハマ港湾施設隠しドック
弥六がラジカセを介して薪屋先生に話しかける、およそ15分前。
人っ子一人いない……本来いるはずの警備員や警備ドローンすら存在しないヨコハマ港に、一隻の武装商船が停泊していた。
「早くしろ。警備の穴はあと15分しか持たない。それ以降の安全は保障できないぞ」
「んなこと言ったって兄貴、荷運びドローンどもにだって限界はあるんですよ。時間いっぱいかかってもできるかどうか……」
「5分縮めろ」
「殺生なー!」
戯画化された悪人コントではない。これはただの現実の悪人のやり取りである。
冷酷な口調の、兄貴と呼ばれた男が「黒丸レック」。それに答えた男が「滑動ロビィ」。
彼ら二人の名は、『白き渚団』。大型の武装船を駆り各地で密輸と密貿易をして荒稼ぎをしている、新進気鋭の小悪党である。
ぽっと出の新人、どうせすぐ沈む、と嫉妬交じりの悪評の絶えない彼らであったが、その実力はある程度本物である。それゆえ、今のところは危ない橋から落ちる事もなく、なんとか渡りきる事が出来ていたのだ。
そう。今までのところは。
「……? どうした?」
「荷運びドローンどもが詰まって……? いや、違う。これは……ドローンどもの反応が消えてく! 何かが近づいて来て……何だ、速すぎる!?」
「隔壁を降ろせ。何が来てたとしても、この中枢までは辿りつけんし、辿りつかせんよ」
「隔壁降りました!」
「早いな。さすが、『滑動』の名は伊達ではないか」
「へっ、伊達にこれで飯食ってはいな」
滑動ロビィの滑らかな喋りは、何者かに喉笛と頸動脈を裂かれたことで永遠に幕切れとなった。
巻き上がる血しぶき。血しぶきを浴びる何者かは、腕から生やした刃物についた血のりを一瞬で払い、レックへと向き直る。
「はーい、まずはおひとり様三途の川にご案内っす。ポートヨコハマへのご来港、まことにありがとうございますっした」
「き、貴様……才羽鉄子!?」
「弥六っす」
弥六は忍者なので忍者ネームで呼んでほしい。
そう、ロビィをあの世へと葬り去ったのは誰あろう、皆さんご存知女忍者弥六であった。
「……ああ、皆さんには才羽鉄子名義で情報流したんだったっす。忘れてたっすね。これは失敬っす」
「貴様、どういうつもりだ! まさか、このポイントの警備が手薄になると情報を流したのは」
「罠っすよ」
あっさりと認める弥六。
そう、彼女は「特定の時間になるとヨコハマ港の警備が薄くなる」という情報を、特定の急進的な密輸業者に流し、そこに誘い込んだのだ! なんという卑劣! 忍者だからといって無際限の卑怯が許されると思ったら大間違いだぞ!
「……なるほど、間抜けは俺か。だが、隔壁はどうなった。滑動の動かした隔壁は滑らかに閉じる。並の魔人では反応できるスピードではないはずだ」
「あー、それっすけど」
弥六は、右手から生えたブレードで、先ほどまでロビィが向き合っていたコンソールを指差す。
「遠隔でハックさせてもらったら簡単に開いたっすよ。開くのも滑らかになってたのは盲点だったっすね」
液晶表示のコンソールには、大英帝国の旗……ユニオンジャックがはためいていた。
レックは一瞬ぽかんとした顔になると、自棄になったかのような顔で大笑する。
「ハハッ……なるほど。いよいよ間抜けは俺だったという訳だ。それで、どうする? 俺も殺すか、ニンジャガール」
「そうっすねー」
弥六が笑う。とたん、レックの笑顔が凍りつく。
弥六の笑顔が、あまりにも鮮烈な物であったからだ。
「一応生きててもらうっす。……首から上だけ」
ブレードが、レックの首を薙ぐ。
彼が生前最後に聞いたのは、弥六の口からこぼれた不可思議な言葉だった。
「……バリツ奥義、『ダイヤモンズ・アー・フォーエバー』。アンド『ザ・スパイ・フー・ラブド・ミー』」
◆ ◆ ◆
繰り返しになるが黒丸レックの実力はある程度本物である
ある程度というのが悲しいところではあるが、取り回しの良い能力といざという時の奥の手を持つ
しぶとく生き残る力を持った魔人であるといえよう
魔人能力『マシンハートラヴァー』。自らの所有する機械をロボット兵器へと変える能力。
海上に鎮座するロボット、変形武装商船から放たれるミサイルは、正にその奥の手であった
高質量高熱量高速度、男子丸出しのその浪漫を弥六は解さなかったが、とりあえず強ければいいっす。
果たしてそのミサイルは狙い違わずマッスル教師が仁王立ちする波止場へと降り注いだ。
「(うわあ)」
弥六は呆れにもにた嘆息を漏らす。
傾向は知っていたが、まさかここまでとは。
着弾したミサイルが齎す爆風が晴れたその場所には、クレーターの中心に薪屋武人が変わらず仁王立ちをしていた
果たして如何なる手管で持って彼は御禁制武装よりその身を守り仰せたのか。
賢明なる読者諸君は既におわかりのことだろう。
またあまり賢明でない読者諸君もまあなんというかフィーリングで解っていただけることだろう。
筋肉である。
強いて付け加えることがあるとするならば、先程よりも筋肉はマシマシだ。
男子丸出しの浪漫武装に彼の能力が呼応したのだろう。
なんだかテンションの上がってしまった薪屋武人は、いやいやなんだこれ格好いいな、といい笑顔を浮かべている。
だが校則違反は校則違反だぞう。
悠然と、彼のホームグラウンドたる廊下を歩くように。
彼は海面へと一歩足を踏み出す。
尋常の肉体を遥かに上回る筋密度を持つ彼の肉体は、尋常の物理法則に従うならば即座に沈没するべきだ。
しかし彼は構わず二歩三歩と歩みを進める。
かくの如き不条理を可能としているものは何か。
筋肉である。
膝の辺りをめがけて担いだラジカセを振り下ろせば
まるでビスケットを砕くように変形武装商船がくずおれる。
単なる打撃にそれほどまでのエネルギー量を発揮させているものは何か。
筋肉である。
油圧ピストンと原子力で稼働する、筋肉を持たない変形武装商船では相手があまりにも悪かった。
筋肉である。
筋肉である。
筋肉である。
変形武装商船は沈没を待たずして瞬く間にスクラップ塊と化していき、地球をちょっとだけ汚した。
弥六の狙い通りに。
◆ ◆ ◆
「ぽちっとな」
弥六が古式ゆかしいボタン付きリモコンのスイッチを入れると、変形武装商船が大爆発を起こした。
バリツ奥義、完全に殺せるレベルの一撃を当てた相手を自らに惚れさせる『ザ・スパイ・フー・ラブド・ミー』によって完全に弥六のとりことなった黒丸レックの生首……生命活動はバリツ奥義『ダイヤモンズ・アー・フォーエバー』で長らえさせた……が、自らのマシンを自爆させたのである。
ちょっとどころでなく海は汚れただろうが、まあ些細な犠牲だ。
「まんまと引っかかってくれて助かったっす……脳筋はそういうところ楽でいいっす」
そう。読者の諸君も不思議に思わなかっただろうか。語り手が、現時点での弥六の居場所を一度として明確に描写しなかったことに。その答えがこれである。
弥六の居場所は、海上の変形武装商船ではなかった。その反対側の倉庫の影にいたのである。
違法電波は、電波発信サイバネ『どこでも放送局(19万7000円)』によって発信しているため、発信元は気取られない。
対戦相手を謀殺する完璧な作戦であった。
「まあ、あれだけの爆発ならひとたまりもないっしょ」
あ、フラグ。
「マッソオオオオオオオオ!」
「うわああああああああ!?」
この異様な叫び声は! 聞き違えるはずもない、薪屋先生である!
いやこんな叫び方はしてなかった気もするが! なんだこれキモい!
海上から突如躍りかかってきたマッスル先生が、野生のマッスルの勘により弥六の居場所を察知、即座に押し倒してのけた!
婦女暴行! 婦女に暴力行為です! おまわりさーん!
「フゥー……フゥー……弥六君、爆発物の起爆は……校則違反だぞ……」
「まじっすか!?」
弥六、のせられてはだめだ! このままではマッスル先生のペースだぞ!
「……では……“生徒指導”を……始める……!」
「ヒッ、ヒィ!?」
ああもうだめだ! マッスル先生必勝のパターン! おしまいだ!
♪
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「気づいたんすけど」
「何かね」
「あたし、もう、鍛える筋肉がないんすよね」
衝撃の発言! さしものマッスル先生も一瞬固まる!
生身の残らないレベルのサイバネ換装は校則違反かどうか周巡した一刹那!
「バリツ奥義、『ゴールドフィンガー』………!」
筋肉の反応速度を上回るバリツ奥義が、僧帽筋を硬直させる隙を与えずその顎を一撃!
その一撃は薪屋先生の脳を揺らし、すべてを終わらせた……!
◆ ◆ ◆
二回戦第五試合
●薪屋武人
vs(1時間34分、ゴールドフィンガー(サイバネ掌底))
○弥六
~次の試合へ~