「さあ、お待たせいたしました希望崎学園、魔人武闘会二回戦。
会場はこちら、タケダネットの目も届かぬ、いずこかの非合法BARよりお送りいたします。
今回のわたくしの対戦相手はッ!?
はるか大陸より訪れた偉大なる『提督』!ジッ!アドミラルゥ――――――ッッ!!」
観客ひしめくBARの薄闇に、朗々と実況者の声が響きわたる。
声の主らしき男は赤いマイクを手にしているが、その声は肉声。
戦う実況者、古太刀六郎のスタイルであった。
「敵を知り、己を知ればマシンガントークは銃よりも強し!
わたくし今回の対戦相手である『提督』の一回戦、抜かりなくチェックしております。
察するに彼の能力は、身体の強化、機械化を行う類のものでありましょうか。
恐るべきは雄大なるアメリカン・リパブリックの深淵!
此度の戦いでは、いかなる多彩な術技を見せてくれるのか!?」
対する『提督』は、あくまで尊大に応ずる。
「HAHAHA……よく口の回る猿ですネ?
リパブリックの叡智は、キサマらごときに披露するために存在するのではありまセーン」
「おおーッと、これは手厳しい!初対面の相手に対し、敵意を隠さないこの言いよう!
しかし武闘会の趣旨を考えれば、これも当然でありましょうか!
前回のわたくしの対戦者であった少女こそ、稀なる例外であったといえましょう!
一回戦では、惜しくも姫宮マリ選手の殺人バレエを前に敗北を喫した『提督』ことアドミラル!
その表情にはいささかの油断もありません!」
六郎に意趣返しの意はなかったのであろうが、過去の敗北に触れられ、『提督』は顔をしかめた。
「本当に、ゴチャゴチャとうるさい猿ですネー…。
猿なら猿らしく……見苦しい鳴き声でも上げてみてご覧なサーイ…『オープン』!!」
『開闢者(ジ・オープナー)』。それは六郎の認識と異なり、単純な身体強化に類する能力ではない。
自らが「閉じている」と認識したものを『開く』能力。
『提督』は人体の中枢(ドグマ)眠る気功の門、「チャクラ」を開いた!
「ああーッ、これは前回、姫宮マリ戦の終盤で見せた身体強化!
『提督』、はやくも切り札を出してまいりました――――――ッッ!!」
衝撃!
提督は強化された脚力により、弾丸のごとき速度で肩口から体ごと六郎へとタックルを放った!
しかし六郎は持ち前の実況者脚力により、辛くもこの突撃を回避!
「強~烈な当たり!!」
間髪入れず、六郎の実況の声が響く。
「なんということでしょう!BARの壁をやすやすと砕くアメリカン・フットボール・タックル!
彼の肉体は、魔人能力によるものでありましょうか、静脈が赤黒く浮き上がり、
筋肉も仁王像のごとき力強さで隆起しております!」
六郎の言葉を聞きつつ、『提督』は訝しげな表情を浮かべる。
「OH…これは、アナタの能力ですカー…?
普段の『開放』時よりもはるかに、力が湧き上がってきますYO?」
「こ~れは手痛いご指摘!お察しの通り、その効果は私の魔人能力によるものであります!
能力名を『パニック・ステーション』、言葉で描写した現象を『誇張』する魔人能力!
しかしわたくしこの、実況欲とでも言いましょうか、たとえ能力によって
自分が不利になる状況であろうと、実況の言葉をとどめることができません!」
「HAHAHA!なるほど、合点がいきました!それこそ前回のアナタの敗因!
自分の欲ひとつ抑えられないとは、まさしく脳なしの猿ですネー!!」
『提督』の身体能力は、チャクラの第二門を開けた状態に相当するところまで強化されている。
自ら行うにはリスクが大きい領域。六郎の能力により、副作用もなくその状態へと到達していた。
「いかにも!この古太刀六郎、此度の闘技会を勝ち上がり、より心躍る実況を行うという目的がある!
ですが実のところ、その目的を忘れがちであります!初めて目にする魔人能力を前に、
『勝つための実況』をすることは困難の極み!」
「しかし私とて……競技者として、勝つことを諦めたわけではない!
対戦者であるわたくしに勝ち気がなければ、実況の楽しみも陰るというもの!
実況者の矜持と、闘技会の勝利!今日こそは、共に掴んでご覧にいれましょう!」
六郎が言葉を紡ぐ間、『提督』は強化された剛腕で、戦車のごとき脚力で、容赦なく攻撃を加えている。
しかし恐るべきことに、六郎はそのすべてを紙一重で回避していた。
「強~烈な当たり!なんということでしょう、厚い木のテーブルが薄紙のごとし!
もはやこれは人ならぬ暴威、荒れ狂う人間暴風雨だ―――――ッッ!!」
一流の実況者のみが修めることを許されるという実況者拳法、南斗実況拳。
銃弾や爆風、熱波を防ぐ。サンシタ化した観客の襲撃を捌く。
その術理はとりわけ「生きて実況を続けること」に特化している。
南斗実況拳の達人となればこのように、単純な身体強化による攻撃を
難なくかわし続けられるのも、驚くには値しない。
だがこの結果は決して、南斗実況拳の術理のみによるものではない。
六郎が、魔人覚醒により表の世界で実況者となる道を絶たれても、いつか舞台に絶つ夢を捨てず
実況者として日々、研鑽を積んできた成果なのだ!
「フゥ~、ちょこまかとすばしこい猿ですネ~…。
そろそろ観念して、屠殺されてもいい頃合いデース…。」
「おおーッと、これは恐ろしいお言葉!
いまや彼の肉体は岩山のごとく隆起し、顔面にも赤黒い静脈が脈打っております!
その様相、『まさしく人間ゴリラ』!」
「!?」
普段の『提督』であれば、その言葉に込められた決然たる敵意に気づいたであろう。
あるいはただちに戦闘スタイルを変え、自らの変化が致命的なものになることを避けられたであろう。
しかし、もう遅い。いまや単純に、先の言葉で侮辱されたという怒りだけが『提督』の脳を支配していた。
「ウホゥ……誰がゴリラですか、この……猿がッッ!!」
「おぉーっと!!丸太のごときゴリラの剛腕が唸る!
しかし力にまかせた攻撃、その狙いはいささか大味になっております!」
重なる六郎の実況!提督ゴリラはもはや完全に知性を失っている!
同時にゴリラの身体能力は、六郎の回避能力ギリギリまで迫っていた!
提督ゴリラが六郎を粉砕するのが先か、あるいは六郎がスキをついて、提督ゴリラに致命打を加えられるのか、それが勝負の分かれ目となるであろう!
しかし、どうしたことか!?不意にゴリラは六郎をターゲットから外し、野次を飛ばすBARの観客へと襲いかかった!
「危なーい!!」
六郎は実況により観客の回避行動をサポート!
しかし、心配には及ばない!提督ゴリラの敵意は、とりわけ彼の神経を刺激する、一人の観客へと向かっていた!
「ケヒャッ!?」
そう、紅崎ハルトのセコンド的存在、ケヒャ郎である!
彼はいかなる情報網によってか、この会場のありかを察知し、みずから偵察行動を行っていたのだ!
「ヒェッ…な、なんでこっちにまっすぐ向かってくるでヤンス~!!」
提督ゴリラが、はっきりとケヒャ郎の姿を視界の中心にとらえる!
なんだかよくわからんが、あれは猿よりも唾棄すべき存在!
人としての知性を失ったからこそ、はるか本能の奥底より、万人に湧き上がる衝動!
ケヒャ郎殺すべし!ケヒャ郎殺すべし!
外壁の穴から逃げ出したケヒャ郎を追い、提督ゴリラがBARの外へと走りだした!場外!
しかし試合の結果とは関係なく、ゴリラの剛腕がケヒャ郎の肋骨を、脊髄を、頭蓋を粉砕する!
「ケヒャァ――――――!?」
行き交う人もない街の路地裏の底に、ケヒャ郎の薄汚い断末魔が響いた。
古太刀六郎 ― 勝利
『提督』 ― ゴリラ化、戦域離脱
ケヒャ郎 ― 死亡(残念ながら、のち主催の医療行為により復活)