三回戦第二試合その1


父と母が好きだった。
その父と母が誇りに思っている、鉄砲のことが好きだった。
父は名の知れた鉄砲鍛冶だった。

鉄炮造り以外の領分にも手を広げても成功できるほどに器用な人だったが、
それでも父は鉄砲鍛冶だった。

私が四歳の頃、父は鉄砲の使い方を教えてくれた。
それが嬉しくて、私は鉄砲を造ることよりも撃つことに夢中になってしまった。

父も母も、本当は鉄砲よりも他のことに精進してほしいと思っていたのかもしれないけど、それでも私が上手に的を撃てるようになったり、狩りに成功したりすると、喜んでくれたし、褒めてくれた。

私は、鉄砲が好きだった。
その鉄砲が、不当に低く見られている、武田の世が嫌いだった。
武士の人たちは、当たり前のように『武士は銃よりも強し』といい、
『銃など所詮平民どもの玩具よ』と吐き捨てる。

そうじゃないということを、証明したかった。
そのために、この戦いに参加した。

ポータルを通り、試合会場に来た。
イギリスの廃工場。
既に滅びた国の中で何も生み出さず、ただ機械を動かすためだけに機械を動かし続けている永久機関。

蒸気の吹き出す音や、金属の軋むような、いやな音が辺りから響いている。
下を見下ろすと、煙を上げ、赤、黄、青、様々な光を発しながら機械が動いていた。

流れるように何かの装置が組み立てられていき、そして分解されている。
この光景は、知識としては知っていたが、やはり不毛なものだと実際に見て思った。
そこに、不意に工場の音とは違う音が混じった。

足音。
自分の存在を誇示するような強い音だった。
十四代目武田信玄。
下にある工場の通路を、堂々と歩いている。
こちらに気付いている気配はない。

彼がかつて最強と呼ばれた武士だということを、千勢屋香墨は知っていた。
彼もまた『銃よりも強い武士』なのだろう。
その十四代目武田信玄を倒す。その機に恵まれたことを、両親に感謝した。

銃を構える。
気が、充実していくのを感じる。
引き金は、重い。それでよかった。

銃を撃つということは、何かを殺そうとすることだ。
この引き金の重さは、そのことを確かに実感させてくれる。

同時に、銃は生かす道具でもある。
この引き金は、千勢屋を、砲術の未来を生かすためにある。
先の試合での決意を、忘れてはいない。

二度、肩で呼吸をした。
銃口は、ぶれていない。
蒸気のせいで、多少視界は悪いが、問題になるというほどではなかった。

引き金を引く。
銃声が響く。
血は、流れなかった。
銃弾が機械にぶつかった音が聞こえた。

殺気が漏れていたか、それとも音がしてから反応したか。
これでこそ、武士だ。銃より強い武士。それを私が倒す。

十四代目武田信玄がこちらを見た。距離は、十分に取ってある。
そうやすやすと、近づかせはしない。そういう態度をとる必要がある。

懐から、父から授かった道具を取り出す。
父は鉄炮造り以外の領分にも手を広げている。

そして、その腕を見込まれ、幾人かの大会参加希望者から、協力を要請されていた。
既に見積もりに入っていたというがそれを断り、私の為の道具を作ってくれていた。
1回戦2回戦には間に合わなかったが、ここからは遠慮なく使わせてもらう。




千勢屋香墨が的外れな方向に、七度、銃弾を放った。
その硝煙が消えぬうちに、千勢屋香墨は姿を消した。

強い決意を秘めた目をしていた。
あんな目を持つ女が、ただ逃げるだけということはないだろう。
あの的外れな攻撃も何か狙いがあってのことに違いない。

そして、姿を隠したのも、狙撃が目的というわけでなく、自分を誘い出すことが目的だろう。
そこまで辺りを付けた上で、十四代目武田信玄はあえて千勢屋香墨の誘いに乗った。
敵の策に乗り、その力を存分に振るわせた上で勝利してこそ、武田信玄だ。

十四代目武田信玄は強くそう思っていた。
それが出来なければ、当代信玄には勝つことができない。ということもわかっていた。
なんにせよ。まずは千勢屋香墨に近づくことだった。

足を踏み出そうとした瞬間、銃声が響いた。
音のした方に、意識をやる。
それとは反対側から銃弾が右足を貫いた。

続けて、銃声が響く。銃声は全て同じ場所からだった。
だが、銃弾は全て違う方向から飛んできている。

音はあてにならない。ならば空気の流れを感じればいい。
5発までは弾くことができた。一発は左腕をかすめた。

服を破り、右足と左腕をそれぞれ縛った。気休め程度だが止血にはなる。
銃声が六度響いた。空気の揺れを感じ取る。

六発。全てを弾いた。そのことで、一瞬だが油断した。
七発目が、目の前から来ている。何もない空間から銃弾が現れた。



極小のポータルを介しての狙撃を可能にする道具を父は渡してくれた。
今は入口のポータルと出口のポータルを七つずつ放っている。

入り口は、自分の周囲に、出口は十四代目武田信玄の周囲にだ。
ポータルは、自分と十四代目武田信玄の周囲に浮き、自動で追尾してくれる。

父は、鉄炮造り以外の領分にも手を広げているから、こういうこともできる。
出口側のポータルと視界も共有できる。お父さん凄い。凄すぎない?

入り口側のポータルに向けて、引き金を引く。
銃弾はポータルを介して、十四代目武田信玄を狙撃する。

七発。
一発目は、右足を貫いた。
二発目、三発目、四発目、五発目、六発目は、弾かれた。

七発目の銃弾は左腕をかすめた。致命傷に放っていない。
父はこのポータルは一方通行だと言っていた.
ポータルを介して、こちらが反撃されることはない。

鶴を折る。
七つの銃を再び放つ。
一発目、二発目、三発目、四発目、五発目、六発目、が弾かれた。

わかっていた。例え、ポータルを介した射撃でも、この男は二度目からは対抗してくる。
十四代目武田信玄は、強い。

だから、油断する。性格なのか、矜持なのか、傲慢さなのかはわからないが、
この男は敵に本気を出させようとする。その上で勝利を得ようとしてくる。

この男は私が罠を張ればそれにかかるし、策を弄せばそれに乗ってくる。
性格なのか、矜持なのか、傲慢さなのかはわからないが、それを利用をする。
みえみえの罠を張り、ばればれの策を弄して、誘い込んで、殺す。

七つ目の銃に消音装置を付けた。
これで、銃声の数をごまかす。つまらない小細工だが、やる価値はある。

引き金を引いた。ポータルから出たそれはまっすぐ十四代目武田信玄の額に向かっていき、
そして、かわされた。
思わず噴き出してしまった。化け物か。
必中必殺の間で放たれた弾をあっさりと無意味にされた。

鶴を折る。
そして誘うように距離を取る。
わざとらしく床を強く蹴り、大きな音を鳴らす。
お前を倒す策がある。だから、こちらに来てみろ。

そういう意思を込めて動けば、十四代目武田信玄はそれに応える。
そういう男だということは、過去の試合を見ればわかった。
そして、十四代目武田信玄を倒す術を千勢屋香墨は持っていた。



ポータルを介した射撃をひたすら繰り返した。
十四代目武田信玄はそれを跳ね除けながら、進んでくる。

父が特別に作ってくれた、
触れたものを凍らせる絶対零度銃弾も、
着弾した瞬間小規模の核融合を起こす核爆銃弾も、
周囲に雷が落ちてくる雷撃銃弾も、
植物が異常増殖する農薬銃弾も、
インド象も即死する毒をまき散らすドクドク銃弾も。
その他もろもろの特殊銃弾も足止め程度にしかならなかった。

父は、鉄炮造り以外の領分にも手を広げているから、こういう銃弾もたくさん作ってくれた。
わずかな傷は負わせたが、致命傷にはつながらない。

銃弾に直接毒を塗ったものが腕をかすめたりはしたが、毒が回り始める前に、傷口をえぐりとられた。
全てが、順調だった。
鶴を折る。

十四代目武田信玄は私の策を踏みつぶしながら、こちらに向かっている。
さらなる罠が待っていることを知りながら、走っている。
その罠で、確実に息の根を止める。
鶴を置く。

周囲には既に一面の折り鶴が置かれている。
誘うように銃を撃つ。それに応えるように、十四代目武田信玄がそれをよける。
幾度度となくそれを繰り返し、ついに十四代目武田信玄がここに来た。

何度も組み立てられ、分解され、摩耗しきった使えない部品が集められている、クズ鉄置き場。
その上に無数の折り鶴を置いてある。
折り鶴たちを踏みつぶし、クズ鉄を蹴飛ばしながらこちらに向かっている。

弾を銃に込めた。
「これで、終わりか?」
十四代目武田信玄が口を開いた。
返事の代わりに空に向けて、銃を撃った。

溶解銃弾。降れたものを全て溶かす特殊銃弾。
それを十四代目武田信玄は避けた。溶解銃弾は壁を溶かしながら、放物線を描き落ちていった。
かすかにカツンという音が響いた。溶解銃弾が溶解力を無くし床か壁にぶつかったらしい。

「まだ、やるか?」
十四代目武田信玄が再び口を開いた。
返事はしない。
代わりに、さっきと全く同じ弾道で再び銃を撃った。
銃弾が地面に着弾する。その瞬間、私はその場所に移動した。

ワープ弾。父は、鉄炮造り以外の領分にも手を広げているから、こういう弾も作ってくれる。
「これで終わりだ。」
距離を取ったのは、十四代目武田信玄から逃げるためではない。
自分の仕掛けた最後の罠から逃げるためだ。

「くらえ、十四代目武田信玄」
千勢屋香墨は勝利を確信した。

「これが!私の切り札!!半径20M七億度の炎だーーーーーー!!!」
折り鶴が一斉に輝きだし、その光が十四代目武田信玄を包んでいくのが、ポータルを介して見えた。








千勢屋香墨の特殊能力、『朱鶴拵篝玉章』。
自ら文字を記した紙を随意に燃やすことができる能力だ。
随意とはすなわち随意のタイミングで燃やすこと出来、
随意の強さで燃やすことができるということだ。

温度には、下限はあっても、上限はない。
つまり炎の温度はいくらにでも設定できるということだ。

だがあまり上げ過ぎたら自分ごと、地球が消滅してしまう。
だから七億度の炎程度で抑えた。

以前はここまでの温度で燃やすということはできなかったが、
斎藤ディーゼルと戦い、紅崎ハルト、十四代目武田信玄の試合映像をみたらこいつらが無体すぎてなんか吹っ切れた。

この温度であれだけの紙を同時に燃やせば、逃げられるヤツはいない。
十四代目武田信玄を燃やした場所へ行く。
七億度の炎にかかれば、跡形も残っていないだろう。
やはりそこには、何も残っていなかった。

あれだけあったクズ鉄も、それを集めるための機械も、クズ鉄を再生させるための溶鉱炉も
それを集めていた部屋そのものも、その下にある地面ですら、
気化し、消滅してしまっている。

少し、心苦しくなる。いくらここの治療班が優秀だとはいえ、
七億度の炎で気化してしまった人間を、治療することなどできるのだろうか。

そう思ったとき何か、妙なものが目にうつった。
気化してしまった部屋のあった場所に、何かが浮いている。

あれは、まさか。
十四代目、武田信玄。



初代武田信玄は時空間を操る能力を持っていた。
彼は、その能力の風・林・火・山の4つの使い道にわけた。

そしてそのうちの動かざること山のごとしは、
自分の時間を完全に止めることで、外部からの影響を全く受けなくなる能力だ。
これを使えば、例え七億度の炎の中に放り込まれてもへの河童だし、
地面が気化してなくなってしまったとしても浮きつづけられる。

だが、千勢屋香墨には、そんなことはわからない。
わかるのが、目の前に七億度の炎に焼かれても平然としていられる男が居るということだけだ。

十四代目武田信玄が、落下した。
そして、こっちに向かって走ってくる。
「『朱鶴拵篝玉章』」
紙を炎に変える。

黒い炎。かつて第六天魔王が支配していた世界の炎。魔界の炎。
随意に燃やすことができるので、当然魔界の炎で燃やすこともできる。
「くらえ!!邪王炎殺黒鶴波ーーーー!!!」

黒い炎が鶴の形を為して十四代目武田信玄に襲い掛かる。
七億度の炎が効かなかったとしても、
化学反応を無視し、あらゆるものを無に帰す魔界の炎なら、十四代目武田信玄とて
「動かざること山の如し」

十四代目武田信玄が動きを止めた。
そして黒い龍は十四代目武田信玄をすり抜け、そして紙が燃え尽き、消えていった。

砲術も七億度の炎も魔界の炎も、何も通じなかった。
全身から、力が抜けていくのを感じた。もう何もできることはない。

十四代目武田信玄は立ち止まったまま武田家波を撃つ構えをみせている。
既に、すさまじいエネルギーがたまっている。
地球どころか太陽系全てが吹き飛んでしまうかもしれない。

その時、手紙のことを思い出した。
あの日、「辛くなったら開けなさい」と父が持たせてくれた手紙。
手紙一枚で何か状況が変わるとは思えなかったが、それでも何か縋りたかった。
父は私に何を伝えようとしてくれたのだろう。
手紙を開いた。

「オッス!オラお父さん!」
お父さんが出てきた。
「どうやら、随分困ってるみてえだなあ、香墨」
いや、でもなんか違う。
お父さんだけど、お父さんじゃない。別の人のお父さんな気がする。

「あの、お父さん、だよね?」
「あったりめえじゃねえか。オラの魔人能力でな。香墨が手紙を開いたらオラが出てくるように仕掛けをしといたんだ!」
なんか。やっぱり違う。お父さんの一人称はオラじゃなくて僕だった気がする。

それはそれとしてお父さんらしき人が十四代目武田信玄のほうをみた。
「へへっ、どうやら相当やべえ状況みてえだな。オラ、わくわくしてきたぞ!」
「やっぱりあなた私のお父さんじゃないね!?」
「香墨。あの武田家波に打ち勝つにはおめえが思いっきり三段撃ちをぶっぱなすしかねえ!」
「いや、全然そんなんで勝てる気はしないんだけど!」
「それでもやるしかねえ。えれえ学者さんになりたいんだろ?」
「そんな話一回もしたことない!炮術の流祖になりたいの!!千勢流炮術を立ち上げたいの!!」

「夢をかなえるにはヤツを倒すしかねえ。いくぞ!」
「なんか全然違うんだけどその通りではあるから腹立つ!っていうか人の話全然聴かないねこのお父さん!」

銃を構える。
「た」
「即
「け」
「中」
「だ」
「即」
「け」
「仏ッッ!!」
「波ーーーーー!!」
十四代目武田信玄が武田家波を放つ!
同時に香墨が三段撃ちをぶっ放した!そしてその背後ではお父さんも三段撃ちのポーズをとっているぞ!究極の親子パワーだ!

武田家波と三段撃ちがぶつかりあい!なんか凄まじい衝撃が発生する!
廃工場とかそこらへんのあれが吹っ飛んでいく!

「え!?なんか、なにこれ!?こわい!」
「こらえろ!こらえるんだ!香墨!まだおめえは全部の力を出し切ってねえぞ!爆発させろ!力を!」
「いや、あの!力を爆発させるも何も銃を放ってからはもう私の力とか関係ないと思うんですけど!」
「おめえは地球へのダメージを心のどこかで考えてるんだ!気にするな!ダメージは母ちゃんのへそくりで元に戻る!!」
「嘘をつくなよ!!そんなへそくりがあったら私たちこんな苦労してないよ!」
「今だーーーー!!力を爆発させろーーーー!!」
「待って、こんなんでいいの!?
七億度の炎とか魔界の炎とかやったあとで言うのもあれなんだけど本当にこんな終わり方でいいの!?
っていうかスルーしてたけど武田家波ってなんだよ!説明しろよ!!」

「細かいことは気にするな!いっけーーーーー!!」
「え、え、え、ぜ、全開だーーーーー!!」
香墨とお父さんの究極親子パワー三段撃ち!その超絶パワーを!!
「波ーーーーー!!」
十四代目武田信玄の武田家波が!容赦なく乗り越えた!!

「う、うわーーん!やっぱりダメだったお父さんのバカーー!!」
香墨ちゃんが頭を抱える!するとその時一通の手紙がぽとりと落ちた。
「あ、あー!この手紙だ!この手紙こそ本物のお父さんの手紙だ!
つらい!いまつらいよ!だから読ませてもらうよお父さん!!」

香墨ちゃんは今度こそ藁にも縋る思いで、その手紙を開きました。


 ――真っ白な紙。
 そこにびっしりと刻まれているのは何か。


 ああ、それは間違いなく親の愛。父が娘に残した愛。
 千勢屋一族に伝わる伝説の守護公式――――『フェルマーの最終定理』である。
 手紙を埋め尽くす謎の守護公式はこう締めくくられている。


 『この定理に関して、私は真に驚くべき証明を見つけたが、この余白はそれを書くには狭すぎる』

「ってそれ違うキャラーーーーー!!お父さんのバカーーーー!!!!」
そう叫びながら、香墨ちゃんは武田家波で吹き飛ばされてしまいました。

千勢屋香墨は風になりました──十四代目武田信玄が無意識にのうちにとっていたのは“敬礼”の姿でした──。涙は流さなかったが、無言の男の詩が──奇妙な友情がありました──

香墨ちゃんが最後に見た手紙は、本物の手紙だったのでしょうか。
それとも、香墨ちゃんがみた幻だったのでしょうか。

それは今となっては誰にもわかりません。
わかるのはただ、この試合の勝者が十四代目武田信玄であるということだけです。
とっぴんぱらりのぷう


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凄まじい力だった。
まさか、太陽系全てを吹き飛ばすほどのエネルギーを持った武田家波を一瞬とはいえ、押し返してくるとは。

あれで大分力をそがれた。
今この地球が無事であり、千勢屋香墨が吹っ飛んだ程度で済んだのはあの超親子パワー三段撃ちのおかげだろう。

「絆の力、か」
あの親子のことが少し羨ましくなった。
だが、自分にも守りたい絆はある。

自分をここまで導いてくれた、十二人の武田信玄。
血は流れていなくとも、同じ名を持つ家族だった。
自分が武田家波を使えるのは、彼らがそう認めてくれている証だ。

そして、自分に道を示し、敗北の後も支え続けてくれている歴史博士。
戦場に一人で立っていたとしても、常に自分に力を与えてくれていると、感じている。
彼らの為にも、もう二度と負けるわけにはいかない。

十四代目武田信玄は七億度の炎せいで再起不能のダメージを受けた廃工場から星を見上げながら
強く、そう誓うのであった。
最終更新:2016年07月16日 23:40