三回戦第三試合その1


Versus AngeL Loyal Exterminate(魔人を討ち滅ぼす高貴)。

VALLE。

そう、バレエ。
今となってはVALLEが何の略称であるのかを知るのは、あの歴史学者ただ一人となった。

《湖の白鳥》《くるみ割り人形》《眠れる森の美女》の三人に代表される殺技集団VALLEsによって編み出され、
フランス王室に伝わるが後の革命騒乱により失伝。
それから色々あって舞台舞踊として世界に広く普及されたものが、現在のバレエである。

VALLEの極意は回ること。

ただひたすらに速く速く回転することでジャイロ効果を生み出し、姿勢を保つ。
ご存知の通り、重心を安定させることはあらゆる武術の基本であり真髄。
ましてやそれが魔人同士の戦い、ひいては超音速の世界であれば尚更である。

そしてこの回ることを突き詰めることで、バレエからVALLEに切迫せしめた少女がいた――。







ポーン!エレベータのガイド音声が鳴り響く。
磨かれた金属シルバー扉が左右に分断され、奥から車椅子の少女が進み出た。

漆黒のバトルドレス。ミニスカートから伸びるスリットからは、白いふとももが覗く。
しかし、そこから下は、無い。失われている。そう、両足が無い。

彼女の名は姫宮マリ。事故により翼を落とした悲劇のバレリーナ。
義足を失い、新調することも叶わず此の戦場――オフィスビルに参じた。

ガラス張りの近代的な廊下に、手押し車椅子のキコキコが寂しく鳴く。
それはさながら姫宮マリの心の声のようだった。

「……惨めだわ。調子に乗って暴れたせいで、いつの間にか義足は溶けてるし。
 負けたせいで賞金もパー。そのせいで犬小屋みたいなホテルに泊まる羽目になるし」

姫宮マリのホームはとある病院。魔人専門の治療……もとい研究施設《魔人病棟》。
彼女はここから武闘会のポータルチケットを使い逃げ出してきたのだが、今ここでは詳しく語るまい。

「そう……負けた……この。私が。負け、負け――ッ!!」

魔人病棟でのあれこれにより彼女は精神状態が不安定だ。

「あああああああああああああああああああああ!!うるさい!!私は負けてない!」

おまけにプライドも高い。
紛うこと無く美少女だが、プロポーズを試みるのは止めておいた方が良い。

「――薪屋武人ォ!!出てきなさい!!
 八つ当たりよ。ボロ雑巾みたいに殺してあげるから!!」

無人のオフィスビルにヒステリックな鈴の音が響き渡る。
そして暫しの静寂を破り、上方から筋肉質なヴォイスが返ってきた!

「私の生徒はどこだ!――そこかァ!!」

CRAAAAAAAAAAAAAAAASH!!天井崩壊!
コンクリート片が飛び散り、ガラス廊下壁がダイアモンドダストめいて舞う!

姫宮マリはゴホゴホとむせてから、顔を上げる。
そこに三点着地で鎮座していたのは――筋肉の怪物、薪屋武人!!

小脇には旧時代の遺物ラジカセを抱えている。
それは姫宮マリが腰掛ける、アンティークじみた古式車椅子と対照的と言えた。

薪屋武人が三点着地小脇にラジカセのまま、顔を上げ姫宮マリを視界に収めた。
にやりと口角が上がる。

「それでは早速、”生徒指導”を始めさせてもらう……ッ!!」

ラジカセをドンと床に置き、腰を上げ、ゴリラじみた三角筋をアピールするポーズ。
右足をちょんと上げ、豆腐をつつくかのようにつま先でラジカセの再生ボタンを押した。
世界政府によって封印された禁断の音楽――アイドルの声が、鳴り響いた!


『アイドルマスター・シンデレラガールズ・スターライトステージ!』


ワオワオー!!姫宮マリと薪屋武人の周囲に、ライブ会場空間が展開していく!
スポットライト!サイリウム!星!

「ええ…?ええ…??」

さっきまでドス黒い殺意に燃えていた姫宮マリも、これには困惑を隠せない。

ラストアイドル、天草四郎時貞の可憐だが凛とした美声が響く!

「あっ意外と好きかも……」

関心してる場合じゃないぞ姫宮ァ!お前は既に魔人能力下だ!
このままだとタイムアップまで精神支配され、おまけに筋肉ムキムキにライザップされてしまう!

「これより“生徒指導”を始める!」

薪屋武人が威圧的に宣言!

「今から貴様は私の生徒だ。発言する時は最初と最後に“サー”を付けろ!」

どこかで聞いたことのあるような鬼軍曹発言!
しかし姫宮マリはプライドの高い少女。ハートマンの威光でも流石に――。

「サー、イエスサー♪」

姫宮マリ!?頭でも打ったか!?

(チッ、見るからにパワータイプなのにも関わらず怪しい能力を――!!)

――否。彼女は冷静であった。
彼女は先の敗北における反省を活かし、己の能力『血塗れ王妃』の使い方を完全に把握していた。

(まずは様子見。そしてXCのタイミングを計る!)

XCモード。姫宮マリの能力『血塗れ王妃』の第二形態。
代償として血を失い、加えて時間制限まであるがそのパワーは絶大。彼女の切り札である。

(XCは無敵じゃない。『血塗れ王妃』のモデルである《ヱ夷ンゲリヲン弐号機》が、
 新劇場版:破で登場した最強の拒絶タイプ――ゼルエゾに倒されたように)

新世紀ヱ夷ンゲリヲン。姫宮マリが熱中している一昔前のアニメ作品だが、ここでは詳しく語らない。

話を戻そう。XCモードはハイリスクハイリターンの瞬間強化。
しかし、それでも届かぬ壁は確かに存在する。した。十四代目武田信玄。
故に見極めなければならない。目の前の敵が、ゼルエゾに匹敵する魔人であるか否かを。

一度の敗北を経験したことにより、姫宮マリの心中には油断や慢心の類は無くなっていた。
次は負けない負けられない。必ず勝つ。
最強の侍に宿っていた戦国のミームが、少なからず彼女にも伝播していた。

薪屋武人が体育会の暑苦しいノリで語りかける。

「よし、まずは基本のステップから――ん?よく見たら君、その、足が」

「……ええそうよ!マントルに突入したら焼けちゃったの!凄いでしょ!見て!」

車椅子を押して、姫宮マリが薪屋武人に近づいていく。

「マ、マントル……?」

「マグマダイバーって知ってる?ヱ夷10話」

姫宮マリが薪屋武人を上目遣いで仰ぐ。

「ああ、それなら知ってるよ。丁度おじさんの年代だ」

(――隙あり)

その時!突如姫宮マリの両足に流線型のパワード義足が融合装着!
『血塗れ王妃』!

「なっ――」

すかさずヒールでラジカセの停止ボタンを踏みつけた!
鳴り止む輝く星たちのインストゥルメンタル。ライブ会場空間が収束していく!

そう『アイドルマスター・シンデレラガールズ・スターライトステージ!』は天草四郎時貞の能力。
声が届く範囲にキラキラ結界を展開する恐るべき幻術。
薪屋武人はこれを不壊ラジカセに封印し、戦闘に活用していたのだ。

だがしかし、ラジカセを止められては意味が無い。幻術ここに破れたり!

油断してしまったのはドルオタおじさんの悲しい性かな。しかし誰も彼を攻めるな。
漆黒ドレスの美少女に上目遣いでアニメの話題を振られて油断せぬオタクは居ない。

「ブチ壊すつもりで踏んだのだけど、随分と固いわねコレ」

パワード義足でラジカセを抑えたまま、姫宮マリはドヤ顔で挑発した。
薪屋武人は肩をぶるぶると震わせいる。そのモンスター筋肉がおぞましく脈動する。

「貴様、その汚い足を」

「あ、足が滑っちゃッ――たァ☆」

言うが早いか!パワード義足がフィィーンと駆動音を唸り上げ、スラスターからオーロラ粒子が放出!
宙返りからのキックでラジカセと、おまけに薪屋武人の顎を蹴り飛ばした!!

メテオめいた勢いで空飛ぶラジカセがオフィスのガラス壁を一枚二枚と破っていく。
そしてついに、窓ガラスをぶち破った!

CRAAAAAAAAAAAAAAAAAAAASH!!

戦闘領域外排出!のみならずラジカセはビル風に乗り、ぐんぐんと上昇!
運動エネルギー減衰無し!これもまた不壊ラジカセの性質の一つ!

そしてラジカセは、お星様になって消えた。
満面の笑みを浮かべる姫宮マリと、怒りに打ち震える薪屋武人だけがビルに残された。





「アン――」
姫宮マリがパワード義足を唸らせ間合いを詰める!

「ドゥ――」
竜巻めいて旋回!渦巻く大気を吸い上げ更にパワーアップ!これが回転の力だ!

「トロワァーッ!!」
《湖の白鳥》を思わせる高速回転蹴り!
両腕をクロスさせ、薪屋武人はこれを筋肉で受ける!

「リドゥ!」
回転の勢いを殺さず放たれるミドルキック、オーロラ軌跡が弧を描く!
打撃!打撃!打撃!

「トロワァーッ!!」
アクロバット空中旋回、横に45度傾いた回転軸から魔剣めいた切れ味の踵!
ガードをせねば頭からスクラップめいて潰されてしまうほどの極大衝撃!
薪屋武人の魔人筋骨も悲鳴を上げる

「この野郎!」
薪屋武人が反撃をせんと腕を解くが、既に遅く、姫宮マリは間合を離して優雅に着地した。
漆黒ミニスカがひらりと翻り、ふとももがチラリ。

「ましろの、ましろの声が聴こえない……!お前のせいだ、お前の……!」

ブツブツと何やら呟きながら薪屋武人が地団駄を踏む。
姫宮マリの装甲車をも潰す攻撃を受け続けているというのに、一見その体にダメージは見受けられない。

怒りと絶望。押し潰されそうな程の思いの強さによって、ダメージを筋肉量で補っている。
薪屋武人の能力、『ビリーブ・ユア・ハート』。

(くっ、これじゃあキリが無い!XCの刃が通るかどうか――)

その時、姫宮マリのニューロンに電流が走る。
新世紀ヱ夷ンゲリヲン作中に登場する最強の矛、エゾンギヌスの槍。

(筋肉フィールドを突き破って、レッドエーテルを注す――ッ!!)

覚悟を決めた面持ちで、姫宮マリがモデル歩きで再び間合いを詰める。
パワード義足が極光粒子を噴射し、駆けた!!余波でガラス片が舞い散る!

「アン――」跳躍!
「ドゥ――」前脚を垂直に振り上げる!

「トロワァーッ!!」円を描き振り下ろす踵落とし、ブリゼ・エトワール(星砕き)!!
VALLEs随一の残虐性を誇った《溶解の毒蜂》が振るったとされる暗黒バレエ!

だが、おお、見よ!
薪屋武人は、耐えた!筋肉!筋肉の力である!筋肉万能!悩んでる暇があったらジムに行け!

しかし姫宮マリもこれで終わりではない!
スラスター噴射!振り下ろした踵を支点に薪屋武人の背後を取り――。

その両腿で薪屋武人の首をがっちりと固定した!
羨ましい!……じゃない!これはまるであの、恐るべきプロレス技、フランケンシュタイナー!

「ウオオオーーーーッ!!ましろォーーーーーッ!!!」
薪屋武人が咆哮を上げる!貴様には何が視えているんだ!?

「せ、せっかくこの私がサービスしてあげたのに他の女の名前を……!!」

姫宮マリが、キレた!
スラスター全開!後方宙返りで薪屋武人を頭を床に叩きつける!!

CRAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAASH!!

床面崩落!!
開幕で薪屋武人が壊した天井と合わせて、このフロアを大穴が貫通!

そして落下していく薪屋武人をスーパー◯リオのヨッシーみたいに蹴り、姫宮が飛翔!

執行(エクスキューション)――ッ!!」

『血塗れ王妃』第二形態:XCモード。
流線型パワードスーツに包まれ、尾のように姿勢制御ケーブルテールが伸びる!
頸部の首輪型エーテル変換デバイスのインジケーターには『35』!
赤く輝く超粒子、レッドエーテルが対流し取り巻く!

「む、無駄だ――!俺の筋肉、俺の思いの前では――!」

薪屋武人が未練がましく呻く。だがあながち間違いでもない。
先ほどの致命的幸せ投げでも絶命に至ってないのが何よりの証拠だ。しかし!

滅殺(エクスターミネイト)

姫宮マリがそう宣言すると、首輪デバイスのインジケーター表示が『XT』に変化。
パージされた流線型パワードスーツが、1本の槍に変化した。
二又に分かれた矛先が二重螺旋のように絡み、その中心にレッドエーテルのビームが形成される。

35秒で倒せないのなら100秒かけても倒せない。
ならどうする。1000秒かけるか?
否。
35秒分を1撃に纏めればいい。
当に奥の手。
反重力粒子が回転し、渦を巻く。
時空を掻き混ぜる螺旋の矛先は、神をも貫く牙となろう。
これもまた回転が持つ一側面。バレエだ。

姫宮マリが槍を直下に目がけて、放った。

十字閃光!

レッドエーテルの矛は薪屋武人の大胸筋を、そしてその奥、生命のポンプを貫いた。
赤い毒が瞬く間に全身を行き渡る。
ボロボロと赤色結晶崩壊していく筋肉。

薪屋武人は、最期に何かを呟いて、消滅した。




「あ、やば」

反重力を失った姫宮マリは仰向けになって落下。

「……疲れた」

姫宮マリは両手を広げて、床に伏せた。
キラキラと舞い散る赤色結晶が彼女に降り積もる。

その様は、血に塗れているように見えた。





【予告】

武闘会が終わる。運命を仕組まれた魔人達にタケダネットが選択を迫る
安土城に投下される六波羅探題。明かされる織田信長の目的

ついに発動する大政奉還計画
維新インパクト阻止のため、決戦を挑む真田十勇士
空を裂く躑躅ヶ崎館(つつじがさきやかた)。新潟の大地を疾走する8+2代目武田信玄

次回、戦闘破壊学園ダンゲロスSSCINDERELLA四回戦:H

「姫宮マリ、宇宙に行く」

さて最後まで、ダンゲロ、ダンゲロ!




※あくまで予告なので変更あるいは中止されるおそれがあります。ご理解とご協力をお願いいたします
最終更新:2016年07月16日 23:55