その夜、港湾施設は散々な被害に見舞われた。
その被害の中心は、破壊された大量のコンテナ。
「あははは、楽しいねぇー。雪合戦でもしてるみたい!」
「お前んとこの雪合戦は、こうも苛烈なのかよ……!」
積まれているコンテナが次々と見えない力によって投擲され、地面にぶつかりひしゃげていく。
その大破壊は、主に二人の少女によって行われた。
それは、タケダネットの目をくぐり抜けて行われる武闘会の参加者。
この光景を、雪合戦の様だと揶揄してはしゃぐ女の名は、禍津鈴。
それに対して、呆れながらも応戦する女の名は、灰被深夜。
コンテナの投げ合いという尋常ではない力技による戦闘。
何故そんなものが行われるようになったのか。
(まさか、あの女も同じ様な力場操作を行ってくるとはな……)
灰被深夜は心の中で歯がゆい思いを吐露する。
本来であれば、一瞬で片が付くはずであったのに――
◇◇◇
戦闘開始時刻になってから、二人の邂逅は比較的早かった。
「あ。こんにちは。灰被さんだねー?」
「……お前が禍津鈴だな」
出会いは、互いを探索していた二人が広い通路に同時に出た際に、果たされた。
(できれば相手に見つからず、かつ自分だけ相手を見つける展開がベストだったんだが……そう甘くないか)
内心毒づきながらも、深夜は早速攻撃を仕掛けた。
深夜の操作する力場『腕』は、射程があり、魔人腕力と同等の出力を持ち得ている。
更に、右の義手のスイッチを切ることで射程の増加と出力の倍増を行った攻撃。
この力場は相手に触れられることなく、相手の首元に到達し、締め上げる事ができる。
通常の魔人の二倍の腕力で首を絞めれば窒息死どころか、頚椎を折ることができるだろう。
相手は今までの戦いの録画を見る限り、薪屋武人や紅崎ハルトの様な化物の様な力は持ち合わせてないはずだから。
そう考え、攻撃したのだが――
「……ち、くしょうッ!」
攻撃を中断し、回避行動に移るしかなかった。
なぜなら、通路の両脇に積んであったコンテナが自分の方に向かって飛来してきていたから。
慌てて深夜が大きく横に跳んだ瞬間、コンテナが地面に激突する音が大きく港湾に響く。
「あはは。念動力が自分だけの専売特許だなんて思ってもらっちゃあ困るなー」
声のした方を見れば、禍津鈴が右腕に剣を刺した状態で笑っていた。
(心象力……とかいうやつか……!)
深夜は舌打ちをする。
鈴は、腕に自ら剣を突き立てた直後に心象力を発動。
発動した腕の形をした力場でコンテナを投擲したのだ。
ちなみに、今回発動した心象力の心象背景は、使えなくなった腕の代わりに機能するものが欲しいというもの。
いわば、深夜が右腕と左足を失った時に能力を発現した背景と同等の心理状態を使ったのだ。
(相手がその気なら、俺だって――!)
恐らく、相手の首を絞めている余裕はない。
故に、深夜自身もコンテナ投擲による敵の圧殺に戦術を切り替えたのであった。
◇◇◇
(だけど、埒が明かねぇ――!)
二人共コンテナ投擲戦術を行っており、戦場にはひしゃげたコンテナが無数に転がっている。
投げては回避し、投げては『腕』で防ぎ、投げ返し、その繰り返しだ。
二人は既に自身のナイフと剣で両腕を自傷しており、それによってそれぞれ二つの『腕』を操作するということも行っている。
故に、見えない二本の腕で、それこそ雪合戦に興じる子供のように、全力でコンテナを投げ合っているのが現状である。
「あはは。そろそろコンテナも尽きるかなぁー?」
呑気な鈴の発言した事実に、深夜も気づいてない訳ではない。
コンテナはいくら大量に積まれているといっても、有限である。
積まれているコンテナが無くなったら、今度は地面に落ちたコンテナを投げ合うのだから。
そうなったら、それこそ泥沼の膠着状態である。
どちらかが疲れ果て、回避しそこねた時が勝負の決着か――そう思っていた矢先。
「――あ?」
おかしい。
鈴のコンテナ投擲が止んだ。
何故だ。視線を鈴の方に向けると、ただ前と変わらない笑みを浮かべているだけ。
いや、違う。
地面に転がっているコンテナを押し抜けて何か――『腕』が迫ってきている!
「テメェッ!」
慌てて右の『腕』を引き戻し、深夜は向かってくる鈴の片方の『腕』に対抗する。
ちょうど『腕』同士が掴み合う形で、押し合う。
「いやー”雪合戦”、飽きちゃってさぁ。こっちの方が手っ取り早いでしょ?」
ヘラヘラと笑う鈴に、それを睨みつける深夜。
(くっそ、何考えているか分かんない奴は苦手だ……!)
いきなりコンテナ投擲を始めたと思ったら、今度は飽きたと言って、直接攻撃。
深夜にとって、理解できないわけではないが行動が読めない相手だ。
……もっとも、鈴は彼女自身の“ノリ”に従って動いているだけなのだが。
「ところでー、私のこの力場操作って心情を反映しているんだよね。だから、思いが強くなれば成る程威力も高くなるの……こんな感じでね!」
ぐぐっ、と鈴の『腕』の勢いが強くなり、深夜は少しずつ押され始める。
「思いの強さ……?」
後退する中で、深夜はその発言に対し、言い様もない対抗心を覚えた。
まるで、自分の思いの強さがこのヘラヘラと笑っている女に負けているようではないか――と。
このままでは、力場が押し負けてしまうと察知した深夜の胸中に、悔しいという思いがにじみ出る。
(相手だって、心象力とかいう訳の分からない能力ではあるが、元を辿れば魔人能力であるはずだ。なんか、なんか対抗策はねぇのかよ――!)
そこで、深夜は魔人能力について、ふと思いを馳せる。
魔人能力は、魔人本人の認識によって世界を書き換えるもの。
深夜の魔人能力だって、腕の形をした力場がその場に“在る”という認識を持つことで存在できているはずだ。
ならば、認識次第では、魔人能力は如何様にもなるのではないか、と思い至る。
(例えば、強く認識していればいる程、魔人能力が強固になる……とか)
そう思い至った深夜は。
(――俺の『腕』が、こんな簡単に負けるはずがねぇ! 此処には、もっと強い『腕』が在る“はず”だ!)
「これで、どうだ……!」
少しずつ、少しずつ、深夜の腕が押し返していく。
確実に、『腕』の存在が強度を増していくのを感じる。
「あはは。流石に一筋縄じゃいかないかー。でも、私も負けるわけにはいかないんだよねー」
今度は、深夜が逆に押し返される。
「負けられない理由だぁ? そんなもの、俺にだってあるんだよ! 俺の理由よりも、勝る理由があるっていうなら、言ってみろ!」
押し返し、押し返され、やがて拮抗する。
「いやぁ、一人傷つけちゃった子がいてね。その子の心の傷に少しでも報いる為にも、私は負けられないんだよねー」
それは、二回戦で鈴が当たった楠木纏のことだろうか。
(ヘラヘラしながら、なかなかえげつないことやる奴だと思ってたが、一応気にしてんのか。はっ、少しは見なおしたぜ。だが――)
「ところで、貴方のこの力強い思いの源ってなんなの? 知りたいな―」
あぁ、いいとも。
答えてやろうじゃないか。
そう思ったから、深夜は答える。
「俺は――“アイツ”が、赤時雨ゴドーっていう、とんでもねぇお人好しがアホ面晒さねぇ為に――!」
――『本当に、バカだな。いつもいつも……自分だけで行っちまってさ』
赤時雨ゴドーのあの辛そうな顔を思い出す。
(バカはどっちだ、バカ。勝手にやられた奴をあんなに心配しやがって……)
あぁ、そうだ。
アイツはバカだ。
救いようのないクズの私を、救ってくれた、救いようのないお人好し。
――『生きてて……良かった。ありがとう。深夜』
赤時雨ゴドーの涙声を思い出す。
(ありがとう、はこっちのセリフだバカ。お前のおかげでどれだけ救われたことか……)
アイツが、あんな良いヤツが、少しでも辛い顔をしないように。
私は――!
「貴方も、他人の為かぁ。でも、ホントに負けたくないんだよねー。だから、いくよ」
「俺だって、負けられねぇって言ってんだろうが――!」
そして、『腕』同士の押し合いは、最高潮に達する。
「うぉおおおおおおおおおおお――――!!」
「あはははははははははははは――――!!」
――ゴドー、お前の笑った顔が見たいんだ。勝利を、届けてやるよ。
果たして。
深夜の思いは通じたのか。
深夜の『腕』が鈴の『腕』を突き破り、鈴に向かって直進する。
狙うは胸部。
(この勢いを利用して、そのまま心臓ごと貫く――!!)
――だが、その直前、深夜の首が飛んだ。
深夜は忘れていた。
目の前の『腕』に集中するあまりに。
剣を持ったもう片方の『腕』の存在を。
鈴は、コンテナ投擲がうまくいかないと思った瞬間、作戦を切り替えた。
片方の腕に意識を集中させる作戦にでたのだ。そのため、思いの強さと能力の強さに言及したのだ。
今まで心象力を使い、自分や他者の様々な心象を見てきた鈴には、どういう言動をすれば相手がどう動くのかという感情の機微を強く理解している。
だから、相手の思いの強さを利用した。
そして、もう片方の腕で奇襲を仕掛けたのだ。
それが、鈴の今回の企て。
「ははっ。あはは。思いの強さ……かぁ。その点では、負けちゃったなぁ」
相手の思いに、他人を思う気持ちに感服しながら、鈴はそう言い残した。
【勝者――禍津鈴 END】