三回戦第六試合その1


《〇》



「お姉ちゃーん!」
「稚器ちゃん! だ、大丈夫だった!?」

 肌も露わな、ボロボロの服で帰ってきた黒髪の少女が、飛び付いてきた童女を受け止める。

「わーい! おねえちゃんだー!」
「げふっ! い、意外に重……」
「?」
「う、ううん! 何でもない!」
(機械だけど女の子。重いなんて言ったらだめ……自分が言われた時のことを考えなさい)

 黒髪の少女の名は、千勢屋香墨。
 跳び付いた童女の名は、平賀稚器。
 タケダネット管理外での殺し合い。敗者は凄惨に殺され、勝者が全てを手に入れる問答無用の殺し合い。
 その中で――奇跡のような偶然で、あるいは奇跡のような当人たちの力で結ばれた絆がこ こに一つあった。

「うんっ! 勝ったよ! それにね、お姉ちゃんの言ったとおり、怪我もさせなかった!」
「えっ、本当?」

 稚器を降ろし、乱れた黒髪を手櫛で整えながら、香墨は目を丸くした。
 思わずと言った様子で口から出た発言に、ぷうと複合ゴム装甲性の頬を膨らませる。

「本当だよー。お姉ちゃんが言ったことなんだからねっ」
「え、あ、ううん。心配だったのはそうじゃなくて……うん、そうだね、ごめんね」

 戦闘映像を見る暇もない。
 医療班の治療もそこそこに(衣服の損傷等が残っているのはその為だ。)、彼女は稚器が心配で一目散に戻ってきたのだ。
 知らず、頬が緩むのを香墨は感じた。初めて会った時は殺戮機械だった稚器が、そこまでして くれたのだ。
 また映像が出たら見てあげようと思う。

「ありがとね、稚器ちゃん。嬉しい」
「ふぇっ?」

 両腕で、ぎゅうと抱き締める。少し冷たいけれど、柔らかい感触。
 稚器の人工毛髪を撫でると、くすぐったがるように稚気が震えた。妹がいたらこんな感じなのかな、と思う。
 あなたのおかげで勝てたのだ、と。その話はまたあとでしっかりしよう。
 試合映像はもう出回っているのだろうか。でも、それを見るより先に、彼女の口からどう戦ったかを聞きたいと思った。

「おねえちゃん、動けないよー」
「あっ、ごめんごめん」
「ううん、……ところで、さっき心配はそれじゃないって言ったのは何だったの?」
「あ、それは――」

 応えようとした香墨に、背後の襖がッスターン! と開く。

「香墨、やっと帰ったのね。美味しいご飯一杯作ってるわよところで頼みがあるのだけどあなたの許可が必要なのよね大丈夫ちょっと見るだけだから」
「香墨、待っていたぞ。良い戦いだったお前は僕の誇りだよところでその稚器嬢のことに関して以来がある のだが何危ないことなんてしないから先っちょだけ先っちょだけ」
「だめーっ! 絶対、だめーっ!」

 背中と両手いっぱいに、解析器具や工具を満載した両親。
 その前に両腕を広げて立ち塞がる香墨。
 テレビで見た『ばすけっとぼぉる』さながらに、迫ってくる両親から稚気を『でぃーふぇんすでぃーふぇんす』。

「香墨お姉ちゃん! 帰ってきたの!」「試合見たよ! すごかったよー!」「稚気ちゃーん! また毬つきで遊ぼう!」「折り紙教えてあげる!」
「わっ! ちょ、ちょっとみんな!」

 外から聞こえて来る数多の声。千勢屋の里の子供たちが、後継ぎの祝勝会に駆け付けた。

「…………ふふ。――」

 その様子を見やりながら、稚気は己の人工知能に 、奇妙なノイズが走ることを感じた。
 どこかから漂ってくる、新米の炊ける香り。
 稚気はご飯を一緒に食べることは出来ないが、それでも彼女らは、稚気を同じ食卓につかせていた。その時間は、稚気にはいつも同じノイズが走る。
 理由は分からない。あるいはたび重なる激しい戦闘で、彼女のAIに何らかのエラーが生じつつあるのかもしれない。

「……あはは! お姉ちゃん楽しそう!」
「へうっ!?」

 背後から跳びつく。香墨は倒れる。床に倒れて見つめ合って、お互いに笑い合う。

 ――そのノイズを、何故か失いたくないと。
 稚気は、雪山のような真っ白な心で、そう、思って――





――――――――――――――――――――――――――



『現状デノ打倒不可。最終殲滅コード起動。戦闘特化ノ為ノ最適化開始。
 不要情報抹消。対象記憶“箸ノ使イ方”。削除。“オ風呂ノ沸カシ方”。削除。“毬付キノルール”。削除。』

 彼女の意図に、反するつもりはない。
 博士の次に最愛の“お姉ちゃん”からの、唯一の指令――

≪そうそう、わたし以外の人も危ない目に遭わせちゃだめだよ?≫

『個人記憶。毬付キデ遊ンデクレタ“ケイタ”。削除。折リ紙ヲ教エテクレタ“カヨコ”。新シイ簪ヲクレタ“オ母サン”。削除。兵器ノメンテナンスヲシテクレタ“オ父サン”。削除。
 ――削除。削除。削除。削除。削除』


「面ェェェェェェッェェェエェェェェェッェエエエ、ッァァァッァァァァァッァァァァッァア―― ――――――」


 錆びきったバイオリンを無理矢理弾くような、響き渡る奇声。
 戦闘空間であるBARはとうに倒壊し、原型を留めていない。そこに住まう者も同様に。

『――――最適化、最終段階。』

『“○○○○○”、削除』

 彼女の名誉のために告げよう。
 最後の最後まで、稚器は香墨の言い付けを守ったのだ。

 ――そうだ。反していない。
 だって、あれは、ヒトじゃない。



『命令指定。“砕ケ散ルマデ戦エ”』





【第三戦   決めを作る四つのポイント  打突の冴え、態勢、刃筋、発声】







 ・・・ゴボッ           ・・・ゴボッ



    ・・・・・ゴボッ             ・・・・ゴボッ



     ・・・・・・ゴボッ!



 遥かな水底で、斎藤ディーゼルはただ剣を振るう。
 気勢は気泡に。振り切る竹刀はひたすらに重い。
 タケダネット管理区域内郊外、汚染水ダム『信玄堤』。かつて信玄が直々に指揮して創り上げたと言われる、特一級のダムだ。
 その水底。かつて家を追い出された直後のディーゼルが暮らしていた、古巣である。

(・・・ゴボッ           ・・・・ゴボッ!)

 俗に、高山トレーニングと呼ばれる訓練法がある。
 普段通りの練習を、気圧が薄い箇所で行うことで、何倍も効果を高めるというものだ。
 それと似たようなものである――通常通りの訓練を、深い水の中で行う。水の抵抗と、呼吸 不能の圧力による負荷を狙う。
 といっても、せいぜいが水深3000メートル程度。いかにタケダネット管理区域内の汚染水ダム、
 とても生命が住まえぬ、極限区域の北海道にすら似ると言われるこの場所とはいえ。
 本物の高山トレーニングとは比べるべくもない。

(…………何故、負けたのか)

 考えるまでも無い。心に、揺らぎがあったからだ。
 千勢屋の娘。三弾撃ち。そんなことは言い訳にすぎない。

 剣が示すのは常に己。敵は全て、己が鏡と知れ。

 弱き己を、斬る。それこそが『道』。斎藤ディーゼルがその身を捧げた『剣道』だ。

 放射熱線を何度か放ち、水面までを一直線に蒸発させ、ディーゼルは古巣から上がる。
 まず上半身が現れ、水が滴 り落ちて波が起き、続いて両脚が現れる。その動作は緩慢だった。

「驚懼 疑惑 遍く斬り捨てる・・・」

   「驚懼 疑惑 遍く斬り捨てる・・・」(音量一オクターブ上昇)

      「驚懼 疑惑 遍く斬り捨てる・・・」(音量更に一オクターブ上昇)



~~~~~~~~~~~~~~


「武田ニッ! 武田ノ者ニ報イヲッ!」
「ッ突ギィィィイイイイイイイイイイイイッェェェエエエエエェエェェエ!」

 少女の両腕から無数に放たれるマイクロ・コケシ・ミサイルを、文字通り斎藤ディーゼルは突っ切った。

「!?」

 一見は幼く見えた少女は、今や全身からエレキテルを発し、文字通り自らを焼くそれを全身に纏って超高速で疾駆する。
  放たれた突きは、既に天井の抜けたBARの大黒柱を抉って止まる。

 ――竹影階を払って塵動ぜず。月潭底を穿って水に痕なし。

 ことここに至って、斎藤ディーゼルの剣道は一歩先へと進んでいた。
 剣にまとわせた放射熱線が、ささやかに爆発する前にミサイルを粒子レベルに分解しているとはいえ、それは所詮、些細な作用だ。

 竹の葉の影がいくら揺れても塵を払うことはない。
 月の光が水底を穿っても、水に穴が開くことはない。

 禅の教えだ。
 真なる力は、余計な破壊を起こすことはないのだ!

「面ッ! 胴ォォオッ! ッィェイ! ェイッ! ェェエエエ―――――イッ!」

 激しい気勢を繰り返す。
 全身に気が充溢していた。相手の動きも、だんだ んと悪くなってきている。

「武田二――ッガッ……!?」

 跳び退きながら両腕を振る機械少女。
 少女の華奢な両腕、太股、肩が展開した瞬間――その背中で光が爆ぜ、流れ弾で焦げたバーテンダーの死体の上に倒れ込む。

「がうっ……!」
(何だ、今の葉? ――いや、そうか!)

 たまたま溢れた放射熱線を放出、威力80、速度10、射程10の低速散弾に出力調整し、
周辺一帯に吐き出していたことが功を奏したようだ。
 剣道の神がいるならば、今、間違いなく斎藤ディーゼルに微笑んでいる!

 倒れた少女が、片腕を上げてその銃口をこちらに向ける。
 ――その瞬間を、斎藤は、感覚でなく知覚した。

「――小ッ、手ェェエエエェエェエェェッェッ !」

 安全靴で踏みしめた瞬間、目の前に少女型殺戮機械の腕の残骸が飛んでいた。
 ばらばらになったケーブル。古い造りなのか、その継ぎ目には螺子がほとんど存在しない。

 即座に残心すると、千切れた右腕を焼け焦がしながらも凄惨に笑う殺戮機械の姿があった。

「そ兄ちゃんすごいね! 武田の世に報いをッ! 滅ボスんだからっ! あはっ! あははハっ!」
「……やれやれ。これだけ調子が良くて、ようやく腕一本か」

 再び剣を握り直す。BARの客の死体は、幸いながら放射熱線で蒸発しつつある。
 彼らはアウトローだ。タケダネット管理下にはない。それでも、一切の容赦なく店を破壊した少女のやり口には吐き気がする。
 ――だが、その感情も、剣の道 には余計なものだ。
 自らを高めてくれる相手に、感謝を。
 自身と、敵。自身と、自分。極限の集中の結果、今は、この空間に己と機械少女のみを見出していた。

「ひっ、今なら――ぎゃぶぇっ!」

 背後で、かろうじて机の下から逃れようとした最後の一人が低速散弾放射熱線に触れて死亡する。

「驚懼 疑惑 遍く斬り捨てる・・・」
「見てて! あははっ! そ兄ちゃんコロスッ! コロスッ! お姉ちゃん! 報いをっ!」


~~~~~~~~~~~~~~


 平賀稚器は戦闘機械である。
 その全ては“かわいい”――すなわち“武田の世に与する者の殺戮”のために在る。
 ゆえに無邪気な様子とは裏腹に、戦いには万全を以て挑む。
 千■屋■家の■ 欒■■■の最中も、別回路では公開された試合映像を幾度となく確認しており、
 自分の次の対戦相手が、■■ちゃんの前回の対戦相手だということも分かっていた。

 ■■ちゃんが勝てた相手ならば、自分が勝てない相手ではない。
 これは冷静さ以前の、当然の分析であった。
 だが、緻密極まりないはずのその回路が、戦闘空間であるBARに降り立った時、その推測の全てを破棄するように命じた。

「胴ォォオオオォオォォオオオォオオオッ!」 

 黒い木刀。量産型の防弾具足。そんなものはどうでもいい。
 その隙間からは全身にマグマめいた赤い光が走り、口からは絶えず、放射熱線が吐き出される。
 タケダネットの配下であることも分かっていた。
 今まで出会 った中の、最大級の脅威。これを排除せずして武田の世の殺戮は不可能。
 ゆえに、稚器はあらゆるリミッターを解除している。あらゆる殺戮機能を、全て解放した。
 全ては、武田の世に与する者を排除する――

 ///ノイ///ズ//////ノイズ///////////

  ――そのために!

「武田ノ者ニ報イヲ! ムクイヲ。タケダノヨノモノニ死ヲ。タケダタケダタケダムクイムクイタケダタケダタケダタケダ死死報イ報イ報イおねえちゃん報イ報イ報イ報イ報イ報イイイイイ――――」
「ケェアッ! ケェイッ! ケアッ! 面ェェェエエエエエエエエエエエエエッァァァァァアアッ!」

 間一髪でかわす。
 だが、片腕をもがれ露出したコードに竹刀が引っ掛かり、床に叩きつけられる。
 が しゃっ、ごしゃっと無惨に床を転がる。それを追うヘルメットの悪鬼。木刀を振り上げる。
 彼我の距離は20メートルほど。

「――ァアアアッ!」

 稚器の起伏のない腹部ががぱりと開き、まるで質量と体積を無視したかのような――実際には彼女の開発者の技術の粋たるあらゆる兵装が飛び出す。

「ALL WEAPON!」

 無数の殺人ワイヤー、鈍器、ミサイル種子島バルカン、刃物。殺到する。その数、実に大小合わせて百近い!
 だが

「ッチェェァァァアアアアッ!」

 会心の一撃とばかりに、小刻みに撃ち振られた竹刀が迎撃する。
 普通に目に止まる三度の振り下ろし。鈍器と刃物と、銃弾を二発ほど弾く。
 残りのワイヤー、ビーム、弾丸、刃物、ミ サイル、等の全ては彼の体表を巡る放射熱線によって蒸発する。

「スゥ―――ッ…………エィアッ! エイッ! エイイッ!」

 竹刀は上段に。激しい奇声。その度に放射熱線低速散弾が放出され、狭い戦闘空間の全てを満たしていく。
 稚器は咄嗟に両腕を庇う。数発が直撃し、七十二層のゴム装甲が呆気なく千切られる。
 殺戮機械とはいえ、彼女の根本の強さはその小さな体躯による機動性と、それにそぐわぬ火力の両立にある。
 その両方が封じられている。

「ケェイアッ! ヒョオッ! イィィイオオオオオオオ――――――ッ!」
「ギッ、っぎいぎっぎぎぎっぎっぎ! ギ、ガ!」

 エレキテル反応炉を暴走させながら、稚器は動く。
 当たり前だ。殺戮機械である 彼女には、諦めると言う選択肢などあるはずもない。
 全ては、武田の世に与する者を排除する――

 ///ノイ///ズ――お■ちゃんがまたこいつと会ったら?///ノ//イズ///
 //ノ//イズ///――もし、お■ちゃんに負けたこいつが、何らかの復讐を企てたら?///ノ//イズ///

 ――そのために!

「死を、死を死を死を死をォォオオオオッォオオッ!」

 稚器の背部が開く。そこに仕舞われているのは、エレキテルメーサー砲。だが、そんなものが効果はないのは百も承知だ。
 彼女の修めたあらゆる武器の中で、眼前の悪鬼を倒すのに最も有効な武器――

「――――」
「メ、―――――ッ!?」

 ――疾駆が、放射熱線が、僅かに一瞬、止まる。悪鬼が、躊躇する。
 稚気が背 から取り出したるは、細長い、極めてシンプルながら信頼性の高い形状の、ただ一丁の銃。
 だが、十分だった。その側面には、誇り高き『■■■』の三文字の銘が刻まれている。
 ■■ちゃんの両■親が無理を言って搭載した必殺の武装。

 稚器は、空高く跳躍する。相手の型には、上空に向けて放つものが存在しない。また、反動で自分が領域離脱するのを防ぐため。
 ブースターで宙空に自らを固定。
 砕けた右腕に接続。残った左腕と肩、口で構える。
 これぞ、エレキテル反応炉の残存電荷全てを吸収して放つ、超電磁火縄銃【abSONYte-Zero】――!



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 ――それを。
 ――斎藤ディーゼルは。
 ― ―感覚でなく、知覚する。


「!?」

 目前に近づいた強化装甲ヘルメットに、稚器は理解ができなかった。
 衝撃。視界の回転。致命的な肉体の破損。回路への放射熱線の侵蝕。致命的な破壊。

「あっ、ぎっ、がっ!」

 頂点から更に遠くに吹っ飛ばされた稚器は、しかし今度は無惨に墜落する。全身のブースターが誘爆し、ひどい有様であった。
 既にBARの領域からは出ていたが、彼女の思考回路にそれがまだ残っていたかどうか。

「スゥ――――っ」

 そしてその空から。斎藤ディーゼルが落ちて来る。
 ――体当たりは。ごく通常の剣道の一行動である。体格に劣る稚器へ、体当たりにより態勢を崩し、その隙を撃つ。
 上空への加速には放射熱線を足元 に吐くことによる加速もささやかながら加味したが、些細なことだろう。

 (同じ相手に、二度やられはしない)

「ィィィイイィィィィイィイッ―――――――」

 (俺は確かに、成長している)

「突ぎィィィイィイイィイイィイイイイイイイッィイイイ!」

 (俺の歩むべきこの道は。間違いなんかじゃない――)



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 ――お姉ちゃん! 稚器ね、また勝ったよ!
 ――わあ、おめでとう! 私も勝ったんだ! お揃い//だね!

 ――二人ともすごいよ。今日は祝杯かな! ところで稚//器//ちゃん、またちょ////っと中身を
 ――もーっ、お■さ///ん////っ///た///ら///!



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【三回戦 第六試合 平賀稚器 VS 斎藤ディーゼル】

【勝者  斎藤ディーゼル   体当たりによる場外】

【平賀稚器は治療班による十分な修復を受けるものとする】
最終更新:2016年07月17日 00:06