三回戦第七試合その1


三回戦
弥六 VS 古太刀六郎


「ひっ………」


「っでぇ目にあったっす!!!!」

イギリスン肺活量による盛大な貯めを置いて後、弥六は斯くの如く嘆いた。
彼女が口にする所のひっでぇ目、とは、言うまでもなく先の薪屋武人に纏わる災難に他ならない。
僅かな油断の間隙を突き、彼の能力――正確には彼のラジカセに込められた天草四郎時貞の魔人能力とのコンボにより支配下に置かれた弥六は、筋肉を鍛えながらアイドルの階梯を駆け上がる次第と相成ったのである。

何を言っているのかわからねーと思うかもしれないが
筆者も何をされているのかわからなかった。
とにかく冒涜的で恐ろしい何かの片鱗を味わった思いである。

果たして弥六は如何にしてかの冒涜的な能力の影響下より抜け出したのか。
サイバネであり、忍法によるものだ
石垣商店取り扱いサイバネ『ど忘れ説破くん』(82万6000円)の自動ダウンロード機能により自身の脳機能バックアップデータを回復、更に思考能力の一部を分割し全身義体を制御するこの夏イチオシの新作『遠隔制御屍(リモートコントロール☆ゾンビィ)』(69万9800円)を残して去るウツセミジツによって身代わりを残してどうにか脱出したのだ。
今頃は遠隔操作サイバネがアイドル特訓を受けていることだろう。
思考分割を通じてちょっと影響がある。こわい。

「(敗北は…敗北はまあ、悔しいけど仕方ない。あたしの修行不足っす)」

しかし、しかしである。
彼女が嘆息するところの“災難”のその要訣とは、そこではなかった。

「(けど…)」

すでにお気づきの方も多いだろう。
今回の脱出に用いたサイバネは何れも大変に高価なものである。
そして二回戦で用いた建産機用クレーンや、一回戦で用いたサイバネ富士などはこれらに対し輪をかけて高価なサイバネなのだ。
ここまでのサイバネを用いたにも関わらず今のところ彼女は二連敗を喫している。

即ち、獲得賞金はゼロだ。

能力の発動に際してメーカー希望小売価格相当額が彼女の銀行口座から引き落とされるという制約上、この状況は極めてまずかった。あくまでメーカー希望小売価格であるから、石垣商店夏の大セールであるとかポイントカードによる値引きだとかそういうのも一切効かないのだ。
お前それもうホームセンター行って買ってきたほうが良いんじゃないの。

現時点における彼女の口座残高は実に74万4211円。
戦闘に耐えうる水準のサイバネを2~3度も呼び出せば尽きてしまう。
そんな危機的な状況であった。

「うおおおおおまずいっすまずいっすまずいっす!
ここで勝たなきゃちょっとマジで後が続かないっす…!」

取り急ぎ豚さん貯金箱を叩き割って入金するも残高は76万6534円。焼け石に水だ。
薪屋のもとより脱出が成った時点で既に6日が経過しており、満足の行く金策にすら走れなかった。

サイバネの扱えぬイギリスン忍者など、メシマズがあざといただの美少女に等しい。

弥六は、背水の陣を強いられていた。

 ◆  ◆  ◆ 


「天候は曇り、雨天とならなかったのは幸いと言ったところでありましょうか。
乾燥しすぎずじめっともしすぎない心地よい風が私の頬を撫でるかのように吹きつけております。
時刻は世界標準時刻で20時28分を回ったところ、こんばんは、古太刀六郎です。
本日の実況は少々趣向を変えまして、国内某所の公衆ポータルゲート前よりお送りしております」

彼の言葉通りの曇天の下、彼……古太刀六郎は一歩、また一歩と歩みを進める。
その歩みの先にあるのは、これもまた彼の言葉の通りの、身の丈3mほどの公衆ポータルゲート(使用料1回2000円~)であった。

『世界がおのれの言葉の通りに動くような気がする』

こんな些細な事象についてであっても、今の彼には重要な事である。

「敗軍の将、兵を語らずと申します。本来なら、2敗した私がこのように弁舌を紡いでいる事もそれにあたると言えましょう。
しかし私はあの時の屈辱を忘れることなく自らを叱咤するため、少々の自分語りを自らに許すものであります」

前回、ニューヨークでの敗北。それは彼にとって許しがたい事であった。
敗北したことが……ではない。

「負けた事が悔しいとは申しません。勝つか負けるか真剣勝負、その末にたどり着いた結果であれば、いずれであっても崇高なもの。
その精神にのっとれば私の弁などただの愚痴にすぎないのやもしれません。ですが、しかし」

一拍置く。息を軽く吸い込む。

「彼は私から実況を奪った。一時とはいえ実況する言葉を奪ったのであります」

実況者から、実況を奪う。
それは彼にとって、おそらくはすべての実況者にとって耐えがたい事だ。

「彼にとっては取るに足りない事、缶飲料の口を開くかのように出来て当然やって当然の行為であったことでしょう。
しかし、私はそれを許せない。怒り心頭であります。憤懣やるかたないとはこの事でありましょうか。
その怒りが、私に火をつけたのです」

故に、古太刀は誓う。
提督との再戦は叶わないだろう。1回の大会で同じ対戦カードを組むことは、少なくとも今回の大会のシステムではありえない。
だが、それ故にこそ。

「私はここに宣誓しましょう。いずれ彼と再戦し勝利するその時まで、私は実況を止める事はありません。
まさにブレーキの壊れたダンプカーもかくや。かの提督に一泡吹かせるまで、私は実況を続ける所存であります」

一歩、また一歩、歩みを進める。早歩き、いや、駆け出すかのように。
おりしも、メールの着信音が彼の実況に彩りを添える。

「おっと、たった今新しい情報が入りました。
私の次の対戦相手は弥六選手。サイバネ戦士弥六選手であります。
対戦会場は野生の王者ひしめくサバンナ。果たしてどのような戦いとなるでありましょうか。
では、現場からの実況でまたお会いしましょう。お相手は古太刀六郎でした。ごきげんよう、さようなら」

彼は実況を終えると、公衆ポータルに飛び込み、サバンナのアドレスを入力した。

 ◆  ◆  ◆

三回戦第七試合

弥六
 vs
古太刀六郎

at:サバンナ

 ◆  ◆  ◆


「見渡すかぎりの大平原、闊歩する野獣、照りつける太陽
ひとたびポータルゲートが閉じてしまえば最早この地で人界の目も法も届きません!
モノを言うルールは極めてシンプルただひとつ!弱肉強食であります!」

開けたその場所に、古太刀の声がよく響く。

「戦う実況者こと私、古太刀六郎に対するは現代文明の象徴たるサイバネの申し子、イギリスン忍者の弥六、本名は才羽鉄子十七歳、最終学歴は中卒!
果たして実況者の快哉は大平原に響くのか!野生の掟に文明の牙は突き立てられのか!間もなく決戦であります!」

反響要素のない原野にあって、古太刀の声は実によく響いていた。
彼の声に反応して、戦域外の鳥が驚き羽ばたいていく。
――原野全てが己の能力の射程内であることを確認し、古太刀は満足気に頷いた。

「しィかァーしィーこれはどういう事だ!弥六選手は一向に姿を見せない!
もし定刻通りに会場入り出来ない場合は即座に不戦敗!しかしそのアナウンスが響く気配もまた有りません!そう、皆さん既にお気づきのことでしょう!シノビとは古来より影に潜むもの!照りつける太陽の下でもそれは変わりません!最早疑うまでもないッ!」

状況説明を全部やってくれるので筆者にはあまりやることがない。

「戦いは既に―――始まっているのですッ!!」

その時、古太刀の傍らの草むらが搖れる。
がさりとなる音が速いか、飛び出してきた影が古太刀を急襲!
しかし弾丸のようなそれを古太刀は拳の一撃のもとに叩き伏せる。鮮血と脳漿が飛び散った。

「おおっとォ――これは私少々先走ってしまったかもしれません。
意外にも襲いかかってきたのはハイエナ!ネコ目ハイエナ科ながらもタテガミイヌの別名を持つ平原の無法者!これがサバンナの掟だとばかりに、私古太刀も手荒い洗礼を受けてしまいました!」

それを皮切りに、気づけば幾つもの気配が古太刀を取り囲んでいた。
それはジャッカルであり、ハゲワシであり、ゾウであり、キリンであり、スイギュウである。

「なんということでしょう!果たしてこれは如何なる因果か!
洗礼どころではありません!まるでよそ者は容赦せぬとでも言うのか!ここは我々の世界であると主張しているのか!百鬼夜行ならぬ百獣行が私を取り囲んでおります!どういう事だ!これが弥六選手の魔人能力によるものだというのか!!
しかしこの古太刀も負けてはおりません!騒ぐ野生の血は活力を生みます!」

自分自身を能力で強化しながら、古太刀は猛獣たちに向き合った。


 ◆  ◆  ◆
――結論から言えば、古太刀の推測は当たっていた。

(経済的な意味で)追い詰められた弥六がとった手段は、人海戦術であった。いや、獣海戦術と言うべきだろうか。
石垣商店取り扱いサイバネ『わんにゃん真言』(16万7480円)によって動物との会話を可能にした弥六は、その名の如くMI6もかくやと言わんばかりのスパイ的情報操作能力によって流言を流し、動物たちの古太刀への敵意を煽り立ててみせたのである。
消耗とサイバネによる出費を抑えつつ、最大限の効果を得る。
まさにイギリスン忍法の真骨頂といえよう!汚い!汚いぞ弥六!さすが忍者きたない!

「フッ…なにしろ二枚舌は大英帝国の真骨頂の一つっすから」

一体どんな煽り方をしたのか、動物たちは憎悪を沸き立たせて古太刀へと殺到していく。


「その爪が!その牙が!その角が!容赦なく降り注いできます!
姿なき刺客!見えざる悪意!しかし南斗実況拳に二言も虚言も言い直しもありません!あえて!あえて私は今一度宣言いたしましょう!私の実況は止まりません!手折れ足もげ首のみと成り果てようと!命続く限りは実況し続けると!そして決意は力に変わるのだと!古太刀六郎に最早敗北はないと!!」

満身創痍になりながらがなりたてる古太刀の声は、弥六にも届いていた。

「(バカバカしい…っす。決意だけで勝てるなら、あたしは無敵っすから)」

弥六とてひとかどの魔人だ。
自身の能力には絶対の自信と自負を持っている。
栄光の大英帝国の復活――その先駆けとして、だれにも負けない意志と覚悟を有していた。
そして、敗北した。

十四代目武田信玄が積み上げてきた気の遠くなるような錬磨に。
薪屋武人が燃やす狂気的な情念に。

弥六は完膚なきまでに敗北した。
意志や覚悟が弱かったからではない。
力と技術、そしてその差を埋める戦術を持たなかったからだ。

技があって体があって、そこではじめて心が生きる。

「(だから……)」

だから、これは正当な戦術だ。
彼女は忍者だから、奇襲闇討ちはお家芸である。
正面から力を示し、正面から屈服せしめるのは、自分の流儀ではないのだ。

響く古太刀の声に顔をしかめながら、弥六は自分にそう言い聞かせた。

「(思いや覚悟にあたしは頼らない。目に見える力だけが、真実っす)」


 ◆  ◆  ◆


「おぉっとこれは――どういう事でしょう」

猛獣たちを叩き伏せた代償は大きい。
あちこちを傷だらけにした古太刀は、目の前の事象に素直な感想を述べた。
丸眼鏡を血に染め、口の端から血を流しながらもその語り口に一切の淀みがないのは流石といったところだろう。

「油断か余裕か慢心か、止めは己の手で刺そうという心積もりか。
私の目の前に居るのは才羽鉄k

「弥六っす」

弥六は忍者なので忍者ネームで呼んで欲しい。

「失礼、目の前に居るのはイギリスン忍者弥六その人!順当に試合を運べば勝利も決して難しくはなかった中、あえて姿を晒したのは一体如何なる理由だというのか!」

「別に――ただの気まぐれっすよ」

言葉少なに弥六は応じる。
ただ結果のみを信奉する。ただ力と勝利のみを追い求める。
――弥六は思うのだ。
それはブリティッシュかもしれないが、イギリスンではないのではないかと。
スクリーンの向こう側で、図書館の活字の向こうで憧れたイギリスン忍者の在り方は、少し違った気がする。
少なくとも、意志と覚悟に経緯は払っていた。

「なるほど明快しかして難解!女心と秋の空!
この古太刀六郎、未熟にしてその心中を察するはいかにも困難では有りますが―――」

らんらんと目を輝かせながら古太刀は構えを取る。

「―――この状況、奇貨とさせて頂きましょう」

是非もない。
弥六もまた愛用のロングセラー商品『ブシドーブレードVer23.68』(16万5200円。両腕セット価格)を構える。
彼と違い、言葉は不要だった。
敬意と力と、それから勝利、あと賞金とか。
その辺をまるっと総取りするつもりだ。あの男の、覚悟の丈を正面からねじ伏せて!


「バリツ奥義――」

弥六は天高く舞い上がる。
「ここで天高く舞い上がる弥六選手!」

人類の急所たる直上!そこからパージしたブレードを射出。
「多くの武人にとって直上は対応の限られる急所!そこから切り離されたサイバネブレードが襲いかかるッ!」

「(何っ――!)」
そくざに実況によってトレースされる己の行動に違和感を感じながらも、
弥六は即座に銃撃用サイバネアームに換装し、続けざまの銃撃を浴びせかける。
「容赦なき連撃ッ!響く銃声は野生の咆哮に勝るとも劣りませんッ!しかし確かな分析と知識の前にッ!いかにイギリスン忍者に伝わる戦闘術と言えど、遅れを取らざるを得ません!」

その実況で持って弥六は確信する。
実況とは、確かな知識を持って初めて成るもの。
即ち、この男はバリツを知っている―――ッ!!

「しかし見事というべきでしょうッ!流れるような動きに自らの魔人能力を取り入れたバリツの基本形ッ!しかしッ!!」
「あたしのッ――!」

自由落下の果て、迎え撃つ古太刀の拳が弥六の鳩尾を正確に射抜き、再び空に打ち上げる。

「「倫敦大橋落とし《ロンドンブリッジフォーリンダウン》がっ!?」敗れたりッ!!」


千載一遇の好機だ。
古太刀は容赦するつもりはなかった。
自分自身も飛び上がり、更に追撃に移る。

「勝負はわからぬ物!絶対の自信を持つバリツを正面から打ち破られた弥勒選手に果たして打つ手はあるのか!苦し紛れの反撃はいかにも精彩を欠きます!猛獣との戦いを経て成長したこのニュー古太刀六郎には効かない!当たらないッ!効果ないッ!!」

「~~~っ!!」

同じルーチンで放たれる刃を、銃弾を、掻い潜って弥六は歯噛みをする!
ああくそう!下手を打ったっす!
なんでテンションに身を任せて姿見せちゃったかなー!もー!!

古太刀の一撃はそれだけで弥六のサイバネ義体を使用不能にした。
とっさに換装したそれは、戦闘用ならざる――どころか、普段彼女が愛用する機械式ですら無い、生活用の人工筋肉サイバネでしか無い。
最早、打つ手は―――

「(ちくしょう、畜生…!)」

――敗北を我が身の不覚と、飲み込める日も来るだろう。
けれど今それをするには、弥六は少し若かった。
若さによる不合理に追い詰められ、そうしてそのままに負ける。
その筈だった。

「(ホームズ、ボンド、女王陛下――!あたしは、こんな所で…!)」

「止めです!」

迫る古太刀の一撃は、宣言通りに決着と成るだろう。
彼女は生活用の人工筋肉サイバネしかまとっていないのだから。

そう、人工筋肉である




「う、おおおおおお!!」



「!?」
まるで象の足を殴りつけたかのような感触に古太刀は面食らった。
「どうしたことでしょう!これは!これはまさかッ!!」

彼は知る由もない。
弥六はある能力の影響下にあったッ!抜けきっては居なかったッ!!

魔人能力《ビリーブ・ユア・ハート》
―――思いの強さを筋肉に変える能力ッ!
機械式サイバネを使う限りその影響は極小であった!しかし人工といえど筋肉をまとった彼女に、その力の影響は如実に現れたのだ!

「なんというッ!!事でしょう!!!油断し、慢心したのはこの古太刀も同じだというのか!
或いは危機的状況において新たな力に覚醒したというのでしょうか!これは最早、倫敦大橋落としではないッ!」

カウンターとして幾重にも振り下ろされる打撃の中において、
古太刀はしかし決して実況をやめなかった。

そこに確かに見たのだ。
かのシャーロック・ホームズが最悪の犯罪魔人ジェームズ・モリアーティを葬り去った、すでに伝説としてのみ語られるバリツの秘奥義をッ!

「ライヘンバッハ―――」
弥六は、彼の舌鋒に敬意を払いながら最後の一撃を打ち据える。
古太刀は、その技の名を最後に意識を失う。しかし、実況はしきったのだ。



「―――滝落しだアアアアアァァァァッ!!!!!!!!」



 ◆  ◆  ◆

三回戦第七試合

○弥六
 vs(2時間46分、ライヘンバッハ滝落し)
●古太刀六郎

~次の試合へ~
最終更新:2016年07月17日 00:07