三回戦第七試合その2


「さあ、やってまいりました希望崎学園・魔人武闘会三回戦!
 舞台となるのはここ、サバンナ!まばらな草木の中、近く水辺にはインパラの群れが、
 陽炎立ち上る地平には、悠々とキリンが闊歩しております!」

「わたくしの目の届くかぎり、危険な肉食動物の姿は見えません…
 ですがこの地は、統べるものなき野生の王国。
 いつ恐ろしい猛獣たちが現れてもおかしくない!」

「さて、今回のわたくしの対戦相手は~……
 なんと!姿が見えません!これはどうしたことか!
 わたくしの実況術、そして南斗実況拳に、恐れをなしたとでも言うのでしょうか!?」

 大自然の空の下、なめらかな男の声が響く。―― その口調、生き物番組のナレーションとしてはいささかテンションが高い。
 『心躍る実況』を求め、魔人武闘会を戦う男、古太刀六郎の声であった。

「(うーん、そう言われると随分おっかない気がしてきたっすね…やっぱりあちらさんの能力は、
 他人の精神にも影響を及ぼすものと考えて、間違いなさそうっす)」

 対戦者・弥六は、このとき六郎からわずか15メートルの位置に潜んでいた。
 彼女の魔人能力「人体の調和」によって取り寄せた、サイバネ光学迷彩(56万9800円)。
 そしてイギリスン忍法・シャーロック隠形術による潜伏は、実況者の視力をも欺いていた!

「(おそらく『実況』の内容で、自分やまわりの存在に影響を与える能力の持ち主…
 ならそもそも『実況』をさせなければ! 南斗実況拳恐るるに足らずっす!)」

 ポンコツなようでいて、仕事はそつなくこなす彼女である。
 前回、六郎に勝利した『提督』の勝ち筋から学び、六郎の実況を封じる作戦を選んだ。

 弥六自身が甚大な影響を受けることを避けられたとしても、六郎には自分自身を強化する道、
 また平方カイ戦で見せたように、自爆覚悟で周囲の状況を変化させる道もある。
 ――決着は静かに、速やかにつける必要があった。

 なけなしの貯金をはたいて取り寄せた、新式のサイバネレーザー光線(29万9800円)。
 口径1インチに満たない、対魔人兵器としては小型のものだが、出力は斎藤ディーゼルの放射熱線に勝るとも劣らない。
 音もなくチャージされたその極光を、六郎の胸部に向け、最大出力で照射!

「おおーっと、危なーい!!」

 六郎は間一髪、大胆なブリッジ・アクションでこれを回避!恐るべきは実況者反射神経!
 いかなる術理によって、不可視の相手からの、光速の攻撃をかわし得たのか!?まったく不明!!
 しかし実況者たるもの、不意のレーザー光線程度で命を落としていては、魔人超人入り乱れる
 戦場や闘技会でのお役目はつとまらん!それだけは確かだ!

「(むむっ、これを躱しますか…でも、これで終わりじゃないっすよ!)」

 弥六は迷彩をONにしたまま、ふたたび潜伏!シャーロック隠形術により、音もなく六郎の背中側へ回り込む。
 だが、相手の狙いを解した六郎も無策のままではない。

「なんということでしょう…今のは姿なき、わたくしの対戦相手の仕業でありましょうか、
 はたまた知られざるUMAの仕業でありましょうか!レーザー放てども、姿は見えず。
 これぞ恐怖!サバンナレーザー光線の怪!」

「目の前の草むらに目をこらしても、空行く風の音に耳をすましても、
 やはり未だわたくしの対戦相手の姿はなし!
 まるでこの雄大な大自然に、溶けて消えてしまったかのようであります」

「(!)」

 弥六はふと、今までにない違和感を感じた。しいて言えば修行時代、真の暗黒に三日三晩閉じ込められたときに陥った
 浮遊感に似て―――気配を消す、その領域を超えて、自らの存在が希薄になっていく感覚。

 背に怖気が走った。このまま、『存在しない対戦相手』の実況を続けられたら?
 弥六という存在は、消えてしまうのか?
 あるいは恐怖!サバンナレーザー光線の怪となり果ててしまうのだろうか?
 いかな大会スタッフでも、『存在が消失した』参戦者を復帰させることはできないのではないだろうか?

 ―――その可能性に思い至ったとき、彼女は自ら光学迷彩を脱ぎ捨てていた。

「むかー!高かったのに!高かったのにー!!」

「おおーっと!いささか気抜けする罵倒とともに姿を表したのはー!?
 イギリスン忍者、弥六であります!サイバネ技術との調和を旨とするのが彼女の忍法!
 魔人の身体能力をも上回る速度で、弾雨のごとくクナイを投げ放ってくるー!」

「こんな美少女つかまえて、なにが物の怪っすか!
 こうなったら正々堂々、勝負っす!」

「こちらこそ!前回封じられたわたくしの実況、思うさま振るわせていただきます!」

 クナイを放つ間、早くもレーザーのチャージは完了していた。
 サイバネレーザー光線は弥六の意識と同期し、生身の人間には成し得ない正確な照準を行う。
 殺人光線を、弥六は容赦なく照射!照射!照射!照射!照射!

「あぁーっと!なんということでしょう!少女の細腕からほとばしる恐るべき極光!
 これこそがサバンナレーザー光線の怪、その正体だ―――ッ!!」

 しかし六郎、やはり紙一重でこれを回避!
 いかな光速の攻撃であろうと、射線があり、照準までの一瞬の間がある限り、
 実況者反射神経で回避することは不可能ではない!

 このままでは、徐々に出力が尽きる弥六が不利―――
 そう判断した弥六は、思考制御により、レーザーを散弾モードにシフトチェンジ!
 残りの出力を、すべて次の一閃に注ぎ込む。

 芒!
 威力は劣るが、直径2メートルほどに散大した光線の束は、果たして六郎の体を貫いた!

「グワ――――ッ!!」

 古典ニンジャ小説めいた悲鳴をあげる六郎!

「なん…ということでしょう!突如、拡大した光線により、さしもの実況者回避力を持つわたくしも
 ダメージを受けてしまいました!
 実のところ、この種の広範囲の光線こそ、実況者・古太刀六郎の天敵であります!
 あらゆる衝撃をかわし、いなし、サングラスが割れる程度の衝撃に変えてしまうプロ実況者も、
 『対象を跡形もなく吹き飛ばすエネルギー波』には何かと弱い!
 プロ実況者の殉職原因の実に9割が、こうしたエネルギー波であるといいます!」

「とか言いつつ、しっかり実況してんじゃねーですよ!」

 熱線によって焼き切られ、出血量こそ致命的ではないものの、六郎の左顔面と左肩は
 大きく抉られ、顔には脂汗が浮いている。
 これほどの損傷を受けてなお実況者文法を崩さない! すさまじい実況者根性!

 幸いなるかな、弥六が放った光線は、会場全域をなぎ払うレベルの大規模なものではなく、威力も劣る。
 しかし六郎が受けた損傷は甚大!一体この先、ど~なってしまうのでしょうか!?

「ご観覧の皆様も、もはや私に勝ち目はないとお思いのことでしょう…
 が、先の攻防によって被害をこうむったのは、私のみではありません!
 サバンナの大自然、そしてそこに息づく動物たちも、
 このレーザー光線による蹂躙には、怒りをあらわにしております!」

 弥六があたりを見回すと、そこには確かに、唸り声をあげるライオンがいた。
 恨めしげに顔を出すカバがいた。無数の目で弥六を見つめる、インパラの群れがあった。
 弥六が四方八方に放った光線は、知らぬ間にこれら動物たちの縄張りを、彼らの体をかすめていたのだ。

 これは―――1回戦で見せた戦法。いや、あるいは単に実況欲をあらわした結果だったのか。
 六郎は周囲の状況を乱し、弥六をも巻き込む戦法に出る気だ!

「ふん!まわりをわくわく動物ランドにして、弥六のペースを乱そうとしてもムダっす。
 そこらの猛獣ごとき、イギリスン忍法の前には恐るるに足らずっす!」

 実際のところ、並のライオン程度であれば、素の身体能力だけで凌げる魔人は少なくないであろう。
 弥六とて修行時代、バリツで虎を屠ったことがある。
 クナイの手持ちはもはやない。弥六は動物たちが躍りかかるより早く、ニンジャ刀を抜き、六郎に止めを差すべく距離を詰める。

 しかしこのサバンナには、弥六の想像を超えて、より巨大で恐るべき猛獣が存在していた。

 ―――キリンである。

「ああーっと、我々に向かって、怒れる動物たちが殺到する!
 先陣を切るのは、先の光線によって子供を傷つけられた親キリン!
 ライオンをも蹴り殺すその脚力が!あらゆる動物の中でもっとも高い血圧が!
 いま煮え立つように一人の少女に向け、沸き立っております!

 怒れる親キリン、いまその脚を大きく振り上げて…蹴った――!!!」

「ギニャー!!!」

「強~烈な当たり!!
 恐るべきキリン脚力により、対戦相手の姿がはるか彼方へと吹き飛んでゆきます!
 漫画ならキラリ、と星が輝かんばかりの勢い!これはいかに広大なサバンナといえど、
 場外を免れないのではないでしょうか!?」

 果たして弥六の体は遠く地中海まで飛び、散った。

 同時に六郎も蹴り飛ばされていたのだが、空中を飛びながら実況を続けた六郎よりも、
 弥六の飛距離は伸び、一瞬早く会場の場外ラインを超えていたのだった。

古太刀六郎 ― 勝利

弥六 ― 場外
最終更新:2016年07月17日 00:10