薪屋武人はBARに来ていた。十四代目武田信玄と戦うためだ。
だがそこで彼はありあえないものをみた。
アイドル。彼が愛してやまないアイドルがその場にいたのだ。
白く、ふわふわした毛で覆われた、愛しのアイドル。
何故こんなところに、ここにいては危険だ。自分が守らなくては、あの時は守れなかった。だが、今度こそは。
そんな思考を巡らせる前に、薪屋武人は動いていた。
何故なら、大好きなアイドルがいるからだ。
大好きなアイドルが目の間にいたらすぐに傍へ駆けださずにはいられない。
それが、薪屋武人という男だった。
真-リアル-六代目信玄は『史上最も民に愛された信玄』とも呼ばれている。
大層な二つ名ではあるが、これには列記とした数字的根拠が存在している。
ある時、タケダネットが全領民に対し匿名でアンケートを取った。その項目の一つに「貴方は当代の信玄についてどう思いますか? 好き 嫌い どうでもいい」というものがあった。
支配者は民に疎まれるのが世の常であるが、六代目信玄は例外であった。なんと好きと答えたのが100%だったのだ。
人間である限り、いやどのような聖人であれ、万人に好かれるというのは不可能である。
ならばこれは魔人能力か。否、魔人能力であれば何らかの隙が生じるはずである。だが、六代目信玄は死すまでその声望を一切欠くことがなかった。
六代目信玄がそのような業を為しえたのはなぜか。
魔人能力なしに、人知を超えた奇跡を起こせたのは何故か。
それは、六代目信玄が人ではなかったからである。
甲陽軍鑑に六代目信玄の容貌がこう書かれている。
曰く『頭は小さく足はみじかく、白と黒が混ざり合った模様。銅、鉄、竹を食べる』
そう。パンダである。
人はパンダが大好きである。それは武士とて例外ではない。
人間が人間である限り、パンダを嫌うことなどできはしない。
六代目信玄は人間のその習性を利用し、民に愛される独裁者として君臨し続けた。
十四代信玄は歴代の信玄を召還し、彼らに師事することで己を鍛えてきた魔人である。
当然、六代目信玄にも教えを受けている。
教えをうけたといっても、相手はパンダである。何かを手取り足取り教えてくれるというわけではない。
ただ、傍にいただけである。それだけで、充分だった。
パンダの力の使い方、パンダ流剣術、竹林の中に身を隠す斥候術。傍にいるだけで学ぶことはいくらでもあった。
なかでも最も有用だったのは
「パ、パンダ~」
パンダの物まねだ。広大な武田家の領地、その全ての領民を魅了した圧倒的パンダ力。
十四代目武田信玄は六代目の物まねを極めることでそのパンダ力を一瞬だが再現することができるようになった。
「ぱぱぱぱんだ~」
無論、六代目のように恒常的にすべての人間に愛されるということはできない。
「ぱ~んだ~」
ほんの少しの間、自分をパンダだと思わせ
「ぱぱぱんだ~」
一瞬だけ、魅了する。
「ぱんだ~」
それだけだ。本物のパンダには遥かに及ばない。
「ぱ」
だが
「ん」
「バカなこれは」
ただ一人の敵に勝つためというのなら
「だー!」
「ぱんだじゃない!?」
それだけで十分だった。
自分をパンダであると油断させてからの一撃。
これで対外の相手は沈めることができる。笹による一撃が、薪屋武人を襲った。
十四代目武田信玄はそれまでの手合わせで薪屋武人もそれで充分に倒すことができる魔人だと判断した。
だが今回はふたつの誤算があった。
ひとつは、『ビリーブ・ユア・ハート』。薪屋武人の能力が自分の思いの強さを筋肉量に変えることだったこと。
そしてもうひとつは薪屋武人がパンダが大好き過ぎたことだ。
人は思いがけずいいことが起こるととっても嬉しくなるものだ。薪屋武人はこの戦場にパンダがいるなんて全く思ってなかった。
なのにパンダがいた。こんなところにモフモフのパンダがいるなんて超ラッキー。戦いが終わったらいっぱいモフモフしようヒャッフー!!みたいな気持ちになった。
無茶苦茶喜んだ。
その喜びが薪屋武人の筋肉量を爆発的に増やした。
そして防御力は筋力に比例する。パンダにあえて喜んだことで筋肉がが爆発的に増し、その防御力は十四代目武田信玄の予想をはるかに上回ってしまったのだ。
予想外にパンダに会えたことの喜びで今の薪屋武人は3Mの筋肉の化け物となっている。
だが、今薪屋武人はそのパンダが偽物だと知ってしまった。ならばその筋肉はどうなるのか。
「パンダ……いないのかよ……」
人はぬか喜びを体験した時どうなるか。
「パンダ!!いねええのかよおおお!!!!」
そう!怒り狂うのだ!!
「せっかくパンダに会えたと思ったのによお!!!」
一度得た幸せが錯覚だったということから生じるぬか喜びに対する怒りは
「パンダ!!パンダ!パンダ!!!」
あらゆる怒りの中でもトップレベルに強い怒りだ!!
だが、皆さんの中には疑問に思う者も多いだろう。薪屋武人は、そもそもアイドル好きだったはず。これではアイドルよりもパンダの方が好きなように見えるぞ?ここまで怒り狂うのはおかしくないか?と。
何もおかしなことはない。何故なら……かつて薪屋が手にかけた益田ましろもまた……六代目信玄と同じ、パンダだったのだから!
何を馬鹿な、酷いキャラレイプだ!と仰る人も居るかもしれない。だが、よく薪屋のSSを呼んでいただきたい。
彼のSSには、ましろが人間だという記述は一つも書かれていない!少女と形容されて入るが、パンダの少女ではないと、なぜ言い切れるのか!?
そしてなにより、我々には彼女がパンダであるという列記とした根拠があるのだ!
順を追って説明しよう。かつて、アイドルたちは、政府の目から逃れ、密かに勢力を拡大していった。なぜ、タケダネットの管理するこの世に於いて、そんな芸当ができたのか?
答えは簡単。彼らの目の届かないような、山奥から広がっていったからだ。そして山奥にいるのは?勿論パンダである。
人に愛されるのに最も手っ取り早いのは、可愛くなることだ。そして、パンダとは可愛いものだ。ならば、プロデューサーたちがパンダたちにアイドルの才能を見出し、育てることは、何ら不自然ではない。
さらに、益田ましろには、小柄で、非力で、病弱だった。そして標準を超えた美しさを備えていた、という記録がある。……病弱、美しい。そしてましろという名前。これらの言葉から、なにか連想される物はないだろうか?
そう。賢明な読者諸君ならば気づいているだろう。彼女は生物学的に非常に珍しい特徴、アルビノ……全身がなんか真っ白になるレアなあれ……あれだった。彼女は真っ白いパンダだったのだ。
最近のSSでは、専門用語を入れるのが流行っている。数学の理論とかそういうのが有名だ。我々は考察だけではなく、知識面でも優れているのだということをご理解いただきたい。
そして、農村での暮らしには耐えられず、レッスンについていき、アイドルとなれた、というのも、アルビノのパンダだったとすれば頷ける。
日差しから遮りさえすれば、アルビノのデメリットは軽減され、元々持っていたパンダの体力で、十分ついていける。それでも、過酷な道だっただろうが……兎に角パンダだからこそ、病弱であってもアイドルになれたのだ。
彼女がサイバネ声帯を拒んでいたのも、パンダだったと思えば説明がつく。体質の問題ですら無く、そもそも種族からして違うのだから、人間の声帯が彼女に合うはずもなかったのだ。
これで我々が相手のSSを全く読んでいない、相手の設定を拾うつもりもないぶしつけな参加者でないことは理解いただけただろう。全て、根拠があってやっている事なのだ、根拠が!
ちーちゃんが七億度の炎を放てるのも特殊能力に随意って書いてあったからだし、ちゃんとできるようになった説明もした。
お父さんが変な弾丸を沢山持ってたのも、チキちゃんに興味を示していたことから、銃以外の技術にも絡繰りとか、兵器系の技術に理解があると読み取れたからだ。決して思いつきではない!
サイバネ富士山が100万円なのも高過ぎたら弥六ちゃんが大金持ちになって、簡単に大英帝国を復活できちゃうからだ!マリちゃんのだってバレリーナだからくるくる回るし、くるくる回って脚を失うとなればマントルに突っ込んだと考えるのが自然だからだ!
説明が足りなかったかもしれないが、俺たちはしっかり相手の設定を拾っているのだ!お前らこそちゃんと読め!俺達のSSを!
十四代目は人間を切れない信玄ではない!何が優しさだ!そんな甘い覚悟で信玄になれるか!
そもそもこれだけ実力差が開いていたら峰打ちでも場外に押し出すでもできるだろ!!
ハンターハンターだったら絶対そうしてるぞ!何が能力バトルだ!!富樫先生を見習え!!
精神操作能力者が人から愛されるか!人から愛されると言ったら、パンダに決まってるだろ!!見たことがないのか、あの愛くるしさを!!上野動物園行って来い!!
そんなわけで、最愛のアイドルから殴られ、しかもそれが消えてなくなった薪屋の怒りは、今、限界を超えて膨らみ続けているのだ!
「俺のパンダは!ましろは!どこにいったんだよお!!!」
5M、10M、20M、40M!薪屋武人の筋肉がどんどん肥大化していく!!
「うおおおお!!クソッタレがあああ!!パンダああああああ!!!」
知っての通り、薪屋武人は心優しい体育教師だ。狂ってるけど、SSにもそう書いてある。
「パンダ…パンダ……白黒モフモフぱんだちゃあああああんん!!!!」
だが、普段優しい人ほど!怒ると怖い!だから薪屋武人が怒ると!本当にすごいことになる!!
「パンダ、パンダアアアアアアア!!!」
100M!200M!怒りにより筋肉がさらに肥大化していく!!」
「うおおおおおお!!!生パンダーーー!!」
『ビリーブ・ユア・ハート』は筋肉を得る能力だ。だが筋肉を鍛えるだけでは得られる筋肉には上限がある。
「マイラブリー!パンダちゃーーーーん!!」
筋肉を増やすにはそれ相応の骨格が必要なのだ。『ビリーブ・ユア・ハート』は筋肉が増えるたびに大将の骨格その筋肉に相応しい骨格に組み替えることができる。
「つおいぞつおいぞパンダさーーーーーん!!!」
故に!その思いの強さによっていくらでも巨大化することができるのだ!!
能力の思いもよらなかった使い方……素晴らしい!これこそ能力バトルの醍醐味だ!!俺たち、すごい能力バトルしてる!!
「はあ……はあ……」
500M。そこで薪屋武人の筋肉の肥大化は止まった。今まではどんなことがあっても、50Mどまりだった。インフレしすぎるのは能力バトルでは歓迎されない!だから、これくらいで止める。さすがのバランス感覚!俺達は天才なのでは!?
しかしそれでも100Mの大台を超え、500Mまで成長してしまうとは!恐るべし!薪屋武人!!俺たちが自重してもこのぐらいには成長できる男なのだ!薪屋武人は!
パンダの怒り!恐るべし!!薪屋武人!恐るべし!!
「うおおおおおおおおお!!!」
薪屋武人が。500Mの筋肉の巨人が、吼えた!!
まはや地球上でもっとも巨大な生物と化した薪屋武人。いや、世界で最も筋肉の多い生物と化した薪屋武人!!
その存在はもはや規格外!ただ叫ぶだけで今何千人か死んだ!俺たちは強さを抑えたいが、薪屋の強さを考えるとこれくらいはできてしまう!これは真摯に考えるが故のインフレなのだ!ご理解いただきたい!
そう、筋肉星人!今の薪屋武人は筋肉星人そのものだ!!
その筋肉星人が!全身の筋肉を地面に叩きつけた!!
大地が割れる!その亀裂は奇妙にも『きんにく』と読めるような形になっていた!
奇妙ではあるが筋肉星人が地面を叩けば当然そうなる!少し考えればわかることなのだ!
亀裂の傍では筋肉叩きつけられた憐れな人たちの肉片があった。
その中に十四代目武田信玄は悠然と立っていた
ちょうど、『きんにく』の『ん』と『に』の間あたりに、立っていた。
……
五代目武田信玄は史上最も吝嗇な武田信玄と呼ばれている。
アメリカの戦の後というのもあったが彼はとにかくに節約をすることに全力を注いでいた。
こんな逸話がある。
ある日五代目信玄が用を足し、ケツを吹こうとしているとき、便所紙が一枚風に吹かれて飛んで行った。
すると五代目信玄は袴もあげずにその紙を追いかけていき、小姓たちに笑われたという。
それに対して五代目信玄は「笑うでない。私がこのように便所紙一枚を大切する心を持っているからこそ、今天下は太平でいられるのだ」と返したというが、それにつけても聊か滑稽にすぎる話ではある。
まあ、とにかく、五代目信玄はこのような逸話が作られるほどに吝嗇な男であった。
その吝嗇ぶりは、彼の武にも及んだ。
大変の時代といえども敵は出てくる。それらの始末は真田十勇士など武田配下の武士たちの仕事である。
しかし、五代目信玄は人件費が勿体ないからと、彼らを滅多なことでは使わなかった。大体の粛清は自分で行った。
刀も持たなかった。刀を使えば痛むのでもったいないからだという。
なので五代目信玄は徒手空拳で戦っていたが、彼は戦い方にもこだわった。
二撃目を使う体力が勿体ないから。一撃で決める。体力を無駄にするのが勿体ないから。動きの無駄をなくす。今までの努力を無駄にするのは勿体ないから。勝負事には必ず勝つ。
これが彼の信念であり、そして彼は死ぬまでその信念を貫き通した。
その五代目の一撃必殺の拳を、十四代目武田信玄は当然持ち合わせている。
「悪いな。一撃で決めるぞ」
さきほどのパンダの物まねのあとの一撃、それをこれにしていればもっと楽に勝利することはできた。
──成長しないな。俺も
筋肉星人を見上げながら、十四代目武田信玄はそうひとりごちだ。
そう、いかに我々の意思にそぐわないものだとしても、前の試合の設定だってちゃんと拾う。なんて真面目なんだ!この部分はポイント高いぞ~!
「パンダアアアアアアアアアアアア!!!!」
筋肉星人が吼える。
その叫びは、怒りの中に、どこか哀しみがあった。
「ぱんだ」
その哀しみに応えるように、十四代目武田信玄も声を洩らした。
「パンダアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
筋肉星人は怒りに震えていた。
ただ怒っていた。
その怒りの矛先を見つけられないまま、ただ怒りに身を任せていた。
「ぱんだ」
声が聞こえた。
自分の怒りに、哀しみに、筋肉に、直接触れてくるような声だった。
「パンダアアアアアアアアアア!!」
こいつになら、自分の全てをぶつけられる。そう思った。
思った瞬間に、拳をそいつにむけて放っていた。
拳が地面に突き刺さった。
地面に『きんにく』とも読める巨大な亀裂が走った。
その拳を、その男は真正面から受け止めていた。
だが、それでも、それでもなお、筋肉星人の怒りはとどまらなかった。
心情描写は大切だ。バトルだけで勝てる時代は、もう終わったのだ!こうして内面をしっかりと描写することで、読者の共感を得ることができる……。SSバトルの基本を抑えている!ここも高ポイントですよ~!
「パンダアアアアアアアアアアアア!!!!」
これ以上全身を大きくしても、意味はない。
全ての怒りを腕に込めた。
腕が肥大化する。
「パンダアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
そして、肥大化しぎた筋肉は!爆発する!!
マッスルビックバン!!
水素爆弾の2兆倍の威力に匹敵する、筋肉のダイナイマイト!!
「動かざること山の如し」
だが、しかし、十四代目武田信玄には通じない!
「終わらせよう。」
目の前のパンダであってパンダでない男がそう言った。
パンダであってパンダでない男はゆっくりと拳を突き出してくる。
何故か、それをよけようとは思わなかった。
パンダであってパンダでない男の拳が筋肉星人の筋肉に触れた。
その瞬間筋肉星人の筋肉が飛んでいき、
その後には、薪屋武人の姿が残っていた。
最後の見せ場はド派手に!意地と意地のぶつかり合い……!美しい能力応用も、確かに素晴らしいだろう。だが、理論を超えた物がここにある!最終戦、クライマックスに相応しい、なんと美しい幕切れ……このSSを書いたのは……天才に違いないー!
そして我々は今回、SSの所々に注釈を挟んでいるが、これは断じて奇を衒ったものではない!というところだけを最後に明言しておく。
我々は、ただ古典に倣っただけなのだ!
そう金聖嘆!!唐末清初の偉大な文学評論家金聖嘆!!
彼はその著作である水滸伝七十回本において、彼の書き下ろした部分を積極的に褒めまくっている!
あまつさえ、それを注釈と嘯いて本分の中に堂々と入れているのだ!
我々は今回その古典の手法を取り入れた!!故にこのSSはまさに温故知新であると言えるだろう!
どうだ、貴様ら!みたことあるか!ここまで見事に古典の手法を取り入れあまつさえそれを活かしきったSSを!!
ひゃはははははは!俺たちを絶賛する声が聞こえてくるようだぜ~~~~!!
「まだ、やるか。」
薪屋武人にその問いに応える力は残っていなかった。
ただ、倒れ込みながら、十四代目武田信玄の勝利を讃えるようにその拳に触れていた。
十四代目武田信玄はそれ以上何も言わなかった。
薪屋武人はそれ以上何も出来なかった。
戦場の跡に、ただ、風だけが吹いていた。