四回戦第六試合


「今回の相手は、日内環奈ちゃん……だっけかー」

戦闘開始時刻となり、オフィスビル内を探索していた禍津鈴は頭上を見上げながら、ぼんやりと呟く。
視線の先にある天井からはズン、ズンと重く鈍い連続する音が響いてくる。
それは、まるで上の階で何かを床にぶつけているかのようで、今にも天井が崩れてきそうな気配さえあった。

そう、天井が崩れてきそうな気配があった。

「いやー、派手なことするねー」

鈴が呑気に呟いた途端、轟音と共に、天井が崩落した。

◇◇◇

日内環奈は、開始早々、自分が建造物の上の方に居ること知るや否や、その場にあったコピー機を魔人腕力で持ち上げた。
コピー機が何に使うものなのか、環奈は全く分からなかったが、それなりに面積があり大変重いものであることが分かればそれでよかった。
コピー機を持ち上げた手は離し、その瞬間に能力『飛鳥落地穿』を発動。
重力が激増したコピー機が鈍い音を立てて床に激突。
それを何度も何度も繰り返す。

環奈の目的は、圧殺とショートカット。
もし下に人が居て運良く潰せればそれで良し。
圧殺できなくとも、階下へと繋がる穴が開ければそれで良し。

脳筋思考の、日内環奈らしい作戦であった。

◇◇◇

「……ふむ」

崩落した床の穴から階下に降りた環奈は、慎重に周囲を見回す。
果たして、鈴はそのまま潰れてしまったのだろうか。

「あっはは。もーびっくりしたよー」

否。
環奈が声の方に視線を向けると、対戦相手である鈴がそこに居た。
ヘラヘラと笑いながら佇むその姿は、見たところかすり傷さえ負っていない様子である。
しかし、崩落した大きな破片をどうやって凌いだのだろうか。
固い落下物を、只の直剣で斬って防いだのだろうか。
それはあり得ない。
なぜなら、あくまで鈴の剣は人を斬る用途のものであり、硬い個体を斬る程切れ味は冴えていない。

環奈は警戒しつつも、鈴が健在である理由を探ろうと鈴の周りを見ると、綺麗に切断された破片が転がっていた。
そして、山育ちの聴覚が受け取った微かな振動音。

「振動剣、か」

環奈はその正体を言い当てる。
環奈とて、高速振動剣を実際に見たことはないが、「そういう武器を扱う者もいる」と日内流師範から伝え聞いていた。

◇◇◇

禍津鈴は、再び敗北した。

(あんな勝ち方されたら、憎めないじゃんねー……)

内心、なんとも言えない気持ちを抱えながら、鈴は第四回戦の対策を考えていた。
しかし、どちらかと言えば心地よい類の気分である。

だが、一方で。

(纏ちゃんに報いようと、思ってたのにな―)

そう、楠木纏に報いる為に勝とうと思ってたのだが負けてしまった。

そこで生じるのは、不安定な感情。
負けても不思議と心地の良い気分と、負けてしまったという悔しさ。
そして今後また負けてしまうのだろうかという不安と、勝ってみせるという地に足のついていない自信。
それらが、不安定な波となって、振動となって、心象力として発現したのだ。

◇◇◇

「あ、分かったー? 振動剣、格好いいよね。でも私達は対戦相手だからー悪いけど、これで一刀両断――だよ!」

鈴が疾走し、斬りかかる。
足が浮かないような足取り――明らかに環奈の能力を意識したと思われる足取り、すなわち古流剣術に見られるような“すり足”で環奈の懐へと入る。
そして、振るわれる横薙ぎ。

だが、環奈は自分が両断される未来を一欠片も予想せず、対処した。
すなわち、銃による側面への打撃。
高速振動剣はそれだけで無効化される。
鈴は、直剣を持った手を跳ね上げられる。
その隙を狙い、打撃を与えようとする環奈。

「――獲った!」
「わっ、とと――えいっ!」

震脚。

打撃が鈴に当たる前に、鈴が足を強く地面に打ち付けた。
一瞬、グラっと床が揺れ、環奈の軌道が逸れる。
鈴が、振動を足から床に伝播させたのだ。
危うく鈴は回避に成功し、再度姿勢を立て直し、斬りかかる。

「あっはは。対処法、知ってたんだ。なら仕方ない、正攻法で戦うしか無いねー」
「――む」

切りかかってきた剣は、振動していないように見えた。
なので、環奈はそのまま銃で受け止める。
振動剣は諦めたのだろうか、と訝しむ環奈の答えを言う様に、鈴が語る。

「だってさ、側面に攻撃当てられたらあんなに隙ができる攻撃、対処法バレてるのにやりたくないよ。震脚だって、二度も通用するとは限らないしさ」
「……」

それもそうだ、と環奈は無言のまま内心で肯定する。
しかし、何か、何か、違和感があった。
それは、身体の中に何か微かな異変が生じた様な。
少しその違和感を気にかけながらも、環奈は応戦する。

結局、鈴は振動剣を使わないことに決めたようだ。
故に、環奈は銃で受け止めることができる。
無論、いつか突然振動剣を使ってくる可能性がある。
だから、慎重に相手の剣を見据えながら、環奈は戦う。
当然剣を受け止めるだけの防戦一方ではなく、隙あらば打撃も狙う。
天井に穴が開き、その破片が散らばる異様なオフィスの中で、二人は徐々に戦闘の過激さを増していく。

「……っ」

その中で、環奈は一度大きく後退した。
それは押されたからではなく、鈴を倒す為の作戦の前動作だ。
距離を離されまいと、追いすがる鈴。
剣の攻撃範囲に鈴が辿り着いた瞬間。

「――止まれ」

環奈は驚天動地の行動に出た。

「――!?」

火縄銃を持って、銃口を鈴に向けたのだ。
一瞬、鈴は困惑する。

(まさか、撃つつもり? いや、まさか。彼女は日内流。撃つはずがない。でも、いや、そうだ。撃つはずがない――!)

撃つわけではないはず、と最終的に結論付けた鈴。
しかしその一瞬の困惑は、戦闘における致命的な隙を生み出した。

「――ぐっ。げほっ」

貫手。
それこそ弾丸の様に鋭く放たれた環奈の貫手が、鈴の心臓を貫いていた。

「――よくぞ。私の信念を信じてくれた」

血塗れた手を抜いて、環奈は呟く。

日内流砲術の中でも、相手が自分のことをよく知っている場合にのみ使える技。
“日内流は弾を撃たない”という絶対の掟。
相手もそれを理解していた際に、銃口を向けることで掟を破るのかと混乱させてその隙を突く技だ。
環奈は、鈴が録画で環奈の戦闘を見ていたという事実を知らない(そもそも、録画という技術を知らない)。
しかし、すり足をしていることから、鈴が自分の戦闘スタイルを既に知っていることは伺えた。
そのために、この技を使うことを決めたのだ。

鈴の、あらかじめ相手の対策を取る戦術が、却ってその身に牙を向いたのだ。

◇◇◇

(だけど、いいや、まだ――)

“『りんお姉ちゃん』”

家族になる、という言葉に笑顔を向けてくれた少女の顔を思い出す。
そうだ、私はあの子を騙してでも勝ったのだ。
だから、私はこんなところで負けてられない。

“『何の意味もねえ、ただの自己満足だ。』”

あぁ、そうだろう。
きっと彼女は、本当に只の自己満足で私を殺さなかったのだろう。
それでも、死という最大の苦痛を与えなかった彼女に感謝する。
おかげで少し心地の良い気分で、第四試合の対策に当たれた。
その対策をしていたが故に負けるというのでは、あまりに不甲斐なさすぎるだろう。


――だから。


『勝負しろ――ッ!!』

問答無用に私を倒していった少年を思い出す。
彼に負けたおかげで、優しい少女二人と出会えたのだから、感謝しなくてはならない。


『安定を捨てて賭けに出ないと大きなことは成し遂げられないぜ?』

そもそもこの戦いに出向くきっかけになった彼に感謝しよう。二人の少女に出会えただけで、とても救われた気分になった。

そして。

今こんな清々しい気持ちにさせてくれた、目の前の砲術使いの少女にも感謝を。


――だから。


――だからこそ。


――私は負けられない!!


何故なら全力で立ち向かわねば、失礼になってしまうから。


そう、鈴は決意して――



◇◇◇

「――バカな!」

環奈は瞠目する。
鈴が倒れない。
それどころか、空いた心臓の穴を埋めるように、左手を突き入れている。

鈴の今の心象力は、振動の伝播。
振動とは、一種のエネルギーである。”物を動かす力”の一種である。

そして心臓は、血液を受け取り送り出すポンプ。
鈴の左手は今、その血液を送り出すという心臓の役目の半分を、振動で血液を動かして担っていた。
血液を受け取る役目はできずに、心臓の穴からドクドクと血が流れ出るが、構わなかった。
なぜなら、あと一撃決めればよかったから。

(――そう、あと一撃。そろそろ”育っている(、、、、、)“ころだと思うから)

ゆらり、とバランスも覚束ない体で右手で剣を振るう鈴。
その鬼気迫る様子に、一瞬環奈は身体が硬直してしまい、しかし防御に成功する。

「受け止めちゃったね」

だが、それこそ鈴の狙い。
一撃当たりさえ、当たった場所から振動が伝わりさえ(、、、、、、、、)すれば全ては決する。

「これは……!?」

環奈は身を震わせる。いや、勝手に震えていた。
それは、内部から伝わる振動。

振動とは、一種のエネルギーである。

内部で共振を繰り返す毎に、音叉の様な音を発して破壊力を高めていく。
これが、環奈が感じていた違和感の正体。
鈴が環奈の銃と交差する度打ち込んでいた振動が、銃から身体へと伝わり蓄積されていた振動が、頭角を表したのだ。

自然界に存在する、希少な振動がある。
それは、時間が経過しても形状・速度が不変であり、振動同士が衝突しても安定して存在できる振動。
その名も――

「――“ソリトン”って言うらしいよ」

ソリトンが、内部から環奈の身体を破壊しつくした。

【勝者:禍津鈴 END】
最終更新:2016年07月23日 23:31