姫宮マリと弥六(忍者名。本名は才羽鉄子)。
本州と新潟の県境に位置する魔境、スクラップ置き場にてかち合った両者の戦闘は熾烈を極めた。
勝利の味を知るとともに、賞金で戦闘能力を底上げされた弥六。二度の敗北による苛立ちを隠さない姫宮マリ。
ぶつかり合う義肢と義肢。
能力生成されたパワー義足と、ビルドアップされた人工筋肉から繰り出される斬撃が火花を散らす。
最初に弥六が活用していたのは六波羅探題から支給された数々のニンジャギア。
振動ブレード刀、麻痺シュリケン、電磁ジッテ、赤リングレネード。
全体的に卑怯なラインナップだが、忍者故致し方なし。汚いなさすが忍者きたない。
しかし姫宮マリはこれらにお得意の高速軌道で対抗。とにかく攻撃が当たらない。
戦場がスクラップ置き場であり、頭上を遮るものが無いのが彼女に有利に働いた。
これを見て、近接戦は不利と判断した弥六が能力を発動。
ホームセンター『石垣商店』から引き出される数々のサイバネ工具。
プラズマカッター「石村」(3万2400円)。
能力を封じるために脚の付け根を狙うが、これは失敗。
弾速がやや遅いため姫宮マリに見切られる。そして『血塗れ王妃』によって生成された義足を貫けない。弾かれる。
出費をケチった安物では駄目だったか。次。
パルスガトリング「観柳」(32万4000円)。
障害物破壊用の極めて強力な工具である。人に撃っていい代物ではないが、四の五の言ってられない。
斉射――失敗。反動が強すぎた。後方に吹っ飛ぶ。姫宮マリが煽ってくる。ウザいっす。
脚部を地面に固定する必要があった。が、彼女相手にそんな悠長なことはできない。
実際、ホバーアクセルブーツ(24万8000円)が無ければ何度死んでいたか分からない。
これを外すのは自殺行為だ。次。
フレイムスロワー「本能寺」(54万円)。
敷地に発生したコシヒカリを処理するための火炎放射器。
噴射すると、周囲のゴミ山に次々と引火。爆発。なにやら色のついた煙、有毒ガスも発生し始める。
ラッキー。ガスマスク(3万2400円)を取り寄せて装着。
ところが姫宮マリは、その場で高速回転。生じた突風でゴミ山ごと炎とガスを吹き飛ばした。
「知ってはいたけど、無茶苦茶やるっすね……!」
「そうよ。私は無茶苦茶やるの。嬉しいわ、その言葉が聞けて」
「――けど勝つのはあたしっす。あたしの本気を見せてやる……っす」
『人体の調和』発動。
簡易重力制御装置(43万2000円)。乙型加速装置(86万4000円)。
サイバネ鉄骨溶断ブレード「陽光」(32万4000円)。作業機用バーニア(10万8000円)。
高機能サイバネヘッドギア(54万円)。
その全てを装着した弥六の姿はまさしく――サイボーグ忍者。
顔を覆うサイバネヘッドギアのモノアイにグリーンLED光が走る。
「もうこれで最後っすから。後先考えず、金のことなんて忘れて全力で行かせてもらうっす」
弥六がサイバネブレードを構える。
コロナじみた刀身の余波で、側に落ちていたスクラップが赤熱した。
「……最後の相手があなたで良かったわ。私も、全力で――」
『血塗れ王妃』第二形態:XCモード。
姫宮マリが流線型パワードスーツに包まれる。赤色に輝く粒子、レッドエーテルが対流し渦巻く。
両者が同時に地面を蹴った。
赤い彗星と緑の光線が戦場を駆け巡る。
姫宮マリが脚を振るうたびに、衝撃波が生じスクラップを吹き飛ばす。
弥六の刀が振るわれるたびに、強烈な熱波がスクラップを焼き焦がす。
それらが衝突する度に、閃光。熱。
衝突。衝突。衝突。
彼女達は鈍化した体感時間の中で、ある高揚感を感じていた。
戦いの喜び。全力をぶつけることのできる相手。
そして丁度35秒が経過しようとしたその刹那に、弥六の刀が姫宮マリに届いた。
サイバネ鉄骨溶断ブレード「陽光」による突き。
XCモードが解除され、地に落ちる姫宮マリ。
2回戦のデジャヴじみた光景。
だが弥六も無事ではない。
肩で息をする彼女の全身のサイバネは、スパークを吐いている。相当なダメージの蓄積。
結局彼女が与えられた有効打は最後の一撃のみであり、それまでに数えられぬほどの打撃を受けていた。
薪屋武人が遺した防御力強化が無ければ、いまごろ爆発四散していたであろう。
過度なサイバネ重複使用も災いし、生命維持機能にも障害が発生していた。
「姫宮マリ、油断ならぬ強敵であったがこのイギリスン忍法バリツの正統後継者の前では――」
弥六が勝利を宣言しようとした――その時。姫宮マリが起き上がった。
彼女は斬撃が届くその瞬間、体を捻って致命傷を回避していたのだ。
「まだ……まだよ!私はまだ踊れる……!!」
袈裟に斬られた傷もそのままに、姫宮マリがバレエを構えた。
弥六も動かなくなったサイバネ武装を切り離し、バリツを構えた。
睨み合う両者。
最後はステゴロで決着をつけよう――そう思われた、その時!
空が赤く染まっていき、遥か上空のある一点に空間の裂け目が生じる。
そこから同心円状に広がっていく七色のポータルが空を覆い尽くす。這い出る巨大な触手が裂け目をこじ開ける。
「え、何あれ!?」
姫宮マリが構えを解き指を差す。
「おっとその手には乗らないっすよ、と思いつつも優しい弥六さんは空を見上げるのであった――
ってええ!?何すかアレ!?」
そして、びっしりと触手に包まれた星が出現した。中心と思しき位置には大きな一つ目がある。
その質量に引っ張られ、重力が反転。スクラップが宙に昇っていく。
「うわあああああヤバイっすヤバイっす!!」
地面に突き刺さった電柱を見つけ、しがみつく弥六と姫宮マリ。
スクラップ置き場から少し北にずれた新潟、その遥か上空。宇宙に開かれたポータルから突如出現した高次存在。
彼の名は恒星怪獣アルタイル。またの名を転校生《彦星》。
安土城の地下で磔にされている《織姫》を追い、次元の彼方からやって来たのだ。
SSC:「フォレスト丸」がログインしました。
SSC:「きっぽちゃん」がログインしました。
フォレスト丸:突然ですがニュースの時間です。チャンネルはそのまま
きっぽちゃん:今沖田
フォレスト丸:……つ、ついに始まりましたね!魔王様!!
きっぽちゃん:そ、そうじゃの!誰もが成し得なかったタケダネットの転覆――名付けて、大政奉還計画!
召喚される転校生によって引き起こされる維新インパクト!日本のヨアケぜよ!!
フォレスト丸:世界人口の半数が死亡しそう
きっぽちゃん:蘭丸。そして信玄の阿呆もそうじゃったが
フォレスト丸:o?
きっぽちゃん:ワシに言わせれば、どいつもこいつも人間を見くびりすぎよ。
この程度の危機、軽く乗り越えられるはずじゃて。
フォレスト丸:相変わらずスパルタっすねー
きっぽちゃん:宇宙からの侵略者、妖怪の数は年々増えておる。
今の文明レベルのままだと、そう遠くない未来に人類は滅びを迎えるであろう。
じゃというのに、人類の管理?魔人の追放?欠伸が出るわー
きっぽちゃん:戦が文明にもたらす利益は無視できん。地上に嵐を。
ワシ以上の脅威が現れるその日まで、ワシは全人類の敵であり続けるぞ!
「ねえ、私たちであれを倒さない?」
姫宮マリがキラキラした瞳で弥六に提案する。
「ええー何言ってんすか無理っすよ無理!タケダネットがなんとかしてくれるからそれまで待つっす!!」
スクラップ置き場から見える水平線、N(新潟)結界限界の向こう上空にはタケダネットの総本山、機動要塞「躑躅ヶ崎館」が待機しているのを弥六のサイバネアイは捉えていた。
「そんな他力本願でどうするの!このまま世界が滅んだら大英帝国復活も何もないわよ!」
「これは戦略的撤退っす!そもそも、どうやって倒すんすかあんなの!」
「私に策があるわ――合体するのよ!」
「うわっちょちょちょこんな時にセクハラっすk」
「違うわよ!だから――」
姫宮マリの古巣、《魔人病棟》は魔人を超えし魔人――《転校生》を研究している場所であった。
彼女の能力にはその為の機能が備わっているという。
「そ、その機能とは――?」
「やって見せた方が早いわ」
そう言うと姫宮マリは、弥六の首筋に噛み付いた。
「ギャーーーーーーーーーーッ!!」
「ふふひゃいわひょやまっひぇなひゃい(うるさいわよ黙ってなさい)」
姫宮マリの頸部に首輪型デバイスが出現する。インジケーターの表示は『TS』。
そして彼女が流線型パワードスーツに包まれる。
スラスターから吐き出される粒子の色は―――青。パターン:ブルーブラッド。
その背中には翼の如きブースターが展開し、天使の輪を描くように七色のポータルが形成された。
あるとき魔人はその存在を変質させ、上位存在《転校生》へと昇華する。
ここでそのメカニズム全てを明かすことはできないが、ただ一つ言えることがある。
それは、魔人と魔人が交わるときに転校生が生じるということ。
そしてこれこそが、タケダネットが魔人同士の戦闘を禁じていた最大の理由であるということだ。
「さあーって、再チャレンジね。今回は内核までぶち抜いてみせるわ」
反転した重力をものともせずに、姫宮マリが伸びをしながら言った。
「や、約束するっす!生きて帰ってくるって!まだ勝負の決着もついてないっす!」
「ヱ夷劇場版:||を観るまで私は死ねないわ」
そうとだけ言い残して、姫宮マリはポータルに吸い込まれていった。
◯
心の何処かでずっと期待していたのかもしれない。
空から現れる怪獣、世界の危機。アニメでよくある――ありがちなクライマックス。
「あなたは何を目指しているの?」って言ったわね、先生。
これよ。
この日の為に生きてきた。技を磨いてきたのだ、と確信する。
そして転校生になった今なら分かる。
バレエの源流――VALLE。
VALLEs。殺技集団と呼ばれた彼女達は、悪と戦ってきた。
タケダネット無き時代に、暴虐を振るう魔人から無辜の人々を救うため。
その両足が血に染まることも厭わずに。
そう、そうだったのね。
天に代わりて悪を討つ。高貴なる者の義務。それが、ノブレス・オブリージュ――!!
維新インパクトから1ヶ月後。
タケダネットは文字通り考えを改めて魔人への抑圧を廃止。
さらに此度の舞踏会を参考に、新たな魔人活躍の場が設けられることになる。
管理の下での安寧は崩れ、この混乱に乗じた紛争が発生するようになった。
世界は、徐々に変わりつつあった。
◯
少女が目を覚ますと、そこは見慣れた病室であった。
無機質な天井。白いカーテン。
窓の向こうには赤く染まったヨーロッパの大地。エーテル融合炉「チェルノ・Ω」が遺した呪いだ。
「おはよう。久しぶりだな」
只ならぬ存在感を放つ、侍の格好をした青年が少女に声をかける。
「ええっと……?」
「無理して喋らなくてもいい。1ヶ月も意識が無かったからな、無理もない」
「ああ――」私まだ生きてる。
「あれから多くのことが変わった。変わらざるを得なかったというべきか。
何もかもがきっぽちゃん――織田信長のシナリオ通りだ」
~…~
「うわーっ!!何コレ!?」
少女が自身の体を見て悲鳴をあげる。
首から下が全てサイバネ化されている。白金に輝く、ミスリル製の義肢義体。
「俺がお前を拾ったとき、それはもう酷い有様だった。
聞くところによると過去にも似たようなことをやらかしたらしいな?全くおてんばが過ぎるぞ、お姫様」
「……げ、まさかあんた」
「姫宮マリは偽名、というかただのアカウント名だろ?メアリーⅨ世さん」
「はあ。何ーっでも知ってるのねあなた。乙女の秘密を暴くなんて、関心しないわ……」
~…~
「さて名残惜しいが、次の戦場が俺を待っているからな。この辺りでお暇させてもらう」
「ええー。もうちょっと私の話に付き合いなさいよ」
「マーリンとかいう魔人がイギリスを再興しようとしているらしい。
100万人の人造魔人を使って戦争を起こす気だと聞いた。実に面白い――そう思わないか?」
「あら良い話じゃない。あのなんちゃって忍者が喜ぶんじゃないの?」
「そのなんちゃって忍者からの依頼で俺が来たんだ。おい、入ってきていいぞ」
青年に声に応じて、入室してくる者があって。
栗色の髪。六波羅探題の装束。胸にある階級章は「上忍」を意味するシンボル。
サイバネの静かな駆動音が病室に響く。
「あなたは――」
「ドーモ、弥六っす!似合ってるっすよそのサイバネ!さあ、あのときの決着を着けるっす!
そしてこれからはMI6に代わって、あなたをお守りするっす!メアリー王妃!」