「まあ、ねえ。君のような仕事なら、仕方ないことかもしれないけどねえ」
どこか、憐れみにも近い目で、医師はあっさりと告げた。
「これが半年前の写真ね。比べてみて、ここ白くなってるの分かる?」
「こっちとこっちとこっちの……何カ所あるか知りたい? いいか」
次々と入れ替えられるレントゲン写真。
今まで定期健診を受けていただけでも、その変化は顕著であることは分かった。
それが、致命的なものであるとは思わなかったが。
「ここまで広がっちゃうとねえ……治療はきちんと受けてたって、いやいや、人体ナメちゃいけないよ警官さん。
機械みたいにオーバーホールできるわけじゃなし。魔人だって生身の人 間だ。疲労も溜まるし限界もある」
分かっていたことだ。
たとえ、剣道や武道だけで、必死に肉薄しても――俺は所詮は凡人だ。
本物の化物たち、魔人たちの戦場に無理やり参戦していれば、いずれはボロが出る。
「……俺は、あとどのくらい戦えますか」
千勢屋の娘と戦った、少し後からだろうか。
少しずつ、身体の奥にしこりのようなものが感じられるようになった。ほんの小さな、違和感のようなものだ。
蹲踞姿勢を取る時、背筋に、こごりのようなものを感じる。構えを変える時の剣先が、僅かにブレる。
そんな微かな違和感の、積み重ね。
ちょっとした体調不良にすぎない。気のせいだ。
それよりも今は、油断すると体表から漏れ出すようになった 放射熱線メルトダウン炎のほうを気に掛けるべきだと、自分を騙して。
(……相変わらず、俺は弱いな)
分かっていた。この僅かなしこりは、剣道家としての自分にとって致命的なものだと。
……気付いていた。KGBは所詮、どこまで行っても使い捨ての駒なのだと。
「何もしなければ、日常生活には苦労しないよ。ただ、今の状況を続けるのは論外だ」
これだけ戦を続けても、本部からは何の追加任務もない。大会自体が中止になる気配も無い。
自分は泳がされている。
きっぽちゃん――織田信長の思惑。それはKGBなどが絡むには、遥かに危険なものだ。
極秘任務だと告げられた時の上官の喜びすら、仕組まれたものだったのかもしれない。
「いや 、ありがとう。世話になった」
「ちょっと、お客さん」
静かに立ち上がり、診察室を出ていく。
この医者には長い間世話になったが、ここに来るのもこれが最後だろう。
「待ちなさい。医師としての忠告だ。真っ当な人生を送りたいなら、君は、二度と――」
――もう迷いはない。
驚、懼、疑、惑。人を惑わす四念。
それは絶えることはない――だが、俺の道を、歩みを止める理由にはならない。
俺は、戦国の敗者であった斎藤家の末裔だ。その実家からすら勘当された不心得者だ。
このタケダネットの世にあって。武士ではないかもしれない。侍ではないかもしれない。
「放射熱線を撃ってはいけない。メルトダウンしちゃうからね」
――それ でも、俺は、剣道家だ。
たとえ死んでも。どんな屈辱を受けても。
ただ、己が奉じた剣の道を途絶えさせることだけは――出来ない。
「いやだから別に剣は好きにすればいいって。
放射熱線の反動は人間サイズの生命が扱えるものじゃ――お客さん? お客さーん!」
【第四戦 達人への一歩は『呼吸力』に在り!
~『集中』と//『脱力』////を学んで/////人生を//豊//かにし////////よう/////////////
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「うおおおおーーーーーっ! 誰だ! 俺のガンバトルする相手はーっ!」< br>「ケッヒャッヒャヒャヒャ~~~ッ! ハルトくん今回は気をもむ必要もないでゲスよ!」
吼えるハルト! その隣で両手を擦り合わせる腰巾着ケヒャ郎!
炎が広がり、背後では無数の爆発が起きる。
裏ブラックデビル団総裁にしてハルトの生き別れの父、紅赫赤朱崎シキとの壮絶な戦いの果てに、
シキを通じて人類を支配せんとしたガンバーストの邪悪精霊ダークネスアビスエターナルを討ち果たしたハルト!
邪悪ガンバースト製造工場は跡形もなく破壊され、ハルトがおもちゃのマキハラ越谷店に帰ろうとしたそのとき!
彼らの下にきっぽちゃんからの連絡が来たのである――場所はそのまま、邪悪ガンバスター製造工場(元)!
「ケッヒャッヒャヒャ……このまま大会 を続けるだけでハルトくんの勇名はウナギ登りでヤンス!
タケダネットの妨害なんて気にしないでヤンス! 存分に戦えばいいでヤンスよ!」
(この馬鹿を持ち上げて新武田ガンバトル帝国を立ち上げその裏宰相として采配を振るう計画まであと一歩でヤンス!)
既に居た場所が会場になるというのは極めて例外的だろう。
これまでの度重なるハルトの破壊行為を見咎めたか。あるいは、彼を移動させるだけでまずいと判断したのか。
ともあれ、大会の運営機関に対しプレッシャーすら掛け始めたハルトの力にほくそ笑むケヒャ郎!
もはや我慢ならぬ! ハルトよ殺せ! 燃え盛るこの工場屋上から突き落とし、奴を殺す のだ!
「ここで待ってれば……来てくれるんだな! 新たなガンバトラーが!」
一方、先日の戦闘相手たるカナデとの熱い戦いを思い出したのか、ガラス玉のような瞳孔のない瞳を輝かせるハルト!
だがそれを利用してはばからぬケヒャ郎の悪辣さよ!
「楽しみだぜ! タケダネットとか良く分かんねーけど、新たなガンバトラーならいくらでも戦ってやる!」
ああ、無知純朴なハルトよ! いつまで理解しないのだ! だがそれこそが君の長所だ!
純粋無垢な心こそが、強いガンバトラーの何よりの条件なのだから!
『第54話 最悪の敵! ブレイズインフィニティ///覚醒せよ!
/////紅崎ハルト、今ここでガン////バトルの正///義//////に/////////////////
ザザ
ザザザザザ
ザザザザ
ザァ―――――――――――
――――――【最終戦 斎藤ディーゼルは狂っていた】
――――――『最終話 紅崎ハルトよ永遠に』
『『『排除! 排除! 排除!』』』
『『『御用! 御用! 御用!』』』
『『『排除! 排除! 排除!』』』
『『『御用! 御用! 御用!』』』
「誰だてめーらァァァァ!! ガンバトル!! ガンバーストで! ガンバトルだろうがッ!
タケダネットだかなんだか知らねえ――ウオオオーッ!」
「くそっ、こんな、ふざけんなよ――」
「KGBは所詮、KGB、かぁ。ごめんね、母さ」
『通信途絶、部隊は壊滅しました。残るは――そんな、まさかこっちまで余波が!? ザザッ――――』
炸裂。爆轟。圧壊。戦車が潰され、
KGBの仲間達も。その上位存在であるR.A.S.Fすらも、無為に消えていく。
「ガンバトル! しろって言ってんだよォ――ッ!」
「まさか対戦相手本人がKGBとは。因果なものでヤンスねえ、ゲヒヒヒ、学習しない奴らでゲス」
空中戦艦が隣の区画へと墜落。
ガンバトラーのオーラに貫かれた巨大甲冑、自動具足が手向けのごとき赤い花を散らせて崩れ落ちる。
紅崎ハルト。タケダネット始まって以来の特S級の重犯罪者。
ともすれば、次期武田信玄の候補にすら上がっているという、この大会の中でも最悪の存在。
「面ェェェエエエイエイイイイアアアッアアアアア――――――ッ!」
燃え盛る廃工場を背に立つハルトに、ディーゼルは突貫する。
目くらましに放射熱線を吐き、八相に構えて擦り足で迫る。
放射熱線は、ハルトの纏う、燃え盛るレオパルドのオーラが跡形もなく霧散させる。
「くっそ……! ェアッ! ェェイッ! ゼェイアーーーーッ!」
< span> 八相。刀を立てて右手側に寄せ、左足を前に出して構える。
もっとも『腕に力を入れずに』刀を保持できる構え。いわゆる示現流がこの派生を好むのも、原点はそこにある。
脱力からの加速。加速からの脱力。様々な可能性がある構えだ。
「紅崎ハルト! お前を逮捕す――」
「逮捕! 逮捕って何だ!! 俺はガンバトルしかやってねえ! ガンバトルさせてくれねーーーのがテメーらなんだろうが――!」
「グァッ!」
オーラが爆発する、その予兆を感じたディーゼルは突貫をやめ、基本に忠実な送り足で右側面方向に逸れる。
だが全く間に合わず、追尾機能すら持つレ オパルドのオーラがディーゼルを貫く。背後の戦車が大爆発を起こした。
「ゼェーーーッ、ゼェーーーーーっ!」
必要以上に呼吸が荒い。ほんの僅かな遅れも、即座に死に繋がるプレッシャー。
長期戦だ。ここまで自分が生き延びているのは、万分の一というタイミングを掴み続けているからだ。
かろうじての防壁として、ディーゼルの身体から漏れ出すメルトダウン寸前放射熱線がオーラを防ぐ働きをしているのもあるが、これは些細な作用だろう。
「ケアッ! ェアアアッ―――――面! 胴ォォォォオッ!」
放射熱線の低速散弾をばら巻きながら、構えを脇構えに変更。
身を屈め、最速の弧を描く軌道でハルトの裏へと回り込む。
「剣道の先生かッ! だったら お前もガンバトラーなんだろ! どうしてこんなことするんだよッ!」
「…………狂人、めっ……!」
ハルトの悲痛な叫び! それはそれとして空中からの武田騎馬隊ミサイルを弾き返す。
ビームのごとく放たれたオーラが戦闘機を墜落殲滅!
当然この叫びには、第49話においてカナデとハルトを導いたガンバトル仙人が、表向きは剣道の道場を開いていたことに由来する!
「胴ォォォォオオケェイイイイッアァァァァーーーーーー!」
ディーゼルは放たれたオーラをかろうじて潜る。
一戦目、楠木纏が創り上げた、初代道産を模した大蛇を打ち破った時と同じ、決死の逆胴。
もはや迷いはない。驚、懼、疑、惑。人の力を乱す四念。剣道において、切り裂くべきと定められたそれら。
だが分かっている。それらは常に、自分と共にある!
――驚きだ。自分がこのような戦いの場に居ることが。
――懼ろしくもある。自分の最後の相手が、途方もない化け物であることが。
――疑わしい。このような戦いを続けて、認められる日が来るのかどうか。
――惑う。この一手は正しいのか。次の一手は適切なのか。間違っていないのかどうか。
その想いを否定することなく、剣に全て載せる!
「胴ォォォォッォオオオオッ!」
「うおおおおおおッ!?」
渾身の一閃を、レオパ ルドオーラは小指の爪先で弾く。
竹刀を沿って伝播した放射熱線がオーラとぶつかり、爆裂!
ハルトとディーゼルが互い違いに吹き飛ばされる!
「ヤンス~~~ッ!? ハ、ハルトくーーーーん!」
驚きと共に瓦礫の隙間から身を乗り出すケヒャ郎! 引っ込め、おこがましい!
「い、今助けるでヤンスよーーーッ!」
だがこの場に奴の暴虐を止められるものはいない!
手が火傷するのも厭わず(という動作はしているが、実際には彼はハルトの賞金で勝った耐衝撃耐火スーツを着ており、全く熱さは伝わらない! このクズ!)、ハルトを掘り起こす。
「ゲホッ……い、今のは……」
ハルトは土煙エフェクトの中から跳ね 跳ぶように立ち上がる。
一瞬かき消えていたレオパルドのオーラが、その総身を包む。
「ガンバースト共鳴現象だ! 見えたぜ、オッサン! あんたの裡にある、ドラゴンのオーラが!」
「…………」
反対側の瓦礫の中からディーゼルも身体を起こす。。
頭、胸から流す血が、メルトダウン間近熱線体内放射により、蒸発。赤い蒸気と成ってその周囲に巡っている。
確かにその姿はオーラにも似ている。ついにガンバトラーとして覚醒したのか、斎藤ディーゼル!
彼の中のD細胞が! 迫る脅威に、最強のガンバトラーとしての血を覚醒しつつあるというのか――
「っ……ぐ……!」
「だとしたら話は早い! 始めようぜガンバースト! 行くぜ! ブレイズインフィニ ティ・エターナ――!?」
叫び、無二の相棒と共にガンバトル仙人より託された天地ガンバスター闘の構えを取ろうとしたハルト。だが。
「コハァッ!?」
その口元から、盛大に吐血した。
「ぐっ……ずっ!? ゲホッ、ゴハァッ……」
ハルトが――あの紅崎ハルトが吐血し、膝を折る!
「ようやく……届いたようだな。俺の、剣道が」
ディーゼルが黒木刀を探す。見れば、両者の中間地点にある。
放射熱線の残滓を漏らしながら、ふらふらと進むディーゼル。両者を見比べながらも、ケヒャ郎が驚きに目を見開く。
「ケヒャッ!? まさかこれは、あのクソヘボ吐血野郎――ケヒャケヒャッ(言い間違いに首を振る仕草)、
あの天才ガンバトラー、 フユキくんと同じ症状でヤンスか~~ッ!?」
第24話にて登場した、ハルト初期最大のライバル『病弱院フユキ』。
彼は余命一日というその身で、最後の花道にとハルトに挑み掛かってきたのだ。
死に近づいた彼の力は圧倒的だった。
あらゆる挙動は完璧に読み切られ、フユキの愛機「アメイジングコキュートス」の圧倒的な火力を前に、ハルトは一度は心すら折られかけた。
ハルトは三日にも及ぶ激戦を制し、限界を越えて戦っていた彼と最期に友情の絆を結び、涙と共にその生を見送ったのだ。
「ぐっ、ハァッ……ゲボッ!」
「ヤンスが何故ここに来て!? 奴の病気は感染するようなものでは――」
驚きのあまり解説に徹していたケヒャ郎!
ゆえに彼は気 付かなかった、自らの足元にある黒い木刀を。肩に掛けられた手を。
「合気!」
「グベェ―――ッ!?」
銃弾すら弾き返すケヒャ郎直選の防護服も、関節技の前には無意味!
投げ捨てられ、地面に叩きつけられる!
防護服が破れ、「ゲヘヘァ――――ッ!」痙攣! のたうち回り目から血を流す! これは一体!?
「ゲベァーッ吐血! ゴバーッ古傷から出血! 意識障害! 臓器不全ーッ!……ま、間違いないでヤンス!」
「確かにお前らは強い。だが、どうやら剣の神は、今日ばかりは俺に味方しているようだな」
普段は見向きもしないくせに。
自嘲に近いその呟きは押し殺した。火力。耐久力。勝てるはずもない相手に肉薄できる、希有な偶然。
あるいは 、これは加護かもしれない。
「こ、これは間違いない……“道産の火”による汚染障害の典型的症状でヤンス~~~ッ!」
古き戦国の世。
斎藤道産が放射熱線を放ち、暴れ回った戦場は、その後一年以上はぺんぺん草一本生えない魔界になったという。
美濃の蝦夷羆である道産が、ごく一部で蝮とも例えられた由来である。
彼の炎には、また内在するエネルギーには毒があるのだ! 放射熱線だからね!
「……駄目だ。今のは……」
満身創痍のディーゼルは、今の合気道が完全な一撃でなかったことを理解する。
合気道は相手の力を利用する技。ゆえに女子供にも扱いやすい護身術としても親しまれる。
だが実戦の中で、ディーゼルはある一つの欠点があることに気付いていた。
「や、やめるんでヤンス~~~ゲボォーーーーッ!」
使う側が力をなくても構わない。
だが、使われる側が意識を失っていたり、そもそもまるで力のないクズヘボザコで は――合気道を決めるのは至難の業なのだ。
「セェイッ!」「ギヘェーーッ!」「ヤァーーッ!」「ゴベェーッ!」「合気ーっ!」
「合気ィィイイイイッィイイッ!」「ガボベコズゲケヒャーーーッ!」
横面撃ち呼吸投げ! 一カ条抑え! 両手持ち天地投げ! 入り身突き! 四方投げ!
確かにケヒャ郎は無垢なるハルトに寄生し、お零れに預かる外道であった。
だが、おお・・・ここまでされる謂れはない!
「……ゼェエエェエエエイァアアアーーーーッ!」
黒木刀を拾い、メルトダウン寸前のディーゼルは、正眼に構える。
「ケヒャ郎……てめえっ、絶対に許さねえ!」
自らを操り人形にしようとしていた外道の死にすら嘆くハルト! 君は天使か!
「ドーサンだかなんだか知らねえが……! フユキさんにだって克服出来たんだ! 俺にできねえはずがねえ! そうだろ! ブレイズインフィニティ!」
目にはクマ! 吐血を繰り返し、心なしか輪郭の線までなんか細くなりながら、ハルトが吼える。
その背後には腕を組んで側面を見せて立つ、白髪の顎の尖った美少年の姿が浮かぶ。
『ああ……君ならやれるさ。僕以上の、ガンバトラーに……』
「そうだ! フユキっ! ウオオオッ! ガンバーストだ! ガンバーストしようz」
「面ェェェッェェェェェキィィィイイイイイッエァアアッエッアッァァァァァァァッァッ!」
錆びたバイオリンを無理矢理奏でるような。
爆撃めいた絶叫が、僅かに病魔に蝕まれて声を減じ たハルトを上回る。
「これでようやく……真っ当な戦いが出来るな。紅崎ハルト」
「ガンバー……ゲホッ!? ゴホッ!」
ディーゼルの毒は、決して本家ほど強くはない。
これまでの試合では、短期決戦で全て終わっていたから、または機械や細菌のコロニー存在であったため、発病するには至らなかった。
だが今回の試合は極めて長く……ハルトは至近距離で放射熱線を弾き続けた。
何より、ハルトの魔人能力『爆闘!ガンバースト』――理解出来ないものを攻性無効化する力。
道産の火が、その悪魔的な作用の条件の隙間をつく『吐血するなんか重い病』であったこと。
数々の幸運。ハルトの強靭さゆえの隙……いや。
ディー ゼルの決して諦めない心が! 武骨に鍛え続けた努力が、この結果を導き出したのだ!
「畜生っ! 畜生っケヒャ郎! フユキ! カナデっ! 俺に、力をくれ――っ!」
「面ッ! 面面ッ! 胴ォ! キィェイエエアア―――ッ! エァァ―――ッ!」
正眼からの黒木刀は、少しずつハルトのオーラを突破し始めていた。
剣道には五行の構えがある。
だがそのうち三つ――脇構え、八双、下段はほとんど使われず、上段もまた限られた使い手しかいない。
基本的にそれは、剣道というスポーツの制約上、正眼こそがもっとも強い構えだからだ。
***
「胴ォォォォオォオオッ!」
「――ゥオオオオオオオ!?」
放射熱線に、レオパルドが、 正面から撃ち倒される。残る木刀が、ハルトの側頭部を撃つ。
***
たとえば脇構えは、前方の相手に対し刀身の長さを秘匿できる強さがあるが、これは剣道では全く無意味なものだ。
他のものも同様で、一長一短あるものの、剣道というスポーツ上では長所が有効に働かない、とされている。
『格上の相手に正眼以外を使うことは、舐めているとされ失礼にあたる』
『かつて、師範との手合わせに上段を使って怒りを買い、滅多撃ちにされ足腰の上がらなくなった者もいた』
そのようなことを嫌というほど聞いてきたし、事実、父親相手に似たような目にあったこともある。
だが斎藤ディーゼルは、それこそ礼を失すると考えていた。相手に対して。何よ り剣道に対して、だ。
本当に長所は意味が無いのか。本領を発揮するにはどのルールが制約となるのか。特殊な状況下ではどうなるか。
歩くべき場所を他者に決められて、何が『道』かと。
そしてとうとう彼は五行を修めたが、父親や周りに理解されることはなかった。
***
「小ッ手ェェェェェッェェェエッ!」
「……そんな……ブレイズインフィニティ!?」
木刀を受け止めたインフィニティに、ミクロン単位の小さな傷が生じる。
ガンバーストとの共鳴現象――当然それは逆にも働く。
***
(だからこそ、自分は勘当された)
『――改心せよ! お前の剣は邪剣なのだ!』
五行を挑戦していた彼を、 血まみれになるまで叩きのめした父親はそう告げた。
『あまりにも醜い殺人刀(せつにんとう)だ! 初代、斎藤道産は確かに戦国の世では無敵だった!
だが初代はその強大さゆえに、その無法さゆえに、武田に何より先に優先して討たれた! お前もまた同じ運命を辿るのだ!』
人の話を聞かず。求める本質とは何も関係のない脇道に押さえ込もうとするクズども。
彼らへの怒り。
***
奇しくも、ハルトとディーゼルは同じだった。
同じであり、対極だった。
「キエッ! キッ、キエッ! ケェェイエエエエエエ―――レガッ―――ッァァァアアアアッ」
「ガンバトルしろ……俺はガンマスターになるんだァ――――ゲハァッ!?」
「ソォウレガ――――――それが、どうしたァっ!」
ハルトが吐血する瞬間を、僅かなオーラの乱れを狙い叩く。
会心の一刀。肩を撃つ。遅れて放たれた放射熱線が、廃工場を真っ二つに薙ぎ払う。
「あああああっ!?」
「己が道を貫クゥウウのにィッ! 他者にどう見られるかを気にすルのガ! お前の弱さだ! 親父ィ!」
斎藤ディーゼルは狂っていた。
剣道に狂っていた。
「何がガンバースト! 何が共鳴現象だ!
常人ならば余命は凡そ十二時間! 我が剣道により遺伝子レベルの崩壊を起こしたその身体で!
まだガンバトルなどとほざけるか! 試してみろォォ ォァァァァァアアアッ――――ッ!」
「遺伝子~~~~!?」《爆闘! ガンバースト》再作動。「難しいことは分かんねえ!
見ててくれフユキ! ケヒャ郎! カナデ! 俺の! 俺達の! ガンバトルは永遠だァッ――――!!」
~~~~~~~~~~~~~~~
世界は、白く染まっていた。
怒りに身を染めた二人が、ただ向き合っている。
黒木刀を握ったハルト。ブレイズインフィニティを握ったディーゼル。
黒木刀を握ったディーゼル。ブレイズインフィニティを握ったハルト。
二人の姿は絶え間なく入れ替わっていたが、やがて、現実に沿った姿に収束する。
「ここは、……ガンバーストの約束の地……」
「これは……滴水適凍の、境地……」
二人の表情は、奇妙なほどに静まり返っていた。
戦いとは、互いの姿を互いに映し、入れ替え、最終的に互いのことしかなくなる。
「…………」
「…………」
ディーゼルが、木刀を降ろした。
ハルトが、ブレイズインフィニティを下げた。
「また……ここに、連れてきてくれるか」
「ああ……お前と俺が要る限り、いつだって出来るだろうさ」
二人がゆっくりと近づいていく。
「俺は紅崎ハルト。すごいな、お前」
「斎藤、ディーゼルだ。お前には負けるさ」
片手を差し出し、年相応の、少年の笑みを浮かべるハルト。
ディーゼルは、ヘルメットの留め具を外す。少し疲れた様子の、二十代半ばの男の 緩んだ顔がそこにあった。
それは、戦闘という行為が為しうる極地。
自他融和。どんな兄弟より、恋人より、家族よりも深い絆が、二人の中に刻まれていた。
ともすれば歴代武田信玄すら、この経験はないかもしれない。
それが当然のように、二人は感謝の言葉を紡いでいた。
「ありがとな」
「ありがとう」
差し出される手と手。
握られているのは、ブレイズインフィニティと黒木刀。
「――ガンバトルしろォォォォォオ――――――!」
吼えるハルト!
なんかすごいイマジナリー空間がなんだ! 無二の戦友がなんだ! 知ったことではない!
ハルトはガンバトルがしたくてここに来たのだ!
それをやってくれない相手に 用はない!
繰り出されるレオパルド……いや、これは、ハルト自身がブレイズインフィニティとなる最終技だ!
無限の怒り! ブレイズインフィニティそのものと化したハルト自身が、猫化猛獣めいて飛びかかり八つ裂きにせんとする!
――それを、斎藤ディーゼルは、感覚でなく知覚する。
構えは、下段。
剣道においては振り上げてから振り下ろさねばならない。
上から撃つのに比べて明らかに時間が掛かるため論外の構えとされている。
だがその実は、最も凶悪な型だ。低い位置に構えることで相手の攻撃軌道を限り、その攻撃を掻い潜って相手へと一刀を浴びせる。
交差法の剣道という異形の存在。捨て身の型。喪われた型。
ハルト=ブレイズインフィニティの 爪が迫る。迫る。迫る。迫る――
「――面ェェッェェェッェッェエェエエアアアアアアアッ――――――!」
そして! そのタイミングとは! 特に! 関係無く!
メルトダウン間近のディーゼルが放った最後の深紅の放射熱線が、ハルト=ブレイズインフィニティの両腕を吹き飛ばし。
その後、型通りに、一旦上に上げてから振り下ろされた面が、少年の首を、廃工場の燃える地面に叩き潰した。
斎藤ディーゼルはメルトダウンを開始した。
~~~~~~~~~~~~~~~~~
【四回戦 第四試合 斎藤ディーゼル VS 紅崎ハルト】
【勝者 斎藤ディーゼル 紅崎ハルト頭部場外により(有効打突には不十分であった) 】
※有効打突不十分の理由:斎藤ディーゼルが即座にメルトダウンし、残身が行えていなかったため。