「……貴公が今回の対戦相手か」
「そうみたいだね~」
「……日内流砲術師範代 日内環奈だ」
「あ、禍津鈴って言います。よろしく~」
オフィスビルに降り立った2人の少女。
奥ゆかしく挨拶を交わす。
「あの~、早速で申し訳ないんですけど、ちょっと交渉させてもらっても?」
頭を掻きながら、鈴は環奈に向かって言った。
「あたしね、賞金が欲しいんです! どうしても! どーーーしても欲しいの!」
「……」
鈴の申し出に、無言で応える環奈。
「確か貴女、賞金とか興味ないって言ってたらしいじゃない?」
「……ああ」
環奈の住む隠れ里は、外との交流を完全に断ち切っている。
外界の貨幣を持ち込んだところで、隠れ里では何の役にも立ちはしない。
そのことは大会運営にも伝えてある。
耳聡い鈴はスタッフから伝え聞 いたのだった。
「降参してくれないかなぁ~って。お互いにさぁ、あんまり痛い思いとかしたくないよねぇ」
鈴が今大会にエントリーしたのは、全て金の為。そして生活の為である。
金さえあれば働きたくないと公言して憚らない彼女は、必要のない戦いであれば全力で回避する。
「降参、してもらえない?」
「……降参か。それもいいかも知れん」
「ですよねぇ~! 降参なんてしてもらえる訳ぇぇぇぇええええええええええええっっっ!!!???」
両目をひん剥かんばかりに開け、環奈を見る鈴。
「……なんだ。貴公から持ちかけた話だろう」
「いや、まさか本当にOKがもらえるなんて思ってなくて……」
「別に私は戦っても構わんぞ」
再び銃を構える環奈。
「いやいや! ありがとうございます!」
慌てて取り繕う鈴。ペコペコと頭を下げる。
(罠? こちらの隙を誘う陽動? でも……)
銃を構える環奈の姿を注意深く確認する。
過去の対戦ビデオで見た姿よりも、かなり力が抜けている様子が見て取れる。
力が抜けている、というのは無論悪い意味でだ。
(心ここにあらず、って感じ?)
鈴も傭兵として生計を立てる身、人並み以上の武術の心得はある。
武術の構えには、その者の心の在りようが如実に表れる。
環奈の構えからは、何かに思い悩んでいるような心の乱れが見て取れた
「ま、まあ、戦わずにいきなり降参ってのもね。外野から変なイチャモンつけられるかも知れないし」
賞金は大会運営のバック についているスポンサーが提供している。
つまり、賞金を貰えるかどうかも、スポンサーのご機嫌次第ということだ。
勝負に味噌が付けられれば、鈴が受け取る賞金が減ってしまうやも知れぬ。
「適当に戦って、こっちが有利っぽい流れになったところで降参してよ」
「……分かった」
「じゃあ……」
得物の剣を構え、鈴が仕掛ける。
(一応警戒しておいて損はないかな~。まずは得物を使えなくさせてもらいますよっと)
本当に降参する気であれば、
「その銃離してっ!」
剣撃の合間に、小声で環奈に伝える。
2、3度の打ち合いの後、鈴の横薙ぎによって、環奈の手から銃がすっぽ抜けた。
カランカラーン、という乾いた音と共に、長銃はオフィスの床に転がる 。
(この手応えのなさ、どうやら降参宣言は信用して良いっぽいかなぁ)
数メートル先の長銃を見て、棒立ちの環奈は声を上げる。
「ああー私の銃がー。これでは戦うことができないぞー」
(この子、演技下手だな!)
環奈のあまりの棒読みっぷりに、軽く引いてしまう鈴。
「ど、どうしようー。これは降参するしかないのかー」
(しかもまだ続けるのかよ!)
環奈の大根役者っぷりに、さらに引く鈴。
と同時に、今までとは違う危機感が鎌首をもたげた。
(こ、これは……下手に長引かせるとボロが出るなあ)
魔人同士のガチなやり取りを熱望するスポンサーに、これ以上八百長丸出しの三文芝居を見られるとマズイことになる。
そう判断した鈴は
「 ヤアッ!」
環奈に対して襲いかかり、彼女を組み敷く。
あっけない程簡単に、マウントポジションを抑えてしまった。
「じゃあそろそろ降参宣言を……」
言い掛かったところで、鈴が口をつむぐ。
この試合は最後の勝負。
大会が終われば、再びこの少女と、銃を間違った方法で武器として使い続けるこの者と顔を合わせることはないだろう。
「その、最後に聞きたいんですけど、その、日内流、でしたっけ? ずっと不思議に思っていたんすけど~」
2人の数メートル先、オフィスビルの床に転がる長銃を見やる。
「なんで銃、撃たないの?」
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「父さんな、Youtuberになろうと思うんだ」
日内流砲術現当主にして、 道場師範、日内大豊(たいほう)は、娘に対してそう言った。
3回戦終了後、ポータルを使って隠れ里に戻った日内環奈。
待ち構えるように道場前に立っていた父から、話があるから後で師範室に来るようにと言われたのだが……
「……ゆーつー、何と?」
聞き慣れぬ単語に、反応しきれない。
てっきり3戦中1勝2敗という不甲斐ない戦績に対して叱責を受けるのだとばかり思っていたからだ。
「Youtuber。ゲーム実況をするんだ」
「げえむ実況」
尊敬する父が何を言っているのか分からず、オウム返しをするしかない。
ポカンとする環奈を置き去りにして、大豊は文机の上に置かれたノートPCの電源を入れる。
モニタに表示された『いつWindows10にアップグレードしますか?』と いうメッセージを見て、大豊はチッと舌打ちをする。
「お前が前に拾ってきたスマホでな、私は世界の広さを知ったのだ」
「すまほ?」
次から次へと知らない言葉が出てくる。
背中を見て育った父が、まるで別人のようだ。
「何日か前に、暫く留守にするといって以来、数日お姿を見かけなくなりましたが」
「ああ。日本橋、アキハバラ、里の外に出て見聞を広げていた」
そう言うと、部屋の隅に備え付けられている本棚に目線を移す大豊。
数日前まで古文書が並んでいた本棚には、『初めてでもできる! 動画編集ソフト徹底攻略』『完全合法 裏ビデオDL法』等、環奈には意味の分からないタイトルの書籍が並んでいた。
「これを見てくれ」
カチャカチャとPCを操作 し、画面を切り替える大豊。
画面に映されたのは、様々な銃器を構えたキャラクター達が戦場を駆けているグラフィックであった。
「TAKEDA-TEPPO ONLINE、通称TTOと呼ばれる世界で大人気のFPSだ。このゲームで、私は世界の真実に触れたのだ」
今まで見たことのないような目の輝き。
ぐっと拳を握りしめ、大豊は宣言した。
「私の射撃技術で、所属するギルドを日本一、いや、世界一にしてみせる!」
文明から隔絶された隠れ里で育った男、日内大豊。
突如外界からもたらされたイレギュラー因子によって、急激に高度文明に取り込まれた彼は、瞬く間にFPSに嵌り込んでしまったのだった。
「しかし父上! それでは日内流は! 日内流砲術はどうなるのです!」
「砲術、か……」
数秒間、難しい顔をする大豊。
何かを口にすべきかどうか、悩んでいるようでもあった。
しかし、決心はついたようだった。
「そもそ も、お前も不思議に思ったことはなかったのか?」
環奈に向き合うように身体の向きを変えると、日内流22代目当主はゆっくりと口にした。
「日内流は、なぜ砲術なのに銃を撃たないのだ?」
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「……皆、そう言う」
黒目勝ちな環奈の瞳が、まっすぐに鈴を見据える。
「私は……どうしたら良い?」
「いや、そんなこと聞かれても……」
「貴公は、何のために戦うのだ?」
真っ直ぐな問いかけに、
「……楽に生きるため、かなあ……」
生きるための金が欲しい。
できれば働きたくない。
心の底からそう考える、鈴の答えがそれだった。
「楽に……楽……そうか……そうだ! それだっ! その方が楽だっ !」
怪訝な顔をする鈴を撥ねのける。
「ちょ、ちょっと、話が違う!」
慌てる鈴を尻目に、床に転がった銃を再び手に取る環奈。
「日内流を世界に広める! 人々が日内流を笑うなら、日内色に世界を染める方が簡単だ!」
そしてそのためには、道場の規模を広げ、外の世界に打って出る!
そして先立つものも必要だ。
これ以上敗北を重ね、日内流の看板に泥を塗るわけには行かない。
「前言撤回だ。この勝負、負ける訳には行かなくなった!」
「……ヘッ!」
余計なことをしてしまったと、鈴は悪態をつく。
あっさり降参してもらえるはずが、なんだか面倒な事になってしまった。
「手加減無しで、行かせてもらう!」
銃身を掴むと、鈴に向かって突 撃する環奈。
大上段に振りかぶり、銃床による大攻撃を繰り出す。
それを咄嗟に剣で受ける鈴。
2撃、3撃、4撃……
「何がゆーつーばーだ!」
環奈の振るう銃床が、鈴の剣にヒビを入れる。
「何がえふぴーえすだ!」
剣が砕ける。
「うっへえっ!」
剣を投げ捨てる鈴に
「破ァッ!」
環奈の脚払いが炸裂する。
環奈の魔人能力『飛鳥落地穿』は、空中にある物体の運動エネルギーを消滅させ、同時に高重力を掛けることで地面に叩きつける。
足払いによって宙に浮いた鈴は、無残にも床に叩きつけられ……
「あらよっと!」
そうはならなかった。
宙に浮いた鈴の身体は、羽のように軽く宙を舞う。
『エンチャント・心象力!』
禍津鈴の もつ魔人能力。鈴の掴みどころのない、フワフワとした性格が、高重力による地面への激突を回避したのだ。
「飛び道具でも、これなら効くでしょっ」
鈴が懐から取り出した手榴弾を、環奈に向かって放り投げる。
耳をつんざく爆音と、激しい閃光があたりを包む。
吹きすさぶ爆風。もうもうと上がる黒煙の中から、
「それでも! 日内流は! 敗けない!」
環奈は立ち上がった。
「うおおおおおあああああ!!!」
心象力によって爆風に揺蕩う鈴の鳩尾を、環奈渾身のフルスイングが貫く。
慣性の法則に忠実に従い、オフィスビル内を高速で滑空する鈴。
(ま、まずい……能力を解除しないと……)
だが鳩尾への一撃が重く、意識が薄れる。
鈴の身体はガ ラス窓を突き破った
「私は! 日内流砲術第22代目当主、日内環奈だ!」
銃を逆手に持ち、勝鬨を上げる。
日内流の教えを絶対と教えられ、育った環奈。
彼女は他に戦う術を知らない。
勝者:日内環奈(対戦相手の場外)