弥六4回戦
姫宮マリ VS 弥六
あたしの体は昔から機械仕掛けで、それを不思議に思うことはなかった。
父さんの体も母さんの体も(あたしほどではなかったけれど)機械仕掛けで、それが当然だと思っていた。
だけど、学校で他の子どもたちと会うようになって、他の子どもは体があまり機械仕掛けじゃない事を知った。
(ちょっぴり笑われたりもしたけれど、それは機械の腕のパワーが解決してくれた)
あたしはちょっと不思議に思うようになって、機械の体の事を勉強した。
そして知った。身体と機械を完璧に融合させる技術を生み出した、偉大なる先達の事を。
レオナルド・ダ・ヴィンチ。
『あの国』が生んだ、偉大なる天才。彼が生み出した技術が、私を生かしていたのだ。
あたしは心を打たれた。ありがとう。ありがとう。あなたにはこの声は届かないけれど、それでも千の想いと万の感謝を、あなたに。あなたを生んだ、『あの国』に。
ありがとう、イギリス!
彼が遺した有名な図がある。
男性の裸体が腕の形をずらして描かれているそれは、人体とサイバネの融合の法則を描いた、とも言われている。
その図の名は、ウィトルウィウス的人体図。またの名を。
「……『人体の調和』!!」
あたしの体が変わっていく。
機械と調和した姿に変わっていく。
すべては、眼前の紅色の敵。
姫宮マリに勝つために!
◆ ◆ ◆
四回戦第七試合
姫宮マリ
vs
弥六
at:ニイガタ近郊 スクラップ置き場
◆ ◆ ◆
時刻は世界標準時20時55分。
希望崎学園の規定した戦闘時刻までは後5分少々あり、したがって戦いの火ぶたは未だ切られていない状態である。
が、それは必ずしも対戦者同士が戦闘状態に入っていないということを意味しない。
物理的戦闘の無い状態での戦闘状態とは何か。
そう……舌戦である。
「大体、イギリス食と言われるもののあのまずさには辟易しますわ。生野菜でも食べていた方がまだましですわよ。食という概念への挑戦ですわ」
「む、そんなことないっすよ。揚げたてのフィッシュアンドチップスはすごく美味しいんすよ? 食べた事ないからそういうだけっす。大体おフランス様のあの形式ばった料理はなんなんすか。庶民の味って感じがしないんすよ」
「当然ですわ。フランス国民は下々まで貴族的優美さが染みついていましたから、庶民の味が貴族の味なんですわよ。まあ、イギリスの島国根性が染みついた方には分からないでしょうけど」
「ダウト! ダウトっす! 王妃様がパンの無い人々の暮らしに言及した資料が残ってるっすよ! さすが貴族的選民思想はおフランスのお家芸っすね!」
片や、簡素な車椅子に腰かけた、お嬢様然とした少女。
片や、忍び装束に身を包んだ、庶民然とした少女。
その二人が、息をつく間もない口げんかで周囲の空気を震わせている。
正直、大変にやかましい。
そもそものきっかけは、戦闘前にポータルをくぐった二人の出現場所がごく近く、互いに互いを認識してしまったことである。
最初こそ無難な挨拶でお茶を濁していた二人だったが、すぐにそれは互いへの……正確には互いの奉じる国への攻撃に変わっていった。
弥六はイギリス(イギリスン)かぶれであり、
姫宮マリはバレエダンサー……つまりフランスかぶれである。
そして、英仏といえば百年戦争を例に出すまでもなく世界史に置いては宿敵同士。
二人がいがみ合うのも当然と言えた。
というか君ら二人とも純血日本人じゃないのか。代理戦争もいいところである。
「聖女の加護を認めようとしない蛮国がよく言いますわね!」
「他所の国の料理を自国風アレンジして自分の国の伝統と言い張る厚顔無恥さには負けるっすよ!」
「この○○○!」
「×××っす!」
この舌戦はさらに3分ほど継続したが、最初に切り上げたのは(スマートフォン内蔵義眼により時刻を把握した)弥六であった。
「まあ、言っててもしょうがないっすね……それに、そろそろ時間っす。決着は戦いでつける事にするっすよ」
「あら、お逃げになるつもり?」
「まさか」
弥六の言葉は、マリには少々意外であった。これまでの3戦、隠れられない状況(1回戦非合法バー)にあるときを除き、弥六はつねにアウトレンジを維持しながら戦っていた。
そして、マリが最も恐れるのもまた、アウトレンジから攻められて時間切れになる事である。それを把握できない相手ではない、というのも弥六に対しての評価であったが。
「……どういうつもりですの?」
「せっかくの機会っすから。試してみたくなったんすよ」
「?」
「源流と、天才のアレンジ、どっちが強いのか」
◆ ◆ ◆
皆さんはお気づきになられていたであろうか?
この二人の少女が扱う戦闘技法。
バレエ、バリツ。そのひそかな類似に!
そしてその気づきは概ね正解である!
中世ヨーロッパにおいて、イタリアはフィレンツェに即興詩や歌謡に舞踊を乗せて披露する芸術――バレッティ(Balletti)が存在した。
のちにその芸術と、付随する諸技術――言うまでもなく舞踊とは同時に武術の事を示す。舞と武は同源なのである――はフランス王室に嫁いだカトリーヌ・ド・メディシスによってフランスに伝えられ、バレエ(ballet)と呼ばれる独自の芸術体型を築き上げた。
一方、この芸術であり武術は同時期に、イタリアより英国に渡った一人の天才によってある技術体系として独自の進化を遂げている。
天才の名はレオナルド・ダ・ヴィンチ。
そして、その技術体系の名は――――バリツ(Ballits)
かつて二つに分かれた戦闘技法が、長い道のりを辿り再び巡り合い、そして戦う。
運命の女神という物が実在するならば、これもまた粋な運命ではないか!
◆ ◆ ◆
時の針は無情にも進む。
弥六の言葉に対してマリが返す暇があるかないかのうちに、世界標準時刻は21時00分を刻む。
そして、その瞬間、二人は弾かれたかのように互いに向かって突進していた。
「アン」 「ワン」
重なるカウントと同時に二人がとった動作は、奇しくも同じものだ。
「――っ!」
「……っ!」
それは、例えばどちらかが精神的なイニシアチブを取るべく意図的に模倣したものでないことは
刹那の間に浮かんだ、僅かな動揺をみるに明らかである!
両者は独楽のように回転、等しく鋭い刃のように研ぎ澄まされた義足同士がぶつかり、火花を散らす!
「ドゥ!」 「ツー!」
一度のカウントで三十二度重ねられた衝突の勢いを利用し、両者は距離を置く。
二人の動作は似通っていた。
息のあったダンスパートナーであるかのように、あまりにも似通いすぎていた。
故にその三十二合の足合わせによって、互いは互いが次に取る手を正確に予測してみせる。
回転によって生まれた運動エネルギーのベクトルを変換し、両者は高々と跳躍する。
回転運動による攻撃から、蓄積したエネルギーを利用しての空中殺法への移行。
それはアルシェネからエルヴァシオンへと繋ぐ基礎的なバレエ闘法であり、
ビッグベン・スタイルと呼ばれる基礎的な近接バリツ戦術であった。
「トロワァァァ!!」
“高さ”は姫宮マリが上回る!
高度 × 回転速度 × 重力加速度 × スラスター出力!
破壊力を決定づける係数を味方に付けたマリの一撃は、小手試しというにはあまりにも重すぎる!
事実、姫宮は高度で上回ったこの瞬間の優位を確実な勝機とすべく、必殺の勢いでもってかの忌々しいイギリスン娘に見舞っていた!
しかし、しかしだ!
「スリイイィィ!!」
“回転数”と“鋭さ”――そして“出力”を味方につける弥六の一撃が迎え撃つ。
右脚を石垣商店売れ筋商品――採掘用サイバネ“ここ掘れドリラー”(12万3200円)に換装、背部には“ダウンタウンロケット”(4万9800円・使捨て)によるジェット噴射、更に両サイバネを“熱血!バッテリー”(6万2000円・使捨て)に直結し出力を倍率ドン!
いけすかないフランスかぶれに対して大人げないオーバーキルシフトでもって必殺を期する!
おとなげなくていいじゃない!じゅうななさいだもの!
果たして、三秒間の攻防によって肉体ごと弾き飛ばされたのは姫宮マリの方であった。
弥六は山と積まれたスクラップの頂上に着地し(ドリル足は戻したっす!)、姫宮マリは別のゴミ山に突き刺さる。
「――っし!」
ガッツポーズ。
相殺された威力によって必殺とはいかなかったが決して低くはないダメージを、
そして何より―――鼻っ柱を折ってやった!!
なるほど天才という肩書に偽りは無いだろう。少なくとも技は、技巧に関して言えば姫宮マリが上回っていると認めるにやぶさかではない。たとえフランスかぶれであってもだ。
だが――イギリスン忍者の正統とは、サイバネの活用に他ならず。レオナルド・ダ・ヴィンチが作り上げたバリツとは、その為に最適化された技術体系だ。
そこにあらゆるサイバネ(※石垣商店取扱商品に限る)を使いこなす自身の魔人能力が組み合されれば、結果は見ての通りである。フゥーハハハ!!能力込ならあたしが上っすよォーー!
「――ま、お嬢様のお遊戯にしては頑張った方じゃないっすかね」
……その一言を皮切りに、かちりと、どこかでスイッチの入る音を聞いた気がした。
音感センサーは一切の感を示していなかったけれど、あたしは確かに聞いたっす。うん。
その音は……前方のごみ山から聞こえた気がしたっす。
◆ ◆ ◆
「(……無様な)」
ごみの山に埋もれながら、姫宮マリは思考をめぐらす。
私の一撃が精彩を欠いていた、という訳ではないはずだ。
これまでの戦いの中でも、一二を争うレベルで鋭い一撃だったと思う。
だが、この結果はどうだ? あのイギリス忍者との交錯で、こちらは完全に上回られた。
何という無様。これまでの2戦の敗北と同じように、今回も私はまた敗れ去るというのだろうか。
「(……なんという無様な……!)」
涙がこぼれそうになる。
バレエダンサーといえど、彼女もまた乙女である。泣きたくなる時もある。
が、しかし。
『――ま、お嬢様のお遊戯にしては頑張った方じゃないっすかね』
侮蔑には人一倍敏感であった。
かちり、と脳内で何かが切り替わる音がする。
お遊戯だと? 私がこれまで心血を注ぎ、魂をくべ、全てをささげてきたバレエが、お遊戯だと?
「……ふ」
顔に浮かんだのは、なぜか、笑み。
それも、すべての存在を嘲るかのような、嘲笑であった。
「……XC(エクスキューション)」
モード切替の合図とともに、彼女の体を流線型のプロテクトスーツが包む。
「……くるくる」
遠慮も手加減も必要ない。全力で仕留める。
「回れっ!」
◆ ◆ ◆
「のあぁぁぁぁぁっ!?」
危ないところだった。
スイッチが入った違和感に気づけていなかったら一撃だったかもしれない。
弥六が全身を衝撃波で刻まれながら思ったのは、そんな事であった。
直撃こそしなかったものの、体を少し逸らす程度の回避しか出来ない一撃。
音速を超える速度で直進してきた紅の物体が生み出す衝撃波は、弥六に甚大な被害をもたらしていた。
「あれは……姫宮マリ、なんすか?」
映像資料では見て知っていたと思った。
姫宮マリの全身プロテクトアーマーモード。『提督』戦、十四代目武田信玄戦、薪屋武人戦のいずれにおいても、切り札として使用された戦闘形態。
とくに、あの回転しながらの攻撃は、十四代目武田信玄戦において繰り出した、彼女の真の切り札とも言うべきものだ。
それを引き出せたことを僥倖と思うか、それとも引き出してしまったと嘆くべきか。
そう思う暇もあればこそ、紅の人型の第二波が音速を超えて襲い掛かってくる。
辛うじてかわす。高速移動突進攻撃の特性上、タイミングさえ読め、彼女の体をそらすのが間に合えば直撃をかわすのはそう辛い事ではない。
だが。
「くっ、衝撃波がっ……!」
マッハ8の物体の生み出す衝撃波は、大地を裂き海を割ると言っても過言ではない破壊力を持つ。
それにさらされた弥六の義体は、次々と警告音を吐き、そして停止していく。
それを嘆く暇もあればこそ、さらに連続突進は続く。
3発目で左腕が機能を停止した。
4発目では左耳の聴覚と左目。
5発目で右脚。
6発目の余波で残る左脚と右腕が潰された。
もはや満身創痍。魔人能力で新たな義体を調達する思考の暇もない。
唯一の幸運は、6発目が終わったところで35秒の制限時間が過ぎ、姫宮マリのプロテクトアーマーが一時解除された事であろうか。
「……降伏を勧めますわ」
「断るっす」
「そう」
短い問答。あああ時間稼ぎとかしとけばよかったっすー!?と思っても時すでに遅し。
そもそも、スクラップから毒ガスを生み出す物を撒いておくなど戦いを有利に運ぶ手段はいくらでもあったのだ。それをしなかった弥六の失策である。
……本当にそうか?
「(そうでないとは言い切れないっす……でも、あたしは意志をもって)」
「(その思考を違うと宣言するッす!)」
「(これは、あたしの……イギリスン忍者弥六の戦いっす!)」
眼前で紅色のプロテクトアーマーに再び包まれていく姫宮マリを見ながら、弥六は決意する。
能力を使おう。一世一代の大商い。彼女がこれまで購入したことのない、最強のサイバネを持って……紅の敵を打倒す!
万能の天才、レオナルド・ダヴィンチ。
彼が遺した有名な図がある。
男性の裸体が腕の形をずらして描かれているそれは、人体とサイバネの融合の法則を描いた、とも言われている。
その図の名は、ウィトルウィウス的人体図。またの名を。
「……『人体の調和』!!」
あたしの体が変わっていく。
機械と調和した姿に変わっていく。
すべては、眼前の紅色の敵。
姫宮マリに勝つために!
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石垣商店機動販売店舗要塞(298万円)。
石垣商店の販売する中で最大規模の戦力を誇るそのサイバネ店舗(脳は店舗内コアに埋め込む)は、かの甲陽軍鑑とも並び称される地上の移動要塞である。
その圧倒的火力と装甲をもってすれば、姫宮マリとて音速を少し超えて動き回る紅いお嬢さんにすぎない。
事実、姫宮マリはこの数分後、火力に飲まれ灰燼と化す。
彼女の最期の呟きは
「バリツっていったい……」
だったという。
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四回戦第七試合
●姫宮マリ
vs(29分50秒、石垣キャノン一斉射)
○弥六
→大会終了
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