「照りつける太陽!吹きすさぶ熱風!遠く地平にインパラが、キリンが闊歩する野生の王国!
古太刀六郎、前回の対戦に引き続き再びやってまいりました、このサバンナに!」
「さあ、今回のわたくしの対戦相手はまたしても…姿が見えません!
それもそのはず、今回のわたくしの対戦相手は楠木纏!影に潜んでの奇襲戦法を得意とする少女であります!
今もこの丈高い草原のどこかで、息を潜めわたくしの不意をつく機会をうかがっていることでしょう!」
いかにも纏はこのとき、六郎の背後数十メートルから
潮風吹きすさぶ港湾施設、そして雪山。
ニイガタという特殊な極限環境に適応している纏にとって、これまでの対戦フィールドは
彼女にとって理想的な気候は―――視界一面に、青い稲穂が頭を垂れる夏の新潟。
フェーン現象に見舞われた魚沼地域のごとく、乾いたサバンナの熱風は、彼女にかつてない活力を与えていた。
風に乗り、すでに古細菌は六郎の体内に侵入を果たしている。
―――『サンスカラム・ライン』!
「あぁーっと、これは!!突如として湧きだした影が、みるみるうちに人の形をとり!
黒い靄のような、不気味なゆらめきを見せてはおりますが―――わたくしと瓜二つの
シルエットが、目の前に現れました!
対戦相手・楠木纏が、いまだ見せていなかった魔人能力の一端でありましょうか!」
『なんということでしょう、古太刀六郎が二人!
前代未聞の実況地獄到来、待ったなしだァーッ!!』
「姿のみならず、声までもわたくしと瓜二つ!もしやわたくしの記憶や能力までも、
コピーする魔人能力の類でありましょうか!
コピー怪人に負けるわけにはまいりません!」
『コピー怪人とはずいぶんな言いよう!コピーが必ずしもオリジナルに劣ると、どうして言えましょうか!
この試合、いまこそわたくしが出藍の誉れを勝ち取ってみせましょう!』
「これはなかなかの勝ち気!
鏡合わせに象られた自身の姿を見ながら、わたくしは考えております!
これまでの試合、わたくしの敗因が何だったのか!それはそもそも、勝つ必要がなかったということではないでしょうか!
わたくしの対戦相手、いずれもわたくしと同じく敗退を重ねてきた相手でありながら、いずれ劣らぬ闘いぶりを見せてくれました!」
「ならばこの試合、無心に世界を言祝ぎ、自らの実況魂に殉ずることこそ―――この武闘会に参加したわたくしの本懐であります!」
『』
二人の六郎による喧々たる実況を聞きながら、楠木纏は考えていた。
本来の自分。ニイガタヒトモドキを祖に持ち、他者の物真似を生存手段とする自分に、そのような問いは意味がない。
実況者として、不利な状況をも導いてしまうという性さえなければ、この能力は強力だ。
この試合の六郎には、勝ち気がない。そんな相手にまで負けはしない。ただ生きる、そのために、自分は勝たなければならないのだ。
「いったい、この靄の!そしてそれを操る者の意思はどこにあるのでありましょうか!」
『』
「」
そこまで言いかけたとき、六郎をかたどった靄―――古細菌の塊に異変が起きた。
「おおっーッと!?コピーの姿がみるみるうちに崩れ、地面に広がっていきます!
このカビのようなものが、彼女の本来の姿だとでもいうのでしょうか!?
いや、違います、黒いカビのようなものが広がった箇所から、小さな芽が芽吹いている!
察するに、これはイネ科の植物でありましょうか―――
なんということでしょう!わたくしの能力による強化を加味しても、説明がつかない速度の成長!」
「わたくしの目の前に、たわわに実った金色の稲穂が頭を垂れております。これは、もしや―――」
その植物はニイガタそのもの。しかし現在知られているコシヒカリのように、近づくものすべてを貫く種マシンガンをばらまき、周囲一体を人の住めぬ環境に変えてしまう凶悪なS級危険バイオ動植物ではない。ただの、食用の、おいしい魚沼産コシヒカリであった。
纏と融合していた古細菌は六郎の実況により、本来の自身の構成要素―――「ニイガタ」へと分解され、「ニイガタ」はさらにコシヒカリの―――かつての穏やかな姿を取り戻したのだ。
しかし六郎が言葉を続けるより先に、背後より近づく影があった。
「…これは!対戦相手、楠木纏の姿であります!なにやら憔悴した様子ですが―――」
「―――待って、降参」
「おぉーっと、これは仰天!古太刀六郎、四戦目にして予想外の勝利をつかみました!
わたくしの勝因が何だったのか、彼女の不調がいかなる原因によるものなのか、それはわかりません!
しかしどのような問題であろうと、駆けつけた医療スタッフが彼女に適切な処置を施してくれることでしょう!」
「……」
「楠木纏選手、何か言いたげな顔であります」
「私、この――――古細菌と融合してた。離れたら、生きていけないと思ってた」
六郎の能力に促されてか、纏はたどたどしくも自分の現在の状況を語った。
体調の変化は『サンスカラム・ライン』の行使によるもの。六郎の能力は彼女を『本来の自分』に戻した。―――ニイガタヒトモドキより、人間としての血が濃い存在に。
ほどなく医療スタッフが纏を『治療』する。だが、それを拒否すれば。
古細菌の力と引き換えに、纏は今とは違う生き方を得る。
除菌されて死ぬことも、ヒトモドキとして追われることもない、ただの少女として生きることができるのかもしれなかった。
「私、どうすればいいんだろう」
「それは―――」
六郎は言葉に詰まった。彼が実況者として語れるのは、ただ目の前の状況、そしてそこから予想される範囲の、ごく近い未来の現象にすぎない。
少女の遠く、おぼろげな未来を描くための言葉を、六郎は持たなかった。
「わかりません。望まずに得た力であれば、それを捨てたいと思うこともあるでしょう。
しかし、私にとっての実況と同じように――それがあなたの生き方と切り離せないものであるなら、
捨てるべきではないと考えます。たとえ忌まわしい記憶が、その中にあったとしても」
「……」
「あたりに吹き荒れていた熱風も、心なしか穏やかになってまいりました。
今はただ静かに、この少女とともに、稲穂の成長を見守りたいと思います」
纏の前で、あらためて闘いの終わりを示すように、六郎はサングラスを外した。糸のように細い目だった。
「魔人武闘会、第四回戦。実況はわたくし、古太刀六郎がお送りしました」
古太刀一郎 ― 勝利
楠木纏 ― 古細菌と分離
古細菌 ― コシヒカリ化
サバンナ ― コシヒカリ産地となる