『勝者ぁぁぁぁ!!、松姫カナデぇぇぇぇ!!!』
コロッセオに勝者を称える歓声がこだまする。
円形闘技場の中央には仲良く倒れ付す一組の男女。
「しんどい・・・・・・でも楽しかったぁー!」
爪の先ほども動かせないぐらいの全身疲労がカナデを襲う。
だが、言いようの無い幸福感の方が勝っていた。
「そ・・・・・・それは、よ、かったな・・・・・・」
対する『提督』は憎憎しげに顔をゆがめるが、生気は感じられない。
死闘の果てに得るものは両者の間で大幅に違っていた。
「あれ、そんな喋り方だったっけ?」
「煩い、猿・・・・・・今、話・・・・・・かけるんじゃあない」
いまだ肩で息をする『提督』に比べ、カナデは大分回復してきたようだ。
『提督』は寝転がったまま、視線だけをカナデに移す。
視線の先にはカナデの紅く染まった手。
「それは・・・・・・」
大丈夫かと口にするのを躊躇う。
「ん、ああ。大丈夫、戦ってたら楽しくて忘れちゃった」
視線に気づいたカナデは自分の手をまじまじと見つめる。
その両手にはあるべき筈の物が失われていた。
爪だ、爪が両手分10枚剥がされていた。
『提督』は爪と肉の隙間を「開く」事で剥がす技を持っていた。
拷問用の技術だ、大の大人でも一本一本剥がしていけば泣いて謝るような激痛だ。
それを、この女は耐え切った、それどころか爪を剥がしきった拳で殴ってきた。
「大丈夫、大丈夫・・・・・・ってアレ、あ、ダメ、なんか痛い、今頃になっていたいいたいいたい」
おっ、気がついたなとばかりに痛みが大挙してカナデに押し寄せる。
それでも我慢出来ているあたりは、流石魔人といったところか。
やれやれ、こんな少女に負けるとはな。
『提督』は未だに酸素の取り込みが上手くいっていない脳を、緩く動かしながら考える。
いや、そもそも当然か、あの少女は「戦って勝つこと」を至上の喜びとしているのだ。
オレの様な「戦わずして勝ちたがる」人間が真っ向勝負したら、どっちが強いかは一目瞭然だ。
「あー、楽しかった・・・・・・ねっ、あなたもそうでしょ?」
無邪気に問いかけるカナデ、そこには悪意も意趣も無かった。
あたし楽しかった!だからあなたも楽しかったでしょ!
彼女の頭の中にあるのは、それだけなのだ。
「楽しい訳あるか・・・・・・」
カナデの方に向けていた顔を背ける。
カナデの条件を飲んでガチンコバトルなんてしたせいだ。
しこたまぶん殴られたせいで、顔の痛みは酷いし、口の中から鉄の味が引かない。
「約束は守れよ、松姫カナデ。こっちは約束を守ったんだ」
そっぽを向いたまま、『提督』は口に出す。
「あー、うん・・・それなんだけどさ、よくよく考えてみたらおかしくない?」
カナデは今の今まで深く考えていなかったが、彼の提示した『約束』は明らかに矛盾した点があった。
「だって、もう四回戦だからさ、武道会終わっちゃうよね」
「・・・・・・そこは気にしなくていい」
よっ、と反動をつけてカナデが上体を起こす。
「どっちにせよ、一杯やってからね。どう、立てる?」
この少女は、敵とか仲間とかの垣根を簡単に乗り越えていくのだな・・・・・・
少しの間悩んでから、『提督』はその手を取った。
「バドワイザーしか飲まんぞ」
荘厳なステンドグラスに朝日が差し込み教会の中を彩る。
早朝の礼拝堂は静謐を湛え、どことなく神秘的な雰囲気をかもし出す。
こつこつ、と小さな靴音を立て修道女が祭壇の壁を覆うマリア像へ近づく。
ぴと・・・・・・と女がマリア像に手を触れる、途端にぐにゃりとマリア像の胴体部が歪む。
そこに現れたのは扉だ。
特定の遺伝子にしか反応しない、ミスリル形状記憶合金の性質を利用した隠し扉である。
修道女……クインが扉をくぐると、一瞬にしてマリア像は元の姿を取り戻す。
扉をくぐった先は階段である、階段、そして周りの壁自体もミスリルで出来ている為か淡く発光している。
階段を下りきった先には、沢山の小部屋が並ぶ通路が広がる。
クインは、その中から一つの部屋の前に立ち、三度こんこんこんと扉を軽く叩く。
「クインです、入ってもよろしいでしょうか」
少し間を置いて、どうぞという声がかかってからクインは中に入る。
「別に、ノックなんて必要ないのだがね」
室内にいるのは逞しいひげを蓄えた男性、年の頃は40位だろうか。
その見た目は一見しただけで非常に痛々しいものだった。
一番目を引くのは、左腕、いや左腕があったであろう場所というべきか。
左腕に受けた二発の銃弾は、彼の腕を切断せざるを得ないところまで追い込んでいた。
「まぁ!、ジャクソン将軍に失礼があっては困りますもの」
持ってきた治療用の道具をテキパキと並べつつクインは答える。
トーマス・ジョナサン・ジャクソン、その守りの堅さと魔人能力から
ストーンウォール・ジャクソンと呼ばれた名将である。
「今日で……何日になるかね」
「おおよそ、二ヶ月になります……」
「そうか……」
二ヶ月前、瀕死のジャクソン将軍がこの教会に運ばれてきた。
元々、この教会は奴隷であったダークエルフの保護を行っており
(地下施設も、奴隷保護の為のものである。)
その伝を頼って、一人の兵士が連れてきたのだ。
だが、奴隷を保護すると噂の教会が、奴隷解放に反対する軍の将軍を保護するであろうか。
その兵士は将軍を預けるとすぐに事切れた為、答え合わせをすることは出来なかったが、
その行動は結果的に正しかったと言えるだろう。
「まぁ、生きてるだけでも奇跡のような物か」
今は無き左腕を見つめながら、ポツリと漏らす。
そもそも、ここに運び込まれた時点では危篤に近かったのだ。
だが、クインの手厚い看病や、どこからか将軍が運び込まれたとの噂を聞いた、
有志達からの医療物資のお陰もあってか、一命は取り留めた。
貴重品であるミスリルモルヒネなどもあった為、恐らくは軍需品の横流しであろうとクインは考えたが、
人命には換えられないとの判断で受け取っていた。
「……だが、未だこのベッドから起き上がれぬ身。北軍の支配下からリー将軍の下へはせ参じるのは難しかろう」
沈痛な面持ちで、ぐっと残った右腕に力を込める……だが、その力自体が弱弱しい。
無理はしないでください、とクインが声をかける、刹那
ガチャリ と ドアノブが回る
一瞬で緊迫した空気が部屋に流れる。
あのマリア像を通れるのは今はクインのみ、他の人間はクインと一緒にしか通れない筈だ。
そのままドアが開いて姿を現したのは、クインからすれば予想外の人物であった
だが、以前のクインから報告を受けていた将軍からすれば、いずれ来るであろうと覚悟していた人物。
「やはり、君か。マシュー・カルブレイス・ペ……」
「それ以上は言わなくいいですよ。ストーンウォール・ジャクソン将軍」
彼にとっては忌むべきファミリーネームを呼ばれる前に制す。
言葉を失ったクインを尻目に、ずかずかと室内に入り込むマシュー。
きょろきょろと室内を見回し、質素な文机にそのまま腰掛ける。
「さて、今日は色々と通告に来た」
文机に腰掛けたまま、威圧的に宣言する。
「南軍はもう終わりだ、リー将軍がゲティスバーグの戦いで敗北を喫し、趨勢は決した」
その一言は将軍には、ある程度予想できていた事実であったのだろう。
がっくりと……と言うほどではないが肩を落とした。
「敗残兵の処刑に来たわけか。自分の手柄のために」
「前者は違うが、後者はそうだ」
将軍が少し眉をしかめる。
「あんたの身柄は俺が貰い受ける、俺の出世のためにな。でなければ、こんな回りくどい方法を取ってまであんたを助けない」
マシューの視線は、クインが持ってきた治療道具。主に高価な医療品の類に向けられていた。
「なるほど、どうりでおかしいと思った。軍の士官用のミスリルモルヒネなんぞ、そうでもなければ手に入らんだろうからな」
声を失ったクインの音にならない悲鳴が響く。
「何が目的だ、小僧」
如何に弱っていても軍人、眼に宿る力は失われていない。
「俺には単純に経験値が足りないからな、俺の下についてもらうだけさ、命の恩人の言う事は断るまい」
「兄に追いつくためか」
「……答える必要は無いな」
二人の視線が交錯する。
「ど、どうやって、入ってきたの」
二人の緊張を解いたのは、ようやく声を取り戻したクインであった。
「あんなものは、俺にとっては自動ドアも同然だよ……そうそう、思い出した」
ぽんとマシューは手を打った。
「約束を守って一人で来たんだ、早いところコーヒーを貰えるかな」
突然の意趣返しに、今度はクインの頬が紅潮する羽目になったのは言うまでも無い。
◆◆◆◆◆◆◆
「それ」は、本当に平賀稚器だったのだろうか。
恐らく『提督』も同じ疑問を持ったのではなかろうか。
「そ兄チャん、Tぁケダ、殺///decode、そそそそそそそ兄兄兄兄」
自身の質量を四本のサイバネ触腕で支えたその姿は、ちょっとしたホラー姿のモンスターだ。
「排ジョ<eliminate>しままママMA、>YES >NO」
その四本のサイバネ触腕とは、別個にビームチョップスティックを振りかざしたサイバネアームが『提督』に襲い掛かる。
『提督』はゆっくり距離を「開」きながら、剣戟を回避、さらにサブマシンガンでの攻撃を試みる。
バララッと銃弾が稚器目指して放たれるが、全てビーム扇子になぎ払われる。
古代剣術家が自宅にて襲われた時のために、攻撃用の箸、防御用の扇子を常に傍に置いていた故事に由来する装備だ。
三回戦にて、斉藤ディーゼルに与えられたダメージは、治療班の手によって回復したかに思えた。
だが、優秀な希望崎学園のスタッフの手でも、ブラックボックスである機械自立脳の微細な損傷を直すには至らなかった。
「SO姉ちゃンはドコ、その質モンには回答できマセン?//?千勢屋カカカその単語は検閲対象です」
意味不明の機械音声を流しながら、襲い来る稚器。
長い触腕に支えられた、その姿はさながら異形の蜘蛛といったところだろうか。
稚器本体の胴体部が開き、三つの影が飛び出す。
ミニチュア稚器とでも言うべきその姿は、本体からのレーザー攻撃を反射することによって攻撃を行う
高性能リフレクタービット、その名を「CHACHA」「GO」「HEARTS」と言った。
三体のビットは高速で『提督』の周囲を旋回し、本体からの指示をまつ。
打ち落とすか……いや、まだだ。
『提督』はチャフグレネードで妨害が出来るかを試したようだ。
キラキラとした銀の煙があたりを満たすが、三体の機動が変わったような様子は見受けられない。
『提督』がしかめっ面を浮かべるのと同時に、稚器本体がきらりと閃く。
次の瞬間には『提督』のわき腹を熱線が掠める。
チャフグレネードは、ビットのコントロールを失わせるまでには至らないものの
光線兵器の威力を多少和らげる事には、成功していたらしい。
「……武道会の意義を間違えてやがるな、猿どもは」
わき腹からにじみ出る血をぬぐいつつ、懐に手を伸ばす。
「死ね死ね死ね死ね死ね」
超弾性スプリングナイフを連続投擲する。
空中で、少しずつ時間を置いて発射、急加速するナイフ。
しかし、無慈悲なビーム扇子は全てを払いのける。
……最後にこっそりと投げられた、「聖なる手榴弾(ホーリーパイナップル)」以外は。
「はっはぁぁぁ、くたばれ」
流石のビーム扇子といえど、爆風や衝撃波は防ぎきれないようでたたらを踏む。
そこに追い討ちをかけるかのごとく、手榴弾の雨が降り注ぐ。
いくつかは、自動小銃「ゴシャカモシレナイ」で打ち落としたものの、何発かは至近距離で爆発を起こす。
「pigixe!!、EXIT、そniiityaxaxaxaxann」
悲鳴のような、実際悲鳴なのだろう、悲しげな機械音声が響き渡る。
壊れたからくり人形は何を思うのだろうか。
その空虚な瞳からは何も読み取ることはできなかった。
「ALAS!so兄チャン、避けなイと死ぬ、つまりコロスガガ」
胴体部がくの字に折れ大きな砲門が出現する。
誰がどう見ても直撃すれば人間は死を免れないサイズの光学兵器であろう。
だが、それを目の前にしても『提督』が回避行動を取る様子は無かった。
耳に当てたインカムで通話をしていた。
「遅かったな……ああ、連れてこられそうか。そうか、安心した」
鳴り響くエマージェンシーコール。
砲門に集まる光の粒子。
そして……
「でやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
ぐしゃりと重い音がなり、砲身が折れ曲がる。
砲身を蹴った反動の勢いを利用し、飛び込んできた影は遠くに着地する。
閃光、一瞬の後に轟音。
そして静寂、また一瞬の後に重なる笑い声。
「「これで『俺』達の勝ちなわけだ」」
二人の提督は同時に声を上げた。
「おっとっと、やりすぎちゃった?大丈夫」
蹴りを放った張本人、松姫カナデも『提督』の側による。
「問題ない、問題あるとすればこの後だ」
「ああ、ここまですれば上手くいくと思うが」
全く同じ姿形、声をした『提督』二人は神妙にうなずきあう。
「良くわかんないけど……、それより、気持ち悪くないの自分と同じかっこした奴と喋るとか」
「「問題ない」」
「いや、気持ち悪いって……へーこう世界だっけ」
六波羅探題も監視している平行世界、つまり平行世界が存在すること自体は確定している。
それであれば、後は認識するだけだ。平行世界の扉を開き協力できる『提督』と協力者を探すだけだ。
対戦相手が平賀稚器に決まってからの30分の間に『提督』は、それを探し当てていた。
「……勝利アナウンスが流れないということはまだか」
「あたしはもうやんないよ、さっきのだって不意打ちっぽくて、いやだったし」
カナデが若干の不満を漏らす。
「気にするな、そもそもお前の手に負えるかどうか」
カナデを連れてきた方の『提督』が視線をやった先には
砲撃の自爆で、体中がバラバラになりつつも辛うじて人の体をなしている、それ、が歩いてくるのが見えた。
「破損率90%Okoeました、これこれよよよよ殲滅<destroyed、KAMIKAZEします」
ぎちりぎちりと重い音を立て、それが近づく。
緑色の薄い皮膜、いや、エネルギーフィールドで包まれたそれは
荷電粒子バリア兼自爆装置「KAMIKAZE」である。
外部からの攻撃をほぼ無効にし、相手を巻き込んで自爆する。
……外部からは、だ。
「どうせ、何かしら手を打ってるんだろう」
「まぁな、さすがは自分自身だ、話が早い」
視点が切り替わる。暗い、口の中だろうか。
「撃て」
ワープポータルの先から銃口だけを外に出す。
零距離だ外す心配も無い。
私はトリガーを引いた。
◆◆◆◆◆◆◆
ワープポータル内に物資を貯蔵できることは分かっていたから
クインを伏兵として配置していたのが功を奏した。
俺は、足元に転がったボロボロの物体を見やる。
「そNYYYYちゃん、そ、そそそそNYYY」
壊れたカセットテープのように繰り返すそれを見ながら、もう一人の俺に声をかける。
「ちゃんと連れてきているよ、ポータルの中だ」
俺は平賀を拾い集め、運ぶ。
「ほれ、あんたの妹だろう……平行世界といえど」
そこには歴史の敗者として消えていった顔があった。
タケダネットの監視下にいてはいけない顔であった。
「ああ、すまない……必ず、治して、……また戻す」
「俺に謝る必要は無いさ、そうさな、あのカスミって女の子に謝りな」
たった30分で、俺に平賀を治すように説得に来る
しかも自分の試合も間近だというのに……
「か、カスミカスミカスミ」
平賀の頭部が堰を切ったかのように動き出す。
プシューと音を立てて口を開く。
開かれた口には、小さな折鶴。
「ほら、こんなになってまで、良く分かってるじゃないか」
「出来た……妹だろう」
そう言って、向こうの世界では天下人となった織田信長は寂しく笑った。
4回戦 勝者 『提督』 了
【武道会の勝敗になんら寄与しないエピローグ】
武道会も終わりタケダとの交渉も一段落着いたことを受け、私たちに一旦本国帰還の命が下されました。
結論から言うと、タケダとの交渉は保留となりました。
『提督』のもたらした希望崎学園の情報を含め、あまりにも決めることが多すぎるとの事。
ただ、アメリカ皇国の事は無碍にはしない。
今後は今までの反乱軍という扱いではなく、国家として扱うとの言質を引き出せました。
それだけでも、『提督』にとっては十分な功績になることでしょう。
このタケダ側の対応に対し、『提督』は当初からの予定通り、ハワイ州を割譲することで応えました。
後に、沖縄藩として改名されタケダに組み込まれますが、
アメリカ皇国軍基地問題などで世間を騒がせることになるのは、また別の話ですね。
『提督』も私も事後処理に忙殺され、あまり話せぬ日が続いていました。
……夜に呼ばれる事は、ありましたが。
そんな、ある日のことです。
『提督』から私に「たまには散歩でもしないか」と不思議なお誘いがありました。
ASAPで行きますと返事を返しましたが、この時に少しは疑ってかかるべきでしたね。
ワープポータルから出た先は、何の変哲も無い並木道でした。
並木道を歩きながら、他愛も無い話をします。
『提督』が若かった頃の話、私が『提督』の反対を押し切って海軍兵学校に入った話
私を副官に抜擢したために、いらぬ派閥闘争に巻き込まれた話。
今となっては笑い話に出来ますが……やはり、そうなるまでにはいささか時間がかかりますね。
綺麗な満月が照らす並木道を、十分程も歩いたでしょうか。
『提督』が不意に歩みを止めました。
「なぁ、クイン……俺が、なぜこの国が嫌いかを知っているか」
なんとなく思っていたことはありますが、首を横に振ります。
「この国は『俺』と『兄』の縮図なんだ……圧倒的強者が弱者を省みない……だから嫌いなんだ」
『提督』の兄、オリバーさんは魔人でもなんでもありません。
ですが、『提督』は一切兄に勝った例は無いそうです。
そして、この国は魔人能力を抑圧する国……『提督』にしてみれば、
自分が唯一持つ可能性を取り上げられる、そんな感じなのでしょう。
「だが、そんな国でもな、俺と同じように足掻く奴はいるし……飯は上手い、そして」
『提督』が片手を振り上げ指をぱちりと鳴らします。
「こいつは好きだ」
私達の通ってきた道を一陣の風が通り抜けます、そこには……
月光に照らされ薄い桃色のヴェールを一面に張り巡らせたそれは。
「サクラ、ワシントン一世陛下も愛された花だ、たった今「開」花させた」
並木道全てが、一瞬にしてサクラで彩られ目を奪われます。
「……そして、ずっと言いたかった言葉があった」
『提督』に目を移すと、小さな丸い金属片を手にしている。
ミスリルだ、すぐに分かる、あれは?
「『それ』が……お前にも付くのが嫌でしょうがなかったから言い出せなかった」
しゅいんと音を立て、金属片に穴が「開」く。
「まぁ……ようやく、向き合う気になった。そろそろ、受け入れるとしよう」
スッと傍に寄った『提督』が私の手を取ったときに、ようやく気づいた。
……ああ、アレは。
「……しよう、クイン」
私は首を縦に振り、その日からクイン・ペリーを名乗る事になりました。