「新潟を監視する為の軍事基地の開設、但し費用は武田幕府持ち。開拓済み範囲の蝦夷の共同管理。横浜他、五大港の開港。主要24分野における関税の撤廃……」
手元の資料から目を外し、和服の老人が長い髭を撫ぜる。
「要求は以上かね?」
問い掛けの言葉は短く、厳しい。
「OH!YES!、細かくハ、モット色々アリマスが大マカには、そんな所デスね」
しかし答えた男は、ひりついた雰囲気などどこ吹く風と言った具合に、能天気に言葉を返す。
サングラスを掛けた男の軽い声色に、室内の空気は重く沈んだ。老人の後ろに佇む近侍達が不快感をあらわにする。
「つまりは、米国に最恵国待遇を与えろと、……そういう事じゃな?」
「オウイェ、思ったより話が分かるジャナイですか、…………」
男は口の中で、「猿の癖に」という呟きを噛み殺した。今はまだ挑発すべき時では無い。
「巫山戯るな、こんな要求が通るとでも思っているのか」
恐らく、この場で一番若いであろう青年が怒気を孕んだ声と共に立ち上がる。だが……
「控えよ……」
「し、しかし、天海様」
天海と呼ばれた老人は、手と言葉で青年を制した。
そう、この老人こそ真田十勇士の一人にして武田幕府の重臣、南光坊天海である。
天海は、もう一度資料に目を通す。
「ふぇっふぇっふぇ、幾らこやつらが阿呆でも、こいつがそっくりそのまま通るとは思うとらんよ」
すっかり緩くなった茶を啜りながら、手元の紙を筒状に丸め、自分の肩をぽんぽんと叩く。
「流石に、手土産の一つや二つは持ってきとるじゃろ?、まずはそいつを卓に置いてもらわんことには話にもならんわのう」
察しのいい爺だと男は小さく独りごちた、こちらの思惑はお見通しという訳だ。
「アーハー、そうデスね。皇帝陛下からはハワイを割譲してモ良いとお言葉を賜っテいマス」
「ほう……」
天海の眉が初めてピクリと動いた。
「ハワイか、ハワイのう……ハワイはアレにはせんのか」
部屋の窓の外をちらりと眺め、皮肉めいた苦笑を浮かべる。その視線の先に映る物は……
「ハワイは、島が多イデスから。採算が取れまセン」
大袈裟に肩を竦めて見せる男、表情は笑っていない。
「ふぅーむ、しかしハワイだけかい。些か釣り合いが取れんのう」
値踏みする様に天海は男の目を覗き込む。
「ナンなら、アラスカもプレゼントしまショーか?」
ジョークめかして男が返す、やはり表情は笑っていない。
「ふん、そんな物騒なもんはいらんわな」
手をひらひらと振り、天海も素っ気なく返す。
「OH、コレは手厳シいデスねー」
男はバチンと音を立て額を叩く、大袈裟なリアクションを取りつつも冷静に状況判断を行う。
少しばかりのワナを張ってみたが、余り良い結果とはいかなかった。
天海は確実にアラスカの事を知っている、しかしこの爺さんがボロを出す事も無いだろう。
これ以上、深く掘り下げても得にならないと判断し、男は次の一手を繰り出す。
「オット、忘れテました。手土産は他ニモありマス、HEY、クイン!」
男が部下に指示をすると、灰色に輝く風呂敷包みが卓上に置かれた。
「これも進呈しマス、貴方ガタにはピッタりの一品デスよ」
男が軽く指を鳴らすと包みがはらりと解ける。
包みの中身は手土産と言えば手土産だろう。高級品とされていた時代もあった。
バショウ科バショウ属に属し、主に果実部分を食用とする植物。
つまりはバナナである。
これを見た一同の反応は様々であった。
天海は深く笑い、近侍達は激昂し、青年は拳に力を込めた。
その反応を見て、男も静かに笑った。ここはチャンスだと悟る。
「WHAT'S?、どうしまシタか!滅多にお目二かかれない貴重品デスよ!モット、嬉しガッたらどうデスか。BOYのお小遣イでは手がデナイでしょウ、手にとっテもイーんですよ」
ハッハッハと大袈裟に笑う男、刹那、室内の三つの影が動く。
若き青年侍が怒りに任せ刀を抜こうと刀の柄に手を掛けた。
だが、柄を握ったその時には、青年の喉元には抜き身の刀身が、額には銃口が向けられていた。
その動作を認識できたのは、室内ではそれぞれお互いのみであったろう。
即ち、剣を抜いた天海と、銃を抜いた男の部下、クイン。
その二人だけがお互いの卓越した技量を推し量っていた。
「う、う…うあ……」
「控えよと、……言わんかったかのう」
天海が一声発すると、室内の温度が急激に下がるかのような錯覚を皆が覚えた。
それは、男もクインも例外では無かった。
クインがいつの間にか、拳銃を下ろしていた事に気づくまでたっぷり5秒はかかったであろう。
誰もが、一瞬で天海に臓腑を握られたように縮こまっていた。
その中でいち早く立ち直ったのは、この場で唯一、天海とまともに交渉が出来る男。
アメリカ合衆皇国より勅命を受け、武田幕府に対して開国を迫るように命じられたその人、『提督(アドミラル)』であった。
「OH!カミカゼ!今のはイアイですね」
『提督』はおどけてみせたが、しっかりと理解していた。
目の前の老人が本気を出せば、瞬く間にこの部屋は惨劇の渦に巻き込まれることを。
「ふん、昔とった杵柄じゃわい。年寄りを働かせるな、バカモン」
刀の腹でべしんと青年侍の尻を叩く。緊張した空気が徐々に弛緩していく。
「おい、お嬢ちゃん……、銃は好きかい?」
天海は、一瞬で刀を仕舞うとクインに問い掛けた。
ここまで
クインは困惑しながら、『提督』を見やる。
「答エてあげナサい、クイン」
天海から目を逸らさず『提督』は答えた。
「YES……」
伏し目がちにクインは答えた、黒い頬に少しばかり紅が差す。
クインは元々は奴隷の身分であった、先頃アメリカ合衆皇国で行われた南北戦争の結果、解放されたのだ。
「儂も銃は好きじゃよ、殺し間って知っとるかい……知らんか、二百年も前の話じゃからのう」
天海はむんずと、卓上のバナナを掴み取り、一房千切ると皮を剥いた。
「天海様!」
近侍や青年侍が声を荒げるが、天海は気にも留めない。
「毒なぞ入っとりゃせんよ」
モムモムとバナナを咀嚼しながら、天海は鈍く輝く風呂敷包みを手に取った。
「全く貴様ら、こんな安い挑発に乗せられおってからに……」
天海は部下に対してボヤきつつ、二口でペロリとバナナを平らげ皮を投げ捨てる。
「しかし、お主も人が悪いのう」
「OH、ナンでデスか?ワタし嘘いってまセンよ」
「確かに貴重品じゃわいのう、この風呂敷包み……確かミスリルとかいっとったのう」
バツが悪そうに『提督』は頬を掻く。
「あらラ、バレてマシたね」
「ふん、そっちの女子を見れば、気付いて当然よ。貴様もそのつもりで連れて来たろうに」
クイン達は、ダークエルフと呼ばれる先住民族であった。
その肌は黒く、耳は長かった。
精霊を信仰し魔力の扱いに長けたが故に支配され、奴隷に身を堕とした。
そのダークエルフ達が、魔力を増幅する金属として発掘・加工していたのがミスリルであった。
ミスリルはレアメタルの中でも特に希少価値が高く、その加工技術は門外不出である。
しかし、弾性や電導性、各種合金の有用性からハイテク産業は勿論、軍需産業までもが欲しがる夢の金属であった。
しかし、現状、余りの流通量の低さゆえ実用化に至っているとは言い辛い代物である。
「これを出してきたという事は……加工技術を公開する用意があるということじゃな」
「オフコース!、モチ論、条件がありマすが……」
コツコツと天海の指が机を叩く
「ミスリル……新潟……、つまり佐渡ミスリル鉱山の採掘権じゃな」
「ザッツライト!」
新潟の遥か北に佐渡という島がある。
そこは異界である新潟と現界の間となる、とても特殊な場所である。
植生なども独自の進化を遂げており、希少なミスリルも大量に埋蔵しているとの報告があった。
しかし、佐渡は新潟に近いせいもあり野生のコシヒカリや上杉謙信が大量に徘徊しており、採掘は極めて危険を伴う。
その為、自前で加工技術を持たない武田幕府は積極的に採掘を行おうとしなかった。
しかし……もし加工技術が手に入るとしたら……
「確かに魅力的な話じゃわいな……」
「どうデショう、考えテ頂けマスか?」
天海は考える……この交渉の真意はどこにあるのかと。
目の前にいる男は、間違いなくアメリカ海軍の重要ポストだ。
それは、窓の外に見える景色からも間違いなかろう
アレだけ吹っかけてきたのは、ミスリルの件があった為であろうか。
総合的に考えれば、トントン……いや武田の得になるのではないか……
だから……だからこそ、天海は考える
何か匂う、裏があるのではないかと。
老獪さを極めた天海の勘が警鐘を鳴らす。
「……お屋形様に話は通してみよう」
天海の疑惑の念は消えなかったが、まずお屋形様にお伺いをたてる事が先決と判断した。
「OH!感謝シます。暫くハ日本近海に逗留シますので……」
「その事じゃが……、アレは本国に返してもらう訳にはいかんかの?」
天海が視線を窓の外に移す。
「母艦デすので、無理ですネー」
ここ、甲府の地からでもはっきりと遠くに見える黒い雲
いや、それは雲と言うには余りにも大きく遠くまで続いていた
太平洋上に浮かぶのは四隻の戦艦。
旗艦ロードアイランドを筆頭にユタ、アイダホ、ミネソタ……
アメリカ合衆皇国が誇るステイツフリート、国土そのものを戦艦として改造した巨大兵器である。
今、日本に来ているのはたった四隻である、しかしその四隻は日本の総国土の凡そ2倍の面積を備えていた。
「次ニ会う時ニハ、良い返事が頂けると信じていマスよ」
その後話し合いは静かに進み、そして一旦終わった。
「お疲れ様でした、ポータルでお送りします」
若い青年が苦々しい表情で『提督』を見送ろうとする。
天海の姿は既にここにはない、恐らくお屋形様の判断を伺う為に、宇宙要塞「躑躅ヶ崎館(つつじがさきやかた)」へ向かったのであろう。
「イヤ、結構。ポータルなら自分で『開け』マスのデ」
彼が指を鳴らすと、転送用のポータルが音もなく開いた。
「な……」
唖然とする青年の肩を軽く叩き、『提督』は囁いた
「TOO YOUNG……」
そして、そのままポータルの中へと消えていった。
旗艦ロードアイランドにて
ロードアイランド州議会の本会議場であった建物が、現在は司令部として使われていた。
歴史を感じさせる古い椅子に腰掛けた『提督』はゆっくりとパイプを吹かす。
「しかし、馬鹿な猿の相手は疲れるな、クインよ」
「……お疲れ様です」
二人はとても流暢な日本語でやり取りを交わす。
「本国には、どの様に報告いたしましょうか」
「委細問題無しとだけ伝えておけばよい」
「……承知しました」
机上のスフィア型端末を起動する。映し出される映像は希望崎学園と呼ばれる掲示板であった。
新着情報がないかざっと目を通す。情報は幾らあっても困らない、何せこれから(見かけ上だけとはいえ)命を賭けるのだから。
パイプを燻らす……今回の勅命に成功すれば、並べるはずだ。
焦燥、興奮、愉悦、諦観、様々な感情が入り乱れた己の内面を眺めながら反芻する。
『目の前の老人が本気を出せば、瞬く間にこの部屋は惨劇の渦に巻き込まれることを。』
そう、これは間違いではなかった。但し、それ即ちこの男が被害者になるという意味でもない。
「クイン、あのご老人と俺が戦ったら、どっちが勝つと思う?」
「分かりかねます」
「ほう!」
興味深そうに相槌を打つ、口から白煙が漏れる。
「私は『提督』が負けた所を見た事がありませんので……『提督』が負ける事があるのかどうか自体が分かりかねます」
「気の利いた答えだな、クイン」
だがな……と、心中で彼はぼやく
俺は今まで一度たりとも勝ったことなど無いのさ……
彼は一際大きく白い息を吐いた。