斎藤ディーゼルプロローグ『基本稽古:気を充実させ、相手が打とうとする出鼻を捕えて打突しよう』


 唯一閃、凶刃が走る。
 ずんばらりんと首が飛び、迸る血雨が廃都を濡らす。

「ふむ。なんとも討ち甲斐に欠ける獲物どもよな。巻藁の方がよほど手ごたえがある」

 時代錯誤な濃紺の和服の袖を揺らし、その侍は無造作に刃を担いだ。
 砕けたアスファルト。木造ビルに囲まれた大通りの、道路の中心。足元には、撒き散らされた何十人もの物言わぬ死体。
 そのことごとくが、一刀によって首、胴、ないし腰を物別れにされている。
 凶器はただ一つ――侍の肩に担がれた、長大な日本刀だ。
 その表面は微細に振動し、さながら天ぷら油に落した水のように、何十人分もの血糊を沸き立たせ、流れ落としている。

『そういう任務だろう。長居は不可。治安機構に気付かれる』
「何を言う。ここはオケハザマぞ? タケダネットに見捨てられた哀れな木端ども、いくら斬ろうと感謝こそされ、咎められる道理などない」
『目的の齟齬を確認。我々の目的は兵器の実験――ウェイト。あなた、まさか』

 監視役が、いぶかしげな声を発する。
 侍の足元の死体は、この廃棄街区(オケハザマ)の住人――みすぼらしい浮浪者や、荒くれ者のものだけではない。
 ヘルメットと防弾防刃防上杉スーツに身を固めたものの姿も既に混じっていた。
 同時。周辺のビル路地から、それと同じ格好をした警官たちが、一斉に飛び出し、侍を包囲する。

「地面に伏せて手を上げろ! お前は完全に包囲されている!」
「何と。大変だ、来てしまったぞ? ひと山いくらの斬られ役――KGBの阿呆どもが」
『…………早急な始末を』

 イヤホンの向こうで、連絡役が溜息をついた。
 侍は、風雅な顔を、喜悦に歪ませた。


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 TD200年。
 タケダネットの管理によって、全てが安寧と繁栄を約束された未来都市。
 だが、そんな中でも切り捨てられるものはある――上杉の潜伏疑惑、バイオタタミイグサの群生、新潟性汚染、そういった理由でタケダネットから放棄された区画。
 そこの住人はタケダネットにとっては『いないもの』であり、その内部は犯罪の坩堝であった。
 無論、たとえばそこに犯罪組織が潜伏しようとすれば、逆算的にタケダネットがそれを見出し排除する。
 しかし、多少の小競り合いや決闘、またタケダネットに害を与えない、たとえば軍需企業が裏で行う対人兵器の試用実験などは見逃される。
 かろうじて対応が必要だと判断されても、六波羅探題や真田十勇士直属などの重要な戦力はまるで送り込まれない。
 ひと山いくらのヘルメットと装甲に身を包み。立場、実力、家柄などが理由で優先度の低い、使い捨ての治安部隊――
 KGB。いてもいなくても変わらないような警官たち(ケビーシ・ガード・バイノーウェア)。彼らは揶揄と嘲笑を込めて、そう呼ばれる。

『斎藤巡査。今データが出た。相手が使っている刀は株式会社KOYOの改式。恐らく魔人。ツジギリ・エージェントは監視役と組んで動く。気をつけろ』
「相変わらず、あそこはやりたい放題だな。ああ。分かってる」

 そして、その男――斎藤ディーゼルもその一人。
 他の隊員との差異は、基本はフルフェイスであるヘルメットが目元までしかないことと、得物が木刀であることくらいだ。
 銃、サブマシンガン、シールドに警棒、あるいは真剣。または弓など。
 KGB隊員は上からの支給が基本武装しかない代わりに、得物に関しては此処の裁量に委ねられる。
 だが――遠近剣弾交えた多彩な武具による包囲網は、
あったひとつの高速振動する竜巻の如き斬撃の嵐に、まるで一様に削られる。

「そらそら、気を抜けば死ぬぞ、すぐ死ぬ、そら、――死んだなあ!」
「なっ……ぐぁ!?」

 すぐ隣に立っていた仲間が、凶刃の先端に触れ、片腕を飛ばされる。
 救援に動きたいが、目の前の男の濃密な殺気が、他者に気を飛ばすことを許してくれない。

「うわあああ! 俺の、俺の腕が――クソ、なんだこいつは――」
「早く下がれ! 車に戻って止血を!」
「うぐぅぅ……わ、分か」

 銃撃音。離れていこうとした仲間の声が止まる。ツーマンセルの片割れは狙撃兵か。
 誰ひとり、ここから返すつもりは無いのだろう。人間大の肉塊が倒れる音を背後に、奥歯を噛む。

「くそっ……!」

 目の前に居るのは甲陽重工――株式会社KOYOのエージェント。
 国内最大の企業である彼らを捕まえても、手にした実験兵装ともども裏から回収されるだけだろう。
 そのために、廃棄街区とはいえ無辜の住民が殺され、仲間が死ぬ。ツケを払わせることもできない。

「ほうら。残るはおぬし一人か」

 かつて武田信玄は、強大だが粗暴だった実の父親を、無数の呪いで身動きを封じた上で異世界に放逐したという。
 見捨てると決めたものに、タケダネットはどこまでも冷たい。
 自分は何の為に戦っているのか。斎藤家の神童、道産の子と持て囃されたところで、所詮は戦国の敗者の家系。現実はこんなものだ。
 ――いや。
 斎藤ディーゼルは鬼気迫る悪鬼を前に、木刀を正眼に構える。

「大人しく拘束されろ。抵抗すれば殺害も許可されている」
「殺害? くく、殺めるとは、愉快、愉快――」

 ぎゅるん、と伸びてきた刀を、かろうじて木刀の側面で受け、逸らす。
 悪魔的な踏み込みの速さだった。侍が、面白げに片眉を上げた。刃を上に向け、自らの腰元にまで引き付けている。
 古流剣術の構えだろう。一般に膾炙されない――する必要のない暗殺剣。

「よかろう。KGBにも少しはマシな武士がいるか、見せてみせよ」

 対し、斎藤の構えはどこまでも基本だ。

「キェアッ! キアーッ! キィェエェ―――ッ!」

 気勢を繰り返すのは、威圧というより自分の集中を高めるためだ。
 正眼。肩の力を抜いて、丹田に力を集中させる。一本の葦のように背筋を伸ばし、必要な箇所、足の親指の付け根に重心を置く。教科書通りの実践。
 ――剣撃が走る。
 侍が魔的な踏み込みと共に、刀が地面を擦り、血の波と空気を切り裂いて、斎藤の喉元を狙う。
 軌道にあったスラム住民の死体が、まるで抵抗なく寸断された。防御不可能の振動刀――だが、それこそが隙だ。

「コォォォォォォ!」

 裂帛の気合いと共に、僅かに木刀を側面に“掠らせる”。
 ――実験兵器は、高速振動することで切れ味を長く鋭く保つ狙いがあるのだろう。
 だがそれは、振動しているがゆえに、側面にさえ当てれれば向こうから勝手に弾かれて軌道が外れてしまうのだ。
 侍が僅かな驚愕に眼を見開く。

「―――コォォオ手ェッェェェエエエ―――――ェン!」

 そのまま、敵の刀を持つ腕を砕く勢いで振り下ろす。

「!」

 だが、会心のタイミングだったはずの小手は、空を切る。
 いや――間違いなく、斎藤の木刀は侍の腕を通過した。だが、剣士の命たる腕が、捕える一瞬、黒い靄につつまれて消滅したのだ。
 慌てて残心を取ると、背後でくつくつと笑う男の姿があった。

「結構、結構! 我が秘術まで使わされるとは、使い捨ての中にも拾い物はあるな!」

 恐らくは、何らかの魔人能力だろう。
 これだけ派手に暴れていたのも、彼ら全員を相手にして逃れる自信があるかだったのだ。
 実験兵装ゆえの隙をつく作戦も失敗した。同じ手は二度と通用しない。

「――それを終わらせるのは惜しいが、そろそろ連れも煩いのでな」

 男が、大きく身を捻った。
 ほとんど背後を向くかのような姿勢。右手は添える程度、柄の先を握る左手に異様な熱が籠もり始める。
 剣先の振動が――止まる。
 恐らく繰り出されるのは、実験兵装の必殺機能でも、狂喜と共に放たれる凶刃でもない――剣客として、この男が身に付けた最大の奥義だろう。
 加え、あの奇妙な魔人能力もある。こちらの攻撃だけを回避し、剣だけが命中するとすればどうだ?
 自分に出来るのは背を向けて逃げ、布団にくるまり、全てを忘れることではないか?

「……斬り捨てる」

 斎藤は、自らに言い聞かせるように呟いた。
 相手にはそれは、追い詰められた量産品が吐く、苦し紛れの大言壮語に聞こえただろうか。

「キェァッ! イィィエエエエ―――イ! ッェーイ!」

 教科書通りの斎藤の気勢を、侍は嘲る様に口を釣り上げた。
 斎藤はどこまでも本気だ。ただ、『斬り捨てる』というのは、侍が相手ではない。

(驚、懼、疑、惑。四念、悉く斬り捨てる――)

 心を鎮める。戦うべきは相手ではなく、斬るべきは常に己だ。静かに、斎藤は両腕を掲げた。
 剣道の上段。同じ速度帯の戦いなら、動作が少なく、距離が短い方が先に届く。
 単純明快な理屈だ――このタケダネットが支配する世界で、超常の魔人と相対するにはあまりに心もとない。

(『迷いを払えば、“起こり”が見えてくる』)

 剣道九段だった父親は、そう語った。
 相手の動作。そのための動作。そのための動作をするための動作。
 どんな異形の型でも。どんな魔人のどんな能力でも、それは必ず存在する。
 考えるな。観察するな。相手と一体になれ。
 確かに、目の前に居るのは殺人鬼である。仲間を斬った憎き仇、殺戮行為をして憚らぬ外道の輩だ。だが今は、それを忘れろ。
 自分は鏡だ。相手を映す鏡。そうすれば、相手が動く瞬間は思考よりも早く理解出来る。
 侍が構えを崩したその瞬間に、先んじて打つ。逆に、それを悟れずに奥義を放たれれば、自分は間違いなく死ぬだろう。
 両者の視線が交錯し、息の詰まるような静寂だけが降り積もる。

「――――」
「――――」

 ……すぐ傍らの、折れ曲がった街灯。
 その先端部の曲面に、惨劇で撒き散らされた血液が、つう、と伝っている。
 曲面を沿って下に。縁を沿って、先端に。横に張りだした蛍光灯の先端にできた赤い雫が、少しずつ、少しずつ大きくなる。
 表面張力を越えた瞬間に、その雫はコンクリートへと落ちるだろう。残り6秒。5秒。4秒――

「キィエエァァァァ――――ッ!」

 特にそのタイミングとは関係なく、斎藤ディーゼルは開いた口から放射熱線を放った。
 薄青色の放射熱線は、大気をプラズマ化させながら空を駆け、侍の首から上を爆散させた。
 侍の持つ次元跳躍能力『虚幻・鶯梁』も、その最大発動から繋げる古流剣術奥義『天泣羽』も、永遠に披露の機会を失った。
 頭部を失った身体がぐらり、と地面に向けて倒れんとする。
 ――その瞬間を、斎藤は感覚でなく知覚する。

(――今だ!)

「面ェェェェッェェエエエエエエエイァァァアアアアアッ!」

 両脚に溜めた力を爆発させ。のびやかに、渾身の上段を撃ち込んだ。
 自分そのものが打突になったような感覚だった。気・剣・体の完全な一致が、そこにあった。

(『――剣道の理念は、相手を殺すことに非ず』)

 ざざざ、とアスファルトに右足の踵を叩き付ける。気付けば、残身を終えていた。
 眼前では、首から上を失い、喉元から鎖骨あたりまでを木刀に抉られた侍が、地面に倒れている。

「シァァッ! シァァア――――ッ!」

 気勢を放つも、相手は返してこない。それを確認すると、斎藤は木刀を腰に収め、礼をする。
 死んでいるかもしれないが、不幸な事故だ。……敵との戦いではなく、己と向き合うことこそが剣道の本質なのだから。
 ……0秒。
 今更のように、傍らの街灯から血の雫が落ち、地面に僅かな沁みを作ったが、放射熱線で沸騰するコンクリートの音にあっさりとかき消された。

「……こちら斎藤ディーゼル。任務を終了した。凶器の回収を――」
『斎藤巡査! 二時の方向を!』

 オペレーターがヘルメット内のモニタに示した危険信号が、ディーゼルの命を救った。
 衝撃が頭を震わせる。ヘルメットを砕いた弾丸が、かろうじて逸れて、近くの壁を穿ったのが分かった。

「ぐっ……しまった……!」

 身を翻し、近くの遮蔽物の影に隠れる。

「親父に見られたらなんて言われるか分かったものじゃない」

 オペレーターが示した狙撃者の距離は、あろうことか5km近く先のビルの屋上。
 向こうも、弔い合戦か、それとも侍が使っていた実験兵装を引き渡すのが惜しいのか――恐らく後者だろう――絶え間なく撃ち込んできている。
 開けた大通りの中心に居たのも、伊達や酔狂ではなかったのだろう。いざという時、この形に移れるように。

「どちらにしろ詰んでいたという訳か」

 武士の世となり200年。刀は銃より強し、と当然のように語られる。
 だが実際にそれを行えるのは、ごくごく一部の、超人的な達人に限られる。
 銃弾を切り落とす、避ける、挙句の果てには、箸で摘んで投げ返すという噴飯ものの話まで。
 それが事実であると知っているディーゼルにとっては耳の痛い話ではある。その粋に達せていないということも、嫌と言うほど分かっている。
 ――武士の世が続く限り、永遠の問い。
 ――刀で、銃に勝ちうるのか?

「勝つしか、ない。キィィィッ! エ! エァァァ――――!!」

 絶望的な戦いだ。相手は向き合ってすらおらず、遠方から一方的にこちらを狙撃する。
 木刀を握り、遮蔽物から飛び出す。ビルに近い。次の遮蔽へ。
 こちらの移動方向まで見切って、弾痕が追い掛けて来る――あるいは先回りしてくる。
 三度目の飛び出しの直後。ぞわりと、こめかみ辺りに嫌な予感が過った。咄嗟に、木刀をそこに掲げる。

「――おぐっ!」

 握った木刀が砕け、その破片と銃弾が、顔と腕に突き刺さった。
 たまらず、想定より小さな、近い遮蔽物に逃げ込む。近くにあったスラム住民の死体から、鉄パイプを拝借する。
 片目が開かない。眼球は無事か。遠近感が狂うのは、剣士にとって致命的だ。
 状況は益々不利。絶望的だ。これがあと何度続くのか? それを自分は凌げるのか? 剣士にあるまじき疑問の群れが頭をもたげる。

「囚われるな……驚、懼、疑、惑の四念を捨てろ。そうでなければ、道は見えない」

 遮蔽物が、対物ライフルで打ち抜かれる。
 間一髪でそこから飛び出し、横転したトラックの横に逃げ込みながら、申し訳程度の放射熱線を放つ。

「コォォアッァァア――――!」

 あくまでもただの牽制だ。
 狙撃手がいる廃ビルを貫通、壁もろとも鉄骨を溶断し、根元から倒壊させる程度の威力しかない。
 だが、それくらいしかディーゼルの取りうる手段はないのだ。
 何度でも、何度でも繰り返す。疾走、退避、放射熱線、疾走、放射熱線、退避、疾走、疾走――!

「お、おおおおお――――――――!」

 吠えながら、斎藤は走り続けた。


~~~~~~~~~~~~~~


「はっ、はっ、はっ、はっ…………」

 十分弱のマラソンの後。
 狙撃手の居たビルに、ディーゼルは辿りついていた。

「奴は……?」
「……あ、がっ、え゛う…………!」

 倒壊した瓦礫の隙間から、長大なライフルを手にした女性兵が身体を覗かせていた。
 瓦礫に下半身を挟まれ、口元からは夥しい血を零している。地面を掻く指先は、半ば炭化していた。
 どうやら運はディーゼルに向いていたらしかった。この機を逃すわけにはいかない。

「スゥ―――――ッ……」

 静かに木刀を掲げた。
 全力疾走を繰り返し、疲労困憊ながらも、それだけで呼吸が落ち着いていく。
 こういうとき、自分はどこまでも剣道家なのだなと感じた。
 子供の頃は道産の子と持て囃されていた。だが己は早熟ではあっても、天才ではなかったらしい。
 大きな功績もなく、実家からは腫れもののように扱われている。
 それでも諦めず、剣道を学び続けてきた。それだけのものは、彼の手の中には残っている。

「や、やめ…………助け……」
「ッ突ギィィィィイィイイェェェェエェェエエアッ!」

 こちらを見上げた瞬間の喉を、拾った鉄パイプで貫いた。
 鉄パイプが一瞬撓るほどの強烈な突き。伝播した衝撃が、狙撃手を、潰していた鉄筋ごと吹っ飛ばす。
 狙撃手自体も身体が浮き、近くの壁にぶつかって止まった。
 だが――

(――駄目だ! 気勢が乱れた……!)

 鉄パイプに握りがないせいか、相手が地面に近かったせいか。一撃はかなり甘いものとなってしまった。
 これでは到底、一本とは言えない。ディーゼルは再度踏み込み、壁にめり込み痙攣を続ける狙撃手めがけて再度の一撃を狙う。

「キィェア―――――ッ! エェア―――――ッ!」

 気勢を上げる。送り足で数歩下がり、――今しかない!

「ッ胴ゥゥオオオウオオオオオオオオ!!」

 今度こそまごうこと無き一閃を入れた。
 鉄骨が融かされていたビルが、狙撃手ごしの木刀の衝撃によって、限界を迎えた。倒壊しゆくビルを擦り足で通り過ぎると、

「――ッシェァアアアア!」

 残心を終える。狙撃手は倒壊したビルの内部だろう。
 正眼に構え、蹲踞して木刀を納める。不幸な事故だ。剣道では試合ですら、打ちどころによって死者が出ることが少なくない。

(ああ――今のは良い一本だった)

 やはり銃が相手では、思うとおりにはいかない。

「……はあ、はあ、ふう……」

 鉄パイプを置き、詰所への連絡を入れながら、斎藤は静かな充実感に満たされていた。
 紙一重の勝負だった。偶然に助けられた要素も大きい。あと十回繰り返せば、九回は失敗するだろう。それほどの賭けだったが――
(それでも――勝った)

 刀は、銃に勝てる。

 どんな魔人能力も、兵器も、関係無い。
 敵ではなく己を制することこそが剣道の真髄だ。派手な能力も、華麗な業も必要はない。
 どんな絶望的な相手にも、ただ誰にでも積み重ねられる力だけでも、立ち向かうことは出来る。
 決して腐らず、諦めず、取れる手段を取り続けることが、強さなのだ。

「僕のような非才が奴らに肉薄するには、そうするしかないからな」

 遠くから聞こえて来る警察車両の音。ようやく斎藤は、安堵の息を吐いたのだった。









 ……だが剣道で、勝利の余韻に浸ることはルール違反だ。相手には常に礼を。心は常に戦場に在るが如く。
 まして治安部隊の使い捨て、KGBに安息の時はそう長くはない。

 詰所に戻った彼に、彼の上官は興奮気味に、次なる任務の内容を告げた。
 それは特級の任務――KGB初めての『タケダネットを出し抜いている』可能性存在の調査。
 希望崎学園なるネットコミュニティで行われる、『世界唯一の危険地帯』を嘯く、胡乱極まりない武闘会への参戦であった。






【KGB巡査(潜入捜査官) 『斎藤 ディーゼル』  参 戦】
最終更新:2016年06月27日 19:15