日内 環奈プロローグ


 何処とも知れぬ奥深い山中。
日内流砲術道場があるのは、タケダネットの監視網からも外れた辺境の隠れ里の一画であった。

「そこまでっ!」

道場の屋外演習場に、日内流師範である日内大豊(たいほう)の太い声が響く。
待っていたかのように、組手を行なっていた門下生達がバタバタと地面に倒れ、息を荒げる。
そんな中、一人背筋を伸ばし

「ありがとうございました!」

威勢良く礼をする、少女がいた。

「「……ありが、とう……ハア……ハア……ござい、ました……」」
「まったく、まだまだ鍛錬が足りんぞ」

小言を言いつつも、門下生達に手を差し伸べる少女の名は日内環奈。
日内流現当主の一人娘にして、日内流の若き師範代である。
手にした長銃を腰につけたホルスターに納めると、彼女は道着の裾で汗を拭った。
柔らかな日差しの中、蒸気した顔を撫でる山から吹く風が心地良い。

「本日の鍛錬は終了。各自、しっかり身体を休めるように」

彼女の父親である大豊が、門下生たちに声を掛ける。

「ところで環奈、今日の山菜採りの当番はお前だったろう」
「はい、今から採ってまいります」
「うむ」

隠れ里という閉じられた世界で生活するには、誰もが集団の生存の為に協力せねばならない。
これは里の主、ナンバー2とも言える師範、師範代も例外ではないのだ。
数時間にも及ぶ厳しい鍛錬の後にも関わらず、険しい山に躊躇無く分け入っていく環奈の姿を見遣り、大豊は頼もしさを覚えた。

「環奈さん、また腕を上げましたね。我々では全く歯がたちません」

まだ息を荒げている門下生が、大豊に声を掛ける。
親の贔屓目を抜きにしても、環奈の実力は歴代当主に比肩するものとなっている。

「世代交代の時期は近いのかも知れんな……」

現当主がしみじみと呟く。
そこには、父と娘、師匠と弟子という関係を超えた、深い信頼があった。

「そういえば環奈さん、籠を忘れて行ったようです」

ようやく息が整ったのか、門下生の一人が勝手口に放置された竹籠を指差して言った。

「採った山菜、どうやって持って帰ってくるつもりなんでしょう?」
「……やれやれ」

大豊がこめかみに手を当てて言った。

「あれでもう少し思慮深さがあれば、言うことはないのだがなあ……」

___________


時を同じくして、隠れ里近くの獣道。
猟銃を構えながら生い茂る蔦をかき分けて進む、2人の男がいた。
織田の埋蔵金伝説を元に隠れ里を探る、良く言えばトレジャーハンター、悪く言えばただのゴロツキである。

「兄貴ィ、本当にこんなところに人なんて住んでいるんですかい」

先頭を歩くガタイの良い男が、後ろの小柄な男に向かって言う。

「ほらこれ、見てくだせえよ」

ポケットからスマホを取り出し、兄貴に見せる。

「昨日からずっと圏外ですよ。チェックしたいメールとかあるんすけど、隠れ里ってWifi通ってます?」
「カズおめえ、スマホ中毒なんだよ」

兄貴と呼ばれた男が、とっとと歩けと言わんばかりにカズの背中を小突く。

「隠れ里の連中が有線引いてるかもな。何せたんまり貯めこんでるって話だ」
「あ、今一瞬だけ1本アンテナ立ちましたよ。ここらへんちょっと電波良いのかも……」
「シーッ! チョイ待て静かに! 隠れろ!」

兄貴がカズの図体を隠そうと、草むらに頭を押さえつける。
精一杯身体を縮こませるカズの目に飛び込んできたのは、木立の向こうを歩く袴姿の少女だった。

「こんな山奥に、小奇麗な服の女。間違いねえ、織田配下の隠れ里伝説は本当だったんだ!」

兄貴の声が弾む。

「じゃあ埋蔵金も?」
「期待してもバチは当たるめえよ。それによお……」

少女を見て下卑た笑いを浮かべ、舌なめずりをする兄貴。
袴と道着から醸しだされる、清らかな雰囲気。凛とした表情、スラリと伸びた四肢。

「なかなかマブいスケじゃねえか」
「でもアイツ、銃をもってますよ」
「そうだな。だが……」

銃を携帯しているとはいえ、少女は銃を刀の様に腰にぶら下げている。
あれでは咄嗟に発砲することはできないだろう。
さらに言えば、まだこちらに気づいていないようだ。
自分には、銃撃に関して非常に有利な魔人能力がある。
脚を撃って移動力を奪ってしまえばこちらのものだ。

「あの女にゃあ、情報源兼人質兼その他諸々、せいぜい役立ってもらおうや」
「ヒュー! 流石兄貴、悪っすねえ」
「パーティの始まりだぜぇ!」

兄貴は猟銃を構える。
この男の魔人能力は、あらゆる手ぶれを補正する『Nicon the Olympas』。
全弾必中の射撃・盗撮補助能力である。

「もらったあ!」

猟銃の安全器を解除した兄貴はそう叫ぶと、少女の足に照準を合わせ、引き金を引いた。
放たれた弾丸は一直線に少女の足元へと飛んで行く。
コンマ数秒後には、足から血を吹き出した少女の悲鳴が鼓膜を揺らすだろう。
彼らはそう確信していた。だが

「……はへ?」

確かに放ったはずの銃弾が、少女の手前で忽然と姿を消した。
と同時に

「たわけ者!」

少女の凛とした声が深林に響く。
面食らう二人組に向かって、少女は木々の合間を滑るような足運びで高速接近しつつ、銃を構えた。

「こいつはヤベエ!」

このままでは自分達が蜂の巣にされてしまう。
ここに来て危機感を覚えた2人は猟銃を乱発する。
だが、放たれた弾丸は環奈に近づくや否や急停止し、地面にめり込んでいくではないか。
2人の数メートル手前で歩を止めた少女は、2人に銃口を向けたまま森中に響くような音量で言い放った

「引き金を引くなどと、鉄砲使いとして何と心得る! この恥知らずが!」
「………………………………え?」

兄貴の間抜けな声の後、森に再び静寂が戻る。
暫しの間が空いた後、コホン、と咳払いをし、環奈は再び声を張り上げた。

「引き金を引くなどと、鉄砲使いとして何と心得る!」
「いや、聞こえなかった訳じゃないから。言ってる意味が分からなかっただけだから」
「そ、そうか。それはすまなかった」

静寂。
上空で鳶が飛んでいるのか、細い鳴き声がピ~ヒョロロと響く。

「弾を撃つなどと、鉄砲使いの風上にも置けないと言ったんだが」
「……ん? ごめん。……え?」
「どうした」
「……え、何? アンタ鉄砲撃たねえの?」
「撃つ訳がなかろう」
「……何故?」
「何故、と言われても」

少女は心底不思議そうに言った。

「それが掟だからだ」
「掟、か。そうか。」

どうやらこいつの銃は、只の飾りらしい。
相手は魔人とは言え、見たところ能力は『銃撃の無効化』。
となれば何も恐れることはない。銃が使えなくともこちらには……

「それじゃあよう……」

兄貴は腰につけたホルダーから、ナタを抜き放った。

「隠れ里の埋蔵金について喋ってもらおうかあ~~~!!!」

ナタを握った手を大きく振りかぶり、銃を構えた少女に跳びかかった。

「日内流師範代、日内環奈! 参る!」

次の瞬間、兄貴の身体は砂埃を巻き上げて地面に激突した。
間髪入れずに環奈は手にした長銃の銃身を握ると、地面に這いつくばっている兄貴の後頭部に銃床の角を叩きつける。
ボグッ!という鈍い音を頭部から鳴らした後、兄貴はピクピクと細かい痙攣を始めた。

「考えるのが面倒だったので攻撃したが、大した能力は持っていなかったようだな。さてお次は……」
「兄貴ィィィ!!!」

続いてカズが環奈に向かって殴りかかる。
カズの魔人能力は『ゴリラアーム』。両腕がゴリラ並みの破壊力を得るという単純だが強力な能力だ。
だが大振りな右ストレートを環奈は易易と避け、カズの巨体の下側に潜り込む。
そして素早く長銃を持ち替えると、銃口でカズの腕を突き上げた。と同時に

「破ッ!」

右脚を大きく旋回させ、カズの足を薙ぎ払う。
相手の重心移動を利用した足払いが綺麗に決まった。

「うおっ!?」

巨体が宙に浮いたかと思った瞬間、身体が地球に向かって急加速を遂げる。
地面から突き出た岩に顔面を打ち付け、カズの首があらぬ方向へ曲げられた。

「埋蔵金など心当たりもないが、どちらにしろ……」

紅く染まった長銃の持ち手をカズに突き付け、環奈は冷たい声で言い放つ。

「里のことを知っている以上、貴様らは生きて返す訳にはいかんな」

___________


全ての処理が済んだところで、環奈は草むらで音を鳴らしながら小刻みに震える板を見つけた。

『You Got Mail♪ You Got Mail♪』

微弱ながらアンテナが立ったことで、カズが到着を待ちわびていたメールを受信したのだ。
聞き慣れない電子音に眉をひそめながら、環奈は生まれて初めてスマホに触れた。

「なんだ、文字がチカチカと……。なになに、希望崎学園……武闘会……参加登録……?」
最終更新:2016年06月27日 19:30